わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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(幕間) 幻獣

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お話の時系列としては一三歳編が始まる前になります。
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「シャルロッタ様、最近何か隠されていることはありませんか?」

「え? な、何もございませんわよ?」
 侍女頭であるマーサがわたくしの髪の毛……自分でも惚れ惚れするくらいの輝きを持つ明るい銀色の髪を櫛で漉いている際、唐突にわたくしへと問いかけてきた。
 何もやましいことはして……いや隠し事の多いわたくしは思わずギクッとしてしまい、違う方向へと視線を泳がせながら、彼女に何が見つかったのかと内心ドキドキしている。
 露骨に不自然な行動をとればとるほど怪しまれるとはわかっているものの、マーサはわたくしにふうん? とでも言いたげな少し、いや明らかに疑っているような目を向けている。
「そうですか?」

「そ、そうですわよ……第一わたくしがマーサに隠すことなど何一つないのですわ」

「……そうですか」
 目の前にある美しい鏡……その中に映るマーサは笑顔のまま指に黒い毛、明らかにわたくしの部屋にあるには不自然な抜け毛のようなものを持ったままニコニコと微笑んでいる。
 わたくしが彼女の持つ黒い毛へと視線を移動し……そしてゆっくりとそれを見なかったことにしようと別の方向へと目を向けようとするが、マーサは笑顔のままわざわざわたくしの視界の中に入るようにその黒い毛を移動させてくる。
「シャルロッタ様、マーサは別に動物を愛でるなとか飼うな、とは申しません……でも、この黒い毛が動物ではない場合……それを知らなかった、というのは私の落ち度になります」

「え? あ……そ、そうですわね……」

「殿方の毛髪……ではありませんよね? 明らかに太いですし、少し前より気にはなっていたのです。でも猫か何かをたまに招き入れているのかな? と思って何も言わなかったのですが……」

「前から気がついていたんですの?!」

「はい、でもこれ明らかに猫の毛ではないですよね? それとやはり殿方でもない?」
 わたくしは思わず完全に泳がされていた、ということにむしろ驚きを隠しきれず動揺しているがマーサの観察眼というか、細かい部分によく気がつき、フォローやアシストが得意という侍女の鑑のような性格をすっかり失念していたことを内心悔やむ。
 あの抜け毛……わたくしが契約し共にある幻獣ガルム族ユルの毛であることはぱっと見ですぐにわかった、寝台で一緒に寝た後私は魔法を使って可能な限り掃除はしていたのだけど、おそらく少し毛足の長い絨毯に紛れて見つけられなかったものを彼女は目ざとく発見したのだろう。
「殿方ではありませんわ……マーサもわたくしがそのような女性ではないこと理解しておりますわよね?」

「ええ、もう少し同世代の殿方との逢瀬があってもいいかなーと思ってたくらいでして……残念ですね」

「その……犬をね……だめ?」
 わたくしはもうマーサには隠すのは難しいと考え、かなりオブラートに包んだ状態で何の毛なのか、を白状することにした。
 犬、という言葉に反応して影の中に潜んでいるユルが念話テレパシーで抗議している気がするが、あえてここはシャットアウトして聞かなかったことにしておこう、うるさいしなアレ。
 少し目を潤ませて……口元にそっと指を添えて、ほんの少しだけ頭を傾けて背後に立つマーサを見上げる。
「わたくし……いけないことをしているのは理解しているの……でも……」

「……ッ!!」
 一〇年以上のご令嬢生活で身につけたわたくしの「お願いシャルロッタちゃんポーズ」をみたマーサは、目を見開いて少しだけ頬を染めてふるふると震えながら口元を抑えた。
 このポーズを見てわたくしのお願いを聞かなかった人間は数人しかいないのだ……演技力も転生して身につけたわたくし、この溢れ出るオーラと隠された才能が怖すぎるわ、ふっ。
 なお、このポーズの開発はユルと共に夜な夜な「こうしたほうがいい」「こうしたらもっとあざとい」など研究に研究を重ねた自信作でもある。
「シャ……シャルロッタ様……ワンちゃんを寝室……に?」

「ええ……路頭に迷っていたワンちゃんを拾って……夜の間だけは寝室に入れているのよ」

「……今すぐ、今すぐその犬を呼んでください、できますか?」

「へ?」

「拾ったということは洗わなければいけません、汚れた犬をシャルロッタ様の寝室へ入れることは許されませんわ」

「え? ちょ……ちょい待て」

「笛か何かを吹けば来るのですか?! このマーサ……美しいシャルロッタ様の飼い犬としてふさわしいかどうか、見極めてみせますっ!」
 マーサが感動に打ち震えながらわたくしの両手をしっかりと握り、満面の笑みを浮かべている……ええ……? ちょっと待って、わたくしこれもうユルを呼ばないと彼女は納得しないのではなくて?
 正直いえば……マーサはとても真面目で有能な侍女頭ではあるが、わたくしの言うことをモノともせず、全力で職務執行する傾向、つまりは人の言うことなんか全然聞きやしねえことが往々にしてあるのだ。
「あ、い……いやその……ちょっと大きなワンちゃんで……」

「大丈夫です、このマーサ幼少期には大型のフォレストウルフに餌付けをした実績がございます、動物の扱いについては餌付けのマーちゃんとまで呼ばれたこともあるのですよ」

「え? ええ……?」
 なんだその間抜けな呼び名は……ちなみにフォレストウルフはまあ要するにハイイロオオカミと同じような種類で、この世界マルヴァースにおいても生息するオオカミのことだ。
 ただオオカミ種としては最小の大きさに位置しており、捕食者の頂点には立てていない……シャドウウルフのように上位種なども存在しているし、ガルムのような知的生命体もいるわけだから、まあ人によってはちょっと凶暴な犬程度にしか思っていない者もいるという。
 マーサは明らかにそっちの方向で考えているのだろうな……困ったわたくしにユルが話しかけてきた。

『……我の姿を見て驚きませんかね……』

 いや無理でしょ、きっとマーサは幻獣ガルムなんか見たことがないだろうし、ユルは普段大きさを抑えているとはいえ、熊より大きいサイズなのだ。
 驚くよねえ……大騒ぎになるよね、マーサがユルを見てどう思うか、それはもう見せてから考えるしかないと思うが、それにしたってマーサからお父様やお母様に話が行くことを考えると、気が重い気分だ。
 だが彼女は確実に引き下がることはしないだろう、それに元を正せばちゃんと掃除をできていなかったわたくしの落ち度でもあるわけだし、このタイミングでわたくしがガルムと契約しているのは家族に言わないとダメなんだろうな。
「……マーサ、一つだけ約束して」

「はい、何なりとお申し付けください」

「叫ばないでね? ユル……出てきて」

「……は……い?」
 その言葉と共にわたくしの近くに揺れていたカーテンの影からずるり、と漆黒の毛皮を持つ巨大な幻獣ガルムの姿が現れる……気を利かせたのか大きさは大型犬、とは言っても犬種で考えれば最大サイズのアイリッシュ・ウルフハウンドくらいの体高をしたオオカミに良く似た真っ赤な瞳の怪物が部屋の中へと出現した。
 その姿を見て、マーサの表情が完全に固まる……そしてユルは赤く輝く瞳を不気味に光らせながら、マーサの顔であれば丸呑み出来そうなくらい大きな口を開けて、彼女へと挨拶するがそれと同時にマーサは館中に響くレベルの凄まじい悲鳴を上げることになった。
「幻獣ガルム族のユルと申します……シャルロッタ様とは契……」
「うぎゃああああっ! ば、化け物おおおおっ!」



「……ということで、我は旅の途中にシャルを拝見し、その美しさに一目惚れをいたしまして……我より辺境の翡翠姫アルキオネの従僕となるべく契約を申し込みました、我が主人は快く受け入れてくださり今に至るというわけです」
 わたくしの家族……お父様そしてお母様、二人の兄であるウゴリーノ、ベイセルお兄様(ウォルフお兄様は外出中だった)……そして騎士筆頭であるリヴォルヴァー男爵が、私の隣で大人しく首を垂れて伏せのポーズを取っているユルを見てかなり複雑な表情を浮かべている。
「だ、黙っていたのは申し訳ないのですが……それでもわたくしユルと契約したことはなんら恥じることはございませんわ」

「……シャル、お前は少し黙りなさい」
 お父様はかなり険しい顔でわたくしを見ると、再びユルへと視線を戻し軽くため息をつく、そりゃそうだ……ガルムと契約できたものなど数少ない、現在のイングウェイ王国においてもこの時代に契約ができたものなどいないわけで、黙ったまま王家に知られでもしたらお父様の首が飛びかねない事態だからだ。
「辺境伯……どうして契約に至ったかはともかく、シャルロッタ様が契約者となったこと自体は王家への報告が必要です」

「わかっている、ただこれだけの幻獣を使役する……報告には何か偽装が必要だな」
 偽装……? ガルムと契約することにそんなことが必要なのか……? わたくしが怪訝な表情を浮かべていると、お父様は何度か考えるような仕草を見せたのち、急に何かを思いついたかのような物凄く悪い笑顔を浮かべて、手をポンと叩くと、きょとんとした表情を浮かべている家族と男爵を見て、恐ろしくわざとらしい棒読みのセリフを話し始める。
「ああー、これはまだ子供のガルムであるな……これでは戦の役には立たないだろうからー、そのように王家には伝えねばなるまいなー、仕方ないなー」

「は? お父様何を……」
 だが突然アホの子のような発言を始めたクレメント・インテリペリ辺境伯の顔は真顔だ……なんだ急にと思っていると突然リヴォルヴァー男爵が「ああ!」という普段では彼が絶対に出さないような声をあげる。
 それを見たウゴリーノお兄様も何かに気がついたのか、手をポン! と叩く……同じようにベイセルお兄様も「あ!」という何かに驚いたかのような声をあげ、三人は同じようにアホの子になったかのようなことを喋り始める。
「このガルムは子供ですねー、これは残念だー」

「これでは軍には協力出来ませんねー」

「そっかー、シャルもまだ若いしこれは無理ですねー」

「うーむ、これは残念であるなー」
 そんな三人の顔を見てお父様も本当に悪そうな顔をして、やはり先ほどと全く同じことを唱和していく……つまり? お父様の発言だとユルは子供で、軍に協力出来ない? それで王家に報告をするって話?
 それってなんなんだ? と思って彼らが同じことを唱和しているのを困惑して見ていると、お母様がわたくしを優しく抱きしめ……そっと頭を撫でながらわたくしに囁いてきた。
「こんなに見事な幻獣と契約している……それは王国軍に貴方が引き抜かれる可能性があるの、だから今はお父様たちの芝居に付き合ってちょうだいね」



 ——インテリペリ辺境伯クレメントより陛下へと奏上。
 長女であるシャルロッタ・インテリペリが王国貴族としては初となる幻獣ガルムとの契約を果たした。確認に手間取ったもののガルムはまだ幼生であり、少し大きめの犬と変わりない大きさである旨、シャルロッタもまだ一二歳であることからインテリペリ辺境伯領に留め、軍に編入させるには難しいと判断、我が家にて育成を進める。
 ただし今回の報告を口頭で伝えるべく、近々王都へと参上し詳しい経緯を報告するものとする、またそれまでこの事実を流布せしめぬよう重ねてお願い仕る。
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