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第一一一話 シャルロッタ 一五歳 知恵ある者 〇一
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「シャルの方に追撃が行っていると思うんだけど、こちらはどうだろうか」
クリストフェル・マルムスティーンは僅かな供回りとともにシャルロッタが進む街道とは別の方向から王都を脱出し、小規模な街道で馬を走らせながらインテリペリ辺境伯領へと向かっていた。
彼に付き従うのは信頼できる部下であるヴィクター・フェラル、マリアン・ドナテロの二人と彼らに少し遅れてなんとか馬にしがみついているプリシラ・ドッケンの三人だけである。
プリシラが必死に馬をコントロールしながらクリストフェルの隣まで進むと、彼の疑問に答える。
「おそらくですが、シャルロッタ嬢側よりも多くの兵士がこちらに向かっていると予想されます」
「まあ、そうだろうねえ……彼女を捕えるよりも先に僕を捕える方が決定的だろうし、でも捕まってやる義理はないよね」
それは予想ではなくプリシラが王都脱出前に通達されていた内容……第一王子派はシャルロッタ・インテリペリに兵力は裂かず、クリストフェル・マルムスティーンを狙うために軍を発する、と。
第一王子派からすると第二王子であるクリストフェルを直接捕縛できれば内戦には発展することもなく、王権を確保できるのだから当たり前の判断だと言える。
しかしクリストフェルはその目論見を打ち砕いてしまった……だが、王都より落ち延びるにあたって彼が頼れる貴族家はそれほど多くなかった。
「……サウンドガーデン公爵領に軍勢が向かっている可能性はありますかね」
「あるだろうけど、本命はインテリペリ辺境伯家だって兄様もわかっていると思うよ」
クリストフェルが王都を脱出しインテリペリ辺境伯領に向かったのは、シャルロッタよりも早い段階だったが出発前に衛兵達にサウンドガーデン公爵領へ立ち寄る、と嘘の情報を伝えて実際に迂回路を通っていることもあって、進捗はそれほど良くはない。
馬もある程度休憩させないと……と自らを乗せて走る馬の首にそっと手を添えポンポンと軽く叩くが、主人の危機を知っているのか馬は俄然速度を緩めることもなく一心不乱に走り続けている。
「殿下、辺境伯家は護衛に来てくれるでしょうか……」
「義父上……クレメントが倒れたとはいえ、義兄たちは忠義の者達……僕は彼らを信じるよ」
クリストフェルの脳裏に義兄達の顔が思い浮かぶ……インテリペリ辺境伯家の兄弟は非常に仲が良く、家族思いの人間が多い。
妹の婚約者ということもあってクリストフェルのことも気遣ってくれることもあって、シャルロッタが知らないうちに彼はインテリペリ辺境伯家の人間とも仲良くなっている。
辺境伯領へと落ち延びるにあたってクリストフェルは次期当主であるウォルフガング・インテリペリへと親書を出しており、今回辿っているルートをすでに事前に伝えてあったのだ。
「プリシラ、辛かったら速度を落とすけど大丈夫かい?」
「これでも実家では騎乗訓練を積んでいますので……でもッ!」
だがプリシラの顔色は少し青い……ここまでほぼ休みなく走り続けていることもあって、いくら訓練をしていても令嬢には少し辛い状況となってきているのは確かだ。
そろそろ休まないと落馬する危険もあるな……と判断したクリストフェルはさっと右手を挙げてゆっくりと速度を緩めていく……それに合わせ侍従の二人も速度を合わせ、プリシラも大きなため息をついて速度を落としていく。
肩で息をしながらプリシラは少し悔しそうな表情でクリストフェルへと頭を下げた。
「申し訳……ありません……」
ゼエゼエと大きく息を吐きながら、腰につけていた水袋から水を飲み込むと彼女はどっと吹き出す汗を隠しきれなくなる。
それでも走り続けていたこともあって、相当な距離は稼げている上日も暮れて来ているな、とクリストフェルはヴィクターへと視線を向けると、その視線に気がついた彼は黙って頷く。
クリストフェルは優しく微笑むと、プリシラの側へと馬を寄せてから彼女の肩にそっと手を当てて軽く叩いてからサッと馬を降りる。
それを見た侍従も合わせて馬を降り、それに気がついたプリシラが慌てて習って馬を降りたのを見て、クリストフェルは周りを軽く見渡してから三人へと語りかけた。
「いいよ、プリシラに何かあると僕がお父上に顔向けできなくなる、今日は少し休もう」
「これを使う必要がなければいいんだけどね……」
焚き火を前にクリストフェルは腰に下げていた剣を引き抜くと、炎に刀身を翳すように刃こぼれがないかどうか確認を始めた。
ギラリ、と怪しく炎に揺らめいて虹色の刀身が鈍く光り、刃こぼれ一つなく美しい状態を保っていることにホッとした気分にさせられる。
王家に伝わる蜻蛉……婚約を機にクリストフェルに与えられた値段のつけようがない名剣の一つで、王国建国時に勇者アンスラックスが所持していた数多の武器の一つだ。
刀身が非常に薄く、だが恐ろしく強靭に作られており真なる鋼と呼ばれる今では精錬が難しい金属でできていることでも知られていて、神話の時代には竜を一撃で切り裂いたという伝説を持っている。
そして、クリストフェルの手に握られた美しい剣を見てヴィクターがギョッとした表情を浮かべた。
「それは王家の秘宝では……」
「シャルとの婚約時に父上から僕に預けられたんだよ、だから持ってきた……訓練とかじゃ絶対に使わないけど、今は有事だからね」
クリストフェルは隣で感心したような表情を浮かべるマリアンにイタズラっぽい笑顔を見せる……これは意趣返しにも近いんだよな、と最近はあまり顔を見せなくなった兄のことを思う。
この剣だけでなく勇者アンスラックスが所持していたとされている武器は数多く存在しており、イングウェイ王国にはそのうちの数本が残されていた。
だがアンスラックスが最も身近に置いていた一本の剣は失われて久しい……不滅と呼ばれた不滅の聖剣、決して折れることなく敵を切り裂き、魔を跳ね除けたと呼ばれたその剣は王家に伝わる書物にだけ記録が残っている。
「……アンダース殿下はその剣を理由に殿下を反逆者として糾弾するのではありませんか?」
「さあ、今の状況を考えると明らかに反逆者扱いだけどね」
クリストフェルは笑いながら剣を鞘へと入れると、パチパチと爆ぜる焚き火の炎を見つめてから大きくため息をつく。
本来このような逃避行を予定していたわけではなく、王都に残る第二王子派貴族と共に堂々と退去するつもりで当初は動いていた。
そもそもクリストフェルは学園卒業後に大公として領地を得る予定だったため、その視察目的などいくらでも王都を出る言い訳など作れたのだ。
インテリペリ辺境伯襲撃事件で全ての歯車が狂い、第二王子派の貴族を領地へと戻したり商会の移転を進めることになってしまい、その動きが第一王子派の暴発に繋がった可能性もある。
「殿下、我々の陣営は各地に点在しているので各個撃破の対象になりかねません、早急に旗印を立てて勢力をまとめ上げませんと……」
「そうだね、サウンドガーデン公爵家とインテリぺリ辺境伯家が中心に勢力の取りまとめをしてくれるだろうけど、それでも戦力は兄様よりも小規模だ」
クリストフェル達が把握している戦力はサウンドガーデン公爵家とインテリぺリ辺境伯家を中心とした九千と、各地に点在する低位貴族が持つ数百の小規模な部隊だ。
辺境伯領へと入ったあとはこれらの貴族をまとめ上げて、第一王子派への対抗組織へと育て上げなければならずクリストフェルの仕事は山積みとなっている状況でもある。
血で血を洗う内戦へと突入するのか、それともそれを回避する道を選択するのか……クリストフェルにはどの選択肢が正しいのかまだ見えていない。
イングウェイ王国の一〇〇〇年歴史の中では王族同士の権力争いだけでなく、貴族同士の抗争から実質的な内戦状態へと突入したことが数回記録されている。
一番大きな内戦は四〇〇年ほど前に発生した「カエノメレス戦争」と呼ばれる国内の大貴族家同士で行われた派閥戦争が有名である。
この時は王都周辺の貴族家だけでなく、辺境に領地を持つ貴族家にも影響を与え貴族の私兵軍が拡大しすぎないように協定が結ばれたほどの事態であった。
とはいえそれもすでに四〇〇年という長い年月の中に埋もれており、当時の内戦がどれだけ過酷なものだったのかを知るものはいない。
クリストフェルは改めて深くため息をついてから、今後待ち受けるであろう最悪な予想を頭から振り払うように首を振った。
「ダメダメだ、シャルに会った時に怒られてしまうね、僕が王権を求めるって彼女にも伝えてしまったんだから、勇気を出さないと……」
クリストフェル・マルムスティーンは僅かな供回りとともにシャルロッタが進む街道とは別の方向から王都を脱出し、小規模な街道で馬を走らせながらインテリペリ辺境伯領へと向かっていた。
彼に付き従うのは信頼できる部下であるヴィクター・フェラル、マリアン・ドナテロの二人と彼らに少し遅れてなんとか馬にしがみついているプリシラ・ドッケンの三人だけである。
プリシラが必死に馬をコントロールしながらクリストフェルの隣まで進むと、彼の疑問に答える。
「おそらくですが、シャルロッタ嬢側よりも多くの兵士がこちらに向かっていると予想されます」
「まあ、そうだろうねえ……彼女を捕えるよりも先に僕を捕える方が決定的だろうし、でも捕まってやる義理はないよね」
それは予想ではなくプリシラが王都脱出前に通達されていた内容……第一王子派はシャルロッタ・インテリペリに兵力は裂かず、クリストフェル・マルムスティーンを狙うために軍を発する、と。
第一王子派からすると第二王子であるクリストフェルを直接捕縛できれば内戦には発展することもなく、王権を確保できるのだから当たり前の判断だと言える。
しかしクリストフェルはその目論見を打ち砕いてしまった……だが、王都より落ち延びるにあたって彼が頼れる貴族家はそれほど多くなかった。
「……サウンドガーデン公爵領に軍勢が向かっている可能性はありますかね」
「あるだろうけど、本命はインテリペリ辺境伯家だって兄様もわかっていると思うよ」
クリストフェルが王都を脱出しインテリペリ辺境伯領に向かったのは、シャルロッタよりも早い段階だったが出発前に衛兵達にサウンドガーデン公爵領へ立ち寄る、と嘘の情報を伝えて実際に迂回路を通っていることもあって、進捗はそれほど良くはない。
馬もある程度休憩させないと……と自らを乗せて走る馬の首にそっと手を添えポンポンと軽く叩くが、主人の危機を知っているのか馬は俄然速度を緩めることもなく一心不乱に走り続けている。
「殿下、辺境伯家は護衛に来てくれるでしょうか……」
「義父上……クレメントが倒れたとはいえ、義兄たちは忠義の者達……僕は彼らを信じるよ」
クリストフェルの脳裏に義兄達の顔が思い浮かぶ……インテリペリ辺境伯家の兄弟は非常に仲が良く、家族思いの人間が多い。
妹の婚約者ということもあってクリストフェルのことも気遣ってくれることもあって、シャルロッタが知らないうちに彼はインテリペリ辺境伯家の人間とも仲良くなっている。
辺境伯領へと落ち延びるにあたってクリストフェルは次期当主であるウォルフガング・インテリペリへと親書を出しており、今回辿っているルートをすでに事前に伝えてあったのだ。
「プリシラ、辛かったら速度を落とすけど大丈夫かい?」
「これでも実家では騎乗訓練を積んでいますので……でもッ!」
だがプリシラの顔色は少し青い……ここまでほぼ休みなく走り続けていることもあって、いくら訓練をしていても令嬢には少し辛い状況となってきているのは確かだ。
そろそろ休まないと落馬する危険もあるな……と判断したクリストフェルはさっと右手を挙げてゆっくりと速度を緩めていく……それに合わせ侍従の二人も速度を合わせ、プリシラも大きなため息をついて速度を落としていく。
肩で息をしながらプリシラは少し悔しそうな表情でクリストフェルへと頭を下げた。
「申し訳……ありません……」
ゼエゼエと大きく息を吐きながら、腰につけていた水袋から水を飲み込むと彼女はどっと吹き出す汗を隠しきれなくなる。
それでも走り続けていたこともあって、相当な距離は稼げている上日も暮れて来ているな、とクリストフェルはヴィクターへと視線を向けると、その視線に気がついた彼は黙って頷く。
クリストフェルは優しく微笑むと、プリシラの側へと馬を寄せてから彼女の肩にそっと手を当てて軽く叩いてからサッと馬を降りる。
それを見た侍従も合わせて馬を降り、それに気がついたプリシラが慌てて習って馬を降りたのを見て、クリストフェルは周りを軽く見渡してから三人へと語りかけた。
「いいよ、プリシラに何かあると僕がお父上に顔向けできなくなる、今日は少し休もう」
「これを使う必要がなければいいんだけどね……」
焚き火を前にクリストフェルは腰に下げていた剣を引き抜くと、炎に刀身を翳すように刃こぼれがないかどうか確認を始めた。
ギラリ、と怪しく炎に揺らめいて虹色の刀身が鈍く光り、刃こぼれ一つなく美しい状態を保っていることにホッとした気分にさせられる。
王家に伝わる蜻蛉……婚約を機にクリストフェルに与えられた値段のつけようがない名剣の一つで、王国建国時に勇者アンスラックスが所持していた数多の武器の一つだ。
刀身が非常に薄く、だが恐ろしく強靭に作られており真なる鋼と呼ばれる今では精錬が難しい金属でできていることでも知られていて、神話の時代には竜を一撃で切り裂いたという伝説を持っている。
そして、クリストフェルの手に握られた美しい剣を見てヴィクターがギョッとした表情を浮かべた。
「それは王家の秘宝では……」
「シャルとの婚約時に父上から僕に預けられたんだよ、だから持ってきた……訓練とかじゃ絶対に使わないけど、今は有事だからね」
クリストフェルは隣で感心したような表情を浮かべるマリアンにイタズラっぽい笑顔を見せる……これは意趣返しにも近いんだよな、と最近はあまり顔を見せなくなった兄のことを思う。
この剣だけでなく勇者アンスラックスが所持していたとされている武器は数多く存在しており、イングウェイ王国にはそのうちの数本が残されていた。
だがアンスラックスが最も身近に置いていた一本の剣は失われて久しい……不滅と呼ばれた不滅の聖剣、決して折れることなく敵を切り裂き、魔を跳ね除けたと呼ばれたその剣は王家に伝わる書物にだけ記録が残っている。
「……アンダース殿下はその剣を理由に殿下を反逆者として糾弾するのではありませんか?」
「さあ、今の状況を考えると明らかに反逆者扱いだけどね」
クリストフェルは笑いながら剣を鞘へと入れると、パチパチと爆ぜる焚き火の炎を見つめてから大きくため息をつく。
本来このような逃避行を予定していたわけではなく、王都に残る第二王子派貴族と共に堂々と退去するつもりで当初は動いていた。
そもそもクリストフェルは学園卒業後に大公として領地を得る予定だったため、その視察目的などいくらでも王都を出る言い訳など作れたのだ。
インテリペリ辺境伯襲撃事件で全ての歯車が狂い、第二王子派の貴族を領地へと戻したり商会の移転を進めることになってしまい、その動きが第一王子派の暴発に繋がった可能性もある。
「殿下、我々の陣営は各地に点在しているので各個撃破の対象になりかねません、早急に旗印を立てて勢力をまとめ上げませんと……」
「そうだね、サウンドガーデン公爵家とインテリぺリ辺境伯家が中心に勢力の取りまとめをしてくれるだろうけど、それでも戦力は兄様よりも小規模だ」
クリストフェル達が把握している戦力はサウンドガーデン公爵家とインテリぺリ辺境伯家を中心とした九千と、各地に点在する低位貴族が持つ数百の小規模な部隊だ。
辺境伯領へと入ったあとはこれらの貴族をまとめ上げて、第一王子派への対抗組織へと育て上げなければならずクリストフェルの仕事は山積みとなっている状況でもある。
血で血を洗う内戦へと突入するのか、それともそれを回避する道を選択するのか……クリストフェルにはどの選択肢が正しいのかまだ見えていない。
イングウェイ王国の一〇〇〇年歴史の中では王族同士の権力争いだけでなく、貴族同士の抗争から実質的な内戦状態へと突入したことが数回記録されている。
一番大きな内戦は四〇〇年ほど前に発生した「カエノメレス戦争」と呼ばれる国内の大貴族家同士で行われた派閥戦争が有名である。
この時は王都周辺の貴族家だけでなく、辺境に領地を持つ貴族家にも影響を与え貴族の私兵軍が拡大しすぎないように協定が結ばれたほどの事態であった。
とはいえそれもすでに四〇〇年という長い年月の中に埋もれており、当時の内戦がどれだけ過酷なものだったのかを知るものはいない。
クリストフェルは改めて深くため息をついてから、今後待ち受けるであろう最悪な予想を頭から振り払うように首を振った。
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