わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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(幕間) 竜殺し 〇一

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 ——軍馬に跨った数人の男が辺りを気にしながらゆっくりと薄暗い森の中を進んでいる。

「……ここからイングウェイ王国だ、いいか戦闘は可能な限り避けろ、マカパイン語は禁止だ」
 先頭を進む馬に跨った軽装の鎧を身に纏った男の言葉に、彼に従う四人の男性が同時に頷く……街道ではなく遙かな過去に切り開かれた小さな小道を辿って進んでいく。
 彼らの顔には緊張の色が濃く見えており、相当に訓練された兵士であることがその鋭い目つきからもよくわかる。
「……しかし国境警備の兵士がいませんでしたね」

「巡回はしているらしい、このタイミングで侵入できたのは相当に運がいいはずだ」
 イングウェイ王国インテリペリ辺境伯領……クレメント・インテリペリが支配する王国の辺境にして、マカパイン王国との国境線に位置する国防の要の土地でもある。
 それ故にマカパイン王国とイングウェイ王国の国境紛争において数多くの戦いが行われていた場所でもあるが、戦争が行われていた時期はすでに過去のものとなっており、交流なども行われてきていたはずだった。
 だが、マカパイン王国のバニー・マカパイン老王が健康問題で退位し、トニー・シュラプネル・マカパイン三世が即位したことで方針が大きく変わった。

『対外的に我が国は強国足らんとするべきである……イングウェイ王国インテリペリ辺境伯に強奪された我が国の領土を奪還せしめる』

 若き国王の宣言により、インテリペリ辺境伯領に多数のマカパイン正規軍の斥候が侵入を果たしており、現地の状況調査などに勤しんでいる。
 この小隊もそのうちの一つであり、彼らの任務は奪還予定地域における魔物の生息状況や村落の位置を確認、現地の山賊を装い物資を強奪して帰国するという、いわゆる少し後ろ暗い任務を請け負っている。
「しかし、強奪する品目に若い女って‥…」

「仕方ねえだろ、国王陛下がイングウェイ女を所望しているからな」

「正妃が決まっていないからって、他国の女に手を出すかね我らが国王陛下は……」
 兵士の一人の言葉に納得しているのか、口々に現体制への不満が漏れ出す……先王は外交としては融和姿勢を取り続けていたが、これは過去即位後にイングウェイ王国へとちょっかいを掛けた際にインテリペリ辺境伯軍との戦闘、とはいえ小競り合い程度だったがその時代のインテリペリ辺境伯に散々な煮湯を飲まされた、という苦い経験から来ているものだという。
 無理に戦っても領土は獲得できないと考えた先王は融和姿勢を貫き、外交によって領土奪還を目指した……効果があったかどうかはわからないが、それでもその時代は平和を享受できた時代でもあったのだ。
「……隊長、前に焚き火が見えます」

「おしゃべりは終わりだ……下馬して慎重に近づくぞ」
 その言葉にすぐに兵士たちの意識が切り替わる……音を立てないように慎重な動きで馬を降り、軍馬を近くの木に繋ぐと彼らは身振り手振りのみでその焚き火が見える位置までゆっくりと移動していく。
 国境近辺、インテリペリ辺境伯の領内とはいえ魔物の数の多さを考えると、人間が呑気に焚き火をしているなどとは思えないのだが……だが遠眼鏡を使って覗くと、焚き火の前に座っている小さな子供の姿が見え、彼らは少しだけ驚いた。
「……どういうことだ? ここは国境付近だろ……なんであんな小さな子供がいるんだ……」

「いや、これは好機かもしれない……あれを捕まえてさっさと国へ戻ろう、ティーチ捕まえてこい」
 隊長の言葉に言葉を詰まらせる隊員たちとティーチと呼ばれた若い男。
 遠目で見ているところだが、フードを下ろしている人物……線が細く、男物のような服を着ているが、フードの端から除く白銀の髪は長い。
 そして遠眼鏡越しに見ていても手は白く指は細い……明らかに男性の手ではない華奢な印象、いざ少女を捕まえて、となると彼らの中にある罪悪感のようなものが首をもたげてくる。
 国王にあの少女を差し出すのか? という強い罪の意識……だが兵士である以上命令に逆らうことはできない。
「……仕方ない……恨むなよ……」



「うー……お腹痛いですわ……そういえばちょうど周期的にはあってましたわね、うっかりしておりました」
 わたくしは今国境沿いにある森の中で焚き火の前で座ってお腹を抱えている……というのも久しぶりに遠出して魔物を狩っていたのだけど、その途中で女性特有の生理現象が始まってしまい少し暖を取る必要があったからだ。
 初めてこの「月のもの」になってしまった時、どうしていいのか分からずにマーサに泣きついたところ……体を冷やすと良くないと言われたのが記憶にあるからだが、実際に火に当たっているとほんの少しだけ痛みが緩やかになっている気がする。
 ちなみに体からあれだけ大量の血液が出てくるという経験は流石にショックで、わたくしは恐怖と困惑から泣き出してしまい……もうこれ思い出すだけで顔が熱くなるような思い出なのだが、マーサに抱きしめられながらあやされたという苦い経験を持っている。
 だって男性だったわたくしが生理の時の状況なんかわかるわけないのだから仕方ないだろう……と今では思っているけど、あれは本当に自分が何か病気になってしまって死ぬではないかという恐怖感を覚えたのは事実だ。
 ちなみに焚き火にはこの地方で取れる痛み止めに使う薬草を煎じた薬湯が入った小さな携帯鍋がかけられており、もう少しで飲める状態になるだろう。
『……シャル、大丈夫ですか?』

「大丈夫……とはいえないですわね、こんな場所で月のものになってしまっていると邸宅に残してきた身代わり君が心配ですわ」
 身代わり君とはわたくしがこうやって外を飛び回っている時に、病弱なシャルロッタが布団で寝ているというアリバイを偽装するために仕込んである人形を改良したパペットゴーレムのことだ。
 認識を阻害する術式を刻んであって魔力を流し込むと一定時間遠目に見るとわたくしであるかのように相手に思い込ませる特製品なのだが、魔力の伝達がある程度の期間切れると認識阻害の効果がなくなってしまう。
 今わたくしと身代わり君の間に流れる魔力は完全に隔絶してしまっている……繋ごうとしてもわたくしの魔力は全く届く気配がないし、それ以上に普段出せるはずの力が全く出ない。
『……まずいですね、シャルの魔力に連動して我の能力も下がっています』

「……どうしよう……数日凌げば帰るだけの魔力は出てくると思うんだけど……」
 これは人には絶対に言わないことにしているのだが……わたくしは生理の間恐ろしく能力が減退する、という弱点があることに気がついた。
 男性だった頃は二四時間三六五日フルで動いても能力が減退するなんてことはなかった……これに気がついたのが魔物退治中じゃなくてよかったと思えたが。
 それでも木剣を使ったお稽古中に普段よりも感覚が鈍く、うまく力も入らないという状況でお父様にすら心配されるくらいまるで何もできないという状況に陥ったからだ。

 少し熱っぽい……薬湯をナイフを使って軽くかき混ぜると軽く口に含んでみる。
 恐ろしく苦味のある味、それでも温かい薬湯を飲むことでほんの少しだけ体が温まったような気になるが、根本的には何も改善していない。
 ある程度薬湯を飲んでからわたくしはため息をつくと、パチパチという焚き火が爆ぜる音を聴きながら、少しうとうとし始める。
 こんなに眠いのか……前世でもパーティは女性だらけで皆一定周期で相当に辛そうな状況に陥っており、そういう時には黙って野営して何日間かのんびり過ごすなんて暗黙の決まり事があった。
 こんなに辛いのだからみんな無理してしまっていたんだろうな……本当にごめんなさい……。
「……動くな、お前を殺したくはない……」

「ひっ……」
 まるで働かない探知のおかげなのか、少し睡魔で油断していたのか……わたくしの首元に少し曲がった刃を持つナイフが当てられ、そっと口元に大きな手が伸びる。
 ま、まずい……と思って振り解こうとするもわたくしの体をガッチリと押さえた逞しい男性の腕が押さえ込んでくる……普段であればこの程度の腕力はなんてことはないのだけど、今のわたくしは普通の少女となんら変わりのない能力に近い。
 まるで振り解けない状況だがこのまま何かされてしまったら……と強い恐怖を感じて必死にもがく。
 その時あまりに強く動いたためフードがめくり上がって、わたくしの白銀の髪と素顔が見えてしまい、わたくしの背後で息を呑む声が聞こえた。
「うううっ! いや……は、放して……いやあああっ!」

「……こ、こいつは……嘘だろ……?」
 ほんの少しだけ拘束が緩みわたくしは背後へと肘打ちを入れる……いい場所に入ったのか、呻き声が聞こえ完全にわたくしは拘束から振り解かれる。
 わたくしは慌ててフードを元に戻すと必死に走り始める……まずいまずいまずい、今の走力も普段の何十分の一程度それなりに鍛えた女性が走る程度の速さしか出ていない。
 息が切れる……なんで、なんでこんなに能力が下がってしまうんだ……わたくしの目に少しだけ悔し涙が浮かぶ。
「捕まえろ!」

「え? ……あ……きゃっ!」
 背後ばかりを気にしていたわたくしは思い切り壁のようなものに衝突してしまい、思い切り転倒する……そこへ大きな影が覆い被さるようにわたくしの肩をガッチリと押さえ込む。
 わたくしを押さえ込んでいるのはイングウェイ王国ではあまり見ない顔立ちと肌の色をした大男だが、服装が黒系の斥候風の革鎧を着ているのが見えた。
 必死に抵抗しようとして大男に蹴りを入れるがまるで効果がない……嘘だろ、これじゃ本当に普通の女の子じゃないか!
「……元気がいいな、だが……」

「は、放して……やめて……ッ!」
 わたくしの視界にどうやら後から追いかけてきたであろう、若い男の姿が映るとその手に持っていた小さな小瓶を近づけてくる……鼻先でその小瓶をふらふらとふると急激にわたくしの意識が遠のいていく。
 こいつは睡眠薬……? 防御結界がまるで働いていない、これじゃ……わたくし……このままじゃ……どんどん遠のく意識の中、その男がわたくしを見て本当に申し訳なさそうな顔で語りかけてきた。

「……ごめん、本当にごめん……でもこれも任務なんだ……」
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