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(幕間) 不死の王 〇二
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——わたくしは死霊の沼が見える小高い丘の上に立っている……。
「さあ、到着しましたわよ!」
「ええ……めちゃくちゃ臭い場所じゃないですか……いやですよ我」
丘の上から一望している死霊の沼は陰鬱で、薄暗い森の中に生えている木々は混沌の影響なのか、ひどくねじ曲がった歪んだものへと変わってしまっている。
いやー、素晴らしい場所ですねえ……こりゃ大量の不死者がいるって言われても納得だわ。
わたくしの背後には本気でいやそうな表情でこちらを見ている幻獣ガルム族のユルがいるが……どうやら不死者の匂いが相当にきついらしく、前足で鼻を押さえて匂いを嗅がないようにしている。
「結界で遮断しなさいよ、匂いくらい分けなきゃこの先大変よ?」
「いやいや、一〇歳の少女が足を踏み入れる場所ではないですから……」
「何言ってんの、最近のティーンエイジャーは沼地にも足を踏み入れるものよ」
「てぃーん? はぁ?」
ああ、しまった……この世界にはない言葉を使ってしまった……何でもないと言う意味を込めて首を横に振ると、ユルは諦めたような表情でわたくしを見ると黙って体を起こした。
どうやら魔力による結界はちゃんと張れているようで、臭いも気にならない状況にはなっているみたいだ。
そもそも匂いを遮断すると言うのは結構重要なスキルに該当してて、今回のように不死者だらけの場所を移動するにはどうしてもきつい死臭や腐臭を防ぐ必要がある。
冒険者たちだとマスクをして入ってくるそうだが、それでも体に染み付いてしまう匂いがあるようで消臭効果のある薬草を使っているのだとか。
「でもまあ、わたくしレベルになると匂い自体をシャットアウトできるからね……軽いもんよ」
「……やだなあ……後でちゃんと洗ってくださいよ? こう見えても我、結構綺麗好きなんですから……」
「マーサが喜んで洗ってくれるわよ」
「やだなあ……また泡まみれになるのか……」
わたくしがひらりとユルの背中に飛び乗ると、彼は少しいやそうな顔でわたくしのことをチラチラ見ながら歩き出す……該当の宝物庫とやらの場所は最も魔力の大きい地点だと思うけど、上空からは近づけそうにないため結局沼地を進むしかないって結論に達している。
もちろん貴族令嬢であるわたくしが沼地を歩くのはどうかと思ったのでユルに載せていってもらおうと言う話になった……が、ユルは泥に塗れることをよしとせずに渋い顔をしているのだ。
犬……いや狼っぽい外見のくせに、綺麗好きなところは完全に猫っぽいという実に面倒な種族だな、ガルムは。
「……で、もうお出ましよ」
「……っ!」
わたくしの言葉と同時に森の奥から生者の匂いを嗅ぎつけたのか、ゆらりゆらりとふらふら歩く人影が現れる……とはいえ、まだ沼地の外苑部にあたる位置なのでスケルトンとかゾンビくらいしか出てこないけどさ。
ゾンビも死んでからかなり時間が経過しているのか、ちょいグロの外見よりも風化して相当グロいまできてるな……眼窩から虫とか出てきてるぞ、おい。
んー、まあここはサクッと祓ってしまうか……わたくしは手を差し伸べてから軽く指を鳴らす。
「死霊退散」
周囲に神聖なる魔力が振り撒かれ不死者たちを動かす仮初の命、無理やり結び付けられた死者の霊魂が凄まじい勢いで浄化されていく。
とはいえ視界に入る程度だから五〇メートルもないくらいか……この魔法聖職者がよく使う不死者対策の奇跡だけど実は誰でも使える普通の魔法なのよね。
とはいえ魔力、特に神聖な魔力を持つものではないと効果は恐ろしく低いし、今見えているだけでも数十体の不死者を祓うには結構な魔力を注ぎ込まなきゃいけない。
一瞬でかなりの数の不死者を祓ったわたくしを見て、ユルが不満そうな顔でこちらを見る。
「……面倒なのはわかりますけど、不死の王がどれほどの力かわからないのですから、消耗は抑えた方が良いかと」
「ユルの消耗も避けたいのよ、帰る時面倒じゃない」
「まあそうですけど……ま、いいか……進みますよ」
ユルは諦めたようにわたくしを乗せたまま森の中を走り始める……ガルムの速度は凄まじい、普通の人であればこの速度には対抗するのは難しいだろう。
とはいえ生物である以上腹がへれば弱るし、何らかの原因でうまく力を出せないこともある、そんな時に出会ったわたくしとユルは今では憎まれ口も叩きあえる良き主従となりつつあった。
森の中を疾走しつつ、前を塞ごうと歩み寄ろうとする不死者を躱してわたくしとユルは目的地へと向かっている。
マーサの話していたおとぎ話『欲深き不死の王』の宝物庫は実在する……寝物語で聞かされたあの話を後で調べてみたら本当に本当だった、すまねーな創作とか言っちゃって。
家の図書室にあった本を片っ端から調べていく中で、死霊の沼とそれにまつわる不死の王の存在は公式に認められたものだったからだ。
実際の記録はこうだ……不死の王オズボーン王は、王と名付けられているだけあって由緒ある小国の王様だったというが、イングウェイ王国の拡大期に攻め滅ぼされ、負傷した王は宝物庫に隠れてそのまま亡くなった。
でまあ、ここまではよくある戦争のお話で……王国には巨大な宝物庫があって、その最深部がどうしても開かなかった。
その場所に伸びていた血液で王がそこへと逃げ込んだのはみんなわかっていたそうだが、そのうち出てくるだろうと無理には開けなかった、いや開けなかった。
だがその後数年が経過したのち、滅びた王国の領地全体が瞬時に荒れ果て沼地となって腐っていったのだという。
そして気がつけば占領軍としてそこにいた王国軍を巻き込んで死霊の沼が誕生し、無数の不死者が溢れる危険な場所へと変貌した……これが沼が誕生した歴史。
おとぎ話ではターベンディッシュが登場しているが、本当はどうかわからないのだという……まあ当時のことを知るものなど誰もいないのだろうし。
ちなみにイングウェイ王国で最後にオズボーン王へと立ち向かった冒険者の公式な記録は二〇〇年程前まで遡るらしい。
挑戦したパーティは王都でもそれなりに認められた金級冒険者だったそうだが、一人を除いて帰ってこなかったという。
その生き残った人物もオズボーン王の恐ろしさを怯えながら語っており、それで実在が確認できたのだとか。
それ以来宝物庫まではいくことが禁じられており、不可侵とされているのだが……まあその後もちょくちょく手を出そうという連中は後を立たなかったという。
マーサが語ってくれたのは昔から語り継がれたおとぎ話で、かなり内容が改変されているのであやふやな感じの内容になっているとか、あとは脚色もすごいらしい……そもそもターベンディッシュとオズボーン王の会話など誰も聞いていないのだからね。
「こうして不可侵の宝物庫はシャルロッタ・インテリペリにより不可侵ではなくなる、とね」
「……はぁ……そんなに簡単に行きますかねえ……」
「大丈夫よ、わたくしそこら辺の不死者なんかに負けないから」
まあユルの心配もわからんではない……なんせ転生してまだ一〇年しか経過していないわたくしはどうみても幼女……つまりロリっ娘でしかないわけで、普通はこの歳の少女が不死者をぶん殴るなんて誰も信じないからだ。
でもまあそこはわたくしの前世が魔王を倒した最強の勇者様なのだから安心してほしい……前世では不死の王は嫌ってほど殴り飛ばしてるし、何なら二度と迷惑をかけないという契約をして閉じ込めた奴もいるからね。
オズボーン王がどれだけ強力だったとしてもうまくいけばワンパン……悪くても圧勝だと思う、うん。
「そもそも不死者が強力とは思えないのよねえ……あいつら成長を止めちゃってるわけだし」
「そうですかぁ? 高位不死者って結構無茶苦茶な能力の持ち主多いですよ?」
「会ったことあるの?」
「いや、長老から聞いた話ですけどね」
風のように駆けながらユルはわたくしへと話しかける……幻獣ガルムは一族が世界の知識や経験を紡いでいく存在だ……彼らの長老であれば非常に古い神話の時代の経験もあるのだろう。
それを元にどういうことがあるのかを旅に出る前に教え込まれているのだろう、不死者が臭いとか、汚いとか、そういうこともだ。
だから相当嫌なんだろうなあ……嫌そうな感情がずっと伝わってくるのがわかる。
まあ個人的には触りたくない敵の一つだからな……どうやったってばっちいし、虫湧いてるし、そもそも腐ってるし。
凄まじい速度で駆け抜けたわたくしたちの前に、恐ろしく古風な建物が見えてくる……その形状は、わたくしの記憶の中にあるものだとエジプト文明のものに似ている気がする。
ここは砂漠でも何でもないのに、急にこういう文化ぶっ込まれるのは神のいたずらなのかな? とさえ思ってしまうな。
「……んじゃ到着っと、ここが唯一残ってる宝物庫ってやつね……んじゃ早速扉開けて入るわよ、ユル」
「さあ、到着しましたわよ!」
「ええ……めちゃくちゃ臭い場所じゃないですか……いやですよ我」
丘の上から一望している死霊の沼は陰鬱で、薄暗い森の中に生えている木々は混沌の影響なのか、ひどくねじ曲がった歪んだものへと変わってしまっている。
いやー、素晴らしい場所ですねえ……こりゃ大量の不死者がいるって言われても納得だわ。
わたくしの背後には本気でいやそうな表情でこちらを見ている幻獣ガルム族のユルがいるが……どうやら不死者の匂いが相当にきついらしく、前足で鼻を押さえて匂いを嗅がないようにしている。
「結界で遮断しなさいよ、匂いくらい分けなきゃこの先大変よ?」
「いやいや、一〇歳の少女が足を踏み入れる場所ではないですから……」
「何言ってんの、最近のティーンエイジャーは沼地にも足を踏み入れるものよ」
「てぃーん? はぁ?」
ああ、しまった……この世界にはない言葉を使ってしまった……何でもないと言う意味を込めて首を横に振ると、ユルは諦めたような表情でわたくしを見ると黙って体を起こした。
どうやら魔力による結界はちゃんと張れているようで、臭いも気にならない状況にはなっているみたいだ。
そもそも匂いを遮断すると言うのは結構重要なスキルに該当してて、今回のように不死者だらけの場所を移動するにはどうしてもきつい死臭や腐臭を防ぐ必要がある。
冒険者たちだとマスクをして入ってくるそうだが、それでも体に染み付いてしまう匂いがあるようで消臭効果のある薬草を使っているのだとか。
「でもまあ、わたくしレベルになると匂い自体をシャットアウトできるからね……軽いもんよ」
「……やだなあ……後でちゃんと洗ってくださいよ? こう見えても我、結構綺麗好きなんですから……」
「マーサが喜んで洗ってくれるわよ」
「やだなあ……また泡まみれになるのか……」
わたくしがひらりとユルの背中に飛び乗ると、彼は少しいやそうな顔でわたくしのことをチラチラ見ながら歩き出す……該当の宝物庫とやらの場所は最も魔力の大きい地点だと思うけど、上空からは近づけそうにないため結局沼地を進むしかないって結論に達している。
もちろん貴族令嬢であるわたくしが沼地を歩くのはどうかと思ったのでユルに載せていってもらおうと言う話になった……が、ユルは泥に塗れることをよしとせずに渋い顔をしているのだ。
犬……いや狼っぽい外見のくせに、綺麗好きなところは完全に猫っぽいという実に面倒な種族だな、ガルムは。
「……で、もうお出ましよ」
「……っ!」
わたくしの言葉と同時に森の奥から生者の匂いを嗅ぎつけたのか、ゆらりゆらりとふらふら歩く人影が現れる……とはいえ、まだ沼地の外苑部にあたる位置なのでスケルトンとかゾンビくらいしか出てこないけどさ。
ゾンビも死んでからかなり時間が経過しているのか、ちょいグロの外見よりも風化して相当グロいまできてるな……眼窩から虫とか出てきてるぞ、おい。
んー、まあここはサクッと祓ってしまうか……わたくしは手を差し伸べてから軽く指を鳴らす。
「死霊退散」
周囲に神聖なる魔力が振り撒かれ不死者たちを動かす仮初の命、無理やり結び付けられた死者の霊魂が凄まじい勢いで浄化されていく。
とはいえ視界に入る程度だから五〇メートルもないくらいか……この魔法聖職者がよく使う不死者対策の奇跡だけど実は誰でも使える普通の魔法なのよね。
とはいえ魔力、特に神聖な魔力を持つものではないと効果は恐ろしく低いし、今見えているだけでも数十体の不死者を祓うには結構な魔力を注ぎ込まなきゃいけない。
一瞬でかなりの数の不死者を祓ったわたくしを見て、ユルが不満そうな顔でこちらを見る。
「……面倒なのはわかりますけど、不死の王がどれほどの力かわからないのですから、消耗は抑えた方が良いかと」
「ユルの消耗も避けたいのよ、帰る時面倒じゃない」
「まあそうですけど……ま、いいか……進みますよ」
ユルは諦めたようにわたくしを乗せたまま森の中を走り始める……ガルムの速度は凄まじい、普通の人であればこの速度には対抗するのは難しいだろう。
とはいえ生物である以上腹がへれば弱るし、何らかの原因でうまく力を出せないこともある、そんな時に出会ったわたくしとユルは今では憎まれ口も叩きあえる良き主従となりつつあった。
森の中を疾走しつつ、前を塞ごうと歩み寄ろうとする不死者を躱してわたくしとユルは目的地へと向かっている。
マーサの話していたおとぎ話『欲深き不死の王』の宝物庫は実在する……寝物語で聞かされたあの話を後で調べてみたら本当に本当だった、すまねーな創作とか言っちゃって。
家の図書室にあった本を片っ端から調べていく中で、死霊の沼とそれにまつわる不死の王の存在は公式に認められたものだったからだ。
実際の記録はこうだ……不死の王オズボーン王は、王と名付けられているだけあって由緒ある小国の王様だったというが、イングウェイ王国の拡大期に攻め滅ぼされ、負傷した王は宝物庫に隠れてそのまま亡くなった。
でまあ、ここまではよくある戦争のお話で……王国には巨大な宝物庫があって、その最深部がどうしても開かなかった。
その場所に伸びていた血液で王がそこへと逃げ込んだのはみんなわかっていたそうだが、そのうち出てくるだろうと無理には開けなかった、いや開けなかった。
だがその後数年が経過したのち、滅びた王国の領地全体が瞬時に荒れ果て沼地となって腐っていったのだという。
そして気がつけば占領軍としてそこにいた王国軍を巻き込んで死霊の沼が誕生し、無数の不死者が溢れる危険な場所へと変貌した……これが沼が誕生した歴史。
おとぎ話ではターベンディッシュが登場しているが、本当はどうかわからないのだという……まあ当時のことを知るものなど誰もいないのだろうし。
ちなみにイングウェイ王国で最後にオズボーン王へと立ち向かった冒険者の公式な記録は二〇〇年程前まで遡るらしい。
挑戦したパーティは王都でもそれなりに認められた金級冒険者だったそうだが、一人を除いて帰ってこなかったという。
その生き残った人物もオズボーン王の恐ろしさを怯えながら語っており、それで実在が確認できたのだとか。
それ以来宝物庫まではいくことが禁じられており、不可侵とされているのだが……まあその後もちょくちょく手を出そうという連中は後を立たなかったという。
マーサが語ってくれたのは昔から語り継がれたおとぎ話で、かなり内容が改変されているのであやふやな感じの内容になっているとか、あとは脚色もすごいらしい……そもそもターベンディッシュとオズボーン王の会話など誰も聞いていないのだからね。
「こうして不可侵の宝物庫はシャルロッタ・インテリペリにより不可侵ではなくなる、とね」
「……はぁ……そんなに簡単に行きますかねえ……」
「大丈夫よ、わたくしそこら辺の不死者なんかに負けないから」
まあユルの心配もわからんではない……なんせ転生してまだ一〇年しか経過していないわたくしはどうみても幼女……つまりロリっ娘でしかないわけで、普通はこの歳の少女が不死者をぶん殴るなんて誰も信じないからだ。
でもまあそこはわたくしの前世が魔王を倒した最強の勇者様なのだから安心してほしい……前世では不死の王は嫌ってほど殴り飛ばしてるし、何なら二度と迷惑をかけないという契約をして閉じ込めた奴もいるからね。
オズボーン王がどれだけ強力だったとしてもうまくいけばワンパン……悪くても圧勝だと思う、うん。
「そもそも不死者が強力とは思えないのよねえ……あいつら成長を止めちゃってるわけだし」
「そうですかぁ? 高位不死者って結構無茶苦茶な能力の持ち主多いですよ?」
「会ったことあるの?」
「いや、長老から聞いた話ですけどね」
風のように駆けながらユルはわたくしへと話しかける……幻獣ガルムは一族が世界の知識や経験を紡いでいく存在だ……彼らの長老であれば非常に古い神話の時代の経験もあるのだろう。
それを元にどういうことがあるのかを旅に出る前に教え込まれているのだろう、不死者が臭いとか、汚いとか、そういうこともだ。
だから相当嫌なんだろうなあ……嫌そうな感情がずっと伝わってくるのがわかる。
まあ個人的には触りたくない敵の一つだからな……どうやったってばっちいし、虫湧いてるし、そもそも腐ってるし。
凄まじい速度で駆け抜けたわたくしたちの前に、恐ろしく古風な建物が見えてくる……その形状は、わたくしの記憶の中にあるものだとエジプト文明のものに似ている気がする。
ここは砂漠でも何でもないのに、急にこういう文化ぶっ込まれるのは神のいたずらなのかな? とさえ思ってしまうな。
「……んじゃ到着っと、ここが唯一残ってる宝物庫ってやつね……んじゃ早速扉開けて入るわよ、ユル」
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