わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

文字の大きさ
上 下
82 / 430

第七一話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 〇二

しおりを挟む
悪魔デーモンは消耗品ではない、名前と言動が噛み合っていないぞ知恵ある者インテリジェンス

 知恵ある者インテリジェンスの提案に打ち砕く者デストロイヤーは不満そうな表情を浮かべる……だが、そんな彼の言動にもヒキガエルの顔をぐにゃりと歪めて笑うと、知恵ある者インテリジェンスはその突き出した腹を、太い指でボリボリと掻きむしる。
 掻きむしった皮膚が破れ、腫瘍から粘液がどろりと漏れ出すのを見て、欲する者デザイアが「醜いわ」と小声で吐き捨てる。
「人間の成長力を甘く見ていると足元を掬われる、これは一〇〇〇年前に思い知ったこと……我々の戦力は悪魔デーモンだ、相手の戦力を推しはかるのに暴力の悪魔バイオレンスデーモンはちょうど良いはずだ」

 暴力の悪魔バイオレンスデーモン……戦争を司る混沌神ワーボスの眷属であり戦いと殺戮のみを目的とし、世界に放たれた後は命あるものを殺戮する第四階位の悪魔デーモンである。
 他の混沌神の眷属と違い、定められた命令を受けるだけの感情すらない、別の世界では自立機械ロボットと呼称される人工物に近いとされている。
 なお人間が不慮の事故でこの悪魔デーモンを呼び出してしまい、辺り一帯が壊滅する事件などは数回人類史には刻まれている。
「……確かに暴力の悪魔バイオレンスデーモンは強力な戦力だが第四階位、広義の意味では消耗品と言っても差し支えない、違うか?」

「我らが神の力を消耗させてどうする」

「最終的に世界が混沌ケイオスへと変容すればお釣りがくる」
 二人の訓戒者プリーチャーがお互いを睨みつける……残念ながら彼ら全員は独立した存在であり、別々の混沌神より生まれ出た生物。
 それぞれの目的、行動、思考、全てが異なる上協力をするという関係にはなく、そして何より彼らはお互いを全くと言って良いほど信用していない。
 使役する者コザティブが言い争う二人を横目に、面倒なことになっていると言わんばかりの呆れたような表情を浮かべ、欲する者デザイアは飽きたのかよそ見をしながら軽くあくびをしている。
「……筆頭はどう思われる?」

暴力の悪魔バイオレンスデーモンの派遣を認める、私の言葉だけで敵戦力を想像するのは難しいだろう、一度見るべきだ」
 闇征く者ダークストーカーがあくまで感情を見せずに冷徹に言い放つ……彼にとって悪魔デーモンはいくらでも保有ができる消耗品でしかない、それは目の前にいる訓戒者プリーチャーも等しい価値しか持たないことを意味しているが、それでも彼らには独自の知能、思考などがある以上結果を見せて説得することが最良と判断したのだ。
 その言葉に何か言いたげな表情になった打ち砕く者デストロイヤーだが、上席である闇征く者ダークストーカーに逆らう意味がない、と判断したのか黙って引き下がる。

「反論もないようなので、まずは暴力の悪魔バイオレンスデーモンを呼び出すとするか」
 知恵ある者インテリジェンスはニヤリと笑みを浮かべると、魔力を一気に集中させる……混沌神ワーボスは戦争を司る、そして無用な殺戮と流血を好む神だ。
 人間同士が争いを止めないのはこの神が囁くからだ、とマルヴァースでは信じられており戦に興じる君主は時にこの混沌神の信徒だと影で噂される。
 そして腐敗し堕落した君主はその噂通りワーボスに夜な夜な贄を捧げている……マルヴァースの子供達に読み聞かせる御伽噺にも登場する比較的メジャーな神の一つともされている。

「ワーボスに願い奉る……御身の眷属を我が元へ、暴力の悪魔バイオレンスデーモン出でよ」
 知恵ある者インテリジェンスの声に応じて、地面に泡立つ血液が噴き出していく……そしてその血液が次第に形あるものへと変化し、ゴボゴボと大きな音を立てて外皮を形作っていく。
 吹き出すような血液がまるでその痕跡を残さずに消え去った地面に巨躯の怪物が立っている。
 堅牢な外皮は艶やかな黒色であり、恐ろしく長い腕は地面へと着く長さだ、そして少し短めの脚がこの怪物の異様さを際立たせている。
 顔は昆虫のようでもあり、鋭い棘状の歯がついた二本の顎と、巨大な複眼は赤や緑、青へと複雑に変化をしておりその異様さを際立たせている。
 直立歩行する昆虫のような不気味な怪物……暴力の悪魔バイオレンスデーモン訓戒者プリーチャーの前へとゆっくりと跪くと首を垂れた。

「ふむ、今回は昆虫のような外見だな……当たりを引いたかもしれぬな」
 知恵ある者インテリジェンスがニヤリと笑い悪魔デーモンを見ている他の訓戒者プリーチャーの様子を見るが、彼らは目の前に現れた怪物にはあまり興味を示していないようで、各々が別の方向を見て何か考え事をしていた。
 打ち砕く者デストロイヤーだけがじっと出現した悪魔デーモンを見つめているが、すぐに興味を失ったようでフンと鼻を鳴らすと別の方向へと視線を動かした。

「ふむ名前はダルランというのか……ではダルラン、お前に指示を出そう、シャルロッタ・インテリペリなる女を誘い込み殺せ、やり方はお前に任せる」
 訓戒者プリーチャーに再び深く首を垂れた悪魔デーモンダルランは、立ち上がると彼らに背を向けて玉座の間から歩いて出ていく。
 その様子を見ながら欲する者デザイアが小声で「美しくないわ」と再び吐き捨てるが、そんな彼女を見てニタリと笑った知恵ある者インテリジェンス闇征く者ダークストーカーへと深く首を垂れた。
「そのシャルロッタ何某のお手並み拝見としよう……筆頭がいうほど強ければ良いですがな」

「その答えはすぐに判る、私も観察をするまでは理解せなんだ……だがこれだけは言っておく、魔王様の復活は近い……我ら共通の目的を果たすため、障害は全て排除する」
 闇征く者ダークストーカーの言葉に訓戒者プリーチャー達が一斉に姿勢を正すと、玉座の後方に位置する空間へと深く首を垂れた。
 漆黒の闇の中巨大な空間の奥に見えたのは、恐ろしく巨大な蠢く泥濘……その中にいくつもの目が出現し、表面を裂くように複数の口が開き呻き声をあげる。
 そんな不気味な泥濘を見た訓戒者プリーチャー達の顔に歪んだ笑みが浮かぶ。
「復活の時は近い……一〇〇〇年紀の終わり予言と共に我らが魔王様は復活するのだ……!」



「……ぶえーくしょ! なんだろ誰か噂でもしているのかな」

「またおっさんのようなくしゃみを……」
 お風呂でくしゃみをしたわたくしを見て、湯船に浮かぶユルが呆れたような眼差しで見つめているが、わたくしは鼻を軽く擦りながら苦笑いを浮かべてお湯の中に体を沈める。
 ここはインテリペリ辺境伯家の王都別宅に造られた湯室で、いつもの如くわたくしとユルは日課になっているお風呂を楽しんでいるところだった。
 他の貴族家であれば侍女が一緒に入って体を洗ってとかやるのだろうけど、我が家では戦場での習いとか言って全て自分でやるようにと躾けられている。
 まあ最終的な確認で侍女は入ってきちゃうんだけど、それまでは一人である程度やっておく、が基本なのだ。
「……しかし……クリスに迫られた時はもうダメかと思った」

「婚約者殿が交尾を求めたのですか?」

「言い方はちゃんとしてよ、それになんともなかったもん」
 その時のことを思い出して思わず頬が熱くなるが……いやいやわたくし前世まで男性やってたんだから、いくらイケメンに迫られたからってドキドキしたりしちゃダメでしょ。
 第一ちょっと甘い言葉をぶつけられたくらいでクラっとしちゃうようなチョロい令嬢ではないのだ、わたくしは。
 ちょっと前まで「難攻不落」とか「鉄壁ガード」とか辺境伯領での夜会でも言われるくらい高嶺の花だったんだぞ? まあクリスとの婚約発表でさらに磨きがかかってしまったのか、声をかけてくるような勇敢な男性はいなくなったけどさ。
「……お互いが求めるのであれば、交尾して子孫を残すのは生物として当然のことかと思いますが……」

「交尾じゃない、人間はお互いを思い合って一緒になるの。第一わたくしが勇者だったって言ったでしょ?」

「そういやそうですな」

「だからいくらなんでもクリスとわたくしが結婚して……子供を作って……そしたらちょっと、うん、その……おかしいじゃん……」
 思わず恥ずかしくなってしまって口籠るわたくしだが、なんだろう……クリスとのことを考えたらどうも冷静になれない自分がいるんだよな。
 あの時クリスが迫ってきて、彼の指がわたくしの肌に触れた瞬間全身が痺れるような感覚を覚えた……普段だったら絶対にあんな感覚にはならないし、心臓がドキドキして冷静になれない自分がそこにはいた。
 そして……彼が何もせずに離れた時、ちょっとだけムカッとしたのはなんでだろうか? 何もしないのかよ! って思ってしまった。
 この世界に来て、もうそろそろ一六年になる……二回の人生の中でそういうことがなかったのもあるけど、わたくしはこの世界で生きていくのに今後どうすればいいのだろうか?

「……勇者だった前世の方が全然気楽だったな……やだなあ貴族令嬢って」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...