わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

文字の大きさ
193 / 430

第一六八話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 一八

しおりを挟む
 ——銀色の戦乙女と巨大な藍色の獣は常人にはもはや判別のつかない速度で攻防を繰り返している。

「な、なんて速度の防御なんだ……しかもシャルロッタ様は攻撃を見ずに防御してないか? あれ」
 エルネットの隣に立つリディルが何が起きているのか理解できない、といった表情を浮かべている……エルネットですらその神速の防御はかろうじて判別できる程度。
 だが少しわかった事がある……猟犬ハウンドと呼ばれる化け物は本体が目の前にいるが、攻撃は空間を飛び越え、相手の背後だろうと上空からでも攻撃を加えてくる。
 シャルロッタは自分以外には対処できない、と判断したのは正しかったのだ、前から迫る攻撃を受けるのと同時に、背後からの攻撃、真下から迫る攻撃などどうやったら防げるのか皆目想像すらつかない。
「どうやって防御するんだろう……感覚のようなものなのだろうか?」

「あれは……圧倒的な速度と研ぎ澄まされた感覚で剣を置きに行っているのですかね……」
 その様子を呆れたような顔で見ている幻獣ガルム族のユルは、もはやああいうのを見ても驚かないと言わんばかりの顔だが、シャルロッタはほぼタイムラグなしで迫る攻撃を難なく捌いている。
 しかも本人は攻撃に視線を動かすことはなく、あくまで猟犬ハウンド本体を見つめ続けているのだ……その口元には笑みが浮かんでおり、明らかに余裕の表情だ。
 しかも相手の体長は優に五メートルを超えており、小型のドラゴン並みといっても良い……その衝撃は鍛えていない人間であれば簡単に押し潰されてしまうようなものだ。
「あんな細い体でどうやってあの衝撃を受け止めているんだ」

「受け流しているんですかね……地面に衝撃を逃がしているのもあると思いますが……」
 その証拠にシャルロッタの立っている地面には衝撃が伝わっているのか、攻撃を捌くたびに軽く揺れているようにもみえ、衝撃に耐えきれなくなった地面が割れていくのが見える。
 普通揺れる地面の上で剣を振るうのは相当に難易度が高く、揺れる船の上で戦う訓練を行う海兵も素質がないとなる事ができないと言われている。
 それと似たような状況でも彼女の剣は的確に相手の攻撃を防御している……どれだけの研鑽を積めばそうなるのか? エルネットだけでなく、その場にいた全員が驚きを隠し得ない。
「お、構え直した……珍しいですね、シャルが剣を構えるのは……」

「そういえば彼女は普段構えを取らないよな」
 ユルがシャルロッタの構えが変わったことに気がつくが、それを見てエルネット達が反応する……シャルロッタは普段剣を構えることは多くない、彼らの前では相手を拳で殴り飛ばしたり魔法を使って殲滅するなどの行動が多いからだ。
 だが構えたということは猟犬ハウンドの能力がそれだけ高いということだろうか?
 それに合わせるように猟犬ハウンドの姿が空気に溶け込むように消えていく……見えない敵と戦う?! 相手の場所がわからない状態でどうやって戦うのか。
 エルネットはごくり、と喉を鳴らすとあくまでも笑みを浮かべたまま剣を構えるシャルロッタの見つめる。
「……どうやってこの状態から勝つのか……俺に理解できるのだろうか? いや……必ずその高みにまで迫ってみせる……」



 わたくしの前から猟犬ハウンドの姿が消える……これは光学迷彩のように光の屈折を利用したものではなく、空間の狭間に隠れるというまるで違う原理によって起きている現象である。
 つまり姿を消している時は本当にこの世界に肉体が存在していないため、攻撃は当たらないのだ……今考えてみても、この生物無茶苦茶だな。
 基本的には空間の狭間にいる間はお互い手が出せないのだけど、猟犬ハウンドはその狭間を伝って攻撃をする事ができると言われている。
 先ほどのほぼタイムラグなしの攻撃もその一つで、空間を捻じ曲げて強制的に攻撃を到達させていると考えれば良いだろう。

「だけど空間の狭間にいたとしても位置情報は同一線上にあるわけでね……姿が見えないだけなのよ」
 わたくしは魔力を一気に集中させていく……相変わらず猟犬ハウンドの荒い息遣いはあちこちから聞こえてきている。
 こちらに自分の位置を把握させないための行動だろうが、わたくしはそもそも息遣いとか声で相手の場所を特定しているわけではないので、大した欺瞞にはならないんだけどね。
 次の瞬間背後から迫る攻撃をわたくしはそれまでと違い、防御結界で防ぐ……魔力で強化した結界に触れた猟犬ハウンドの爪は何か超硬質なものにぶち当たったかのように、わたくしに触れる事なくその場で静止する。

「……何これ? 硬い? いや硬いだけじゃない……」
「魔力、しかも高純度の強い魔力」
「人間のくせに生意気な、なんて力……!」

「わたくしの防御結界は物理、魔法問わず防ぎますわよ?」
 正確にいえばそれだけではないのだけど、猟犬ハウンドに全てを教えてやる必要もないし今はこの程度でいいだろう、わたくしは体を高速回転させて、不滅イモータルを振るうが反撃を予想していたのか、斬撃が到達する寸前に再び狭間へと姿を隠す。
 完全に姿を消している時……忍び歩きスニークと呼ばれる状態では実は彼らもやれることが限られるというのは猟犬ハウンドと戦った英雄達が記録に残している。
 最も脅威となるのは最初のように姿を見せていた状態での距離を無視した連続攻撃にあるわけで、動物的な本能で反撃を受けないように行動している今の方が対処がしやすかったりもする。
 まあこれは通常の猟犬ハウンドへの対処法なので、キング級となっている目の前の個体はもう少し隠し球くらい持っていそうだけど。
「……手数を打ってこないとわたくしは倒せませんわよ? 数打ったところで倒せないですけどね」

「なら手数を増やす……影の槍シャドウランス
「焼き尽くす……破滅の炎ルインオブフレイム
「動きを止める……荊棘の呪いカースオブソーン
「その肉体を貫く……氷の槍アイスジャベリン

 わたくしの防御結界に突然パキパキと音を立てて巻き付くドス黒い荊棘の蔓が巻き付くと同時に、地面を突き破って何本もの影の槍《シャドウランス》が結界に叩きつけられる。
 そしてまた別の方向から稲妻状の炎が、そして背後から白い冷気を発しながら氷の槍がわたくしへと突き立てられ、衝撃で周りの空気が振動し、奇妙なくらいの甲高い音と爆発音をあげていく。
 だが、それら全ての攻撃はわたくしの結界に阻まれ、ビリビリと振動しながら空中に静止しており、肉体に触れることすらできていない。
 魔法の四重奏カルテットね……なかなかいい攻撃持ってるじゃないの、だけどこの程度の魔法ではわたくしの防御結界を貫くことは難しいんだよね。
「あら、結構いい攻撃持っているのね? 同時に四種類の魔法を放つなんてこの世界では初めでですわよ?」

「まだまだ攻撃は続くよ……火球ファイアーボール
「焼き尽くす……破滅の炎ルインオブフレイム
「破壊してやる! ……石弾ストーンブラスト
「ハリネズミにしてやる……魔法の弾丸マジックアロー

 わたくしへとさまざまな方向から魔法が迫る……だがわたくしは意に介することなく、そのまま前進を続けていく。
 結界に衝突した炎が爆発し、魔力で構成された回転する石の弾丸が砕け散り、魔力の矢すら結界を貫通することなくその場で砕け散っていく。
 だがわたくしは笑顔を浮かべたままどんどん前へと出ていく……魔力を使って視界を強化すると、猟犬ハウンドが隠れている狭間の位置を確認していく。
 空間の狭間は視認できないが、必ず攻撃に転ずる瞬間に何かしらの反応が見えるはず……視界の隅にこちらをみている瞳がチラリと見え、その場所に思い切り腕を突っ込む。
「……いたわね? 出てきなさいッ!」

「……ひいっ!」
「この人間、僕を掴んで……」
「やめろ! やめろおおっ!」

「いい子だからこっちへいらっしゃいな!!」
 わたくしは空間の狭間に突っ込んだ腕を引き抜くと、巨大な藍色の体が何もない空間を引き裂くようにズルズルとその姿を表していく。
 わたくしが思い切り腕を振り抜くと、体長六メートルほどの異形の怪物が地面へと大きく放り出され、悲鳴をあげてゴロゴロと転がっていく。
 さて、なぜ狭間から無理やり引き摺り出したのか……というと、猟犬ハウンドは狭間に姿を隠している時には特殊な魔力のフィールドを使って自由自在にその位置を隠している。
 だが、このフィールドはわたくしの防御結界などと違い、空間のズレとかそういったもの感知する器官を利用しているらしい。
 この感知というのは猟犬ハウンド自身が本能的に行っているものではあるそうだが、無理やりに狭間から引き摺り出された場合、器官の働きに影響を生じる……つまりバグが発生して一時的に狭間の中へと戻る事ができなくなるのだ。
「……前世で聞いた猟犬ハウンド対策なのよねー……無理やり引っ張り出すと、そいつは結構長い時間世界にとどまらなければいけない」

「この食料にしかならない人間が……ッ! 僕を引き摺り出していい気になりやがって……絶対に食ってやる!」
 猟犬ハウンドが怒りの表情を浮かべながら巨大な口を大きく開く……怒りで藍色だった体色が、次第に紫色に近くなっていく。
 こうなればあとは力押し……わたくしが最も得意とする腕力パワーでどうにかなるだろう……口元を歪めて笑みを浮かべてからわたくしは再びほんの少し腰を落とした構えを取る。
 そして醜く巨大な怪物を前にし、自身に秘められた莫大な魔力を解き放っていく……!

「さあ、早くも最終ラウンドよ! ここから先は一方的にぶち殺してやるわ、覚悟なさいッ!」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

処理中です...