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第一九四話 シャルロッタ 一六歳 打ち砕く者 〇四

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「神滅魔法……神智の瞳リアライズッ!」

 わたくしの目に周囲全ての情報が叩き込まれていく……神智の瞳リアライズ、この魔法は攻撃に使用する魔法ではない。
 まるで時が止まったかのような感覚……わたくしの視界が色を失い大空を舞う鷲のように戦場を優雅に駆け巡るその中にいる全ての人が、怪物が動きを止めたかのように見えている。
 一つ一つ黒装束の怪物……混沌の眷属の位置をマークしていく……数は九〇体程度か? もう少し数がいたかもしれないが辺境伯だけでなく侯爵軍の兵士が相打ちになりながらも相手を倒したためだろう。
 敵対的な存在がわたくしのモノクロに見える視界の中、赤く光っている……次の瞬間時が動き出すのと同時に、わたくしは全力で前へと飛び出した。

「……全員ぶっ殺してやりますわ」
 その場にいた兵士たちは一陣の風が駆け抜けたかと思うかもしれない……数秒の間にわたくしはマークして赤くハイライトしている混沌の眷属を一刀の元に切り裂いていく。
 戦場は広い……全力で駆け抜けつつわたくしは手に持った不滅イモータルを振るって、黒装束の怪物を真っ二つに切り裂き、頭をもぎ取り、剣を突き刺し……返り血を浴びながらもわたくしは全力で兵士たちの間を駆け抜ける。
 彼らにとっては瞬きの間に何かが通った、という記憶しか残らないかもしれない……だが、同じ王国の民を救うべくわたくしはそれまで見せたことのないような速度で彼らの間を駆け抜け、剣をふるい……全ての怪物を切り捨てて駆け抜けた。
 時間は……? 数分も経過していないかもしれない、わたくしにとっては永遠とも言える長い時間に感じられたが、この神智の瞳リアライズの影響があるからだろう。

 わたくしが全ての怪物を鏖殺おうさつにして退けると、それまで兵士たちを襲っていた者達が血飛沫をあげながら倒れていく。
 彼らは何が起きたのかわからなかったらしく、ポカンとした顔で息を切らせながら怪物の返り血を浴びながら立っているわたくしを見ている。
 ゆっくりと怪物達が地面へと倒れ伏していくのを見て、自分たちが助かったのだと理解するまで数秒、いやもう少しだけ時間がかかるかもしれない。
 彼らは手に持った武器を取り落とし、地面へと金属がぶつかる高い音が鳴り響き……そう、わたくしは本当に一瞬だけ警戒を解いていた。
 息が荒い……それまでわたくしは全力で走ろうが、何をしようが息を切るようなことはなかった……神智の瞳リアライズの影響も大きかったし、本当に数秒の間に全ての敵を切り捨てたことで、心肺機能が限界に達していたのだ。
 だから……完全に警戒していなかった、まさかもう一人息を顰めて姿を隠し、わたくしの警戒が完全にゆるむその瞬間を狙っているものがいるだなんて。
「……だからこそこの瞬間を待っていた」

 ——それはほんの一瞬、この世界に転生して初めて肉体を断ち切られた感触。

「……!? くああああっ!?」
 わたくしの耳元で知らない声が囁かれた……次の瞬間わたくしの左腕が根本から断ち切られ、赤い血が舞う。
 激痛と衝撃で思わず悲鳴をあげたわたくしの背後に、それまで姿すら見えなかった緑色の肌を保つそれは前々世では鬼と呼ばれる種族に似た巨人が、馬鹿でかい鉈のような武器を振るってわたくしの左腕を宙に跳ね飛ばしているのが見える。
 な、んだ? こいつは初めて見る……だがその纏う雰囲気と瘤だらけの不快で不潔な肌、口元に浮かぶ歪んだ笑みでわたくしはそいつが訓戒者プリーチャーであることに気がついた。
 激しい痛みに膝をつくが、間髪入れずわたくしの顔面に訓戒者プリーチャーの蹴りが叩き込まれわたくしは大きく跳ね飛ばされた。
 巨人から比べると小さなわたくしの身体が宙を舞う……なんとか痛みを堪えてわたくしは空中で姿勢を整えようとするが、失った左腕のせいでうまく体の制御が効かず、そのまま地面へと叩きつけられた。
「あぐああっ!」

「クカカッ! 戦場を舞う翡翠カワセミも羽根をもがれれば飛ぶこと敵うまい?」
 わたくしが顔を上げてその声の主……緑色の皮膚と瘤だらけの体、そして恐ろしいまでに発達した筋肉に突き出した顎から突き出す巨大な牙……手に持った巨大な鉈は邪悪な装飾に彩られ、先ほどの攻撃で付着したわたくし自身の血液に彩られている。
 明らかなる混沌の眷属訓戒者プリーチャーである怪物を睨みつけるが……激しい痛みとどくどくと流れ出す血液の感触に気分が悪くなってくる。
 魔力を集中して血流を止め、すぐに左腕を再生させていく……失ったはずの腕があっという間に復活するのを見て、その怪物はほう? と感心したような声をあげる。
「……お前も十分怪物だなあ? 辺境の翡翠姫アルキオネ……兵士諸君、また第二王子殿、こやつも我と同じ怪物の仲間ではないかな?」

「……何を……」

「我は混沌神の寵愛を受けし訓戒者プリーチャー……打ち砕く者デストロイヤー、そこな辺境の翡翠姫アルキオネと同じ人ではない怪物である」
 打ち砕く者デストロイヤーは両手を広げて叫ぶ……明らかなる異形の姿の怪物が、あっという間に腕を直してしまったわたくしをと言った。
 わたくしは何を馬鹿な、とばかりに周りで呆然とした表情を浮かべる兵士たちを見るが……次の瞬間、彼らの目に恐怖や怯えのこもった色が灯っていることに気がついた。
 うっかりしていたが……戦場で戦う兵士が肉体欠損などの負傷で戦線離脱をした場合、数ヶ月をかけて欠損した部位の修復を行うと言われている。
 一瞬で直せるような魔法なんてこの世界には存在しないのだ……前の世界でも一般人は欠損した肉体を修復するのに年単位で時間をかけたのだし。

「……確かに、シャルロッタ様はいきなり左腕を修復したぞ……」
「あれだけの怪我を一瞬で治すなんて……」
「でも俺たちを助けて……」

 ざわざわとざわめきのようなものが広がっていく……一度吹き出した疑念のようなものはそう簡単に払拭することはできない。
 それが奇妙な外見の怪物から発せられたものだったとしても、事実としてわたくしが人の域を超えた何かで、自分たちを襲っていた怪物を屠り、そして腕を切断されたにも関わらず恐ろしいまでの魔力で一瞬で欠損を修復したことは皆が目撃しているのだ。
 ぎりり、と奥歯を噛み締める……わかっているわたくしの能力は目の前で歪んだ笑みを浮かべている打ち砕く者デストロイヤーと大して変わらない怪物レベルなのだということを。
 少しだけ見た目がいいってだけで本質としては、大して変わらないかもしれない……世界に存在してはいけない異物だということすら。
打ち砕く者デストロイヤー……ッ!」

「どうしたどうした、反論はないのか? お前もこのように……」
 打ち砕く者デストロイヤーは突然自分の左手首に武器を振るうと鉈で切り落とす……濃い緑色の血液が流れ出し、地面へと滴り落ちると土を焦がすように煙をあげる。
 だがその欠損はやはり同じように瞬時に回復していく……彼の場合は黒い泡を伴ったものだが、わたくしと同じように彼もまた肉体を瞬時に修復してみせた。
 それを見た兵士たちがもはや恐怖と言っても良い目でわたくしを見つめ始める……彼らは言葉には出していないけども、同じだと……怪物の仲間なのか……と言いたげなそんな視線を向けてくる。
「なあ? お仲間だろう我らは……我も同じように腕を直したぞ?」

「い、一緒にされても……それは全然違う……」

「何が違うのだ? お前も同じように一皮剥けば我のように醜い外見をしているのだろう?」
 どう答えるのが正しいのだ? わたくしの思考が混乱する……打ち砕く者デストロイヤーとわたくしの纏う魔力は本質的には全然違う。
 わたくしが生命力や魔力をもとに欠損部位を無理やり修復し、肉体をというものに対して、打ち砕く者デストロイヤーの再生能力は混沌神から与えられた権能で、肉体をってくらい違う。
 でもそれは結果論としては全く同じことをしていて……わたくしはどう答えていいのかわからずに、黙り込むがそれを見た兵士たちは不信感を持った目でわたくし達を見ているのがわかる。
「違う……わたくしはお前とは全然違う……」

「ならもう一度肉体を切り刻んでやろう、今度は足を吹き飛ばし……お前が肉体を修復するところをもう一度見せてやれば良いか」
 その言葉と同時に凄まじい速度で切り込んできた打ち砕く者デストロイヤーの一撃をわたくしは不滅イモータルで受け止めるが……まずい、自分自身の思考が混乱していてどうしたらいいのかわからなくなってきている。
 今までわたくしはずっと能力を隠し、公表せずに生きてきた……肉体の欠損を人前で修復したのは初めてだし、それが周りにどう見られるのか十分理解していたはずだった。
 しかし……いざその場面となるとわたくしを見る敵味方問わず全ての人間の視線が……「怖い」……そうだ、これは嫌われたくない、好かれたい、愛されたいと思う人間ならでは誰でも思うことが、音を立てて崩れ落ちているような気がして怖いと思った。
「……腑抜けが」

「……ッ! うぐううっ!」
 腹部に凄まじい衝撃を受けてわたくしの体が跳ね飛ばされる……宙を舞って一〇〇メートル近く飛ばされたわたくしは、受け身も取れずそのまま地面へと叩きつけられた。
 腹部を押さえて何度も咳き込むが、大きな欠損はないがこれは防御結界がきちんと機能したからだろう。
 それでも衝撃がそのまま伝わってきているのは、打ち砕く者デストロイヤーの権能に由来するものだろうか? 防御無視? いや……違う? どう反撃する? どうすればいい?
 混乱するわたくしがなんとか立ち上がったのを見て、打ち砕く者デストロイヤーは再び歪んだ口元に笑みを浮かべて話しかけてきた。

「そうだ、そうだ……我と同じ怪物の姫君よ……この程度で死ぬことはありえない、人なら死ぬが……我と同じ怪物はこの程度では死なないよな? クハハハッ!」
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