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(幕間) 虹色に光る影 〇二

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「最近農作物の育ちが悪いのです……味も落ちてしまっていて……」

「い、いや食事をいただけるだけでも有り難いことですのでお気になさらずに」
 そう言って野菜屑のスープを口に運んだエルネットだが露骨に表情が歪むのを見て、エミリオがやれやれとばかりに首を振る。
 森の探索ではめぼしいものは見つからなかった、小動物の炭化した死体や焼けこげたような木々など異変はあったことがわかるが、村に来るまでの間何か異変が起きるようなことはなかったのだ。
 久しぶりにやってきた冒険者、ということで村人たちは村長の家に案内をしてくれたが、一様に皆痩せほそり目の下には隈ができており疲れ切っているのが本当によくわかった。
「……申し訳ありません、お口に合わないでしょうが村にあるものはこれしかなくて……」

「い、いえ本当に大丈夫です、生活が苦しい中用意していただいたものですから」
 とはいえこの野菜屑のスープに入っている野菜はまるで灰のようにパサパサで味がなく、そして何よりも異常なほど渋く苦すぎる味になっている。
 王都にある裏通りの追い剥ぎ宿屋ですらこれよりまともな食事が出るな、とエルネットは言葉には出さないものの内心そう思った……毒物入りでないことを女神に祈るしかないレベルだ。
 かろうじて入っている何の肉かもわからない切れ端ですら、同じように焦げた木材を食べているかのような感触で咀嚼することすら厳しいもので、何度もえづきながらも必死に食事を飲み込んでいく。
「……しかしこれでは村人皆さんの健康に影響が出ているのでは無いですか?」

「数日食べていない子供もいます……」

「さっき子供達が歩いているのを見たけど……あれじゃほとんど小さな生霊レイスにしか見えないわね」
 リリーナの前にあったパン……黒パンはかろうじて味があるように思えるが、それでも周囲に軽いカビが生えており、その部分を手で取り除きながら口に運んでいく。
 だが、リリーナも一瞬口元を抑えてから目に涙を溜めつつゆっくりと時間をかけてやっとの思いで飲み込むと、木製のコップに入った水を使って胸元を苦しそうに何度か叩いた。
「赤竜の息吹」の面々は村から提供された食事を食べ進めつつ話を聞いているが、村人が言うには異変が起きてから畑や豚、牛などの様子が完全におかしくなっているのだという。
 動物は元気がなく痩せ細り、肉は味気がなくパサパサとした食感に、畑の野菜は萎びて変色しまるで枯れた木を齧っているかのようだという。
「……そのほかに何か変わったことはありませんか?」

「外れに住んでいる一家が最近村へ来なくなりました、もしかしたら餓死しているかもしれないのですが……とても確認に行く気力がありません」
 村長は疲れ切っているのか深くため息をついて首を振る……食事もままならない、異変の原因すらわからないということであれば仕方がないだろうなとエルネットは彼の状況に同情してしまう。
 デヴィットがスープの具をスプーンでつつきながら、少し何かおかしなことがあるのかスプーンで萎びた野菜屑を持ち上げて眉を顰めている。
「どうした? 何かあるのか?」

「あ、いや……おかしいなって思って……」

「全部おかしいじゃない、どこが違うっての」
 エルネットに問いかけられたデヴィットが何かを答えようとしたが、不機嫌そうなリリーナが横から茶々を入れたことで、彼は少し不機嫌そうな顔になる。
 だがエルネットがリリーナに視線を送って制止すると、彼女はフン! と軽く鼻を鳴らしてから手をふらふらと振ってデヴィットに続きを話すように促した。
 その仕草を見てデヴィットはエルネットを見ると、スプーンに救った野菜屑を指さすと仲間へと説明するように話し始めた。
「野菜もそうなんだが肉も全て生命力の痕跡がない……森で見た小動物の死体と同じ気がする」

「……確かに味が悪いというよりは、生命力が枯渇しているという感じですね……焼けた後になりがちな状態というか」
 デヴィットの言葉にエミリオも自分のスープを見ながら顎に手を当てて少し悩むような仕草をする……神官である彼の目にも目の前の食材に何か足りないところがあると感じたのだろう。
 エルネットもその言葉に軽く頷くと、なんとか食べ切った皿の中に転がる肉の破片を軽くスプーンで突くと、まるでそれまで無理やり形を保っていたものが崩れるように崩壊していく。
 軽く頷くとデヴィットは彼らの会話を呆けたように聞いていた村長に向かって問いかけた。
「村長、畑は焼けていないんだよな? 近所で火事とかは?」

「ございません、火の扱いには気を遣っていますし……ああ、でも異変後に一度騒ぎがあったような……」

「それはどんな騒ぎですか?」

「思えばあの時が最初ですね……井戸の水が不味くて飲めなくなったと、でもうちの村はその井戸を使うしかなくて……」
 村長の言葉にデヴィットとエルネットは黙って頷く……井戸の水は調べる必要が出てきている、森の中を調査しても異変の調査にはならない。
 おそらく他の冒険者や貴族の調査は森側に集中しており、村の中にあるものを全ては調査していないのではないだろうか。
 リリーナがカビた黒パンをようやく飲み込み終えると、軽くため息をついてからお皿に残ったまずいスープを一気に飲み干して軽く口元を拭うとニコッと笑う。
「じゃ、井戸の中を調査ってことでいいかな? 水質調査……いや一家の調査からやったほうがいいと思うけど……道具あったっけ?」

「簡易検査ならできるように道具は持ってきている、水はこいつでいいか」

「なら明日の朝調査を開始だな、村長さんその話にあった一家と、水に異常があれば井戸を調べさせてください」
 エルネットの言葉に村長は少し困惑したような表情を浮かべる……これまで村に調査に来た冒険者、調査団含めて表面上の調査だけで、水や一家を調べようと言い出したものたちはいなかったからだ。
 だが今の状況をどうにかしないと村は壊滅する……それにもしそのあたりに原因があるならば、異変を改善すればどうにかなる可能性も高いからだ。
 村長は少し悩んだ後に静かにエルネットへと頭を下げて搾り出すような声で懇願した。
「……お願いします、なんとかこの村を……村を救ってくだされ……」



 ——は冷たい水の中でじっと身を潜めていた。

 水の中は落ち着く……厄介な陽の光を受けずに済む、そして身が焼けるような思いもしなくて済むのだから。
 には呼吸が必要ない、ただ生命を追いかけて捕食するだけの本能と自分がなんであるかを理解する程度の知能を有していた。
 この水の中にいた生命は全て食い尽くした……だから陽の光が落ちるとは自ら這い上がり、開放感のある地上で命を吸い取った。
 大きな光は狙っていない……に備わった意識が本当に食べるものがない時だけ食べなくてはいけない、と教えている。
 特に植物や小さな生命を育てる大きな光はまだまだ役立てなければいけないからだ。

 ——だがあらかた食い尽くしてしまった気がする。

 先日がいる近くまで複数の大きな光がやってきていた。
 食べてしまおうかと思ったが本能がそれを押し留めた……姿を見られているわけではない、それは最後の手段だと太古から受け継がれている知恵がそうさせた。
 命はずっと紡がれている……それこそ気が遠くなるほどに遠く、古い時代には地上に多く存在していた……数は他の生命よりもずっと少なかったが、大いなる存在がを守っていた。

 ——いつの間にかは一人になっていた。

 永い永い間はずっと小さな存在へと変化していた……もしかしたら一族に何かがあったのかもしれない。
 滅亡したのかもしれない……目が覚めてからは孤独だった、誰も周りにいない……周りにいるのは餌だけ。
 そういえば少し離れた場所にいた大きな光は美味しかった……たくさんの小さな光を持っていて、ずいぶん腹ごしらえをさせてもらった。
 悲鳴をあげて逃げ惑う光を食らった時に思ったのだ、光が消えてしまう前に美味しく食べなければいけない……この場所にいる光を全て食べてしまったら次の場所へと移動するのだ。

 の一族はそうやって生きてきたのだと本能が告げている……ずいぶん健康そうな光が村の外からもやってきている。
 強く眩しい光だ……食べたら本当に美味しいだろう、今は弱った光の場所に固まっている。
 だが嫌な匂いも同時にしている……はその匂いが嫌いだった、それが危ないものだと理解しているから。
 思えば一族が滅びたのはその嫌な匂いだったはずなのだ……彼らがここを離れる前に食べれたら最高だろう……そうだ、早くその時が来るのを楽しみには眠りについた。

 ——肉体がないにも関わらず、強い空腹感を覚えたは深く深く大きなため息をついた。
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