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第七九話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 一〇

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 ——ほぼ無人となったカエノ村の広場で煌々と大きな篝火を燃やしながら、老人と冒険者達は夜の暗闇を見つめている。

「来るかな……」
 デヴィットが不安そうな顔で村の入り口にあたる大きな木製の門を見つめている……このカエノ村は比較的高い山の合間に作られており、翼でも無ければ侵入経路は数箇所しかない。
 エルネット達は村人達を逃した後、逃げ道となる小さな細道以外の入り口を瓦礫と余った資材で封鎖し、敵の侵入経路を限定することで防衛体制を整えていた。
「移動経路を考えれば次はここなんだよな……」

「まあ、ここを避けてくれればそれはそれで良いし、近隣には村なぞないからな……おそらく君たちの予測は正しいと思う」
 そして「赤竜の息吹」とエドガイ準男爵は完全武装で中心にある広場に大きな篝火を焚いて暗闇の中へと視線を向けている……この戦法は彼らがインテリペリ辺境伯領で名をあげた村の防衛の際に用いたものだが、その時はゴブリンやホブゴブリンなど強力ではないが数の多い魔物だけだった。
 今サウンドガーデン公爵領を騒がせている魔物は単体、しかもそれなりに重量級の巨体であることは足跡などからもわかっている……何が出てくるのか、緊張でエルネットは恐ろしく喉が渇いた気分になり、腰に下げていた水袋から軽く口に水を含む。
「……こんなに緊張したのは駆け出しの頃以来だな……」

「……ワシも戦場暮らしが長いが、このジメッとした嫌な感覚には慣れんな……」

「奇遇ねお爺さん……今日は最悪な防衛日和よ……」
 月が夜空に煌々と輝いており、夜とはいえかなり明るい状況……相手からの奇襲攻撃などは受けにくいだろうが森の中へと逃げても隠れられる場所が少ないだろうから、撤退する際は苦労するだろうな……とリリーナは明るすぎる夜空を見上げて舌打ちをする。
 その横ではエミリオが神への祈りを捧げている……その場にいる者達の周囲に肌を撫でる清浄なる風が巻き起こる。
「女神よ……我らにご加護を……そして敵を打ち滅ぼす力を与えたまえ」

「これは……お主本当に冒険者なのか……高位神官並ではないか……」
 トビアスが過去に味わった祝福ブレスの中でも相当に強力な加護が備わったことを感じて、少し驚いたようにエミリオを見るが、そんなトビアスの視線に少し気恥ずかしそうな顔で頭を掻くとエミリオはニコリと微笑む。
 そして緊張のためなのか入り口の門をじっと見ているエルネットに少し視線を送ると、彼は再び槌矛メイスを片手に持って口をひらく。
「私は神殿で一生を終えるよりも自分が信じた英雄を支えると決めていましてね……腐れ縁ですがエルネットがその器なのだと信じております故」

「……確かにな、彼には何かがあるとは思う……余計に死な……きたぞ」
 トビアスが途中で言葉を切ると、少し離れた場所から規則正しいが不気味なフォーン、フォーン……という音と様々な色に変化する不気味な光が近づいているのがわかった。
 そして恐ろしく体重もあるのだろう近づくたびにズシン、ズシンと重量のある魔物が歩行する時の足音に近い音があたりに響いていく。
 誰のものかわからないがゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえる……当たり前だ、冒険者稼業が長い「赤竜の息吹」や戦場暮らしがながいトビアスでも理解不能なまるで巨人ジャイアントのような黒い姿が次第に近づいているのだから。
「な、なんだありゃ……」

「これは……シャルロッタ様の予感が当たったかもね」
 デヴィットがその異様さに驚いた声を上げるが、リリーナは背中に冷たい汗が流れるのを感じて表情を歪める……この世界の魔物じゃない、あの異様さは今まで見たことも聞いたこともない、昆虫のような外皮に長すぎる腕と体に対して短すぎる太い足を動かしながら村へと近づいてくる異形。
 体高は四メートル近いだろうか? 頭に当たる部分には巨大で様々な色に輝く複眼があり、その下には鋭い牙を持つ顎が見えている……背中には大剣グレートソードだろうか? 背中から柄が飛び出ているのが見える。
「……複数の生命体視認……神聖なる力を確認……マニュアルに従い戦闘モードへと移行」

「しゃべったぞ……」
 トビアスがそのずんぐりとした巨体が入り口の門の前で停止し、言葉を放ったことで全員に一気に緊張が走る……異形の怪物は明らかにこの世界では異物のようなもの、シャルロッタが危惧していた通りこれは悪魔デーモンというやつなのではないだろうか? と「赤竜の息吹」のメンバーは薄寒い気分にさせられる。
 怪物は何度か複眼を瞬かせるとゆっくりと門にその巨大で太く四本の指しかない腕を振るって一撃で破壊すると、感情の籠っていない無機質な声で喋り始める。
「……皆様に感謝と死を、私は暴力の悪魔バイオレンスデーモンダルラン……恐怖と死こそ人間に与えられる慈悲です」

暴力の悪魔バイオレンスデーモン!? やはり……いくぞ!」
 エルネットが剣と盾を構えてゆっくりとダルランへとかけていく……それを見たトビアスも大剣グレートソードを両手で構えて悪魔デーモンへと突進を仕掛ける。
 それに呼応するかのようにリリーナの短弓ショートボウから先端に小さな金属筒が取り付けられた矢がダルランの頭部へと向かって撃ち放たれる。
 その矢がダルランに衝突する寸前、エルネットの真横を火線が貫いていき、弓矢に衝突する……その瞬間、ダルランの頭部付近に大きな爆発と火花が撒き散らされる。
「ワーボス神は言いました、皆様のような人間は……キュルルルルッ!」

「……効いてるぞ!」
 強い火花で頭部になんらかの障害を起こしたのか、ダルランの巨体が前後にビクン! と震え棒立ちの状態になる……うまくいった……リリーナが放ったのは普段持っている矢でもに近いもの、矢に括り付けた金属筒には魔力を妨害する鉱物の粉末と目眩しに使う発火性の火薬が入ったものだ。
 これを衝突の寸前にデヴィットの炎魔法炎の矢ファイアアローで爆発させる……元々はゴブリンメイジなどの魔法を行使する敵の視覚と一時的な魔法能力を阻害することが目的の武器なのだが、効果があったのはダルランが何らかの魔力で行動しているからだろうか?
「一気に畳みかけろ!」

「うおおおおおっ!」
 エルネットとトビアスが雄叫びをあげて棒立ち状態のダルランへと剣を振るう……だが黒く光沢のある外皮に衝突するとガキャーン! という大きな音を立てて外皮に軽く食い込む程度で止まってしまう。
 彼らも尋常の戦士ではない……相手の盾を叩き切るなどの技は身につけており、彼らの斬撃を止められるものなどそう多くはないのだが……二人ともに一撃が通らないと見るや、エルネットは右腕の関節部分を、トビアスは外皮が覆っていない腹部へと剣を振るう。
「動けなくすれば……少なくともッ!」

「この村を滅ぼさせはせんぞおっ!」
 気迫の込められた斬撃が棒立ちのままのダルランへと振り下ろされる……トビアスの大剣グレートソードが腹部に食い込むと、紫色の体液のようなものが傷口からドロリ……と流れ出し、エルネットの攻撃は右腕を一撃で断ち切ることに成功する。
 だがその攻撃がきっかけなのか、一度ブルブルッ! と巨体が震えそれまで光を放っていなかった複眼に赤い光が宿ったのを見てリリーナが叫ぶ。
「……なんかくるっ! 離れて!」

「や、やばいっ!」
 その言葉に反応したエルネットとトビアスは慌てて後ろへと飛び退るが、ダルランの頭部にある巨大な顎がカパン、と開くとそこが白色の光を放ち始める。
 冒険者の本能的にその光は危険だと判断したエルネットは思い切り地面を蹴り飛ばすように身を投げ出す……トビアスもそれに倣って別の方向へと身を投げ出すと、ダルランの口元に光った光はキュイイイイン! という甲高い音を立てて放たれたが、攻撃により狙いが定まっていなかったのだろう……冒険者達とはまるで違う方向、左手にある丘の方向へと伸びていき地面を抉り取るように破壊するとズトォォォン! という音を立てて燃え広がる。
「……な、なんだありゃ……」

「……目標に命中せず、白い稲妻ホワイトライトニングのチャージ中……体組織の復元開始」
 ダルランの複眼が再び複雑な色合いへと輝くと、切り落とされた右腕の切れ目からゴボゴボと泡のようなものが滴り落ち、再び同じように右腕を再生させていく。
 そしてトビアスの一撃が入ったはずの腹部も同じように傷口が塞がっていく……それを見たエルネットは慌てて立ち上がると全員に向かって吠えるように叫ぶ。
「後退しながら戦うんだ! 固まっていると狙い撃ちされるっ!」

 その言葉に反応した全員が一気に動き始める……リリーナによる射撃に合わせて再びデヴィットの炎の矢ファイアアローがダルランに向かって伸び、その頭部に再び大きな爆発と火花が散る。
 同じ攻撃が二度通じれば、と放った攻撃は確かにダルランの機能に影響を与えるのだろう、再び歩き出そうとした悪魔デーモンは大きく身を震わせて立ち止まり動けなくなる。
 全員があたりに組み上がっていた瓦礫を撒き散らし、少しでも追撃を遅らせられるように足止めする……走り出した冒険者達は村の裏手……脱出経路に考えていた細い小道へと必死に駆けていく。
「走れ走れッ!」

「……機能回復シーケンス開始……「赤竜の息吹」の戦闘力を再計算……追跡モードへと移行、鎖鋸剣チェーンソードの使用を開始」
 ダルランは複眼で冒険者達の足跡を超感覚センサーで探知し始める……暴力の悪魔バイオレンスデーモンたる自らがワーボス神へと供える命を刈り取れない、というミスは許されない。
 規則正しいフォーン、フォーンという音を立てながらゆっくりと右腕を背中へと伸ばし、それまで抜いていなかった巨大な鋸状の刃を持つ剣を引き抜くと起動を開始する。
 ドルゥン! という重い音を立てて剣の刀身に付けられた刃が回転を始めると、ダルランは冒険者の足跡を追うようにゆっくりと歩き始める。

「人間の肉と血はワーボス神の祭壇へと捧げられます、神に感謝して死にましょう……肉体を引き裂き、血飛沫を撒き散らしながら死にやがれください……」
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