わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第一六五話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 一五

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「クハハハッ!」

「うおおおっ!」
 騎士アンセルモと冒険者エルネットの一騎打ちが続いている……両軍は戦う手を休めて二人の英雄がぶつかり合う姿を見て、思わず見惚れてしまっている。
 体格に勝るアンセルモは豪快かつ、野性味あふれる動きでエルネットの神速の斬撃をかわし、受け止め、そしてその攻撃をかいくぐって反撃を行っている。
 一進一退……両者は無傷ではいられず、浅い切り傷や打撲の跡が増えていっているが一歩も引こうとしていない。
 何度目かの激突の後、ふとアンセルモが距離をとると肩で息をしながらエルネットに語りかけた。
「……そろそろ決着だな……楽しかったぜエルネット・ファイアーハウス、俺が生きてきた中でこれほどの猛者は初めてだった」

「……そうか、俺もあんたほどの戦士は初めてだよ」

「クハハ! そうか、なら満足だな」
 アンセルモは豪快な笑い声をあげると、ゆっくりと戦斧を構えなおす……両者互角にみえていた一騎打ちだったが、当事者同士ではある程度お互いの手を出し尽くし、どちらが強いのか? というシンプルな答えを求めていた。
 アンセルモはふと気が付いてしまっていた……目の前に立つエルネット・ファイアーハウスという男が次第に戦いの中で自分の力量を超え始めているということに。
 攻撃を交わす中で、まるでこちらの出方を予想していたかのように立ち回り始めているということに……それはアンセルモの攻撃や動きをエルネットは理解し始めてしまっているということだ。

 対して自分はエルネットの攻撃を感覚だけで捌き、対応をしているが避けきれない攻撃が肉を裂き、血を流し……努力を嫌った肉体が相当に疲労し始めている。
 目の前の男も辛そうだが、まだ自分ほど息を切らせていない……どれだけの研鑽を積み続けているのか、そして恐ろしいことにアンセルモより強い敵と戦ったことがあるのか、どんなに早い斬撃を繰り出そうが、変則的な打撃を打とうがエルネットは防御することができている。
 確かに彼の肉体にも傷がついている……だが、冷静に観察してみればアンセルモとエルネットでは傷の数が違い過ぎる。
 彼が致命傷をうけていないのは野獣のような反射神経で辛うじて避けているからだが、エルネットの傷は反撃を考慮したギリギリの防御を考慮した結果の浅いものだらけなのだから。
「だからってはいそうですか、とは言えねえ……俺は暴虐の騎士アンセルモだ」

「……」

「俺は自分がやりたいように生きる、そして弱者を食らう……そうきめてんだよぉッ!」
 アンセルモは戦斧を軽々と振り回すと、頭上ですさまじい勢いで回転させていく……エルネットは黙って盾を投げ捨てると、手に持っていた長剣を両手で構えなおした。
 相手の行動が捨て身の一撃……最後の大技に出たと判断したからだ、これまでの戦いの中で騎士アンセルモは確かに言動は下卑たものがあり、正直言えば好きになれそうな性格の人物ではなかった。
 実際に彼が愛するリリーナを傷つけるなどの言動には怒りを覚えているが、だが戦いの中でアンセルモは決して暗器などの武器を使わずあくまで真っ向勝負を挑んできていることに気が付いていた。
 戦士として見た場合、ある意味純粋な力のみを信奉した男なのかもしれない……だが、ここで倒さなければさらに多くの被害が出るだろう。
「……ここで決着をつけようアンセルモ」

「望むところだ! 俺の全力の一撃をうけてみろおおっ!」
 轟轟と空気を切り裂いていた戦斧が、回転の勢いを加えられてそれまで以上の速度で一気に振り下ろされる……普通の戦士であれば恐怖で身がすくむかもしれない程の迫力。
 だがエルネットはごく自然に前へと出た……周りで見ていた兵士たちがあっと息を呑む光景のなか、振り下ろされた戦斧がそれまで彼がいた地面をたたき割るように衝突し轟音をあげる。
 その斬撃を本当に紙一重で躱したエルネットはまるで自然な動きで、力みもなく両手で構えていた剣をそっと振るった。
 二人の戦士の位置が入れ替わり、一瞬の静寂が訪れたが先にアンセルモがゆっくりと好敵手へと向き直る。
「……何が足りねえ、何が駄目だったんだ?」

「あんたはめちゃくちゃ強かったよ、だけど俺はもっと強い者を見てきて、それに追いつこうと努力している」

「努力なんて俺には必要なかった、俺は最初からこうだったし、強かったんだ……」

「だからだよ、アンセルモ……あんたは最初から強すぎたんだ」
 そうか……とエルネットに切り裂かれた腹部に手をあてた後、アンセルモは自らの手が真っ赤に染まりぬるりとした感触を感じ、苦笑気味に口元をゆがめた。
 そしてその巨躯がゆっくりと崩れ落ちる……エルネットの横凪に払われた斬撃は、アンセルモの鎧を切り裂き、肉体を断ち切り致命傷を与えていた。
 少しの間両軍ともに沈黙に支配されていたが、次第にハーティ守備隊からざわざわと声が広がり……そして歓声となって戦場に響き渡った。

「「「「うおおおおおっ! エルネット卿が勝利だ!!!」」」」

 その声を聴きながらエルネットはふうっ、と大きく息を吐くとその場に座り込んでしまう……恐ろしいまでの緊張感から解放され、疲労が全身を包み込んで立っていられなくなったからだ。
 彼を遠巻きに見ている第八軍団の兵士たちが次第に悲鳴にも近い声を上げている……アンセルモは第八軍団において最強の戦士だった。
 性格は最悪で嫌われていたが、戦場に投入すれば確実に勝利をもたらせる最強の駒だったのだ……だが、その最強の駒は今物言わぬ躯となって地面に倒れている。

「ま、まずいぞ……アンセルモ卿が死んだとなっては……俺たちじゃとてもではないが太刀打ちできない……」
「お、お前が前に出ろよ」
「うるせえ! おまえが出ろふざけんな! 第一あいつなんで負けてやがる!」

 口々にお互いをの罵り合う兵士たちを見て、エルネットはすこしあきれたような表情を浮かべた……おそらく兵士たちの中ではアンセルモが出れば自分たちが危険な目に遭わずにエルネットを倒してくれると思っていたのだろう。
 だがその頼みの綱はすでに死に、彼らは進むか引くかの選択肢しか残されなくなった……指揮をしているはずの隊長格の兵士もどうしたらいいのかわからないらしく、あたふたとしている。
 エルネットはゆっくりと立ち上がって、投げ捨てた盾を拾ってから剣をもう一度片手で握り直すと第八軍団の兵士たちへと向けて語りかけた。
「……いいか! このエルネット・ファイアーハウスがアンセルモを討ち取った! 俺に勝てると思うものはさっさと……」

 だが、エルネットがしゃべり終えるよりも早く、いきなり第八軍団の本営方面から大きな地響きと、爆発音……そして巨大な肉食獣のような吠え声が戦場へと響き渡った。
 その地響きは先ほどシャルロッタが地形を破壊したときよりも大きく、その場にいた全員がバランスを崩して地面へと崩れ落ちる。
 ハーティ守備隊も含め、その場にいた全員が何が起きたか理解できない間にも、本営方面では何か黒い影のようなものが見え、そして悲鳴と怒号……そして大きな吠え声が再び聞こえてくる。
 エルネットはその様子を見て、ぞっとするような寒気を感じ、直観的に今この戦場に何か恐ろしいものが解き放たれたのだ、と気が付いた。
「……な、なんだ……?! 敵がまだ隠し玉を持っていたっていうことなのか?! まずいぞ、ハーティ守備隊! 都市内へと逃げるんだ!」



 ——時は少し前に戻る……ポール・レーサークロス子爵は遠眼鏡を利用して、エルネットとアンセルモの一騎打ちを観察していた。

「まずいな……アンセルモでも太刀打ちできない戦士だぞあれは……」
 第八軍団最強の駒であるフィー・アンセルモ騎士爵は嫌われてはいるが、実力は本物でどんな戦場であっても必ず結果を出してきていた。
 素行が悪かろうが、どれだけ失礼な態度をとろうが実力が認められている故にレーサークロス子爵は彼を処罰することはなかったし、アンセルモもそれが分かっていたからこそ結果を求め続けていた。
 だがその駒が不利だ……エルネット・ファイアーハウスという恐るべき敵を前に互角に戦っているように見えているが、子爵はちゃんと判っていた。

 おそらくこの後アンセルモは倒される、と。
 そうなると彼には打つ手が無くなる……援軍の到着を待って攻めかかるのが常道ではあるが……少なからず損害を出した第八軍団は今後第一王子派の中でも立場が無くなってしまうかもしれない。
 ふと懐に入っていた小箱が振動しているような気がして、彼は小箱を取り出す……黒い小箱はまるで中に何かが入っているかのように微振動を繰り返しており、どことなくけもの臭い匂いがあたりに立ち込め始めている。

『……いいですか、勝ちたいと思うのであれば最も効果的な場所で……特に負けそうな時には素晴らしい結果をもたらすでしょう、勝っているときは使わないでくださいね』

 欲する者デザイアと名乗ったあの女の言葉が脳裏に蘇る……負けそうなときに結果が出る? 今このままではハーティ守備隊、たった三〇〇名程度の兵士を倒せず撤退しなければならないのだ。
 それは……それはダメだ、第八軍団の歴史をここで終わらせてしまっていいはずがない、彼の代でレーサークロス子爵家を没落させるわけにはいかない。
 震える手が自分の意思でなく、まるで吸い寄せられるように黒い小箱へと伸びていく……何が出るのだ? この箱はなにが封じられているのか?
 わからないが、もはやこの意思を止めることが難しい……子爵が黒い小箱に手をかけた瞬間、何かが黒い小箱から噴出したかのように見えたあと、彼の視界が真っ黒に染まる。
 そして耳元で何かを嗅ぎ続ける荒い鼻息と、生臭いようなそれでいて恐ろしく獣臭い匂いが広がっていき、彼の意識が一気に暗転していく。
 だが最後にレーサークロス子爵の耳にはこの世の者とは思えないひどい濁声でしゃべる言葉が聞こえていた。

『……出口見つけたぁ……ようやく食べれる、おいしい肉いっぱい、楽しみ、楽しみ、楽しみ‥‥…』
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