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第一六〇話 シャルロッタ 一六歳 ハーティ防衛 一〇

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「……な、なんて女だ……」

 目の前で獰猛な笑みを浮かべている白銀の戦乙女を見て、黒烏達は畏怖しつつも油断なくその間合いを詰めていく。
 地面には容赦なく切り捨てられた黒装束の男が三名絶命して転がっているが、先ほどシャルロッタ・インテリペリへと飛びかかったこの三名がどうやって切り捨てられたのか、彼らの目には全く見えなかった。
 見た目は華やかだが、倒された男たちはまるですさまじい切れ味の刃物で両断されたかのように真っ二つにされており、じわじわと血が地面に広がっているのが見える。
「……少しはやるのかとおもったら、やっぱりザコね」

「……なんだと?」

「相手するのもかわいそうだから、逃げるなら今のうちになさい? すこしだけ待ってあげる」
 シャルロッタはあくまでも笑みを絶やさずにそう告げる……可憐で美しい笑みの下に明らかな侮蔑、弱者を見て興味を失ったとでも言わんばかりの感情が目の奥に見え隠れしているのがわかった。
 黒烏達の誇りに傷をつけられた、と感じたのか彼らの中にどす黒い感情が芽生える……盗賊組合の実行部隊としては歴史が浅いものの、かなりの実力者をそろえているはずの部隊なのだ。
 だが意思に反して彼らの肉体は言うことを聞かない……目の前に立っている令嬢、いや彼女の全身から放たれている圧倒的な存在感に気圧されているからだ。
「……な、舐めやがって……」

「黒烏を甘く見ると……」

「甘く見るもなにも……皆様の攻撃はわたくしに届かない、ついでに言うとその刃物に付着している毒物、その程度ではわたくしの命には届きませんのよ?」
 シャルロッタはあくまでも余裕の表情を崩さない……実際に黒烏達の得物には強力な致死性の毒物が塗られているのだが、それすらも効果がないとでもいうのだろうか?
 その毒物は大型の魔物ですら一撃で昏倒する強力なものなのだが……だが、そもそも彼女の間合いに入ることすら難しい状態でどうやって毒を体内に入れれば良いのだろう。
「頭……」

「ああ、一斉に囲むぞ」
 黒烏達がシャルロッタの周囲を囲むように配置を変えていく……その連携した動きは相手を幻惑するような不思議なリズムで構成されており、それを見たシャルロッタは動きの見事さに感心したのか軽く口笛を吹いた。
 彼女も恐ろしく強いが、背後を守るような位置に立っている黒い幻獣ガルムも要注意だ……彼女が契約しているという情報は流れていたが、まさかあれほど大きな幻獣を使役しているとは考えていなかった。
 だがガルムは積極的にこちらへと仕掛けてくる様子はなく、どうやらシャルロッタ自身が何らかの意図をもって幻獣を前に出していないらしい。
「ガルムを前に出さないのは余裕か? ずいぶん舐められたものだな」

「ユルを前に出したら一瞬で終わっちゃうからよ、それくらい差があるんですのよ?」
 じりじりと距離を詰めながら周りを不規則な速度で周回する黒烏達を身ながら、優雅にほほ笑むシャルロッタの言葉は恐ろしく辛辣だ。
 彼女の愛称から考えると恐ろしいほどのギャップがあるが、第一王子派が王都にいたころの彼女へと査問会を開いたとき、契約しているガルムだけでなく彼女自身もかなり反抗的な態度だった、と一部の貴族達からは評されている。
「確かに認める……令嬢という外見ではなく、お前はやはり何かを隠し持っていた……だがッ!」

 その言葉と同時に黒烏達が一斉にシャルロッタへと向かって跳躍する……その動きの見事さ、連携の美しさは流石に数々の任務を達成してきた凄腕の暗殺者集団であると思わされるほど統制が取れており、普通の騎士などでは気が付けばその身を幾重にも貫かれてしまうであろう速度を持っていた。
 しかし……黒烏達は理解していなかった、彼らの前に立っている人物はここではない別の世界で最強とまで言われ、世界を破滅に導こうとする魔王を少数の仲間と共にうち滅ぼした本物の勇者なのだということを。
「とったぁっ!」

「……え?」
 まるで動こうとしない彼女の身体に武器が突き刺さったかのようにみえた次の瞬間、彼女の姿は幻獣ガルムと共にその場から姿を消していた。
 何が起きたかわからない黒烏達はお互い何もない空間へと武器を突き出した状態で視線を交わし、呆然とした表情を浮かべる。
 どこへ? あの女はどこへ行ったのだ?! 気配すら感じさせず、それよりもこちらが武器を突き出すまではその場にいたはずのシャルロッタとガルムがその場にいないという状況に、脳が理解できずに混乱している。
「……だから言ったでしょ? 相手にならないから逃げてもいいと」

「え?」
 彼らの背後からいきなり声をかけられ驚きつつ背後へと視線を動かすと……まるで無傷のシャルロッタ・インテリペリがそこには立っている。
 彼女の手に握られていたはずの剣は姿を消し、彼女は黒烏達へと手を伸ばしている……ガルムも彼女の傍にいない、どこへ行った?! と考える間もなく彼女の突き出した手のひらを中心に紅蓮の炎が生み出されていく。
 その炎は恐ろしいまでの魔力が集中し、すさまじい密度で収斂したことによりまばゆい輝きを放っていた。

「……火炎炸裂ファイアリィブラスト
 シャルロッタの放った言葉と同時に黒烏達の視界が真っ赤に染まる……火炎炸裂ファイアリィブラスト、幻獣ガルムのユルが多用している炎系中位魔法の一つだが、彼女が解き放った魔力は常人のそれではなく……黒烏のリーダーのみが辛うじて着弾前に大きく身を投げ出すようにその場から飛んだものの、それ以外の暗殺者たちは地面をえぐるような爆発とともに言葉通り、肉体を蒸発させられ悲鳴を上げることなく絶命する。
 ゴウウッ! というすこし鈍い炸裂音と共に空間が焼き払われたことに、リーダーの顔に恐怖と絶望の色がにじみ出る。
 何とか身体を投げ出したことで蒸発こそ避けれたが、爆発の余波で大きく跳ね飛ばされシャルロッタから少し離れた場所に叩きつけられ、全身に鈍い痛みを感じながらも意識を保っている。

「な、あ……嘘だろ……こんな、こんな威力は……」
 火炎炸裂ファイアリィブラストはある程度修行と学習をした魔法使いなら扱える中級魔法の一つだ。
 威力は高く、まっすぐに着弾地点へと到達し爆発する……使用者の魔力に応じて着弾速度や爆発半径が広がるといわれているが、この魔法で生み出される炎は強力だが肉体を蒸発させるほどの威力は持っていない……はずだった。
 仲間たちが一瞬で蒸発した場所には、大きく地面が抉られ炭化した光景が広がっており、尋常ではない高熱が空間ごと焼き払ったことがわかる。
「込める魔力を調節することで魔法の威力は上がる……だけどこのやり方って実は効率があまりよくないの、一人の人間が一つの魔法に込められる魔力はそれほど多くないし、威力を増やすためには乗算で消費される魔力の桁がかわっていくからね」

「な、なにを……お前は本当に何者なんだ……」

「だけど魔力を込めることを許容できるだけのキャパシティがあるだけで低位魔法であっても人を殺すだけの威力を作り出せる……人によってはこれだけで魔力を消費し尽くすわ」
 シャルロッタは掌の上に小さな氷の塊を作り出す……その形は低位魔法としても知られる氷の矢アイスニードルそのものだったが、彼女の掌に出現した氷の矢アイスニードルはパキパキという音を立てて周囲に冷気の渦を作りながら凄まじい勢いで形を大きく変化させ、手投げ槍ジャベリン程度の大きさへとその姿を変えていった。
 その光景を目の当たりにした黒烏のリーダーは呆けたように彼女の掌にある氷の槍を見つめている……これはすでに現在ある魔法学の理解を超えた技術だ。
「まあ、本当に効率悪いからね……おすすめはしないですわ、それにわたくしもこういう細かい技術のあんまり好きじゃないの、やっぱり男の子なら逞しくって大きい方がいいでしょ?」

「……う、うあ……」
 次の瞬間、氷の矢アイスニードルを消滅させたシャルロッタ・インテリペリは左人差し指を上空へと向けた。
 リーダーが視線を上空へと移していくと、そこには巨大な炎が渦巻く球体が浮かんでおり、まるで小型の太陽がいきなり出現したかのようだった。
 火球は渦巻き、時折その表面から炎を吹き出し、紅焔のようにも見えるが……周囲の空気が高温で歪んでみえ、さらに周囲の木々を放射する熱だけで焼き焦がしていく。
 だがシャルロッタは黒烏のリーダーを見つめて口元を歪めて咲うと、ゆっくりと左腕を振り下ろしていく。
「この場所は軍隊が通れないように整地しなきゃね、このレベルの魔法を人相手に使うってのはあまり良くないんだけど……地形を変えるには仕方ないの、諦めてね」

「た、助け……助けて……」

「ダメよ、逃げる機会は与えられたのに逃げないのは自分の選択よ? だからその代償を払うだけのこと……冥土の土産に持っていきなさい、神滅魔法獄炎の裁きファイアパワー
 その言葉と同時に渦巻く火球が地面へと落ちていく……視界が真っ白に染まり、全てが焼き尽くされる筆舌に尽くしがたい苦痛が訪れた後、黒烏の意識は暗黒に飲まれていく。
 地面へと接触した火球はそのまま半分程度まで地面を削り取っていくと、ある瞬間を境に周囲へと巨大な爆音と共に連鎖的な爆発を繰り返し、地形ごと吹き飛ばしていく。

 ——その凄まじい轟音は、ハーティで戦闘をしていた第八軍団だけでなく、ハーティ守備隊も含めた戦場にいた全ての兵士の手が止まるほどのものであったと記録されている。
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