わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第一九九話 シャルロッタ 一六歳 打ち砕く者 〇九

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「シャル……シャルが……」

「殿下! だめです!」
 白い光の柱が戦場から上空へと伸びていく……それまで馬に乗って戦場の様子を見ていたクリストフェル・マルムスティーンはふらふらと馬を降りると、戦場へと向かおうとして歩き出す。
 侍従のマリアンは主君が今まさにシャルロッタと打ち砕く者デストロイヤーが死闘を繰り広げ、なんらかの強力な技を繰り出したその場へと向かおうとしていると理解し、自分も馬から飛び降りるとクリストフェルの前へと駆け寄ると彼を抱きしめて止める。
「は、放せ! シャルがあの傷では……死んでしまう!」

「いけません! 殿下……あそこは人ではないもの達の戦場……殿下の赴く場所ではありません!」

「……シャルが人ではないとでもいうのか!」
 カッとなったクリストフェルが思わずマリアンを振り払おうとして、彼女を叩いてしまう……だが、それでもマリアンは再びクリストフェルを止めるために身を挺して彼へとしがみつく。
 怒りの表情を浮かべてクリストフェルは彼女を見下ろす……僕の大事なシャルが人ではない、怪物だとでも言いたいのかと、叱りつけようと彼女の顔を見るが、マリアンは目に涙をいっぱいに溜めて彼を見つめていた。
 まるで戦場に行って欲しくないと涙ながらに訴える兵士の妻のような顔で……クリストフェルも幼少期に、兵役に出る夫を見送る妻達の姿を式典で見たことがある。
 その時に見た女性達の顔と全く同じ表情を彼女はしていた……マリアンは彼を見つめたまま話しかけてきた。
「いけませんクリス……いや、殿下あそこへは人が行っていい場所では無い……今は行かないで……お願いです」

「ま、マリアン……だが婚約者が死にかけているかもしれないのだ、助けなくては」

「……シャルロッタ様は強い、人では無いくらい強い……怖いです、私……彼女が怖いです」
 マリアンは泣きながら一生懸命に彼へと訴えかける……子供の頃からよく見ていた彼女がここまで感情をむき出しにするのは初めてだ。
 昔からよく笑い、泣く子だったがいつの日から彼女はこう言った表情を見せなくなったのだろう? 侍従として仕えると決めた時からだろうか?
 イヤイヤをするように彼の胸に顔を埋めて泣きじゃくるマリアン……そうだ、先程我が軍の兵士もシャルを見て恐怖に満ちた目を向けていた。
 彼女の能力は人を超えている、それはわかっていた……手合わせした時に感じたそこ知れぬ強さ、一太刀ですら浴びせられないと相対した瞬間に思ったそのそこ知れぬ何か。
「……僕はシャルを愛している……彼女が人では無い? だが僕はそうだとしても彼女を最後まで信じるよ」

「殿下……」
 見れば戦場で輝いていた光の柱は収まりつつある……そこにあったのは巨大なクレーター、地面があまりの破壊力に吹き飛ばされ、消滅した後だった。
 恐ろしいまでの能力……だがクリストフェルはわかった、あの柱は本来戦場だけでなく周囲全てを容赦無く吹き飛ばすだけの破壊力があったはず。
 それをシャルロッタが無理やり方向を変えて自分たちを守ったのだと……もしかしたら本人は意識などしていなかっただろうが、それでもあれだけの魔力を放出していながら、これだけの被害で済んでいることが奇跡に違いない。
 彼はマリアンに優しく微笑むと、彼女の頭をそっと撫でてから語りかけた。
「……大丈夫、彼女は怪物でもなんでもない、ちょっと強すぎるだけの優しい令嬢さ……それを僕はちゃんと証明するよ」



「……あたた……流石にお腹を切り刻まれたツケが回ってきましたわね」
 わたくしは大きく開いたクレーター……先程の大砲拳撃ビックガンで地面ごと吹き飛ばしてしまったため、その中心で腹部に刺さったままの鉈を見て苦笑する。
 咄嗟の判断で大砲拳撃ビックガンの方向性を上空に向けたので、戦場やハーティには影響が出ていないだろうけど、少なくとも付近の街では謎の光輝く柱が空に伸びたとか言われちゃうんだろうな。
 鉈にそっと手を当ててこの武器自体に何か悪質な呪いがかかっていないかなどを確認するが、どうやら本当に普通の武器のようだ。
 とはいえ金属製だがわたくしも見たことのない材質でできているため、おそらくだけどワーボス神の下賜した神器にはなるのだろう。

「う、んッ! ……あ……うう……くううんッ!」
 覚悟を決めて腹部に食い込んだ打ち砕く者デストロイヤーの武器である巨大な鉈をゆっくりと抜くと、ゴボッ! という鈍い音と共に大量の血液が腹部から流れ出す。
 だがすぐにわたくしは断ち切られかけている腹筋に力を込めて一気に血流を止めていく……普通の人間であればこれだけで死ぬとは思うが、あら残念……わたくしこの程度じゃ死にませんのよ。
 ということで肉体の欠損を先程まで攻撃に回していた魔力を戻して修復していくと、あっという間に傷跡が塞がり血まみれの衣服はどうしようもないけど腹部には傷ひとつついていない元の状態へと戻っていく。
 うーん、腸とか臓物がはみ出てなくてよかった……その状態でふらふら歩いていたら死体にしか見えないからな、ホラー映画じゃないってーの。
「……か、怪物め……」

「ん?」
 わたくしが肉体を修復しつつ声の方向を見ると、上半身……胸像のような姿となった打ち砕く者デストロイヤーが地面に転がって憎々しげな目でコチラをみているところだった。
 横目で状態を確認するとすでに回復能力自体は働いていないのか、血液……というにはグロい色をしているが、ともかく色々流しながらも彼自身はまだ命を繋いでいた。
 欠損した下半身や腕などは完全に消滅したようで戦闘不能と言って良い状況だ、つまりわたくしの勝ちってこと。
「……どうやったらお前を殺せる……どうすればよかったのだ」

「一撃でわたくしを吹き飛ばしなさいな、わたくしと戦った魔王……ああ、貴方の考えている魔王様とは違うと思うけど、少なくともあいつはそうしたわよ」

「一撃でだと……クハハッ! それができれば最初からそうしているわ」
 そうだろうな、打ち砕く者デストロイヤーはどちらかというと肉弾戦と隠密を得意とした戦士で、一撃で範囲を殲滅するような攻撃はたったひとつ、混沌魔法確殺なる世界キルアゲインのみなのだ。
 これは権能を行使するための縛りに近いものだが、もし彼が普通の魔法を撃ったとしても魔力の総量が高いため、人間は簡単に蒸発するだろうから、まあこれはこれでアリなのだとは思う。
 わたくしは打ち砕く者デストロイヤーの側に腰を下ろすと、軽くため息をつく……というのも結構な量の魔力を消費尽くして少し疲れているからだ。
「ま、わたくしの肉体に傷をつけてのけたのは素直に感心するわ」

「皮肉か?」

「……そうね、皮肉にしか聞こえないわね」

「そうだな……」
 打ち砕く者デストロイヤーは自重気味の笑みを浮かべる……ただまあ、本当に今回はギリギリだった気がする。
 首を貫かれた時や腕を断ち切られるという経験はこの世界では初めてだ……肉体の欠損をちゃんと修復できることは知っている。
 子供の頃にちょっとした実験で手を切ったりして修復すさせるということを繰り返したおかげでもある、だけど断ち切られた腕を元通りにするというのは「できるとわかってる」けどやらなかった。
 前世ではちゃんとできたんだからできるだろ、と思ってたけどいざやるとなるとめちゃくちゃ痛いし、実際に修復した腕が前と同じかどうかちゃんと確認しなきゃいけないだろうな。
「だが……」

「ん?」

「……悪くない、殺戮の果てに完全なる敗北を知り……そして我はワーボスの元へと帰れる」
 なんだこいつめちゃくちゃ爽やかな顔してんじゃねえか……ワーボス神の信徒といえば暴力と殺戮でことを収めようとするヤバい連中ばっかりだったのに、上位眷属はここまで人間臭いのか。
 狩人としての性能も高すぎたな……あれだけの隠密能力スニークはわたくしの感覚では絶対に察知できない、恐ろしい能力に思える。
 打ち砕く者デストロイヤーはクハハハッ! と笑い声を上げるとわたくしを見て目を見開いた……その目は狂気のようなものは宿っておらずあくまでもまっすぐなものだ。
「貴様にはいつか死が訪れる……逃れようのない死がな」

「そうねえ……九〇年くらい後には成就するんじゃない?」

「口の減らん女だ……我ら訓戒者プリーチャーがお前を殺す……必ずな……再びお前……殺す……るぞ」
 黒い煙を上げながら打ち砕く者デストロイヤーの体が消滅していく……仮初の命とも言える混沌の眷属の能力が消失したことで、無理やりこの世界に肉体を留めておくことができなくなったのだろう。
 だがその口元にはどこか満足げな笑みを浮かべており、どうやらここからの復活はなさそうだ……いや復活されても困るからね? 今結構魔力消費しててちょっと辛いくらいなんだから。
 ミシミシと武器で切り裂かれた腹が痛む……どうやら内臓はまだ完全に修復し切っていないのか中から傷んでいる気がする。
「ったく……でも予想以上に強敵だったわね……訓戒者プリーチャーはまだいるってことか……」

 わたくしは地面に身を投げ出すと大きく息を吐く……こうでもしていないと色々な場所が痛くて仕方ないのだ。
 痛みを感じるということは、わたくしもまた一つの生命、人間として生きているということに他ならない……だがこれからどうやって辺境伯領の人達と話せばいいだろうか?
 すでにわたくしの圧倒的な戦闘能力はバレてしまったし、なんせ首を貫いても、腕がちぎれても死なない女だ……クリスはどんな顔をするんだろう。
 ふと頬に涙が伝う感触で思わず身を起こしてそっと拭うが……そっか、クリスに拒絶されるかもって思うとわたくしでもこんな気持ちになるんだ。

「……嫌われたくない……か……わたくしもちゃんと人間だってことね……」
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