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第五五話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 二五

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「……プリムローズの魔力を遮断しないとダメですわね……」

 オルインピアーダの胸元に光る赤い宝石は鈍く、だが禍々しい光を帯びているのがわかる、おそらくだけどあれを破壊することで肉欲の悪魔ラストデーモンとプリムローズの繋がりを一時的に遮断することができるに違いない。
 とはいえ一時的なんだよな……完全に繋がりを断つには契約そのものを破棄させなきゃいけないし、それには契約者本人がそれを望まなきゃいけない。
「クフフフッ! わかりますよぉ? 私とプリムローズの契約をどうするか悩んでいるんでしょう? でも残念……私と彼女は切っても切れない関係に……そう、快楽と憎悪という点で繋がっていますからね」

 オルインピアーダは勝ち誇ったような笑顔を浮かべてわたくしを見ているが……か、快楽? つまりプリムローズさんに行っちゃったってことか?
 うーん、あの縦巻きロールの令嬢がベッドの上で悶えているのを想像するのも割と難しいな、気位は高そうだしそんな簡単に堕ちるようなイメージすらないからだ。
 しかし後半の憎悪、という点ではおそらくわたくしに対するライバル心を憎悪にまで昇華させてしまったのだろうか? そんなに怒らせるようなことはしていないつもりなんだけど……。
「快楽はともかく、憎悪という点では理解できないわね……」

「クリストフェル殿下の想いを無下にする悪の婚約者……シャルロッタ・インテリペリに天誅を。プリムローズの気持ちはそんなところよ? 何せ彼女は殿下に想いを寄せているからね」

「……そんなに好きなら代わって欲しいって言えば喜んで代わるのに……」

「……え? 今なんて言った?」

「あ、いや……それはともかく悪魔デーモンの手先となって迷惑をかけようって話ならそれはちゃんと止めないといけないからね……覚悟なさい?」
 思わず本音を漏らしてしまったわたくしの言葉に、思わず意味がわからないという表情を浮かべたオルインピアーダだが、わたくしは軽く首を振って本音を隠すとすぐに剣を構え直す。
 いかんいかん……もうこの婚約はわたくしの意思を飛び越えてしまっていて、国防を含めた割と重要なものになりつつあるとお父様に説明されている。
 正直言えば代わって欲しいなあ、なんて思ったりもしているけどそれを大っぴらに話すなんて貴族令嬢としてはダメなんだった。
 少し不思議そうな顔でわたくしを見ていた肉欲の悪魔ラストデーモンだったが、すぐに歪んだ笑みを浮かべてその鋭い爪を持った両手を構え、少しだけ姿勢を低く保っていつでも襲い掛かれるような体勢をとる。
「しかし箱入りの貴族令嬢のクセに戦闘能力は一級品……貴女は一体何者ですか? それにその若さに見合わぬ落ち着き……歴戦の戦士にも見えますね」

「……悪魔デーモンは生まれ変わりを信じるかしら?」

「……生まれ変わり? 死んだ後には全てが混じり合う甘美なる混沌ケイオスだけが待っていますよ?」
 オルインピアーダは訳がわからん、と言いたげな表情を浮かべて笑うが……ま、そうだよね、わたくしだって前々世では生まれ変わりとか信じていなかったし、輪廻転生なんて漫画や小説の中でしか出てこない概念だったのだから。
 だがしかし……今わたくしは確かに三回目の人生を生きている、一回目の人生はもう朧げになってきているが日本に住む大学生だった。
 そして女神様によって異世界転生し、二回目の人生は勇者として過ごし世界を救うことに成功した……そして三回目、今の人生は何の因果か貴族令嬢として生きている。
 わたくしが軽くため息をつき、意を決した次の瞬間、息を合わせたかのようにわたくしと肉欲の悪魔ラストデーモンは魔法の詠唱を開始する。

「神なる御霊よ、大いなる怒りよ……」
「地獄にて輝く炎よ、高みにあって灯る輝きよ……」

 わたくしが詠唱開始した魔法はサルヨバドスにも効果を発揮した対混沌に特化した白銀の炎を放つ魂の焔ソウルフレイム、大してオルインピアーダの魔法は……詠唱内容を聞く限り似たような形のものだろうか?
 初めて聞く詠唱にわたくしが思わず表情を固くしたことに気がついたのか、オルインピアーダの笑みがさらに歪む……残念ながらわたくしが扱う魔法は人が記憶できる系統に限られていて、悪魔デーモンが扱う魔法などは全て理解しているわけではない……今彼女が詠唱を始めた魔法は前世でも聞いたことがないものだ。

「我が元へ顕現せよ、魂の焔ソウルフレイムッ!」
「悪の音色を聞かせたまえ、悪魔の炎デーモンファイア!!」

 ほぼ同時に魔法が発動する……わたくしの周囲に白銀に輝く炎が顕現するのと同時に、オルインピアーダの体から漆黒の炎が嵐のように回転しながら巻き起こる。
 炎がわたくしと肉欲の悪魔ラストデーモンの空間に吹き荒れていくが、コアとその周囲へと防御障壁を張り巡らせたユルには到達しない。
 白銀と漆黒の炎はちょうど中間点に当たる場所で衝突し、天井にまで吹き荒れていく……オルインピアーダがわたくしの能力と互角というのはあり得ない、これだけの魔力を行使するにあたって触媒、つまりプリムローズの元来持っている無尽蔵とも言える魔力があってこそわたくしに匹敵する魔法を行使できるということか。
「外部電源とかバッテリーみたいなものか……プリムローズの才能も凄まじいわね……」

「クハハハッ!」
 ほぼ互角の威力を発揮する魔法の炎が混ざり合い、白銀と漆黒の輝きを部屋中に轟音と共に轟かせる。
 魔法でケリをつけようってのは少し虫が良すぎるな……接近戦、いやここは剣戦闘術ブレードアーツを使った方が確実だろう……魔法の効果が消滅し、一瞬静寂が訪れた部屋の中でわたくしは剣を構え直す。
 接近戦に持ち込んでくると判断したのか、オルインピアーダは再び姿勢を低く保つ……だが彼女の予想に反してわたくしは剣を鞘に仕舞うと、いわゆる居合の態勢を取って少し腰を沈ませる。
「……どういうことだ……? 剣を納めるなど……」

「——我が白刃、切り裂けぬものなし」

 オルインピアーダの表情が曇る……だがわたくしは息を長く静かに吐き出していく、この技は剣戦闘術ブレードアーツの中でも特に静かな剣の一つだ。
 この世界に存在しない戦闘術アーツであるからこそわたくしの優位性は覆ることがない……静かに殺気を漲らせるわたくしに恐怖を覚えたのか、それまで見ないレベルの速度で肉欲の悪魔ラストデーモンが前に出た瞬間、わたくしは剣を抜刀する。
 まるでその一瞬、斬撃がまるで閃光を放ったかのように白刃が煌めき、剣を振り抜いた姿勢のままのわたくしと対照的に、驚愕の表情を浮かべたままのオルインピアーダの肉体が真っ二つに……上半身と下半身が切断されて床へと叩きつけられグシャリと嫌な音を立てて転がっていく。
「……く……ガアアアアッ!」

剣戦闘術ブレードアーツ第三の秘剣……雨滴乃太刀ノーヴェンバーレイン
 剣を軽く振って刃にこびりついた悪魔デーモンの血液を払い落とす……この技はいわゆる抜刀術に属しており、魔力によって鞘の中にある剣を超加速させて防御不能の一撃を叩き込むものだ。
 地味といえば地味だ、他の秘剣では割と派手な効果のあるものが多いがこの技は非常に静かに、本当に瞬きの間に相手を切り裂く。
 それ故にこの技を開発した開祖は雨滴、まるで空から落ちる雨の雫のようだと称してこの名前を付けたのだという……まあ元日本人で侍の漫画やアニメも見ていたわたくしからすると一番お気に入りの技でもあったりするが。
「……ま、こんなもんよね」

「ああ……これは凄まじい……クハハハッ! がはっ……」
 床に真っ二つに切り裂かれ、上下半身が別々の場所へと落ちているオルインピアーダの少し苦しそうな笑い声が響く……さすがに悪魔デーモンだけあって生命力が強いな。
 わたくしは地面に倒れるオルインピアーダの元へとゆっくりと近づくと剣を使って仰向けの体勢に転がすが……先ほどまであったはずの胸元に光っていた赤い宝石がボロボロと崩れ落ちていくのを見て、内心ホッとする。
 だが、その表情に気がついた肉欲の悪魔ラストデーモンは再び歪んだ笑みを浮かべると、バカにしたかのような視線をわたくしへと向けて口を開いた。
「貴女は強い、強すぎる……あのお方が警戒するのもわかるけど……脳筋ね」

「は? 負けたくせに何を……」

「クハハッ……この場は退いてあげる、また会う時はこんなものじゃ済まさないわ……よ」
 その瞬間、オルインピアーダの体がまるで土塊のようにひび割れ崩壊していく……わたくしに気が付かれないどこかのタイミングで体を入れ替えた、いやこれは最初から捨て駒扱いのダミーの体だったということだろうか?
 コアに満ち溢れていた魔力が次第に収まっていき、暴走の危険性は次第に下がっているのが判り、わたくしは内心釈然としないまでも軽く息を吐く。
 安全が確保されたと理解したのかユルが心配そうな顔でわたくしのそばへとよってくるが……こいつは割と厄介な敵のようだ、それに……というのは一体?

「……とりあえず目の前の危機はなんとか去った……はず、それよりもプリムローズや正体を知ってしまった人たちをどうするべきか考えなきゃね」
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