わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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(幕間) 虹色に光る影 〇一

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 ——は、ふと気がついた。自分には知性があると、意識を持つ生命体なのだと……は周りを見渡すと、そこには不思議な光彩が広がっているのが見えた。

 ふと光の一つがの前を横切ろうとしたのを見て、強い欲求を覚えた。
 自らの手を伸ばすようにゆっくりと目の前にある動く光を追いかけ捕える、光は次第に輝きを失い、そして漆黒の闇へと変化していく。
 どうしてだろう? これは光を放たなくなった……なぜだろう? 自分の腹が満たされていくような心地よさを覚えて、それは次の光を追いかけていく。
 羽ばたくように舞う光を捉える……この光は小さすぎてすぐに闇へと変化してしまう、それではもっと大きな光を捕まえてみよう。

 ああ、光を取り込むに従って次第に自分の中に大きな熱のようなものが生まれていくのがはっきりとわかった。
 地上を跳ね回る小さな光と取り込む、耳障りな羽音を立てる光を取り込む……小さな光は小さな熱を、少し大きな光は少しだけ大きな熱を、の中へ生み出されていく。
 熱は次第に自らの意識をはっきりと知覚させ、そしてそれまで光のようにしか見えなかったものの輪郭が見えるようになっていく。
 先ほど羽音を立てた光は、硬い外皮を持つ小さな生き物だった、地上を跳ね回る光は大きな耳を持つ四つ足で歩く生物のようだ。

「……ギャッギャアアッ!」
 それまでよりも大きな光が目の前に複数体現れた……二足歩行する小型の生物、をみて何かを叫んでいる。
 は耳障りだな、と不快感を覚えてその生物へと手を伸ばす……光はすぐに失われた、地面へと光の粒がボタボタと音を立ててこぼれ落ちる。
 そうか自分は、音を聞くこともできる……悲鳴をあげて逃げ出そうとするその生物へと手を伸ばすと、思ったよりも脆かったのか簡単に真っ二つに引き裂かれてしまい光が失われた。
 強い光、どうやら四つ足で歩く生物よりも二足歩行の生物の方が強い熱を得られるらしい……それであれば優先して光を取り込む方が良いだろう。

 知覚できる範囲を広げていく……どうやらこの生物は集団生活を営んでいるのか、複数の光がの意識の中へと入ってくるのがわかった。
 に舌はないが、熱を得られるとわかって高揚した気分でゆっくりと空気の中を流れるように移動していく……強い欲求、食欲がを動かしていく。
 そしては小さな二足歩行の生物たちが集まっている洞窟へと辿り着くと、その食指を生物へと向かって伸ばしていく。
 小さな光も、怯えたような感情を放つ悲鳴も、大きな光もは取り込んでいくに従って、強い熱を持つ生命体として成長をしていくのがわかった。
 はコミュニケーション能力など必要なかったが、ふと自分から空気を震わせて音を出すのだと気がついた。
「……ごち、ごち……ごごちそうさまぁ……ねつをありが……とう……もっとおいしいもの……ほしい」



「……なんだこりゃ……」
 銅級冒険者パーティである「赤竜の息吹」リーダー、エルネット・ファイアーハウスは依頼を受けてやってきた小さな森の中に転がる炭化したゴブリンの死体を見て意味がわからない、とばかりに肩をすくめる。
 王都の冒険者組合アドベンチャーギルドに持ち込まれた異様な依頼……曰く村の近くにある小さな森が枯れ始めている、足を踏み入れた狩人が戻ってこない……それまで村に悪さをしていたゴブリンが全くいなくなった、調査を依頼したい、というもの。
 ゴブリンがいなくなったらそれはそれでいいじゃねえか、と大半の冒険者が見向きもしない話だったため、半ば厄介払いとしてこの依頼が「赤竜の息吹」へと回されてきた。

『適当に調査して、問題ありませんって報告が欲しいらしい……全く貴族様ってやつは……』

 王都支部ギルドマスターのアイリーンはエルネットに苦笑いを浮かべてそう話していた。
 彼女が困っているのだろうな、と生来の正義感とアイリーンへの恩義を感じていたエルネットは他のメンバーが渋る中率先してこの依頼を受けることを決めてしまった。
 いつものことだし仕方ないか、と笑って流していたエミリオとデヴィットと違いリリーナは思うところがあったのか、少し不機嫌だったがそれでも斥候としての役割はきちんとこなしてきていた。
「……なんかおかしくない? 地面にある草木は全て枯れ果てているし、この消し炭みたいなのは野兎か何かじゃない?」

「炎で焼かれたって感じじゃないですね、森に火が出たなんて聞いていませんし」
 地面の所々が白く灰のように変化しているのは何故だろうか……それに昆虫や小鳥なども炭化した状態で地面へと転がっている……エミリオが軽く手で突くと、黒く炭化した小動物は簡単に崩れて風にさらわれて粉末状となって消滅していく。
 冒険者生活もそれなりに長くなってきているにも関わらず、ここまで異様な状況は見たことがない……どんな魔物が出現したらこうなってしまうのだろうか?
 そして手で触れてわかるが、恐ろしくパサパサとした軽い手触り、まるで命そのものが全てなくなってしまったかのような奇妙な手応えにエミリオは内心不安を感じる。
「普通の死体と違いますね……まるで不死者アンデッドによって命を吸い尽くされたような……しかし……」

不死者アンデッドだとしたらここまでの小動物を襲うか? 俺はそんな話聞いたことがないぞ」
 エミリオの言葉に、フンと鼻を鳴らしてデヴィットが応える……魔法使いである彼にとって、頼れる神官の話は荒唐無稽でとても信じられるものではないのだ。
 不死者アンデッドは生命を求めて歩き回り、そして命を吸い尽くすものもいるが小動物などを喰らう事はあり得ない、彼らの特殊な飢えを解消するには知的生命体の魂でなければいけないためだ。
 デヴィットの反論に少し困ったような表情を浮かべるとエミリオはリーダーへと視線を動かす。
「私もデヴィットの意見を信じています、これは何かがおかしい……余っていた依頼にしては困難が予想されます」

「……受けてしまっているからこのまま帰るわけにいかないよ、調査はきちんとしてから戻らないとね」
 エルネットは軽いため息をついてから仲間へと応える。
 彼にとってもこの依頼は分不相応なもののようにも感じて危機感を感じている、だがこのままおめおめと戻ってしまってはせっかく依頼を斡旋してくれたアイリーンに申し訳ないと思ってしまっている。
 銅級になってしばらくして彼らの活躍も広く知られるようになってきている、銀級冒険者への昇格が目前に迫ってきている状況であり内々でアイリーンからはエルネットに対して昇格はほぼ確実だから、安全な任務をいくつか受けておきなさいという助言を受けての今回の仕事なのだ。
「……すまない、この依頼を受けるって決めたのは俺だ……こんな事なら受けるんじゃ……」

「うるさいわね、ウジウジしてんじゃないわよ……受けたんなら最後までやる、それが私たちでしょ?」
 仏頂面のままリリーナはそっぽを向いてエルネットの胸を拳でドン! と叩いてからさっさと歩き出していく……そんな彼女を見ながらほんの少しだけ頬を染めたエルネットは慌てて彼女を追いかけて走り出す。
 エミリオとデヴィットがお互い顔を見合わせて苦笑いを浮かべる……リリーナとエルネットの関係はインテリペリ辺境伯領の頃から変わっていない。
 お互いを意識しているのにも関わらず子供のような関係を続けており、仲間としても「あいつらどうするんだ?」と思わなくもない二人なのだ。
「ったく……素直じゃねえな……」

「ですねえ……いいかげんエルネットが何かしてもおかしくないくらいの時間が経過しているんですけど……」
 リリーナがエルネットを心配しているのは理解している、エルネットも興味がない風を装っているが、彼女をわかりやすく意識しており、そんな二人を温かい目で見てきた彼らとしては微笑ましいものを見せられた気分になってしまう。
 エミリオは神職であり神に仕え奉仕することを人生の目標にしているし、デヴィットはそもそも知識の探究以外にあまり興味がない、そんな条件が揃っているのにも関わらず二人の関係はまるで進展していないのが悩ましい。
 さっさと森の奥へと歩いていく二人を追いかけて、彼ら二人ものんびりとついて歩いていく……なんやかんや言っても彼らは新進気鋭の冒険者パーティ「赤竜の息吹」である。
 銅級冒険者の中では頭一つ飛び抜けた存在であるし、今回の任務は難易度が高いとは思えなかったからだ……不死者アンデッドであれば対処方法も確立しており、それほど苦戦するとは思えない。

 ——だから、まだ彼らの意識の中では調査任務であるという気持ちがずっと残っていたのだ……この時はまだそう思っていても仕方のないことだった。
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