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第一四四話 シャルロッタ 一五歳 魔剣 〇四
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「……父上、街に冒険者の一団が入ったそうなのですが……どうも不審な様子でして」
「ディートリヒ……冒険者を疑っても何もないぞ? 何がそんなに不審なのだ」
アマデオ・コルピクラーニ子爵は報告に来た息子を見て、不思議そうな表情を浮かべる……現在コルピクラーニ子爵家はアマデオが主な政務を担当し、息子のディートリヒが防衛、主に魔物を退治したり犯罪抑止のための巡回などを担当している。
その息子が不審な様子と告げる内容が気になり、彼は報告を受けることにした。
「実は……王都から避難してきた少女を護衛しているという冒険者がいたのですが、衛兵の話によると銅級のペンダントを提示したらしいのですが……」
「銅級なら護衛任務なども多く対応するのではないか?」
「いえ、実は対応した衛兵ではなくその様子を見ていたものが言うには、その冒険者……「赤竜の息吹」ではないかとのことなのです。以前別の依頼を受ける彼らの姿を見たとかで……そっくりだったそうです」
「なんだと? 「赤竜の息吹」?! どうしてそんな冒険者が態々銅級などと偽る……」
そこまで話してアマデオは一つの仮説にたどり着いた……「赤竜の息吹」がインテリペリ辺境伯家と契約を結んでいることは知られている。
あの孤高の冒険者もついに年貢の納め時か、などと揶揄されたこともあったようだが……それはそうと彼らはインテリペリ辺境伯家の子飼いになっている。
王都から姿を消した第二王子派貴族、その中にはインテリペリ辺境伯家が誇る辺境の翡翠姫も含まれている……インテリペリ辺境伯家がもし護衛を頼むとしたら「赤竜の息吹」しか該当しない。
「……最悪だ」
「辺境の翡翠姫を捕えましょう! なあに衛兵で囲めば冒険者など……」
「捕えた後はどうするのだ? 第一王子派に引き渡したと知ったインテリペリ辺境伯家の報復が待っているぞ」
「第一王子派に援軍を頼めばよろしい」
「……我々が戦争の火種となるのを黙って見過ごす気はないぞ息子よ……お前は過去辺境の翡翠姫を手に入れることはできなかった、それを今でも恨みに思っているのか?」
父親の冷静な視線に少しだけ表情を曇らせたディートリヒだったが、すぐに首を振ると違うと言わんばかりにじっと父の目を真っ向から受け止める。
あの時辺境の翡翠姫に求婚したことで、彼は年若い少女を見初めたとして貴族社会ではかなり悪評を立てられてしまっている、慌てて婚活を再開したもののその時の話に尾鰭がつき「幼女しか愛せない男」として貴族令嬢からは忌避される存在になっている。
「父上、俺は婚約を申し入れたがはっきりと辺境伯家が拒否をしてくれればよかったんだ」
「……あの返事を真に受けて待ち続けたのはお前の選択だろう? どちらにせよ手に入らないものを強請っても仕方あるまい……それに私は兵士を出すことは許可しないぞ、嵐が過ぎ去るまでじっと待つ、これも私たちのような下級貴族には必須の能力なのだから」
アマデオは話は終わりだとばかりに手をひらひらと振った。
それを見たディートリヒは何かを言おうとして一歩前に出るが……だが子爵はそんな息子に視線を戻すが思っていたよりも強い視線の前に思わずゴクリ、と喉を鳴らす。
息子は我儘に育っている……あまり裕福ではない子爵家だったが彼の望むものは大体揃えることができた……王立学園でも十分学ばせた、帰郷してからも子爵家のために頑張ってきたことは認める。
だがそれと同時に彼は手に入らないものまでも必死に手を伸ばそうとした……この世の中には絶対に手が届かないものもある、それをきちんと学ばせることができなかったのは親が悪いのだろうか?
「絶対に手出しをするな、私たちは辺境伯家や公爵家ではない、吹けば飛ぶような弱小貴族なのだと言うことを忘れるな」
「……シャル」
「わかっている、こうも簡単に包囲されるなんてどうかしているわ」
薄暗い部屋の中でいきなり声をかけられて私は黙って質素な寝台から起き上がると、影の中からユルがずるりと姿を現した。
マーサはすでに熟睡しており、リリーナさんはいつものように「赤竜の息吹」と同じ部屋に泊まっている……別々の部屋じゃなくていいと伝えたけど、エルネットさんがどうしてもこれは譲らなかったのだ。
外では抑えられているけど金属が擦れるような音がしており、おそらくこの宿屋は完全に包囲された状態になっているのだろう。
音を立てないように寝台から降りると、マーサが修繕してくれたブラウスや狩猟服を着用し直すと深く息を整えていく……大丈夫ある程度休んだので体調は万全だ、魔力も普段通り……胸を貫かれて無理やり修復した傷跡もないし、影響も残っていない。
その時コンコン、と軽く扉がノックされて開かれると音もなくリリーナさんが部屋の中へと滑り込んできた。
「シャルロッタ様、すいません……どうやら囲まれたようで……」
「はい、無益な抵抗はこの街にも悪影響を与えますのでまずは話し合いをしようと思います」
「……承知しました、確かに無理に抵抗したところで……と言うのは感じますね、この数だと……」
「マーサをお願いします、ユルは影の中へ……本当に危ない時には呼ぶからそれまで待ってね」
「承知」
ずるりと再び影の中へと戻るユルだが、まあ彼を使って暴れれば脱出は簡単……だけどその後数百人の兵士に追いかけられる可能性もあるし、ぶっちゃけマーサはこれまでの出来事と旅で限界に近いくらい疲れている。
コルピクラーニ子爵はまだ話が通じるはずだ……息子のディートリヒはやっべー奴だけど、子爵はお父様からの返事をもらった後に一度家まで尋ねてきて、真摯に頭を下げていたんだよな。
わたくしは一度これだけバタバタしても起きようとしないマーサを一度見てから、軽く微笑んで……廊下へと出た。
「さて……暴れるのは最後、侮辱されても我慢……」
まだこの宿屋へ兵士は足を踏み入れていないようでわたくしは一人で廊下を歩いていき、階段をゆっくりと降りていく……酒場となっている一階はすでに明かりは落とされていたけど、宿の主人が蝋燭を片手にブルブルと震えながら不安そうな表情で周りを見回していたが、わたくしが階段から降りてきたことに気がつき、慌ててこちらへと向かってくる。
宿に入った時や食事をとっている時とは違う格好のわたくしを見て、少し驚いていたようだが、それでも彼はこちらへ駆け寄ると窓の外で整列している兵士たちの影を見ながら話しかけてきた。
「あ……お客さん! 兵士が周りを囲んでて……どうなって……」
「……わたくしが出ます、仲間を保護してくださいまし……それとこれはご迷惑をおかけしたお詫びです」
懐から十数枚の金貨を入れた皮の袋を取り出すと主人の手にそっと載せてから微笑む。
彼は唖然とした表情で私を見ていたが、なんとなくわたくしが貴族であることやどうやら訳ありということに気がついたのか怯えた表情で何度か頷くとすぐに蝋燭を消して自分の部屋へと走り去っていく。
しん、と静まり返った一階をゆっくりと歩くと宿の入り口にあたる少し大きめの扉を開けて私は外へと歩み出た。
「……夜中に大変迷惑ですね、どちら様か尋ねてもいいでしょうか?」
いきなりわたくしが出てきたことで兵士たちは驚いたのか「え?」とか「あ……」とか完全に絶句した状態でこちらを見ている……そりゃそうだ、いきなり捕縛対象だと言われた貴族令嬢が一人で出てくるなんて思わないだろうから。
わたくしは黙ってそのまま少し身なりの良い兵士……多分隊長だと思うけど、その男性の方へと表情を変えずに歩み寄る……まあ自分でも思うけどいきなり銀髪の美少女が近寄ってきたら驚くよね。
隊長格の兵士はキョトンとした顔でわたくしを見ていたため、そのまま彼に向かって話しかけることにした。
「こんばんわ、わたくしはシャルロッタ・インテリペリと申しますが、貴方はどちらの所属ですか?」
「あ……は、はい! 私はウッドパイント所属、コルピクラーニ子爵配下となりますルーヘン兵長です」
「ルーヘン兵長、夜中に宿屋を囲むのはあまりに不躾かと思いますがどういうご用件でしょうか?」
「あ、そ、その……実は子爵のご子息……あ、いえディートリヒ守備隊長の命によりシャルロッタ様を捕縛……い、いえっ!
お迎えに上がりました!」
ルーヘン兵長はなぜかわたくしを見て顔を真っ赤にしながら直立不動のまま、少し裏返った声で答えてくれた。
捕縛ねえ……慌ててお迎えに、と言い直したところを見ると「抵抗したら殴ってでも連れてこい」という命令を受けているけど、本人はあんまり乗り気じゃなかったとかそう言うことか。
わたくしは周りの兵士に視線を配ると、彼らはまさか本当にわたくし……つまり辺境の翡翠姫が出てくるとか思ってなかったらしく、全員が少し驚愕と畏怖そして多少の下心のような複雑な感情を乗せた目で私を見ている。
さてこう言う場合はどうするか……少し考えた後私はルーヘン兵長に向かってにっこりと微笑む、それだけで彼はさらに茹蛸のような顔色になって目を白黒させている。
「ルーヘン兵長、任務ご苦労様です……抵抗はしませんので、移送をお願いします」
「は……え? よろしいのですか?」
「その代わり宿屋にいる友人達には危害を加えて欲しくないのです、お願いできますか?」
「……本来は全員を捕縛という話でしたが……おい、シャルロッタ嬢は確保したから引き上げるぞ!」
「え? 兵長いいんですか?!」
「守備隊長には俺から報告するからお前らは黙ってろ……では少し狭い場所になりますが、あちらへ」
ルーヘン兵長は少し離れた場所にある小さな護送用の馬車……といえば聞こえはいいけどその実囚人を放り込んでおくような簡素な屋根付きの馬車を指差す。
わたくしは軽く頷くと、整列を始めたウッドパイント守備隊の様子を見ながら馬車に向かって歩いていく……うん、割と紳士的だなエスコートがないのは兵士長が貴族ではないことを示しているし。
全く……一日だって休ませないぞと言わんばかりに、わたくしの旅路には揉め事しか起きないなあ……軽くため息をついたわたくしを見て、ルーヘン兵長は心配そうな表情を一瞬だけ見せると申し訳なさそうに話しかけてきた。
「ご令嬢を乗せるような馬車ではなくて申し訳ありません……それと、私たち兵士はその……本意ではなくて……申し訳ございません……」
「ディートリヒ……冒険者を疑っても何もないぞ? 何がそんなに不審なのだ」
アマデオ・コルピクラーニ子爵は報告に来た息子を見て、不思議そうな表情を浮かべる……現在コルピクラーニ子爵家はアマデオが主な政務を担当し、息子のディートリヒが防衛、主に魔物を退治したり犯罪抑止のための巡回などを担当している。
その息子が不審な様子と告げる内容が気になり、彼は報告を受けることにした。
「実は……王都から避難してきた少女を護衛しているという冒険者がいたのですが、衛兵の話によると銅級のペンダントを提示したらしいのですが……」
「銅級なら護衛任務なども多く対応するのではないか?」
「いえ、実は対応した衛兵ではなくその様子を見ていたものが言うには、その冒険者……「赤竜の息吹」ではないかとのことなのです。以前別の依頼を受ける彼らの姿を見たとかで……そっくりだったそうです」
「なんだと? 「赤竜の息吹」?! どうしてそんな冒険者が態々銅級などと偽る……」
そこまで話してアマデオは一つの仮説にたどり着いた……「赤竜の息吹」がインテリペリ辺境伯家と契約を結んでいることは知られている。
あの孤高の冒険者もついに年貢の納め時か、などと揶揄されたこともあったようだが……それはそうと彼らはインテリペリ辺境伯家の子飼いになっている。
王都から姿を消した第二王子派貴族、その中にはインテリペリ辺境伯家が誇る辺境の翡翠姫も含まれている……インテリペリ辺境伯家がもし護衛を頼むとしたら「赤竜の息吹」しか該当しない。
「……最悪だ」
「辺境の翡翠姫を捕えましょう! なあに衛兵で囲めば冒険者など……」
「捕えた後はどうするのだ? 第一王子派に引き渡したと知ったインテリペリ辺境伯家の報復が待っているぞ」
「第一王子派に援軍を頼めばよろしい」
「……我々が戦争の火種となるのを黙って見過ごす気はないぞ息子よ……お前は過去辺境の翡翠姫を手に入れることはできなかった、それを今でも恨みに思っているのか?」
父親の冷静な視線に少しだけ表情を曇らせたディートリヒだったが、すぐに首を振ると違うと言わんばかりにじっと父の目を真っ向から受け止める。
あの時辺境の翡翠姫に求婚したことで、彼は年若い少女を見初めたとして貴族社会ではかなり悪評を立てられてしまっている、慌てて婚活を再開したもののその時の話に尾鰭がつき「幼女しか愛せない男」として貴族令嬢からは忌避される存在になっている。
「父上、俺は婚約を申し入れたがはっきりと辺境伯家が拒否をしてくれればよかったんだ」
「……あの返事を真に受けて待ち続けたのはお前の選択だろう? どちらにせよ手に入らないものを強請っても仕方あるまい……それに私は兵士を出すことは許可しないぞ、嵐が過ぎ去るまでじっと待つ、これも私たちのような下級貴族には必須の能力なのだから」
アマデオは話は終わりだとばかりに手をひらひらと振った。
それを見たディートリヒは何かを言おうとして一歩前に出るが……だが子爵はそんな息子に視線を戻すが思っていたよりも強い視線の前に思わずゴクリ、と喉を鳴らす。
息子は我儘に育っている……あまり裕福ではない子爵家だったが彼の望むものは大体揃えることができた……王立学園でも十分学ばせた、帰郷してからも子爵家のために頑張ってきたことは認める。
だがそれと同時に彼は手に入らないものまでも必死に手を伸ばそうとした……この世の中には絶対に手が届かないものもある、それをきちんと学ばせることができなかったのは親が悪いのだろうか?
「絶対に手出しをするな、私たちは辺境伯家や公爵家ではない、吹けば飛ぶような弱小貴族なのだと言うことを忘れるな」
「……シャル」
「わかっている、こうも簡単に包囲されるなんてどうかしているわ」
薄暗い部屋の中でいきなり声をかけられて私は黙って質素な寝台から起き上がると、影の中からユルがずるりと姿を現した。
マーサはすでに熟睡しており、リリーナさんはいつものように「赤竜の息吹」と同じ部屋に泊まっている……別々の部屋じゃなくていいと伝えたけど、エルネットさんがどうしてもこれは譲らなかったのだ。
外では抑えられているけど金属が擦れるような音がしており、おそらくこの宿屋は完全に包囲された状態になっているのだろう。
音を立てないように寝台から降りると、マーサが修繕してくれたブラウスや狩猟服を着用し直すと深く息を整えていく……大丈夫ある程度休んだので体調は万全だ、魔力も普段通り……胸を貫かれて無理やり修復した傷跡もないし、影響も残っていない。
その時コンコン、と軽く扉がノックされて開かれると音もなくリリーナさんが部屋の中へと滑り込んできた。
「シャルロッタ様、すいません……どうやら囲まれたようで……」
「はい、無益な抵抗はこの街にも悪影響を与えますのでまずは話し合いをしようと思います」
「……承知しました、確かに無理に抵抗したところで……と言うのは感じますね、この数だと……」
「マーサをお願いします、ユルは影の中へ……本当に危ない時には呼ぶからそれまで待ってね」
「承知」
ずるりと再び影の中へと戻るユルだが、まあ彼を使って暴れれば脱出は簡単……だけどその後数百人の兵士に追いかけられる可能性もあるし、ぶっちゃけマーサはこれまでの出来事と旅で限界に近いくらい疲れている。
コルピクラーニ子爵はまだ話が通じるはずだ……息子のディートリヒはやっべー奴だけど、子爵はお父様からの返事をもらった後に一度家まで尋ねてきて、真摯に頭を下げていたんだよな。
わたくしは一度これだけバタバタしても起きようとしないマーサを一度見てから、軽く微笑んで……廊下へと出た。
「さて……暴れるのは最後、侮辱されても我慢……」
まだこの宿屋へ兵士は足を踏み入れていないようでわたくしは一人で廊下を歩いていき、階段をゆっくりと降りていく……酒場となっている一階はすでに明かりは落とされていたけど、宿の主人が蝋燭を片手にブルブルと震えながら不安そうな表情で周りを見回していたが、わたくしが階段から降りてきたことに気がつき、慌ててこちらへと向かってくる。
宿に入った時や食事をとっている時とは違う格好のわたくしを見て、少し驚いていたようだが、それでも彼はこちらへ駆け寄ると窓の外で整列している兵士たちの影を見ながら話しかけてきた。
「あ……お客さん! 兵士が周りを囲んでて……どうなって……」
「……わたくしが出ます、仲間を保護してくださいまし……それとこれはご迷惑をおかけしたお詫びです」
懐から十数枚の金貨を入れた皮の袋を取り出すと主人の手にそっと載せてから微笑む。
彼は唖然とした表情で私を見ていたが、なんとなくわたくしが貴族であることやどうやら訳ありということに気がついたのか怯えた表情で何度か頷くとすぐに蝋燭を消して自分の部屋へと走り去っていく。
しん、と静まり返った一階をゆっくりと歩くと宿の入り口にあたる少し大きめの扉を開けて私は外へと歩み出た。
「……夜中に大変迷惑ですね、どちら様か尋ねてもいいでしょうか?」
いきなりわたくしが出てきたことで兵士たちは驚いたのか「え?」とか「あ……」とか完全に絶句した状態でこちらを見ている……そりゃそうだ、いきなり捕縛対象だと言われた貴族令嬢が一人で出てくるなんて思わないだろうから。
わたくしは黙ってそのまま少し身なりの良い兵士……多分隊長だと思うけど、その男性の方へと表情を変えずに歩み寄る……まあ自分でも思うけどいきなり銀髪の美少女が近寄ってきたら驚くよね。
隊長格の兵士はキョトンとした顔でわたくしを見ていたため、そのまま彼に向かって話しかけることにした。
「こんばんわ、わたくしはシャルロッタ・インテリペリと申しますが、貴方はどちらの所属ですか?」
「あ……は、はい! 私はウッドパイント所属、コルピクラーニ子爵配下となりますルーヘン兵長です」
「ルーヘン兵長、夜中に宿屋を囲むのはあまりに不躾かと思いますがどういうご用件でしょうか?」
「あ、そ、その……実は子爵のご子息……あ、いえディートリヒ守備隊長の命によりシャルロッタ様を捕縛……い、いえっ!
お迎えに上がりました!」
ルーヘン兵長はなぜかわたくしを見て顔を真っ赤にしながら直立不動のまま、少し裏返った声で答えてくれた。
捕縛ねえ……慌ててお迎えに、と言い直したところを見ると「抵抗したら殴ってでも連れてこい」という命令を受けているけど、本人はあんまり乗り気じゃなかったとかそう言うことか。
わたくしは周りの兵士に視線を配ると、彼らはまさか本当にわたくし……つまり辺境の翡翠姫が出てくるとか思ってなかったらしく、全員が少し驚愕と畏怖そして多少の下心のような複雑な感情を乗せた目で私を見ている。
さてこう言う場合はどうするか……少し考えた後私はルーヘン兵長に向かってにっこりと微笑む、それだけで彼はさらに茹蛸のような顔色になって目を白黒させている。
「ルーヘン兵長、任務ご苦労様です……抵抗はしませんので、移送をお願いします」
「は……え? よろしいのですか?」
「その代わり宿屋にいる友人達には危害を加えて欲しくないのです、お願いできますか?」
「……本来は全員を捕縛という話でしたが……おい、シャルロッタ嬢は確保したから引き上げるぞ!」
「え? 兵長いいんですか?!」
「守備隊長には俺から報告するからお前らは黙ってろ……では少し狭い場所になりますが、あちらへ」
ルーヘン兵長は少し離れた場所にある小さな護送用の馬車……といえば聞こえはいいけどその実囚人を放り込んでおくような簡素な屋根付きの馬車を指差す。
わたくしは軽く頷くと、整列を始めたウッドパイント守備隊の様子を見ながら馬車に向かって歩いていく……うん、割と紳士的だなエスコートがないのは兵士長が貴族ではないことを示しているし。
全く……一日だって休ませないぞと言わんばかりに、わたくしの旅路には揉め事しか起きないなあ……軽くため息をついたわたくしを見て、ルーヘン兵長は心配そうな表情を一瞬だけ見せると申し訳なさそうに話しかけてきた。
「ご令嬢を乗せるような馬車ではなくて申し訳ありません……それと、私たち兵士はその……本意ではなくて……申し訳ございません……」
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