わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

文字の大きさ
上 下
164 / 427

第一四四話 シャルロッタ 一五歳 魔剣 〇四

しおりを挟む
「……父上、街に冒険者の一団が入ったそうなのですが……どうも不審な様子でして」

「ディートリヒ……冒険者を疑っても何もないぞ? 何がそんなに不審なのだ」
 アマデオ・コルピクラーニ子爵は報告に来た息子を見て、不思議そうな表情を浮かべる……現在コルピクラーニ子爵家はアマデオが主な政務を担当し、息子のディートリヒが防衛、主に魔物を退治したり犯罪抑止のための巡回などを担当している。
 その息子が不審な様子と告げる内容が気になり、彼は報告を受けることにした。
「実は……王都から避難してきた少女を護衛しているという冒険者がいたのですが、衛兵の話によると銅級のペンダントを提示したらしいのですが……」

「銅級なら護衛任務なども多く対応するのではないか?」

「いえ、実は対応した衛兵ではなくその様子を見ていたものが言うには、その冒険者……「赤竜の息吹」ではないかとのことなのです。以前別の依頼を受ける彼らの姿を見たとかで……そっくりだったそうです」

「なんだと? 「赤竜の息吹」?! どうしてそんな冒険者が態々銅級などと偽る……」
 そこまで話してアマデオは一つの仮説にたどり着いた……「赤竜の息吹」がインテリペリ辺境伯家と契約を結んでいることは知られている。
 あの孤高の冒険者もついに年貢の納め時か、などと揶揄されたこともあったようだが……それはそうと彼らはインテリペリ辺境伯家の子飼いになっている。
 王都から姿を消した第二王子派貴族、その中にはインテリペリ辺境伯家が誇る辺境の翡翠姫アルキオネも含まれている……インテリペリ辺境伯家がもし護衛を頼むとしたら「赤竜の息吹」しか該当しない。
「……最悪だ」

辺境の翡翠姫アルキオネを捕えましょう! なあに衛兵で囲めば冒険者など……」

「捕えた後はどうするのだ? 第一王子派に引き渡したと知ったインテリペリ辺境伯家の報復が待っているぞ」

「第一王子派に援軍を頼めばよろしい」

「……我々が戦争の火種となるのを黙って見過ごす気はないぞ息子よ……お前は過去辺境の翡翠姫アルキオネを手に入れることはできなかった、それを今でも恨みに思っているのか?」
 父親の冷静な視線に少しだけ表情を曇らせたディートリヒだったが、すぐに首を振ると違うと言わんばかりにじっと父の目を真っ向から受け止める。
 あの時辺境の翡翠姫アルキオネに求婚したことで、彼は年若い少女を見初めたとして貴族社会ではかなり悪評を立てられてしまっている、慌てて婚活を再開したもののその時の話に尾鰭がつき「幼女しか愛せない男」として貴族令嬢からは忌避される存在になっている。
「父上、俺は婚約を申し入れたがはっきりと辺境伯家が拒否をしてくれればよかったんだ」

「……あの返事を真に受けて待ち続けたのはお前の選択だろう? どちらにせよ手に入らないものを強請っても仕方あるまい……それに私は兵士を出すことは許可しないぞ、嵐が過ぎ去るまでじっと待つ、これも私たちのような下級貴族には必須の能力なのだから」
 アマデオは話は終わりだとばかりに手をひらひらと振った。
 それを見たディートリヒは何かを言おうとして一歩前に出るが……だが子爵はそんな息子に視線を戻すが思っていたよりも強い視線の前に思わずゴクリ、と喉を鳴らす。
 息子は我儘に育っている……あまり裕福ではない子爵家だったが彼の望むものは大体揃えることができた……王立学園でも十分学ばせた、帰郷してからも子爵家のために頑張ってきたことは認める。
 だがそれと同時に彼は手に入らないものまでも必死に手を伸ばそうとした……この世の中には絶対に手が届かないものもある、それをきちんと学ばせることができなかったのは親が悪いのだろうか?
「絶対に手出しをするな、私たちは辺境伯家や公爵家ではない、吹けば飛ぶような弱小貴族なのだと言うことを忘れるな」



「……シャル」

「わかっている、こうも簡単に包囲されるなんてどうかしているわ」
 薄暗い部屋の中でいきなり声をかけられて私は黙って質素な寝台から起き上がると、影の中からユルがずるりと姿を現した。
 マーサはすでに熟睡しており、リリーナさんはいつものように「赤竜の息吹」と同じ部屋に泊まっている……別々の部屋じゃなくていいと伝えたけど、エルネットさんがどうしてもこれは譲らなかったのだ。
 外では抑えられているけど金属が擦れるような音がしており、おそらくこの宿屋は完全に包囲された状態になっているのだろう。
 音を立てないように寝台から降りると、マーサが修繕してくれたブラウスや狩猟服を着用し直すと深く息を整えていく……大丈夫ある程度休んだので体調は万全だ、魔力も普段通り……胸を貫かれてした傷跡もないし、影響も残っていない。
 その時コンコン、と軽く扉がノックされて開かれると音もなくリリーナさんが部屋の中へと滑り込んできた。
「シャルロッタ様、すいません……どうやら囲まれたようで……」

「はい、無益な抵抗はこの街にも悪影響を与えますのでまずは話し合いをしようと思います」

「……承知しました、確かに無理に抵抗したところで……と言うのは感じますね、この数だと……」

「マーサをお願いします、ユルは影の中へ……本当に危ない時には呼ぶからそれまで待ってね」

「承知」
 ずるりと再び影の中へと戻るユルだが、まあ彼を使って暴れれば脱出は簡単……だけどその後数百人の兵士に追いかけられる可能性もあるし、ぶっちゃけマーサはこれまでの出来事と旅で限界に近いくらい疲れている。
 コルピクラーニ子爵はまだ話が通じるはずだ……息子のディートリヒはやっべー奴だけど、子爵はお父様からの返事をもらった後に一度家まで尋ねてきて、真摯に頭を下げていたんだよな。
 わたくしは一度これだけバタバタしても起きようとしないマーサを一度見てから、軽く微笑んで……廊下へと出た。

「さて……暴れるのは最後、侮辱されても我慢……」
 まだこの宿屋へ兵士は足を踏み入れていないようでわたくしは一人で廊下を歩いていき、階段をゆっくりと降りていく……酒場となっている一階はすでに明かりは落とされていたけど、宿の主人が蝋燭を片手にブルブルと震えながら不安そうな表情で周りを見回していたが、わたくしが階段から降りてきたことに気がつき、慌ててこちらへと向かってくる。
 宿に入った時や食事をとっている時とは違う格好のわたくしを見て、少し驚いていたようだが、それでも彼はこちらへ駆け寄ると窓の外で整列している兵士たちの影を見ながら話しかけてきた。
「あ……お客さん! 兵士が周りを囲んでて……どうなって……」

「……わたくしが出ます、仲間を保護してくださいまし……それとこれはご迷惑をおかけしたお詫びです」
 懐から十数枚の金貨を入れた皮の袋を取り出すと主人の手にそっと載せてから微笑む。
 彼は唖然とした表情で私を見ていたが、なんとなくわたくしが貴族であることやどうやら訳ありということに気がついたのか怯えた表情で何度か頷くとすぐに蝋燭を消して自分の部屋へと走り去っていく。
 しん、と静まり返った一階をゆっくりと歩くと宿の入り口にあたる少し大きめの扉を開けて私は外へと歩み出た。
「……夜中に大変迷惑ですね、どちら様か尋ねてもいいでしょうか?」

 いきなりわたくしが出てきたことで兵士たちは驚いたのか「え?」とか「あ……」とか完全に絶句した状態でこちらを見ている……そりゃそうだ、いきなり捕縛対象だと言われた貴族令嬢が一人で出てくるなんて思わないだろうから。
 わたくしは黙ってそのまま少し身なりの良い兵士……多分隊長だと思うけど、その男性の方へと表情を変えずに歩み寄る……まあ自分でも思うけどいきなり銀髪の美少女が近寄ってきたら驚くよね。
 隊長格の兵士はキョトンとした顔でわたくしを見ていたため、そのまま彼に向かって話しかけることにした。
「こんばんわ、わたくしはシャルロッタ・インテリペリと申しますが、貴方はどちらの所属ですか?」

「あ……は、はい! 私はウッドパイント所属、コルピクラーニ子爵配下となりますルーヘン兵長です」

「ルーヘン兵長、夜中に宿屋を囲むのはあまりに不躾かと思いますがどういうご用件でしょうか?」

「あ、そ、その……実は子爵のご子息……あ、いえディートリヒ守備隊長の命によりシャルロッタ様を捕縛……い、いえっ! 
 お迎えに上がりました!」
 ルーヘン兵長はなぜかわたくしを見て顔を真っ赤にしながら直立不動のまま、少し裏返った声で答えてくれた。
 捕縛ねえ……慌ててお迎えに、と言い直したところを見ると「抵抗したら殴ってでも連れてこい」という命令を受けているけど、本人はあんまり乗り気じゃなかったとかそう言うことか。
 わたくしは周りの兵士に視線を配ると、彼らはまさか本当にわたくし……つまり辺境の翡翠姫アルキオネが出てくるとか思ってなかったらしく、全員が少し驚愕と畏怖そして多少の下心のような複雑な感情を乗せた目で私を見ている。
 さてこう言う場合はどうするか……少し考えた後私はルーヘン兵長に向かってにっこりと微笑む、それだけで彼はさらに茹蛸のような顔色になって目を白黒させている。
「ルーヘン兵長、任務ご苦労様です……抵抗はしませんので、移送をお願いします」

「は……え? よろしいのですか?」

「その代わり宿屋にいる友人達には危害を加えて欲しくないのです、お願いできますか?」

「……本来は全員を捕縛という話でしたが……おい、シャルロッタ嬢は確保したから引き上げるぞ!」

「え? 兵長いいんですか?!」

「守備隊長には俺から報告するからお前らは黙ってろ……では少し狭い場所になりますが、あちらへ」
 ルーヘン兵長は少し離れた場所にある小さな護送用の馬車……といえば聞こえはいいけどその実囚人を放り込んでおくような簡素な屋根付きの馬車を指差す。
 わたくしは軽く頷くと、整列を始めたウッドパイント守備隊の様子を見ながら馬車に向かって歩いていく……うん、割と紳士的だなエスコートがないのは兵士長が貴族ではないことを示しているし。
 全く……一日だって休ませないぞと言わんばかりに、わたくしの旅路には揉め事しか起きないなあ……軽くため息をついたわたくしを見て、ルーヘン兵長は心配そうな表情を一瞬だけ見せると申し訳なさそうに話しかけてきた。

「ご令嬢を乗せるような馬車ではなくて申し訳ありません……それと、私たち兵士はその……本意ではなくて……申し訳ございません……」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...