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第一〇〇話 シャルロッタ 一五歳 王都脱出 一〇
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「シャルロッタ……いや我が娘をアンダース殿下を含めた第一王子派貴族と単身で面会させろと?」
「そうだ、王国貴族である貴殿ならばこの書状の意味は理解されているだろう?」
クレメント・インテリペリは表情には出さないものの、目の前に書状を出してきた相手……宰相アーヴィング・イイルクーンの顔を軽く睨みつける。
だが、アーヴィングもその視線を受けても動じず、むしろ視線を真正面から受け止めて黙って視線を交わし続ける。
クレメントとアーヴィングはしばらくの間お互いの目を見続けるが、急にクレメントがふうっ……と大きくため息をつい他ことでその均衡が崩れる。
「だが、娘はまだ若い……」
「若いが彼女はガルムの契約者だ、アンダース殿下も無理強いはしないだろう」
シャルロッタ・インテリペリの査問はアンダース・マルムスティーンとその腹心となる数人の高位貴族によって執り行われる、という書状……これは明らかに聖教側からの横槍が入ったことによる結果だ。
それが分かっているが故に娘を貶めようという意図が見えすぎていて、流石に父親としてはこの命令を承諾することを躊躇している。
アンダース殿下はまだマシとして……ハルフォード公爵や第一王子派の貴族たちがどういう手段に出るのか予想がつかないからだ。
そして……シャルロッタは親の目から見ても少し不可解な性格をしており、彼女が本気で怒ったところや我儘を言ったところを見たことがない、年頃の少女にしては恐ろしく聞き分けが良いが……だが別の方向を見ているような、何かを見透かすかのような目をしていることもある。
それ故にアンダース殿下だけでなく第一王子派の貴族達が何かをしようとした場合、彼女がどのような行動に出るのか予想ができない恐ろしさがある。
「私も査問には出席する……御息女の身の安全は私が責任を持つ」
「当たり前だ……クリストフェル殿下はこれを知っているのか?」
「正式なルートではないが……私が伝えた、本当に怒っておいでだった」
それはそうだろうな、とクレメントは義理の息子となるクリストフェルの顔を思い返して少しだけ微笑を浮かべる……彼は娘を本気で愛している。
初対面……彼らが婚約打診の面会で出会ってからずっと彼は娘に心を奪われたまま、娘の方はどう考えているのかわからないが、それでも最近はお互いのことを見て微笑むような自然な柔らかさを見せるようになっている。
このまま何事もなければあの二人はお互いを大切な存在として尊重し、愛し合いそして良き為政者として成長していくだろう、その時まで彼らを見続けていくこと、そしていつの日か生まれるだろう孫の姿を見たいと思うのは親としての願いでもある。
「婚約が破棄されるようなことはないな? それは確認したい」
「クリストフェル殿下が破棄を望まないだろう……御息女が一度破棄の打診をしたことは聞いているな?」
「ああ……ホワイトスネイク侯爵令嬢の件でショックを受けたとは話していた、だが結果的に撤回していると思うが……」
クレメントはその話を聞いた時に思わず娘を怒鳴ってしまった……インテリペリ辺境伯家の立場もあるが、それ以上にクリストフェル殿下の立場を考えた場合に相当にまずいことになると娘は理解をしていなかった。
ほぼ怒鳴ることなどなかったクレメントが怒ったことで、シャルロッタは相当に驚いたのか目に涙を浮かべて謝罪をしてきた。
まあそのあと妻に思い切り詰められたのだが……「年頃の娘を怒鳴るとはどう言うことだ!」と。
「そうだな……だがハルフォード公爵などがその条項を知っていた場合は少し面倒なことになりそうだ」
「すでにあのご令嬢との婚約は難しいと思うが……」
「聖女として認定されたからな……改めて婚約を申し入れる可能性もある……まあクリストフェル殿下は拒否するだろうが、それもまた彼の立場を難しくするだろう」
ソフィーヤ・ハルフォード公爵令嬢の聖女認定……まあ聖教の司祭をなんらかの形で抱き込んだのだろうが、それにしても彼女自身にそれだけの素養があるのだろうか? と疑問を感じずにはいられない。
イングウェイ王国の聖女……それは王国建国時に勇者として活動したアンスラックス卿を支えた才女エレクトラ・キッスに遡る。
平民出身のエレクトラは聖教の司祭としてアンスラックスを支え、魔王討伐のその時まで彼をサポートし続けた。
神の愛娘……とまで呼ばれた稀代の聖女であったが、アンスラックスを失ってからの晩年はあまり幸せな生活を送れなかったと記録されている。
その子孫はイングウェイ王国に脈々と受け継がれており、現在ではキッス伯爵家がその血脈を現代に繋げているのだ。
「本当に聖女の資格があるのか?」
「……わからない、初代エレクトラの時代よりも現代に生きる司祭、神官の能力は低いのかもしれない、だが民衆には聖女の誕生という話題は重要だ」
アーヴィングの答えに少し頭が痛くなってくるような気分に陥る……悪魔の出現と、それによる王国内の動揺は静かに民衆の間に不安と恐怖を広げつつある。
冒険者組合もソロ冒険者の活動を禁止しているくらいの事態なのだ、確かに王国としては聖女というシンボルを誕生させたかったのは理解できる。
すでにソフィーヤは聖女としての業務を何度かサボっているという話も貴族達の間には流布し始めている、学業も疎かになっているとの話も出ている中、本格的に悪魔の攻撃が開始された時に彼女はその重責に耐えられるのだろうか。
「……頭が痛いな……ともかく旧友としてお願いする、シャルロッタを助けてほしい……」
「ふむふむ……初代聖女エレクトラ・キッスの神力は凄まじく、祈るだけで悪魔が消滅した……と」
スコットさんより受け継いだちょっと怪しい「蠢く王国」というタイトルの本だが、中身はちゃんとした記録と混沌や悪魔に関する体系的な解説などが詳しく載っている不思議な内容だった。
その中にはわたくしが望んでいた訓戒者についての記述がちりばめられているのがわかった。
訓戒者は混沌神の最高司祭にして神罰をこの世界へと顕現する存在であり、混沌の最高神である魔王に仕える側近のようなものだ、と書かれている。
訓戒者はその象徴する神の眷属であり、通常限界まで進化した悪魔の中から選ばれるとされており、例えば直接戦うことになった知恵ある者は本人曰く知識と魔法の混沌神ターベンディッシュの眷属にあたるのだろう。
ということは殺戮の神ワーボス、欲望の神ノルザルツ、疫病の神ディムトゥリアに属する訓戒者も存在しているのだろう……あれだけの戦闘能力を持つ存在があと三人も出てくると考えると本当に気が重い。
あれに勝つには本気も本気、わたくしの能力を全て解放して戦わないと勝つことはできないだろう……負ける気は全然しないけどさ。
「戦闘能力は魔王クラス……だけど象徴する神の力を表すと考えれば手は読める……」
ではあの時現れたあの仮面の男はどの神の眷属なのだろうか? 闇征く者……名前から想像できる混沌神が思いつかない。
鳥を模したような仮面……どこかで見たかのような形状ではあったが、能力は知恵ある者よりも高い気がする、勇者としての嗅覚が強者の匂いを感じさせた。
あれと戦うとなると、本気も本気全力で全ての技と力をぶつけ合う死力を尽くした戦いとなるに違いない、筆頭とか言ってたっけ……おそらく他の訓戒者を指揮する存在なのだろう。
『我々の邂逅は少し後になる予定だった』
『これ以上我々のやることに手を出すな女神の使徒、次は本気の殺し合いとなるだろう』
「脅されたからって引き下がるようなシャルロッタ様ではないんですのよ……やれるもんならやってみやがれ、ですわ」
わたくしはゴキゴキと指を鳴らしながら椅子から立ち上がり、姿見の前へと移動する……姿見には美しい少女が不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。
この世界に住む人には本当に申し訳ない気持ちになるが、今わたくしは心が踊るような気分だ……この世界においてわたくしと互角に近い存在が現れた。
勇者としてではなく、一人の戦士として全ての能力を解放できる可能性、それはわたくし自身を強く高揚させる。
「やれるものなら……やってご覧なさい混沌の眷属よ……本気でかかってこなければ食いちぎってやるわ」
この世界に生まれ落ちた本当の理由は全然わかっていない、女神様も結局スコットさんをメッセンジャーにする割には詰めが甘いし。
目的もこの世界における目標も全く定まっていない、だからこそわたくしはずっと何を目的にして生きていけばいいのか、本当に受け身の状態で生き続けてきた。
だが、生きているこの世界を守るために、愛する家族や大事な友人……そしてわたくしの大事な人を守るためにも混沌神の尖兵との戦いで負けるわけにはいかない。
そしてクリス……彼が勇者として成長した時、混沌神はどんな顔をしてわたくし達を見るのだろうか? 悔しさ? 絶望? それとも恐怖……? クッソ楽しい、こんなにワクワクする気分は久しぶりだ。
「……やってやりますわよ、レーヴェンティオラを救済した勇者として、この世界の危機を救ってやろうじゃありませんか……」
「そうだ、王国貴族である貴殿ならばこの書状の意味は理解されているだろう?」
クレメント・インテリペリは表情には出さないものの、目の前に書状を出してきた相手……宰相アーヴィング・イイルクーンの顔を軽く睨みつける。
だが、アーヴィングもその視線を受けても動じず、むしろ視線を真正面から受け止めて黙って視線を交わし続ける。
クレメントとアーヴィングはしばらくの間お互いの目を見続けるが、急にクレメントがふうっ……と大きくため息をつい他ことでその均衡が崩れる。
「だが、娘はまだ若い……」
「若いが彼女はガルムの契約者だ、アンダース殿下も無理強いはしないだろう」
シャルロッタ・インテリペリの査問はアンダース・マルムスティーンとその腹心となる数人の高位貴族によって執り行われる、という書状……これは明らかに聖教側からの横槍が入ったことによる結果だ。
それが分かっているが故に娘を貶めようという意図が見えすぎていて、流石に父親としてはこの命令を承諾することを躊躇している。
アンダース殿下はまだマシとして……ハルフォード公爵や第一王子派の貴族たちがどういう手段に出るのか予想がつかないからだ。
そして……シャルロッタは親の目から見ても少し不可解な性格をしており、彼女が本気で怒ったところや我儘を言ったところを見たことがない、年頃の少女にしては恐ろしく聞き分けが良いが……だが別の方向を見ているような、何かを見透かすかのような目をしていることもある。
それ故にアンダース殿下だけでなく第一王子派の貴族達が何かをしようとした場合、彼女がどのような行動に出るのか予想ができない恐ろしさがある。
「私も査問には出席する……御息女の身の安全は私が責任を持つ」
「当たり前だ……クリストフェル殿下はこれを知っているのか?」
「正式なルートではないが……私が伝えた、本当に怒っておいでだった」
それはそうだろうな、とクレメントは義理の息子となるクリストフェルの顔を思い返して少しだけ微笑を浮かべる……彼は娘を本気で愛している。
初対面……彼らが婚約打診の面会で出会ってからずっと彼は娘に心を奪われたまま、娘の方はどう考えているのかわからないが、それでも最近はお互いのことを見て微笑むような自然な柔らかさを見せるようになっている。
このまま何事もなければあの二人はお互いを大切な存在として尊重し、愛し合いそして良き為政者として成長していくだろう、その時まで彼らを見続けていくこと、そしていつの日か生まれるだろう孫の姿を見たいと思うのは親としての願いでもある。
「婚約が破棄されるようなことはないな? それは確認したい」
「クリストフェル殿下が破棄を望まないだろう……御息女が一度破棄の打診をしたことは聞いているな?」
「ああ……ホワイトスネイク侯爵令嬢の件でショックを受けたとは話していた、だが結果的に撤回していると思うが……」
クレメントはその話を聞いた時に思わず娘を怒鳴ってしまった……インテリペリ辺境伯家の立場もあるが、それ以上にクリストフェル殿下の立場を考えた場合に相当にまずいことになると娘は理解をしていなかった。
ほぼ怒鳴ることなどなかったクレメントが怒ったことで、シャルロッタは相当に驚いたのか目に涙を浮かべて謝罪をしてきた。
まあそのあと妻に思い切り詰められたのだが……「年頃の娘を怒鳴るとはどう言うことだ!」と。
「そうだな……だがハルフォード公爵などがその条項を知っていた場合は少し面倒なことになりそうだ」
「すでにあのご令嬢との婚約は難しいと思うが……」
「聖女として認定されたからな……改めて婚約を申し入れる可能性もある……まあクリストフェル殿下は拒否するだろうが、それもまた彼の立場を難しくするだろう」
ソフィーヤ・ハルフォード公爵令嬢の聖女認定……まあ聖教の司祭をなんらかの形で抱き込んだのだろうが、それにしても彼女自身にそれだけの素養があるのだろうか? と疑問を感じずにはいられない。
イングウェイ王国の聖女……それは王国建国時に勇者として活動したアンスラックス卿を支えた才女エレクトラ・キッスに遡る。
平民出身のエレクトラは聖教の司祭としてアンスラックスを支え、魔王討伐のその時まで彼をサポートし続けた。
神の愛娘……とまで呼ばれた稀代の聖女であったが、アンスラックスを失ってからの晩年はあまり幸せな生活を送れなかったと記録されている。
その子孫はイングウェイ王国に脈々と受け継がれており、現在ではキッス伯爵家がその血脈を現代に繋げているのだ。
「本当に聖女の資格があるのか?」
「……わからない、初代エレクトラの時代よりも現代に生きる司祭、神官の能力は低いのかもしれない、だが民衆には聖女の誕生という話題は重要だ」
アーヴィングの答えに少し頭が痛くなってくるような気分に陥る……悪魔の出現と、それによる王国内の動揺は静かに民衆の間に不安と恐怖を広げつつある。
冒険者組合もソロ冒険者の活動を禁止しているくらいの事態なのだ、確かに王国としては聖女というシンボルを誕生させたかったのは理解できる。
すでにソフィーヤは聖女としての業務を何度かサボっているという話も貴族達の間には流布し始めている、学業も疎かになっているとの話も出ている中、本格的に悪魔の攻撃が開始された時に彼女はその重責に耐えられるのだろうか。
「……頭が痛いな……ともかく旧友としてお願いする、シャルロッタを助けてほしい……」
「ふむふむ……初代聖女エレクトラ・キッスの神力は凄まじく、祈るだけで悪魔が消滅した……と」
スコットさんより受け継いだちょっと怪しい「蠢く王国」というタイトルの本だが、中身はちゃんとした記録と混沌や悪魔に関する体系的な解説などが詳しく載っている不思議な内容だった。
その中にはわたくしが望んでいた訓戒者についての記述がちりばめられているのがわかった。
訓戒者は混沌神の最高司祭にして神罰をこの世界へと顕現する存在であり、混沌の最高神である魔王に仕える側近のようなものだ、と書かれている。
訓戒者はその象徴する神の眷属であり、通常限界まで進化した悪魔の中から選ばれるとされており、例えば直接戦うことになった知恵ある者は本人曰く知識と魔法の混沌神ターベンディッシュの眷属にあたるのだろう。
ということは殺戮の神ワーボス、欲望の神ノルザルツ、疫病の神ディムトゥリアに属する訓戒者も存在しているのだろう……あれだけの戦闘能力を持つ存在があと三人も出てくると考えると本当に気が重い。
あれに勝つには本気も本気、わたくしの能力を全て解放して戦わないと勝つことはできないだろう……負ける気は全然しないけどさ。
「戦闘能力は魔王クラス……だけど象徴する神の力を表すと考えれば手は読める……」
ではあの時現れたあの仮面の男はどの神の眷属なのだろうか? 闇征く者……名前から想像できる混沌神が思いつかない。
鳥を模したような仮面……どこかで見たかのような形状ではあったが、能力は知恵ある者よりも高い気がする、勇者としての嗅覚が強者の匂いを感じさせた。
あれと戦うとなると、本気も本気全力で全ての技と力をぶつけ合う死力を尽くした戦いとなるに違いない、筆頭とか言ってたっけ……おそらく他の訓戒者を指揮する存在なのだろう。
『我々の邂逅は少し後になる予定だった』
『これ以上我々のやることに手を出すな女神の使徒、次は本気の殺し合いとなるだろう』
「脅されたからって引き下がるようなシャルロッタ様ではないんですのよ……やれるもんならやってみやがれ、ですわ」
わたくしはゴキゴキと指を鳴らしながら椅子から立ち上がり、姿見の前へと移動する……姿見には美しい少女が不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。
この世界に住む人には本当に申し訳ない気持ちになるが、今わたくしは心が踊るような気分だ……この世界においてわたくしと互角に近い存在が現れた。
勇者としてではなく、一人の戦士として全ての能力を解放できる可能性、それはわたくし自身を強く高揚させる。
「やれるものなら……やってご覧なさい混沌の眷属よ……本気でかかってこなければ食いちぎってやるわ」
この世界に生まれ落ちた本当の理由は全然わかっていない、女神様も結局スコットさんをメッセンジャーにする割には詰めが甘いし。
目的もこの世界における目標も全く定まっていない、だからこそわたくしはずっと何を目的にして生きていけばいいのか、本当に受け身の状態で生き続けてきた。
だが、生きているこの世界を守るために、愛する家族や大事な友人……そしてわたくしの大事な人を守るためにも混沌神の尖兵との戦いで負けるわけにはいかない。
そしてクリス……彼が勇者として成長した時、混沌神はどんな顔をしてわたくし達を見るのだろうか? 悔しさ? 絶望? それとも恐怖……? クッソ楽しい、こんなにワクワクする気分は久しぶりだ。
「……やってやりますわよ、レーヴェンティオラを救済した勇者として、この世界の危機を救ってやろうじゃありませんか……」
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