わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

文字の大きさ
上 下
104 / 427

(幕間) 騎士たる心 〇三

しおりを挟む
「それで衛兵の詰所で絞られた……と」

「はい……申し訳ありません」
 あの後俺は店の騒ぎを聞いて駆けつけてきた衛兵隊に巨漢とその取り巻き共々捕縛された。
 酒場の女将さんとターヤちゃんは衛兵に「シドニーさんは乱暴されそうになってたターヤを助けるために相手を叩きのめしただけだ」と必死に説明してくれたが、まあ酒場での乱闘騒ぎを起こしたということで、喧嘩両成敗とばかりに詰所の地下にある牢屋に放り込まれた格好だ。
「インテリペリ辺境伯令嬢とはいえ、正規の手続きを通してからですね……」

「ふぅん?」
 今俺の目の前には朝早くに呼び出されて少し不機嫌そうなお嬢様……シャルロッタ・インテリペリが牢屋の格子越しに立っている。
 最近王都で流行っているのだという白い羽飾りのついた帽子を被り、白を基調としたドレス姿だが……学生をしているので制服姿が多い彼女としては珍しい気がする。
 もちろん俺が牢屋の中で、お嬢様は牢屋の外……彼女の背後にはこの詰所の隊長なのか、羽飾りのついた帽子をかぶっている初老の衛兵が立っている。
 ふうっ、と軽くため息をつくとお嬢様は手に持った扇で軽く仰ぐと、後ろの隊長へとにっこりと微笑む。
「シドニーはインテリペリ辺境伯家の大事な騎士でしてよ、聞けば女性を守るために勇敢に立ち上がったそうじゃない……一緒くたに牢屋に入れてしまうなんてひどいですわね?」

「……規則ですので……それに相手の怪我もそれなりに重く……」

「隊長さん、襲われた女性はわたくしの友人でしてよ? 相手の怪我? 知ったことじゃないわ、すぐに解放してちょうだい」

「……お望みであれば……」
 渋々といった様子ではあったが衛兵隊長は懐から鍵束を取り出すと、牢屋の鍵を開けて扉を開いた。
 お嬢様は微笑むと、でなさいとばかりに首を振る……俺は一度お嬢様に頭を下げた後、扉の外へと出て軽く体を伸ばす……そういや昨日騒ぎで飯食っていないんだよな。
 空腹に気がつくと肉体は正直だ……大きな音を立てて腹が鳴ってしまった俺を見て、お嬢様はキョトンとした表情になった後すぐにクスクス笑い出す。
「……お腹減っているのねシドニー……朝ご飯食べに行きましょうか? ちょうどわたくしも朝ごはんは食べてないのよ」



「しかし……ターヤがそんなところで働いているなんてね……」

「そうですね……でも彼女に援助などをするのは本人が望まないかと……」
 俺とお嬢様は朝からでも営業しているカフェに入ると、軽い軽食を頼んで一緒のテーブルで話をしながら食べ始めている……自然と主人と同じテーブルに座ってしまっているが、これはお嬢様が「ご褒美だからいいの」とめちゃくちゃ可愛い笑顔を浮かべて許してくれたので、素直に従っている……いわゆる役得というものだろう。
 ターヤちゃんはあの後女将さんに保護されて、無事だという話を衛兵に聞いて少しだけ安心している……店の備品は少し壊してしまったが、それよりもターヤちゃんを守ってくれたから大丈夫とのことだった。
「……わたくしそういう店があるなんて知らなかったわ、しかもシドニーがそこに通っているとかね」

「考え事をするにはいい店だったんですよ、串が美味しかったのと……」

「わたくしがお忍びで行ったら目立つかしら?」

「自分が旦那様に怒られてしまいます、やめてください……」
 談笑しながら色々なことを話しているが、本当にお嬢様の笑顔は美しい……同じテーブル越しに向かい合って座っているなんて信じられない気分だ。
 インテリペリ辺境伯の家臣でお嬢様と朝食を一緒に食べたことがあるものはいない……俺が初めてなのかもしれないな。
 俺の視線に気がついたのか、お嬢様は目が合うとにっこりと微笑む……その笑顔は俺の心を強く揺さぶってくる……思わず喉に食事を詰まらせそうになり、慌てて胸をドンドン叩いてなんとか咀嚼しようとする。
 それをみたお嬢様がクスクス笑いながら水の入ったコップを俺に差し出してくれたため、俺はそのコップの水を急いで飲み干してなんとか難を逃れた。
「あ、危ない……ありがとうございます……」

「ふふ……慌てん坊さんね」
 違う、目の前で微笑むお嬢様の笑顔に破壊力がありすぎるだけだ……。
 談笑しながら朝食を食べていると、バタバタと誰かがこちらへと向かってくる足音が響く……俺とお嬢様が音の方向へと視線を向けると、そこには昨日の巨漢が取り巻き達と一緒にこちらへと向かってくる姿だった。
 全員包帯を巻いていたり、態々俺が攻撃していない腕を折れたかのように偽装しているものなども居て、明らかに何か難癖をつけに来たとでも言わんばかりの様子だ。
 お嬢様はあまり興味がなさそうに紅茶に入ったカップを手にお茶を飲み始めるが……彼らが俺たちのテーブルの近くまでくると巨漢がお嬢様を見て少し驚いたような表情を浮かべる。
「……まさか、辺境の翡翠姫アルキオネか? まあいい……こいつの飼い主は貴女ですか?」

「ええ、シドニーは我が家の騎士ですからね……何かご用ですか? タンク男爵でしたっけ……一度お見かけしたことがございますわ」

「俺のことを知っているとは……昨日こいつに俺たちは怪我させられましてね……貴女がインテリペリ辺境伯家のご令嬢だってのは理解していますが引き渡してもらいたい」
 タンク男爵……? ということはこいつはチェスター・タンク男爵……王都に邸宅を持つ貴族の一人で確か第一王子派に属していたはずだ。
 評判はそれほどよろしくない……彼のような爵位で王都に在住しているものの大半は官僚や軍隊の下士官などを務めており、領地などは持っていないいわゆる「土地なし貴族」に当たる。
 男爵以上の爵位へと陞爵されるには相当に難易度が高く、領地収入などはないものの役務さえこなしていれば爵位は安泰と言われ、くちさがない民衆からは「名ばかり貴族」と揶揄される存在だ。
「……なぜあなたの言うことを聞かねばならないの?」

「……俺は第一王子派、今後王権がアンダース殿下に移行した際に色々問題になりますよ」

「まだ移行していないのに随分と態度が大きいのですね?」

「……その態度、後々必ず後悔しますよ?」
 タンク男爵は座ったままのお嬢様に近づこうとしてきたため俺は立ちあがろうとしたが、お嬢様が手を軽く振る……何もするな、と言う合図。
 ここは自分でどうにかするからいい、と目で伝えてきたため俺は拳を握ったまま椅子に座り直す。
 俺が動かないのを見てタンク男爵はニヤニヤと笑いながらお嬢様の肩に指輪だらけの手を乗せ、顔を近づける……だがお嬢様はその非礼には反応せずに彼の顔をじっと見た。
「……なんですの?」

辺境の翡翠姫アルキオネともあろう方がこんな野蛮な騎士を雇っているとは……辺境の方は野蛮ですな」

「彼は我が家の騎士の中でも特に正義感が強い男性ですのよ、特に女性に対する態度がなっていない子豚ちゃん達には厳しいの」

「子豚とは誰のことを言っていますかな?」
 タンク男爵のこめかみに青筋が立つ……肩を震わせ少し弛んだ頬の肉がプルプルと震えている。
 子豚ね……お嬢様がここまで高圧的な対応をするのは珍しい、彼女は比較的温和で優しいため辺境伯領でも慈愛の女神かと言われていたくらい慈悲深い女性でもあるからだ。
 だがお嬢様はタンク男爵へと意地悪く笑いながら扇を広げて口元を隠すと、あくまでも丁寧で優しい言葉で相手を挑発し始める。
「……子豚ちゃんって言い方だと可愛すぎたかしら? それともはっきりと申し上げた方が良くて?」

「この……クソッ……おい、いくぞ!」
 一瞬激発しそうになったタンク男爵だったが、すぐに大きく息を吐いて何度か呼吸を整えると、軽く舌打ちをしてからすぐにお嬢様から離れていく。
 それを見た取り巻きはお嬢様に何か言いたげな顔をしながらも、揉め事を起こすとまずいと考えたのだろう……舌打ちをしながらその場を去っていく。
 俺はお嬢様の様子を見るが、彼女はたいして気にもしていないような表情で笑っている……やはり貴族令嬢として育てたれているだけあって肝が据わっていると思った。
 だが俺は一度お嬢様へと頭を下げて謝罪することにした……もしこれが元でインテリペリ辺境伯家に迷惑がかかるといけないと考えたからだ。
「お嬢様……申し訳ありません」

「なぜ謝るの? 貴方はわたくしの友人を守った、それだけのことよ」

「し、しかし……あいつらがお嬢様に対して報復してきたら……」

「ユルがいるから平気よ」
 お嬢様はこともなげに言い放つ……確かにユルがいればあの程度の小物相手に焦る必要もないのだろうが、それでも俺のことで彼女に迷惑をかけるのは……と俺がさらに喋ろうとするとお嬢様はにっこりと笑うと黙って首を振る。
 何もしなくていい、と言う意味……もしかしたらすでにお嬢様は俺が何を守ろうとしたのか、とかそう言うことを伯爵へ連絡していて裏で手を回しているのかもしれないな……。
 彼女は俺の顔を見ながら、食べている途中のパンと肉の盛り合わせを指差し軽く微笑む。

「気にせず食べてね、ターヤに会いにいくのでしょう? お腹を鳴らしてしまっては台無しよ」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...