わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

文字の大きさ
上 下
142 / 430

第一二二話 シャルロッタ 一五歳 蒼き森 〇三

しおりを挟む
「……エルフの森へと移動したのか……偶然とはいえ出来すぎているな……」

 書類を宙に放ると紙はひとりでに炎を発し消え去るように焼き尽くされていく……訓戒者プリーチャー筆頭である闇征く者ダークストーカーは仮面の下でニヤリとほくそ笑む。
 この世界は驚きと神秘に満ちている、そして変化と混乱は混沌神にとって愛するべきものでもある……予想外の出来事や、不確実性が彼らにとって尊ぶべき事象となるのだ。
 シャルロッタ・インテリペリという不確実性の塊のような存在、敵として認識しているが本来は味方に引き入れたいと考えたくもなるが……知恵ある者インテリジェンスの敗北によりその道は閉ざされたのだ。
「耳長の長は……ああ、そうだ広葉樹の盾ブロードリーフに代替わりしていたな……」

 この世界においてエルフと人間の関係性は良くない……過去に人間がエルフを騙して奴隷として扱った歴史などもあり、抗争なども頻繁に起きたこともある。
 最終的にイングウェイ王国内ではエルフの森は不可侵とされており、不幸な農民や旅人が誤って森へと脚を踏み入れ帰らぬ人となることも珍しくはない。
 過去魔王との戦争時には人間に味方をして勇者と共に戦った種族の一つではあるが、現在では森の中に籠る排他的な生活を長年続けており、王国貴族からしても「触らぬなんとか……」という扱いになっている種族でもあるのだ。
「その排他的な種族がシャルロッタ・インテリペリを森へと迎え入れた……いや捕えたというべきなのだろうか?」

 訓戒者プリーチャーである彼らからしてもエルフの思考回路は理解ができない……いや、する気などないがそれでも過去にはエルフの英雄たちとの戦いも経験しているため、戦力としては相当に厄介な連中であることは理解している。
 それであれば……と彼はしばし念を凝らすかのように、じっと目の前の空間を見つめその不気味に輝く感情を映さない赤い瞳を輝かせる。
 何もない空間にじっとりと汚泥のような黒いシミが湧き出すと、そのシミは液体のように空間へと滴り落ち‥…その場所へとゆっくり異形の怪物の姿が生み出されていく。
 混沌の眷属たる悪魔デーモンがマルヴァースへと染み出していく……その数は四体、混沌四神の忠実なる眷属が異形の姿となって顕現した。

 一人はトカゲの顔を持ち筋骨隆々の上半身と猛禽類のような脚を備えた人を模した異形の存在……ターベンディッシュの眷属である禁書の悪魔プロヒビトデーモン
 一人は直立歩行をするネズミのような姿……薄汚れたローブを纏っているが、その手には何かを入れておくための革の鞄が握られている……ディムトゥリアの眷属たる死病の悪魔フェイタルデーモン
 一人は山羊の角を生やし美しくも怪しい絶世の美女……肌の色は漆黒に近く、その瞳は金色に光り輝くノルザルツの眷属である快楽の悪魔エクスタシーデーモン
 そして最後の一人は大きな複眼と、焦茶色の硬質な皮をまとったバッタを人間に似せたような奇妙な姿……ワーボスの眷属たる闘争の悪魔ウォーフェアデーモン
 新たにこの世界へと呼び出された第三階位の悪魔デーモン達が、一斉に闇征く者ダークストーカーの前で片膝をついて跪く。

「……訓戒者プリーチャー、我らをこの世界へと呼び出した理由をお聞かせ願いたく」
 死病の悪魔フェイタルデーモンが目の前で椅子に座る闇征く者ダークストーカーへと問いかける‥…第三階位の悪魔デーモンはこの世界において強力すぎる戦力である。
 彼ら悪魔デーモンであっても自分の力がどれほどのものなのか、は客観的に理解している……マルヴァースの住人達は彼らに対抗できるほどの能力はない。
 普段は神界にて堕落と惰眠を貪る存在である彼らをこの世界へと呼び出したことに、多少なりとも驚きを感じているからだ……それに今までは第四階位の悪魔デーモンだけで事足りていたのだから。
「情報が古いな、すでにこの世界において第三階位へと強制進化した悪魔デーモンが倒された、故に最低限貴殿らを使う必要があると感じた、それだけのことだ」

「……驚くべき事実ですな……進化直後の悪魔デーモンを倒せる英雄がこの世界に存在したとは……」

「その者は神々の盟約を破りし存在、神は言っている……その者を斃せと」
 闇征く者ダークストーカーの言葉に彼らはお互いの顔を見合わせて状況を把握した……強制進化直後とはいえ第三階位を倒すもの、それを殺すのが目的。
 彼らの顔に混沌の眷属特有のぐにゃりと歪んだ笑みが浮かぶ……強者との戦い以上に、弱いものをなぶり殺し殺戮を楽しみ、そして神が象徴する能力を撒き散らすことができるのは悪魔デーモンにとって至上の喜びでもあるのだ。
 仮面の下に光赤い瞳を輝かせた闇征く者ダークストーカーは椅子からゆっくりと立ち上がると、目の前で跪く彼らに向かって宣言する。
「……蒼き森にいる耳長どもを根絶やしにせよ、そしてそこへ逃げ込んでいる盟約を破りし勇者の魂シャルロッタ・インテリペリとその仲間の首を持ち帰れ」



「……嫌な予感がします……」
 美しく長い金色の髪が揺れる……切長の瞳は深い青色、尖った耳にはいくつかの装飾が取り付けられている女性がポツリと呟く。
 恐ろしいまでに整った美しい顔立ちをしており、この世の造形物とは思えないくらいきめ細やかな肌が眩しい……エルフ達の長として長い時間を過ごしているはずの広葉樹の盾ブロードリーフと呼ばれる女エルフだ。
 彼女はこの蒼き森において絶対的な支配者であり、マルヴァースに生きるエルフの中で最も経験を積んだ英雄の一人としても知られている。
 その名前はイングウェイ王国の歴史の中にも度々登場していて、御伽話もたくさん作られている最も有名なエルフでもあるのだ。
「……慈愛深き深緑の母が私に神託を告げました、「強き魂が訪れる」と……確認はできましたか?」

「はい、調査に向かったアスター達から連絡がありこちらに人間を数人運ぶそうです……なんでも一人は眠ったままだとかで運ぶのに苦労してるとか」
 そうですか……とホッと吐息を吐き出すと、広葉樹の盾ブロードリーフは目の前の木を変形して作られたテーブルに乗せられた銀のゴブレットから何かの液体を口に含む。
 液体を飲み干した彼女は深くため息をつくと目の前に広がる巨大な木の中……空洞のように広がった大きな会場へと視線を動かす……エルフは合議制を持って統治しており、この場所は彼らの議会場でもある。
 そこでは多くのエルフ達が性別の区別なく、年長者も若者も多く参加し活発な議論を交わしている最中だった……少し前から同じ議題に決着がつかない。

『深緑の母の神託を受けた「強き魂」をどうするべきなのか?』

 深緑の母はエルフ達が信仰する彼らを生み出した古代の神であり、この世界におけるエルフ達はなんらかの形でこの神に影響を受けている。
 慈悲深くだが時には人を惑わし、そして取り込んだまま返さない……自然と共に生きるエルフであれば森と共に共生することは苦痛でもなんでもないのだが、この神の求める教えは人間には理解し難く、そして文明という便利さを覚えた人々の間ではすでに廃れてしまった信仰でもある。
 人間の自然崇拝者であっても深緑の母を信仰するものは存在しないため、イングウェイ王国だけでなくこの世界において人が住む場所に彼女の神殿などは存在していないのだ。

「強き魂は排除するべきだ、深緑の母の教えであってもそれは受け入れてはいけない!」
「強き魂は女神に愛されたものだろう? 大きな括りで言えば我らが深緑の母と同じ神の信徒だ!」
「詭弁だ! 第一人間であるなら深緑の母の慈愛を受けることはないではないか!」
「この森へと受け入れて、もし混沌の被害を受けることになったらどうする?」
「混沌は滅ぼすべきだ! 人は堕落しているが我らが人を更生させれば良い」

 エルフの議論は非常に時間がかかることで知られており、それは彼らが人間よりも長い時間を生きることから一日の価値があまり高くないことに起因している。
 彼らは古い時代からあらゆる議論を尽くす……それが無駄なものであっても、細かく細部まで議論を行い完全に納得するまで何年でも話し続ける。
 この森を離れるエルフはそういった気の長い同胞と話が合わなくなったものや、なんらかの罪を犯して追放された者だけだ……大陸においても冒険者として活動するエルフはごく少数ながら存在するが、その美しさに惹かれた人間に駆り立てられた経験から、姿を変えているものが多いのだという。
「議論は終わりそうにありませんね……エピメディウム、おかわりを持ってきて」

「承知いたしました」
 エピメディウムと呼ばれた紫髪の女エルフが広葉樹の盾ブロードリーフへと頭を下げてその場を離れる。
 蒼き森に住むエルフ達は数百年森の中で暮らしてきている、当然森の外での出来事など知らない……広葉樹の盾ブロードリーフは愛する女神からの神託の意味を考えている。
 強き魂が訪れたとしてエルフにどうして欲しいのだろうか? 過去強き魂と呼ばれた人間は数人だけ存在していた、彼女が古き時代に仲間として共に歩んだ勇者アンスラックスの顔を思い浮かべる。
 もう遠き日の中で薄れつつある彼、スコット・アンスラックスは彼女を見るときに優しい笑顔を浮かべていた……お互いのことを憎からず思った時期もあったが、人間とエルフという種族の壁がそれを阻んだのだ。

「……懐かしい顔、今思い出したのは関係がある人が来るからかしら……もう一度お話をしたかったわアンスラックス……」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...