わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第四二話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 一二

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 ——冒険者演習中に学生を狙った暴漢達が森へと侵入したが、なんらかの妨害にあって学生達に被害はない……暴漢達はシャルロッタ・インテリペリを狙っていたと供述しているが、詳しい状況は本人達も記憶を失っており詳細不明。

 王立学園で起きた事件に教師達は焦っていた……数年前にも事故があり貴族の子女が大怪我をしたという出来事があったため、慎重に慎重を重ねて開催されたはずだったが、魔獣ではなく暴漢による襲撃……このことが学園に与えた衝撃は非常に大きかった。
 報告者はシャルロッタ・インテリペリ……彼女は解体した草食魔獣を持って森から出てきた後、事件について教師へと報告してきたことでことが明るみになった。
 教師が怪我はないのかと彼女へと尋ねたときに彼女はこう答えたそうだ。
「わたくしの護衛に守っていただいたんですのよ? わたくしの護衛のこと……ご存知なかったかしら?」

 王族により情報統制されていた幻獣ガルム……その伝説的な幻獣による護衛を、本人が暗に認めたような発言をしたことでさらに情報が錯綜していった。
 本当にそうであれば、王国始まって以来の快挙となるはずだったのに……真相が全くわからないため誰もが何が正しいのか全くわかっていない。

『シャルロッタ・インテリペリの美しさに従属を申し入れたという幻獣が本当に彼女を守ったのだ、本人も護衛と言っているではないか』
『いや彼女は淑女としてはあるまじき行為を行って見逃してもらったのだ、あれは阿婆擦れだ、魔性の女に違いない』

 さまざまな情報がめちゃくちゃに錯綜しており、本当のところはどうなっていたのか誰もわかっていない。
 ただインテリペリ辺境伯令嬢は第二王子の婚約者ということもあり、王家から真相解明のために一週間ほど学園を休校とする旨が通達され、学生達はいきなり訪れた休暇に暇を持て余しているものが増えてしまっている。



「……この際なのだし冒険者階級を上げてしまおうかな」
 ということでわたくしは冒険者ロッテに扮して冒険者組合アドベンチャーギルドにある依頼板の前に立っている。
 暇な時間は一週間程度しかないのだけど、この際青銅級から銅級に階級を上げておきたい、というのも銅級の冒険者になると受けられる依頼の幅が大きく広がるし、依頼の幅が広がるということはそれなりに報酬額も変わってくるからだ。
 何よりそろそろ新しい鎧を新調して、見た目もちゃんとした冒険者へとレベルアップしておきたいという思惑もなくはない。
「どれどれ……どういう依頼があるかなあ……」

 青銅級からの階級アップには階級審査が存在している、ただそれはまだ受けられずもう少しだけ青銅級向けの依頼をこなさなければならないのだ。
 青銅級の依頼というのは割とシンプルなものが多く、何をとってこいとか何々という魔獣を一体狩ってこいとか、そういうものが多いが、それと同じくらいの数で生活に根ざした依頼も多く存在している。
 掃除や洗濯、炊き出しの手伝いとかそういったものもあって、これらは階級を上げた冒険者でも受けられるが、主に階級を上げる気のない人たちのために用意されているものだ。

 冒険者と言ってもその全てが命をかけて戦ったり、冒険を繰り返しているものばかりではない。
 一般人が青銅級冒険者の資格を得て、人の手伝いをする……まあアルバイトのような感覚で仕事をする層も割と多く存在しているからだ。
 冒険者組合アドベンチャーギルドで登録していれば身元も保証されるし、個人で仕事を受けるよりも確実に報酬を受け取る……この世界もそうだけど、個人間の契約ほど面倒で厄介なものだからこそ、こう言ったシステムが確立したのだろうとは思う。
「お、館の中で異音がする……地下室を捜索してほしい……これかな」

 わたくしの視線が少し高い位置にある依頼用紙に止まる……館の中で異音、地下室……とくれば大抵はネズミなどの小動物を連想するが、少数だが別の原因で異音がしている可能性もあるわけで、怪しげな奴は受けておいた方が面白いだろうし、依頼用紙にある報酬額がそれなりに良い金額なので損はしないはずだ。
 わたくしはその依頼用紙に手を伸ばそうとして……全然その用紙に手が届かないことに気が付いて愕然とする……わたくしの身長は低くもないけど別に高くもない、少女としては普通だと思っているけど、用紙は二メートル近い場所にあって全く届く気配がないのだ。
 ぴょんぴょんと跳ねてみるも全然届かない……なんでこんな高い位置に依頼用紙を貼り付けてんだよ! 本気でジャンプしたら屋根を突き破ってしまうし、この微妙な高さは完全に盲点だった。
「あ、もう……ちょっとうーん!」

「はい、これだよね?」
 わたくしの背後からにゅっと手が伸び、目の前でその用紙を剥がした。
 そして振り向いたわたくしの目の前に依頼用紙が突き出される……え? 誰だ? と思ってフードを下ろしたままその人を見上げると、その人物は栗色の髪に榛色の目をした二〇代くらいの男性で、見上げたわたくしを見ながらにっこりと微笑んでいる。
 男性はあちこちに傷と補修の入った兵士鎧ブリガンディンを身にまとい、腰には長剣ロングソード、背中には円形盾ラウンドシールドを背負っていることから戦士なのだろうというのは理解できる。
 わたくしがおずおずと差し出された依頼用紙を受け取り、軽く頭を下げるとその男性は不思議そうにわたくしの顔を見ている。
「あ、ありがとうございます……それとなんでございましょうか?」

「ああ、いや随分フードを深く被っているんだな、って思ってさ。訳ありっぽいね」

「おい、エルネットどうした?」

「ああ悪い、後輩冒険者の手助けだよ」
 エルネットと呼ばれたその男性は仲間らしい三人の冒険者風の男女から声をかけられて、そちらに振り向くとひらひらと手を振る……彼の前にわたくしがいることに気がついた三人はエルネットの方へと歩いてきた。
 よく見ると胸元には銀色の飾りがつけられたペンダントを下げており、歴戦の銀級冒険者……今のわたくしからすると二段階も上の階級に属する古兵ふるつわものであることが理解できる。
 彼の周りに集まった彼らは、それぞれが軽装でフードを下ろしたままのわたくしを見下ろすように立つと、興味深そうにわたくしを見ている。
 構成は様々だな、気の強そうな赤い髪をした女性……革鎧と小剣ショートソード、そして短弓ショートボウを背中に抱えていることから斥候かな? それと魔法使い風の丸い眼鏡をかけ、杖を持ったローブ姿の男性、そして槌矛メイス小径盾バックラーを背負った神官戦士風の男性……彼らはいわゆる冒険者パーティという奴か。
「エルネットがごめんね、ナンパしようとしたらあたしに言ってよ。私はリリーナ・フォークアース……リリーナって呼んで」

「あ、はい……わたくしはロッテです、見ての通り青銅級冒険者です」

「ロッテちゃん……エルネットは可愛い子見るとすぐに声をかけるからなあ」

「ちょっと待てよ、フードおろしているから顔なんかわからないっての……僕はエルネット・ファイアーハウス、ロッテちゃんよろしくね」

「デヴィット・ブラックサバスです、うちのリーダーが申し訳ない……」

「エミリオ・ネヴァーモア、神に仕える神官ですぞ」
 彼らは笑顔でわたくしに自己紹介を始める……前世でも高位ランクの冒険者は割と気の良い連中が多く、勇者ラインと共同戦線を張って魔物退治などでは共闘していた記憶が蘇る。
 銀級ということは少なくともこの王都の冒険者組合アドベンチャーギルドで数々の依頼をこなしていることがわかる……わたくしほどではないが所作に隙がないし、武具も恐ろしく使い込まれたものだらけだ。
 それでも彼らは非常に若く、二〇歳を少し超えたくらいの年齢でしかないように見える……が、相当な手練の冒険者だな、内心感心してしまう。
「ロッテちゃんは一人で依頼を受けてるの?」

「え? あ……はい、わたくしはあまり遠出が出来ませんし、王都に出てきて日が浅いので……」

「そうなんだ……そうだな、鎧とかも補修に補修を重ねてる年季ものっぽいし、依頼をこなして新しい防具を買った方がいいね。防具は冒険者の命だよ」
 思ったよりよく見てるな……わたくしの今着用している革鎧は二年以上前に既製品を購入して、その後も身体の成長に合わせて自分でチクチクお針子しながら補修を重ねたものなのだ。
 というより最初購入した際にはここまで胸が大きくなると思ってなかったのもあるけど、胸周りは相当にきつい……先日冒険者組合アドベンチャーギルドでチンピラに絡まれたのも体つきがどう見ても一五歳の少女ではないからだ。
 まあつまり、胸まわりははっきり言ってかなり煽情的ではある……だがエルネットさんはそんなことは気にしていないのか、ニコニコと笑ったままわたくしの顔を見ている、まあフードおろしているからちゃんとは見られていないと思うけど。
「ありがとうございます、わたくし依頼を受けてきますので……それでは」



「エルネットが珍しいな? フードでよく見えないけど綺麗な子っぽいよなあ」
 デヴィットがエルネットに笑いかける……この冒険者パーティ「赤竜の息吹」は青銅級冒険者の時代からずっとメンバーが変わっていない珍しい冒険者たちだった。
 ランクアップはスムーズで、パーティの戦闘力も高くイングウェイ王国の王都を中心とした活動でかなり有名なパーティであることを知らないものは少ない。
「……おそらく貴族の令嬢なんでしょう。王立学園の演習で冒険者になったクチね、あれは」

「なんでそんなことわかるのですか? リリーナ。確かに品を感じる女性ではあるが……」

「爪がきちんと手入れされてるし、控えめだけど香水も使ってたでしょ。相当に良いところのお嬢さんよ……関わらない方が良い、気になるのはわかるけど手出し不要ね」
 リリーナはなんでわからないんだ、とばかりに呆れたような顔をエミリオに向ける……彼らは全員が古くからの付き合いとなり、家の格でいうと騎士家出身のエルネットや、男爵家の末っ子として生まれているエミリオはある程度教育がされているが、それ以外は平民出身のメンバーで構成されている。
 エルネットは少し思案するように顎に手を当てると、リリーナの顔を見ながら口を開いた。

「……おそらくだけど、伯爵家以上の令嬢だと思う……フードから出ていた白銀の髪……あれは貴族でもそう多くはないだろうな」
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