上 下
163 / 405

第一四三話 シャルロッタ 一五歳 魔剣 〇三

しおりを挟む
 ——銀色の髪をした少女は何度か手を握ったり開いたりしながら、その手のひらに美しく輝く炎を生み出す……その様子を見て侍女であるマーサは少女が超常の力を有した存在なのだと改めて思い直した。

「……まあ、こんなものですわね……月のものが来なければなんとかなりますわ」
 わたくしは炎をゆらゆらと動かすと、ポカンとした顔でわたくしが魔力を操作しているのを見つめているマーサの視線に気がついた。
 多分見慣れていないのだろうな……わたくしはすぐに炎を手のひらから消すと、軽く手を叩いて何もないよとばかりに彼女に苦笑いを浮かべる。
 そんなわたくしに気がついたのか、彼女は慌てたようにそれまでわたくし達が着ていた服のほつれを修繕するがマーサはまさかわたくしがそんな能力を持っているなどと本当に思っていなかったのだから、仕方ないなと思う。
「……マーサ」

「はい、なんでしょう?」

「本当にごめんなさい、わたくしずっと嘘をつく気はなくて……でも言ったらマーサに嫌われるんじゃないかって……」
 それ以上は言葉が出ない、わたくしにとってインテリペリ辺境伯家の皆と、マーサは大事な人なのだ……そういう人に嘘をつかなきゃいけないことはずっと後ろめたさを感じていた。
 視線を落として手元を見る……先ほどまで魔法を操っていた白い指、細い手……これは見慣れたわたくしの身体。
 でもわたくしが転生をしなければ、という少女が持つべきだったものかもしれない。
 本当にそうなのかはわからないけど……今のわたくしが本当に生まれるはずだったシャルロッタなのか、という疑問は多少なりともかかえてきている。

「シャルロッタ様……」
 わたくしの手に働き者で少し荒れ気味の肌をもつマーサの手がそっと添えられる……温かい手だ、ずっとこの手がわたくしを育ててくれている、可愛がってくれている。
 わたくしは顔を上げてマーサを見つめる……ほんの少しだけ目があった時に彼女は怯んだようにも見えたけど、気丈に少し震える唇を噛み締めるように、ぎこちなく笑う。
 優しいな、怖いと思っていても彼女は自分の仕事を全うするために自分にできることをちゃんとしようとしているのか。
「マーサ……ブラウスを汚してしまってごめんなさい」

「あ! そうでしたお怪我は……? あれだけの血が出てしまったら……」

「わたくし普通じゃないから大丈夫よ、傷も直したわ」

「あ……そ、その……」
 お互い意図せずに言ってはいけないことを言った気分になって、視線を外して押し黙る。
 普通の人間はあれだけの出血では助からない、むしろ胸のど真ん中を突き刺されたら即死する、狩猟服とブラウスの背中から一突きにされてケロッとしているわたくしが異常なのだ。
 まあそれは勇者として前世で積み重ねた努力と研鑽があるからなんだけど、それを説明するわけにもいかずなんとなく黙ったまま沈黙の時間が流れていく。
「早く……領地へと戻りたいわね」

「……そうですね……」

「戻ったらゆっくりお茶を楽しんで、お菓子を食べたいわ」

「なら私がとても美味しいお茶をお淹れしますよ」

「お願いね、約束よ?」

「はい」
 マーサとわたくしはお互い目を合わせて微笑むと、そのまま黙ったままわたくしは手持ち無沙汰になり、着用している服の妙に毛羽だった生地を弄び、マーサは黙々とわたくしが普段着用しているブラウスの破れを補修している。
 普段だったら捨てちゃうんだけどね……流石に同じものは手に入りにくいし、まあ戻れたら捨てるかもだけど、それでも今あるものは大事に使わないといけないからね。
 しかし……防御結界を貫く一撃とは……確かに攻撃に魔力を集中させれば防御は薄くなるのは道理だけど、それをやってのけるとはね。
「鎧……作ってもらおうかな……戻ったら考えるか……」



「シャルロッタ様は?」

「マーサさんと一緒にいるよ、ずっと黙ったり余所余所しい感じだけどそのうち元に戻るでしょ」
 エルネットとリリーナはシャルロッタ達が泊まっている場所と別の酒場で情報収集を終えて、一休みしているところだ。
 エミリオとデヴィットは彼女達が宿泊している宿に詰めているが、二人はある程度自由に動いてこの街の状況や、現在の王国の状況などを可能な限り収集してから戻るつもりだった。
 この街は比較的平穏な生活が享受できている、冒険者組合アドベンチャーギルドの支部に立ち寄っても似たような話をされており「回せる仕事なんかない」と冷たくあしらわれたのだが。
「そっちはどうだった?」

「あー、なんかね……この街を支配している子爵? の息子が第一王子派に味方しようって檄を飛ばしてるらしいよ、先代から今の第一王子派に属している貴族とは仲が良かったらしいけど……でもここは比較的インテリペリ辺境伯領に近いから、住民は少し迷惑に感じているみたい」

「まあ商売相手でもあるしな……特にインテリペリ辺境伯家が軍を発した時にこの街が敵対していたとしても、争うことなど出来ない」

「まあ真っ先に攻め落とされるでしょうね……インテリペリ辺境伯家ももし戦争になれば、容赦はしないでしょうし」
 インテリペリ辺境伯家は武闘派貴族、という話はイングウェイ王国内にも知れ渡っている……この小さな街は辺境伯領に近く、交易などである程度生活が成り立っている状況だ。
 それを乱してほしくない、というのはわかる気がする……エルネットでさえも戦争になってほしくないというのが本音だ。それはシャルロッタ本人からも同様の意図は感じられるので、誰もが内乱などという愚行に手を貸したくないとずっと願っているに違いない。
「……シャルロッタ様の護衛、後悔している?」

「今更だな……俺たちは彼女に助けられた、そして身に余るくらいの功績をもらった……それ以上に俺は強くなるって改めて思ったんだ、あの姿は……確かに怖いけどそれ以上に美しく気高い」

「……あんた自分の女がいる前でそんなこと言う?」

「いや好きとかそう言うのじゃないんだ、なんて言うんだろう……あの姿は勇者ってやつなんじゃないかなって最近思うんだ」

「でもクリストフェル殿下が勇者なんでしょ? 王国はそう宣伝しているわ」

「シャルロッタ様もそう言ってたけど……なんて言うんだろう、あの方は英雄とかそういう言葉がピッタリ合う気がするんだ、物語の主人公のような……子供の頃にワクワクしながら聞かせてもらったおとぎ話の中みたいな」
 エルネットも少年時代に、夢のようなそれでいてワクワクする冒険物語をずっと見て育っている、その中では魔法や剣の腕に優れた素晴らしい英雄達が、ドラゴンや悪魔を対峙する話が書かれていた。
 そう言う物語を聞かされて育ったものが冒険者となり、現実を知り……そして夢破れて去っていく。エルネット達は相当に運が良かった……死なずに生きているし、その腕は王国でもトップクラスだ。
「そうね……綺麗なだけの人ではないわね、強すぎるってのが問題なだけで」

「どうやったらあそこまでの力を持てるのだろうな……」
 ふとそう呟いてみてエルネットは頭の片隅に浮かんだ想像に喉を詰まらせて、何度か咳き込む……並大抵の努力や経験ではああはならないよな、と思い直し軽く胸を叩くと、少し非難がましい視線を向けるリリーナに苦笑を見せる。
 エルネット自身も武の人間であり、血反吐を吐くような体験や経験を乗り越えてきており、二度と思い出したくない出来事も多い。
 そんな自分でも届かない遥かな高みに存在するシャルロッタは一体どう言う経験を前世でしてきたのだと言うのか……ふとそんなことを考えて思わずゾッとしたからだ。
「……怖いなら今から降りてもいいと思うのよ? シャルロッタ様もそれは理解してくれるわ」

「俺たちは護衛だぞ? 護衛対象を放り出して逃げるなんて……」

「あの方は本来一人の方が能力を発揮できるんだと思うわ、むしろ今の私たちが足手纏い……悪魔デーモンを追い詰めたけど結果的には助けられているし……自分の無力さを感じるわ」

「それはそうだけど……でも俺はシャルロッタ様を見捨てて逃げるなんてしないぞ?」
 エルネットの思い描いた騎士になるという子供の頃の夢はまだ死んでいない。
 いや正確には一度死んだが、それでも彼は奮起して立ち上がった……気がつけば金級冒険者へ、シャルロッタの功績を譲ってもらって到達してしまった。
 その階級に相応しい人物たらんと努力を重ねている……ビヘイビアのボスであるシビッラと訓練をした際に、エルネットは自分が強くなれるかどうか不安を漏らしたことで、嗜められるように小言を言われたことがある。

『シャルロッタ嬢は見た目からは考えられないくらいの経験と、苦労を重ねています……前世は相当なことを成し遂げているのでしょう、でもその道のりは決して平坦ではなかったはずです。諦めたらそこでエルネット卿の成長は止まります、諦めないでください』

 だから諦めることは考えていない、ずっと遠くに見えるシャルロッタが放つ流麗かつ脅威的な剣技を自分のものとしたい、と言う気持ちをずっと抱えている。
 いつの日かあの銀色の戦乙女に認められるそんな騎士になりたいとずっと願う……そこまで考えて、本当に不満そうな表情で自分を見ていたリリーナに気がついたエルネットは苦笑を浮かべて軽く手を振った。

「ごめん、俺が愛しているのは君だけだよリリーナ……でも騎士ならば憧れのご婦人を作るだろ? シャルロッタ様はそう言う対象さ」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

突然シーカーになったので冒険します〜駆け出し探索者の成長物語〜

平山和人
ファンタジー
スマートフォンやSNSが当たり前の現代社会に、ある日突然「ダンジョン」と呼ばれる異空間が出現してから30年が経過していた。 26歳のコンビニアルバイト、新城直人はある朝、目の前に「ステータス画面」が浮かび上がる。直人は、ダンジョンを攻略できる特殊能力者「探索者(シーカー)」に覚醒したのだ。 最寄り駅前に出現している小規模ダンジョンまで、愛用の自転車で向かう大地。初心者向けとは言え、実際の戦闘は命懸け。スマホアプリで探索者仲間とダンジョン情報を共有しながら、慎重に探索を進めていく。 レベルアップを重ね、新しいスキルを習得し、倒したモンスターから得た魔石を換金することで、少しずつではあるが確実に成長していく。やがて大地は、探索者として独り立ちしていくための第一歩を踏み出すのだった。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

処理中です...