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第六一話 シャルロッタ 一五歳 肉欲の悪魔 〇一

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「さあ、僕と一緒にデートしようか! 楽しみだねシャル」

「でえと……お、おかしいな、なんでわたくしクリスとデートしてるのかしら……」
 お父様、今わたくしは未来の旦那様……いや現在の婚約者であるクリスと一緒に王都にある商店街を歩いています……これはデートなんでしょうか?
 このエリアにある商店は貴族専用に超高級品のみを並べているエリアで、衛兵による巡回などが厳しく行われており平民出身者などが立ち入ることができない場所の一つだ。
 なんでクリスとわたくしが一緒にいるかというと……最近はわたくしとクリスは時間が許せば昼食を共にすることが増え「ようやく婚約者らしいことを……お父さん嬉しいよ……」と喜ばれているのだけど、本日は昼食を外でしたいとクリスが言い出し、学園を抜け出してこの高級店エリアへと足を伸ばしたという次第だ。
「シャルは何が好きかなー、僕はねえ……」



 ——数日前に、学園が再び再開され学生が戻ってきている。
 というのも以前起きた冒険者演習襲撃事件における暴漢達の極刑が行われ、その後も安全対策について一定の目処がついたということで、学園首脳部は自宅で学習をさせていた学生達を再び登校するように呼びかけてきた。
 元々学園で学ぶことも悪くないなって思ってたわたくしや、平民出身で断ることが難しいターヤ、そしてそもそも断る気のないクリスなど主だった学生は登校を再開している。
 ところが……数日経っても登校してこない生徒へ登校命令が降った、というのを風の噂で聞くことになった。
 登校命令というのもこの学園は王立……国が運営する学校であり卒業後わたくしたちは、国家のために貴族としての責務を全うすることが義務付けられている。

位高ければノブレス徳高きを要すオブリージュ』という言葉が前々世の世界では存在していたが、この世界マルヴァースにおいても似たような責務を貴族は背負っている。
 国家のためにその身命を捧げ、貴族としての責任を果たすべし……イングウェイ王国のために身を粉にして働け、これは初代マルムスティーン一世による言葉だそうだが、その言葉通り学生は卒業後は軍人や高級官僚などの道を選択することが定められている。
 平民は少し緩くターヤが目指している商会への登用なども選択肢としてはあるが、爵位を持つ家柄の子女は選択肢がそれほど多くない。
 わたくしはクリスの婚約者というポジションにいるため、彼が太公となるのを支えるために政治学や軍学などの勉強と、形だけでも軍に籍を置いてなんらかの仕事を体験させられるのだろう。

 そこから漏れていってしまう人物もそれなりの数がいて……そういう人材は国外へ行くか冒険者の道を選択する。
 正直いえば軍にいるよりもはるかに危険度の高い職業となるため、死亡率も結構高いらしい……まあ職業としては本当に命の保証がないわけで。
 先日わたくしと契約をしてくれた「赤竜の息吹」エルネットさんもこれに近いそうで、王都で騎士になるための試験を受けにいったら諸事情あって騎士見習いにすらなれなかった。
 それで辺境伯領に戻って冒険者を始めたとかなんとか……まあ騎士爵の家なんかそんなもんだ、と話してたけど私もまだまだ知らないことが多すぎるな、ほんと。
 彼ほどの能力があればお家で騎士として雇っていいくらいなんだけど、貴族との接点にはあんまりいい思い出がないらしく……わたくしの味方についてくれたことは相当な幸運なんだろうな、と思う。
「上の空だねえ……これじゃちょっと休憩できるところに入ってもわからないんじゃない?」

「うぴっ! ク、クリス? そ、そんなことしませんよね?!」
 思考の海に沈んでいたわたくしにいきなりクリスが囁きかける……わたくしはいきなりそんなことを囁かれたために、思わずびくん! と身を硬直させてしまう。
 そうだ、今わたくし殿方と二人っきりなのに上の空って何されてもおかしくないじゃないか!
 だがクリスはわたくしの頭をそっと撫でてから、再び耳元に口を寄せるとくっそ甘い声でわたくしに囁いた。
「……冗談だよ、でも君と心まで愛しあえるならっていいかもな思ってるよ」

「あ、愛……ッ!?」
 その言葉にわたくしの脳みそが爆発しそうなくらいに熱くなる……なんて、なんてイケメンボイスをこのスーパーイケメン王子……女ったらしめが!
 わたくしが過去最大級に真っ赤に染まった顔で思わずクリスを睨みつけてしまうが、彼はちょっとだけ舌を出してイタズラっぽい笑顔で微笑んでから再びわたくしの手を引いてお店のテラス席へと誘導してくれた。
 席に座ってわたくしは必死に懐から取り出した小型の扇で顔を仰ぐが、もう熱くて熱くて今夏じゃないよね? とあたりをチラチラと見回してしまう、あーだめだ動揺してるわー。
「僕のお気に入りの料理とお茶でいいかな?」

「は、はい……お願いします……」

「なんだ、シャル動揺しちゃったの?」

「だ、だって……クリスがあんなこと言うから……」
 わたくしの返答に微笑むクリスの目は本当に優しく、目が合ったわたくしの胸が大きく高鳴る……悔しいけど彼は本当にイケメンで甘い声で囁くし、手は柔らかくて暖かいし、何よりとても優しい。
 優良物件なのはわかってるんだよねえ……って、違うぞ? わたくしの胸がドキドキしているのは、殿方と二人きりでいることにだからな。
 そりゃ現世においてわたくしはうら若き令嬢なんだからそりゃあこんなシチュエーションは何があるかわからないからな。
 マーサも「殿方は狼なのですよ!」って口酸っぱく言ってるし、基本的に貴族令嬢として身持ちは硬く育てられている自負があり警戒をしなきゃいけないからだ、そうに違いない。
「へえ? じゃあ僕のことをちゃんと意識してくれてるんだねえ、嬉しいなあ」

「意識って……そりゃクリスは学園の女子生徒もずっと見ていますし……」

「……全く、本心は絶対に言ってくれないんだな、僕だって拗ねちゃうぞ」
 クリスは少し不貞腐れたような表情になるが、なんかそういう顔もフツーにイケメンでずるいなあって思っちゃうくらい彼の容姿は整っている。
 疫病の悪魔プラーグデーモンの呪いによって病に侵されているときはあまり気にしてなかったけど、彼は本当に生命力に溢れた存在だ。
 勇者の生まれ変わりと言われても納得できるくらい……なんというか醸し出している雰囲気が独特で人を惹きつける魅力、一度見ると忘れられないくらい惹きつけられる何かが存在している。
「なんだか目力が強いのよね……」

「なんだい? 僕に愛を伝えてくれる気になった?」

「……クリスが変なこと言うから恥ずかしいだけです」
 じっと彼の瞳に見つめられたわたくしは思わず目を逸らしてしまう……直接彼の美しい瞳を見つめることができないでいる。
 見つめられるのは本当に恥ずかしい……というのが正直なところで、あのどストレートに好意をぶつけてくるクリスの視線は本当に苦手なのだ。
 あれ? なんでわたくしこんなドキドキしちゃっているんだろ。
 いやいや前世で男性のわたくしがそんなイケメンに見つめられたからってどうってことはないはずなのに、どうしても彼に目を合わせることができていない。
 少し前からずっとわたくしは変な気分だ、彼の瞳をきちんと見るのが気恥ずかしい、そして彼がわたくしの手を握るととても温かくてずっと触れていたい気分になってしまう。
「おかしいですわ……わたくしこんなんじゃなかったのに……」

「シャルが恥ずかしがる姿も可愛いよね、僕はそんな君のことしか見ていないよ」

「そんな、わたくしそこまで恥ずかしがってなんか……」

「……ま、君を揶揄って遊ぶのもいいんだけど……そろそろ真面目な話をしようか」

「まじめ……いや、それより今なんておっしゃいました?」

「いやいやちゃんと聞いてくれないとさ……僕もそれなりに傷ついているんだよ? シャルは冷たいしさ……」
 クリスがめちゃくちゃ傷ついた、とでも言わんばかりに目頭を抑える仕草をしているが……本人絶対本心じゃないだろう、その証拠に顔を覆いながらチラチラとこちらの様子を窺っているし。
 これ絶対揶揄われている流れの続きだわ……わたくしがジト目でクリスのことを見ていると、視線でこちらの考えていたことを理解したのか一度軽く咳払いをすると彼は芝居をやめてから少し真面目な顔になってわたくしに話し始める。
「実はプリム……ホワイトスネイク侯爵令嬢が登校してこない」

「……彼女がサボることはありえない、と?」

「そりゃそうだよ、侯爵家の令嬢が登校拒否なんて笑い物どころの騒ぎじゃない。僕は彼女を小さい頃から知っているけど、学校を嫌がるような性格じゃない」
 クリスは少し悲しそうな顔で目を伏せるが、わたくしが知らないだけでクリスとプリムローズは小さい頃からの友人でもあり、学友……なんなら一時は婚約者候補でもあった間柄だ。
 一度クリスに彼女の印象を聞いてみたことがあったが『幼馴染に近いかな……でも近すぎて彼女のことは女性としてじゃなく妹みたいな感じなんだよ』と答えていたっけ。
「クリス、彼女はなんらかの事件に巻き込まれた、というのは考えられますか?」

「僕もそのことを考えていた……ヴィクターを向かわせてみるか」
 プリムローズはかなり強力な魔法使い……の素質がある天才だ、兵士一人が向かったところでどうにもならない可能性がある。
 ヴィクターさんもマリアンさんもかなり熟練の戦士ではあるけど、魔法使いとの戦闘に慣れているわけじゃないと思うしなあ……。
 だが、そんなことを考えていると当のヴィクターさんとマリアンさんが慌てた様子でわたくしたちの席へと向かってくるのが見えた。
「で、殿下! 一大事です!」

「……どうしたの?」

「学園が再び襲撃を受けました!」

「え?」
「へ?」
 わたくしとクリスは同時に素っ頓狂な声をあげてお互いで顔を見合わせてしまう。
 襲撃? 学園が再び襲撃? わたくしは思わず学園に残っているはずのターヤの顔を思い返し、椅子から慌てて立ち上がってしまう。
 まずい……もし肉欲の悪魔ラストデーモンが襲撃に加わっているとしたら戦闘能力が高くない学生、ターヤも含めた一般の学生の身が危ない。
 立ち上がったわたくしを手で制するとクリスはゆっくりと立ち上がってからわたくしのそばまで来て優しく微笑むと、そっと耳元で囁いた。

「シャル、邸宅に戻るんだ。僕だけじゃないが狙いが君の可能性もあるんだから……いいね」
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