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第三二話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 〇二

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 ——王都の中心に近い場所に王立学園が建設されており、わたくしはインテリペリ辺境伯家の使用している馬車から降り立った。

「お、おい……誰だあの美しい令嬢は……まるで花のように可憐じゃないか……」
「知らないのか? あれが辺境の翡翠姫アルキオネだよ」
「……ええっ!? 幻獣さえも美しさのあまり従属を申し入れたって噂の?」
「お美しいわあ……まるで天上の女神を見るかのよう……同じ制服を着ているのになんて似合って……」
 王立学園の正門前を歩くわたくしを遠巻きにして、学園の生徒たちが騒ぎ始めているけど、わたくしの聴覚は鋭敏なため囁いているつもりの言葉も全部聞こえていて……ンフフ、思わず笑みが溢れそうになるが、絶世の美女であるこのわたくしの美貌に驚いているらしい。
 自分で鏡見てて驚くくらいの美女という自負があるのでこの反応は大体予想できた……が、このままいくと誰も近くに寄ってこなくてわたくしぼっち確定なんじゃないかという不安がよぎる。
 そんな私の感情を読んだのか、影の中にいるユルが話しかけてきた。
『まあ、殿下の婚約者でもありますし、とりあえず距離はとっておくか、下心ありの笑顔で近づいてくるかの二択ではありませんかね?』

「まあ……そうなりますわよね、正直面倒ですわ」
 貴族の子弟、平民の中でも特別に功績を上げたもの、能力において秀でたものなどがこの名門校への入学を許されるが、イングウェイ王国の貴族に生まれた子供は一五歳になると例外なくこの学校の門を叩かねばならない。
 この学園を建設した初代イングウェイ王国国王の取り決めた法律の一つとされていて、一部の例外を除いて意味もなくこの入学を拒むものは貴族として認められない、それは王族にも課せられた義務となっている。

 ちなみに逸話として数代前の王子が学園入学を拒否したことで、追放されてしまいそれを端に発した内戦が勃発したことがあった……だが、最終的には内乱を主導した王子を含め内戦に加担した貴族は王国でも珍しいギロチンの刑に処されたとかなんとか。
 それ故に王立学園入学しないという選択肢は無くなっており、わたくしはここで何が起きるか予想できないまま入学式である本日を迎えている。
「シャルロッタ・インテリペリ……ッ!」

「ほへ?」
 いきなり背後から怒りに満ちた声をかけられて、油断し切ってたわたくしは無茶苦茶間抜けな声で反応してしまい、流石に貴族令嬢として不味かったな、と思い直してから一度咳払いをして声の主へと振り向く。
 そこには紫色の髪と目をした非常に顔立ちの整ったご令嬢が制服姿で怒りに満ちた表情で立っている……えっと、どちら様でしたでしょうかね……わたくしは過去に交友してきた記憶を掘り起こそうとするが、面識のない令嬢であることだけが理解できた。
「えっと……どちら様でございましょうか? 申し訳ありません、わたくしどこかでお会いいたしましたか?」

「こ、この泥棒猫が……ッ! わ、私の殿下をたぶらかして……」
 ほへえ? 私の殿下? って……わたくしはポカンとした表情のまま目の前の美人を見つめているが、本当に名乗ってほしいなあ……それと泥棒猫って、まるでわたくしが殿下を籠絡したかのような言い方だけど、そこは少し違うと思うなあ。
 わたくしと殿下の婚約って双方にメリットがあったから受けているだけで、殿下はどう思っているかわからないが、わたくし個人としてはまるで恋愛とかそう言う形で結ばれているわけではないので、望んだものでもないしはっきり言えばわたくしは別の誰かにこの役目を押し付けたくて仕方のない状況でしか無いのだ。
「あ、あの……わたくし本当に貴女のことを存じ上げなくて……お尋ねいたしますが、どちら様でしょうか?」

「……私のことなんか眼中にないって言うことか……そう……よく分かったわ、このとんでもない田舎貴族の小娘が!」
 やはり記憶にない令嬢なんだよな……誰なのかわからずボケッとしたまま首を傾げるわたくしにキレたのか、罵倒する言葉が割と令嬢としては失格レベルに強くなっている。
 感情のコントロールができない人なのかなあ……なんか残念令嬢ぽくて面白いんだけど……本当に誰なんだろうか。
 本当に困り果ててわたくしは彼女へと話しかけるが、彼女は突然表情を変えると鞄から大変豪華な扇を取り出して口元を隠すような仕草をした後、わたくしに向かってこう言い放った。
「私はソフィーヤ・ハルフォード……ハルフォード公爵令嬢よ! 辺境伯の令嬢ごときが私に名を告げられることを光栄に思いなさい!」

「……あー……クリストフェル殿下がお話しされてたの方でございますわね、初めましてシャルロッタ・インテリペリでございますわ」
 わたくしは軽くスカートをつまみ笑顔で返答するが、前の婚約者という言葉にソフィーヤ様の青筋がビキッ! と立ったのが分かった。
 まあ、わたくしでもこのくらいの嫌味は使えるのだ……一応お母様からは「嫌味を言われたら黙っているよりは遠回しに反撃しなさいね」という教えを受けているのもあるけど。
 というのも貴族社会において面子メンツは割と大事なもので、侮辱を受けてそれを流すというのは「こいつには何を言っても許される」と取られ一方的に言われっぱなしになってしまうこともあるからだ。
 だがちゃんとわたくしの嫌味は彼女にきちんと伝わったらしい……肩を震わせながらソフィーヤ様は目元をピクピクと動かしている。
「こ、この……女……少しばかり綺麗だからって図に乗りやがって……」

 まあ限度があってあまりに上の人に対して同じことするとこっぴどい仕返しを食らったりもするのも貴族社会ではあるが、今回は向こうに非があるしわたくしは面と向かって嫌味くらいしか言っていないので問題ないだろう。
 ニコニコと笑顔を浮かべながら彼女を見ているわたくしを影の中から見つつ、ユルがやれやれ……と言わんばかりの呆れの感情を浮かべているが、この女同士の争いに悠然と入り込む一人の男性がいた。
「……シャルロッタ、どうしたんだい?」

「……げ、殿下……」
「殿下ぁ……♡」
 別の馬車から降り立ってこちらへ向かってきたクリストフェル殿下を見て、わたくしとソフィーヤ様はまるで違う反応を示す……わたくしは露骨に表情に出てしまったのを慌てて笑顔に戻すが、ソフィーヤ様はまるでとろけるような笑顔のまま、殿下に甘えるような声で擦り寄ろうとする。
 だが殿下はソフィーヤ様を一瞥もせずに、わたくしの元へと駆け寄るとわたくしを庇うように彼女との間に割って入る……その行動を見て、ソフィーヤさまは再び口元を扇で隠し、わたくしに向かって青筋を立てている。
「僕の婚約者に何か用だろうか? ハルフォード公爵令嬢」

「……く……殿下……私は諦めていませんの。そもそも最初に婚約のお約束をいただいたのは私だったはずです!」

「くどいな、僕とこのシャルロッタ・インテリペリは公式に婚約をしている……将来は僕の妻となる女性だ。そんな彼女に対して随分な無礼を働くのだな、君は」
 あー……やっと理解できた、クリストフェル殿下の婚約話は割と昔から色々な令嬢が候補に上がっていたと聞いている。
 特にハルフォード公爵家のご令嬢……目の前のソフィーヤ様は有力候補ナンバーワンと言われていた女性で、幼い頃から英才教育を施されていた人物でもある。
 そのほかにも侯爵令嬢とか、もう一家ある辺境伯家などの令嬢が検討されていたそうで、実はわたくしに白羽の矢が立つ前はハルフォード公爵令嬢がほぼ内定していると言われていたし、わたくしもその伝聞を聞いていたので……婚約するって決まった時は本気で驚いた。
「ですが、この田舎貴族の娘など……ッ!」

「インテリペリ辺境伯家は王家にも代々仕える武の者たちだ、田舎貴族などとバカにすることは許されん……それに僕はこの通り、シャルロッタに熱い想いを寄せているのだ」
 殿下は言うが早いか軽く跪くとわたくしの手を取って軽く唇を甲に落とす……ウソだろ、この王子こんなところで……条件反射で思わず頬を赤らめてしまったわたくしを、殿下は恐ろしく優しい目で見つめる。
 その様子を見ていた周りの女子生徒から一斉にきゃあああっ! と黄色い声援が巻き起こり、なんだか悲鳴のようなものすら聞こえてくる。
 それを見たソフィーヤ様の青筋がビキッ! ビキッ!と立ったかと思うと、憎しみだけで人が殺せそうなくらいの凄まじい目でわたくしを睨みつける。
 うーん、まあ正直このくらいの視線なら勇者時代にそれ以上のものを散々食らってるしなあ……普通のご令嬢としては相当に気が強いのだろうけど、まあ野良猫に凄まれるくらいの迫力でしかない。
「ぬぐ……う……シャルロッタ・インテリペリッ! お、覚えてらっしゃい!」

「あ、走って行った……」
 ソフィーヤ様は怒りのままにわたくしたちの元から走り去っていく……ふと、周りの視線の中に好奇の目だけでなく、どこか監視するような視線が混じっていたことに今更気がつくが、一令嬢としての姿勢を崩すわけにはいかずわたくしは黙ってその視線をやり過ごすことにする。
 なんだろう……学園で監視されるようなことはないかと思うのだけどな、初日だからわたくしですら緊張しているかもしれない。
 殿下はそのままわたくしの手を取ると、エスコートするように歩き出す……どうせ言っても聞かないなこれは……わたくしは軽くため息をついてから諦めて彼の後をついて歩いていくが、そんなわたくしを見て殿下は幸せそうに微笑む。

「シャルロッタ、僕はずっと待っていたよ。君と一緒に学園へと通う日をね……だから今僕は王国で一番幸せな人間だと思っているんだ、本当に嬉しいよ」
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