わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第一七一話 シャルロッタ 一六歳 侵攻作戦 〇一

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「それは誠なのか……?」

「……見てきたことを正確にお伝えしているだけです」
 アンダース・マルムスティーン国王代理の顔色が変わる……謁見の間にいる第一王子派貴族たちもざわざわと騒がしく疑問や否定、驚きの声が広がっている。
 彼らの前には、ラヴィーナ・マリー・マンソン伯爵令嬢……通称「死霊令嬢」が恭しく頭を垂れたまま、国王代理に報告を行っていた。

 彼女曰く……領地へと向かっていたシャルロッタ・インテリペリ辺境伯令嬢を捕捉し、足止めを行ったが同行させた訓戒者プリーチャー、そして彼女が生成した不死者すべてがシャルロッタたちに滅ぼされたこと。
 ラヴィーナは幻獣ガルムと戦闘となったが敗退し、命からがら逃げ伸びたこと……護衛として同行していた訓戒者プリーチャーはシャルロッタ本人との戦闘の後おそらく敗北したということ。
 訓戒者プリーチャーの名前が公に報告されたのはこの瞬間が初めてなのだが、現在謁見の間にそろっている貴族たちはすでに混沌の眷属による買収もしくは篭絡を受けており、人知を超えた訓戒者プリーチャー辺境の翡翠姫アルキオネごときに敗退しているという事実に驚きを隠せない。
「まさか……辺境の翡翠姫アルキオネがそれだけの能力を隠し持っていたというのか?」

「私は直接戦っていませんが、護衛につけていただいた訓戒者プリーチャー……這い寄る者クロウラーがここにいないというのがその証拠」

這い寄る者クロウラーが……あれは一軍に匹敵する戦力のはずです……」
 アンダースの傍で控えている聖女ソフィーヤ・ハルフォードも驚きを隠せない……這い寄る者はイングウェイ王国の軍隊よりも強い存在であることは第一王子派上層部であれば理解をしている。
 よく見ればラヴィーナもあちこちに包帯を巻いており、満身創痍といった状況であることは一目瞭然である。
 どうやら彼女が話していることは眉唾ではないらしい……と第一王子派の貴族たちが、今まで隠されていたシャルロッタ・インテリペリという一令嬢の計り知れない一面を知り、ごくりと喉を鳴らす。
「で、伝令ッ! 第八軍団が……!」

「どうした騒々しい……第八軍団はハーティを包囲する手はずになってただろう?! ハーティを陥落させたのか?」

「ち、違います……‼ 第八軍団が壊滅……ハーティは健在です!」

「「「はああああ?!」」」
 一斉に謁見の間が騒がしくなる……第八軍団は第一王子派の中でも小規模な軍団だが、指揮官であるレーサークロス子爵は百戦錬磨の猛将であり、野戦指揮官としては有能な男だったはずだ。
 それゆえにインテリペリ辺境伯領の重要拠点であり、足がかりとなるハーティを包囲し陥落させる任務を与えたのだが……アンダースは少し眉を顰めると、伝令を持ってきた兵士へと尋ねる。
「第八軍団はどうした、子爵は戻れるのか? まずは戦闘の経緯を報告せよ」

「は、はい……戻ってきたのは数名の兵士と下士官でして……そのものが言うには……」
 伝令の兵士は第八軍団に所属していた兵士の言葉をそのまま伝えることにして、手に持った報告書と併せて話始める。
 初戦でハーティを攻撃し、第八軍団と守備隊は一進一退の戦いを繰り広げていた。
 数で勝る第八軍団は一気に押し込むのではなく、ハーティの地形に邪魔されない程度の小規模の部隊を代わる代わるハーティへと当てて、守備隊の疲弊を待つ作戦に出た。
「定石だな……第八軍団すべてを動員していないとはいえ、ハーティは二〇〇かそこらの兵しかいないからな」

「はい、子爵はハーティの後背に抜ける裏道を事前に調査していたらしく別動隊が招集されたそうです」

「ほう、さすがは子爵と言ったところか……」
 アンダースやほかの貴族も納得したように頷くが、誰もがなぜそこまでして敗退したのかがまだ理解できていなかった。
 報告のとおり、レーサークロス子爵の命によりハーティの後背を攻撃するための部隊を編成し、向かわせようとした所、突如巨大な火柱と地響きが鳴り響き、地形が変わるほどの爆発が発生して攻撃が中断された。
 その後、作戦が変更され正面攻撃へと移ったが守備隊側に冒険者「赤竜の息吹」が突如参戦し、城門で激しい戦闘が繰り返された。
 エルネット・ファイアーハウスが城門を守備している間は強攻できないと判断した子爵は、騎士アンセルモをぶつけることを考え、一騎打ちに持ち込んだ。
「アンセルモ……まだあの狂犬を飼っていたのか……」

「だがあいつは素行は悪いが腕は確かだ、子爵が重用するのもわかるではないか」
 騎士アンセルモの武名は皆が知るところである……だがその反面、命令無視や度重なる蛮行など素行に大きな難を抱えている彼をあえて自軍に引き入れようという人物は少なかった。
 子爵とアンセルモはお互いを侮蔑しあいながらも、持ちつ持たれつの関係を続けていたことは誰もが知るところであった。
「で? アンセルモだったらそこら辺の冒険者など敵ではないだろう?」

「と、ところが……エルネット・ファイアーハウスはアンセルモを打倒したそうです……」

「な、なんだと……あの狂犬を倒せる冒険者がいたのか……」
 騎士アンセルモとエルネットの一騎打ちは互角に見えていたが、最終的にはアンセルモが討ち取られハーティ守備隊は大いに士気をあげた。
 だが……そこで異変が起きた、第八軍団の本営付近で巨大なうなり声と、爆発が起き地響きが周囲を揺るがすと、藍色の身体を持つドラゴンとも狼ともつかない巨大な魔獣がどこからともなく現れ第八軍団を襲い始めたのだという。
「な、なんだそれは……インテリペリ辺境伯家の隠し玉か何かか?」

「い、いえ……それが目撃者によるとハーティ側の守備隊も冒険者たちもその姿を見て必死に街へと逃げ込んだそうで……どうやら自然発生した魔獣なのかと……」

「そうそう都合よく魔獣が発生するか!」
 だが……巨大な魔獣はレーサークロス子爵を食い殺し、本営にいた兵士たちへと襲い掛かり、殺戮が始まった。
 兵士たちは必死に逃げまどい、もうだめかと思った瞬間にハーティから銀髪の少女、シャルロッタ・インテリペリが剣を片手に魔獣と戦いはじめた。
 それを目撃していた兵士たちはまるでシャルロッタが銀色の髪をした英雄のように見えたという……魔獣がすさまじい攻撃を繰り出してもシャルロッタは難なくそれを防ぎ切ると、まるで稲妻のような音ともに斬撃を繰り出し、魔獣を一刀のもとに沈めたのだという。
「……馬鹿な……あの娘は単なるクリストフェルの婚約者だぞ……?」

「そ、そうだ幻覚でも見ていたのではないか?」

「ですが、第八軍団が壊滅し、魔獣を倒したのがその小娘となると、あまりよくないですわね」
 謁見の間に一人の女性の姿が現れる……妖艶な雰囲気を漂わせるグラマラスな黒髪の女性は、その体形を固辞するかのような少し露出が多めの人によっては下品とも捕らえられるようなきわどいドレスを着用しており、妖しい笑みを浮かべながらゆっくりとアンダースの傍へと近づいていく。
 欲する者デザイアと名乗る女……いつからかアンダースの傍に侍り、彼の寵愛を受けるようになった不思議な女性。
欲する者デザイアか……小娘とはいえ、ドラゴン並みの魔獣を倒せるような英雄がこの国の反逆者となったのだぞ?」

「そうですわねえ……でも殿下は強い相手を倒すのがお好みでしょう?」

「まあな……クリストフェルごときでは力不足だとは思っていたが……」
 うふふ……と妖艶な笑みを浮かべる欲する者デザイアが衆目の目も気にせずにアンダースへとしなだれかかる……だがその姿を見ても貴族の誰も注意をしようとしない。
 なぜなら……その女が人ではなく訓戒者プリーチャーの一人であり、混沌の眷属の中でも最高峰の地位を持っていることを理解しているからだ。
 だが彼女本来の姿ではない、アンダースの好みに近い女性の姿へと変化して骨抜きにしている最中なのだから。
 そしてこの場においてアンダースは本来の主ではなく、欲する者デザイア……そして彼女の背後にいる闇征く者ダークストーカーであることは理解しているのだ。
 すでにこのイングウェイ王国は混沌の支配下にあるといってもいい……知らないのは大半の国民と、第一王子派のほんの一部、そして第二王子派、中立派のすべて。
「殿下、これは国家の危機……インテリペリ辺境伯家へと全兵力を上げて討伐軍を差し向けたほうがよいでしょう」

「おお、そうか……欲する者デザイアはそう思うのか……」

「ええ、おそらくシャルロッタ嬢と弟君は合流し王都を狙うでしょう……王都の戦闘を避けるためにも一戦にて相手を滅ぼすことが必要かと思いますわ」
 欲する者デザイアの瞳が妖しく輝く……妖艶な笑みを浮かべた彼女は、くすくす笑いながらそっとアンダースの頬に手を差し伸べるとまるで羽毛で撫でるかのようなみだらな動きを見せていく。
 その動きにアンダースは心の底から気持ちよさそうな表情を浮かべ、我慢できなくなったのか欲する者デザイアの唇を軽く啄む。
 だが、第一王子派の視線に気が付いたのか一度咳ばらいをしてから表情を引き締めると彼らへと命令を下した。
「余はここに王国軍の動員を命ずる……敵はインテリペリ辺境伯家である、作戦計画立案は軍部に一任するが、裁可を得るために計画が完成した時点で余も含めて作戦会議を行う」

「「「はっ! イングウェイ王国の栄光のために!」」」
 第一王子派の貴族たちが一礼するとともに、謁見の間より下がっていく……聖女ソフィーヤも一度アンダースの服を開けようとしている欲する者デザイアをちらりと見ると、それに気が付いた彼女はゆがんだ笑みを浮かべて笑うのが見え、軽く頭を下げるとその場から立ち去っていく。
 ソフィーヤは歩きながらくすくす笑う……戦争となれば、直接シャルロッタ嬢と戦うことになるだろう。
 戦争は多くの人が死ぬ、多くの悲劇が巻き起こる……そしてその悲劇から人々を導くのは聖女たる自分しかいない。

「さあ、王国すべてを包み込む悲劇の始まりよ……シャルロッタ様がどれだけ強くても、人である以上すべては救えないわ……楽しみね」
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