わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第二〇話 シャルロッタ・インテリペリ 一三歳 一〇

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「隊長ッ! キマイラが突然変異を起こしました……!」

「なんだ……と?」
 突然変異……まだこの世界でもその発生原因を探ることはできていないが、魔力の暴走により魔獣は突然変異を起こすことで知られている。
 通常の個体よりも強く、巨大に……そして圧倒的な戦闘能力を保有することになる突然変異、これはこの世界に干渉する混沌神の気まぐれにより起こされている、とイングウェイ王国では伝えられている。
 いつ起きるのか、どうして起きるのか……その疑問を解消するにはまだ時間が必要となるのかもしれないが、目の前で暴れるキマイラの姿があっという間に一回り大きく、そしてその体色すら漆黒に変化していくのを見てセアード衛兵隊長であるシム・クロフツは背中に寒気を感じている。

 衛兵隊の攻撃は当初うまくいっていた……出現したキマイラは確かに大型種で、戦闘能力も非常に高かったがたった一頭で出現したこともあり、衛兵隊の集団戦術の前に次第に追い詰められていった。
 だが、急にそのキマイラが不気味なくらいの魔力を放出し始めたことで、衛兵隊の面々は恐慌状態へと陥る……突然変異など一生に一回見れば良いくらいの確率でしか起きないからだ。
「ま、まずい……こんな強力な個体、俺たちの手には負えないぞ……」

「セアードの街に入るわけにはいかん! 伝令を走らせインテリペリ家のリヴォルヴァー男爵の助力を得るのだ……俺たちはなんとかここで食い止めるッ!」
 衛兵隊長シムは周りで震える衛兵たちを叱咤して武器を構える……ここで街を守る衛兵が逃げたら、今まで平和を守ってきた街が壊滅してしまう。
 インテリペリ辺境伯家の魔物狩り部隊が到着すれば、このキマイラを討つことも可能だろう……だが彼らの到着までにセアードの街が壊滅してしまう。
「武器を構えろ! セアードの衛兵たちよ! 俺たちが守らねば誰が街を守るのだ!」

 シムの言葉に気を取り直した衛兵たちが及び腰ながらも武器を構えてキマイラへと突進していく……だが、漆黒の異形種と化したキマイラはまるで意に介していないかのように、攻撃してくる衛兵たちを簡単に薙ぎ払う。
 セアード衛兵隊の装備はそれほど洗練されていない……剣や盾、鎖帷子チェインメイルなどは支給されているが、元々街の治安維持のために組織されているため、重装備ではないのだ。
 圧倒的な力の差……そして普通の人間では対抗し得ない戦闘能力……シムは奥歯を噛み締めると、剣を構えて突進する。
 キマイラは走ってくるシムを視認すると大きく吠える……その声にシムの全身がビリビリと震え、触れてもいないのに大きく後方へと跳ね飛ばされる。
「うわああああっ!」

「た、隊長……ッ!」

「オマエラ……ウルサイ……ネムレ……」
 シムが地面へと叩きつけられたあと、散発的な抵抗が続くが……キマイラの背中に生えている山羊の首が口を開き、目を赤く輝かせると強い睡魔が襲ってくる。
 これは魔法の力か……なんとか抵抗しようとするシムや衛兵隊だが、一人、また一人と地面へと崩れ落ちていく。薄れゆく意識の中で、シムが最後に見たのはキマイラが何故か驚いたように空を見上げている姿だった。



「あらあら……これは大変だー、街の危機ですわー……異形種とか滅多に出てこないってのに」

「大変って……シャルだけですよ、そんな余裕な表情浮かべているのは。ただキマイラが変異するのは珍しいですよね……」
 わたくしとユルは突然変異し、異形種と化したキマイラのはるか上空、月を背にして空中に浮かんでいる。
 もちろんこれはわたくしが使用している魔法で天空の翼ウイングオブヘブンという飛行魔法……魔力をあまり消費せずにかなり長い間自由自在に空を舞うために使用する魔法だ。
 足元に魔法陣のようなものが作られるため、空を飛ぶ時に魔力の色に合わせた光の帯が軽く伸びてしまうのが欠点といえば欠点だな。
 牢から脱出し、カミラさんと別れたあとわたくしは宿に戻るふりをして領主の屋敷の喧騒で混乱する街を抜け出し、強い魔力の爆発が発生した郊外へと空を飛んで向かったのだ。

 そしてそこには魔力の発生源であるキマイラの異形種がいた、という状況だ……さて、街との距離を考えるとキマイラ異形種が街に到達するには二時間もあればよく、あれほどの魔獣を倒すためにはリヴォルヴァー男爵一人ではかなり荷が重い。
 彼は確かに強いのだけど、本質的には軍団の指揮官であり、対魔獣のスペシャリストではないからだ……ない物ねだりをするのであれば長男のウォルフガング兄様が率いている魔物狩り部隊が適任だが、今はかなり遠方の魔物を狩っているはずなのでここに到着するには、連絡がついてから一週間以上かかるだろう。
「このままだと街が崩壊してしまうしね……ならやることは一つしかないわ、わたくし達でやりますわよ」

「まあ、選択肢は無いですな……」
 わたくしは一気に魔力を集中させていく……衛兵隊はどうやら眠りの雲スリープクラウドによって眠らされているようだが、わたくしが格闘戦でキマイラを倒すところを見られたくはない。
 必然的に魔法で一気に殲滅した方が早いだろう、しかもそれは周りに被害の出ないものでという割と面倒な選択肢しかない。
「では少し荒っぽくさせていただきますわ……我が求めに応じ、汝は現世にその姿を降臨させよ……」

 わたくしの周囲に魔力が一気に集中していく……それは渦を巻く不可視の台風のように周囲に強い圧力とまるで魔力災害でも起きているかのように天候が一気に変化していく。
 その変化でキマイラはこちらに気がついたようで、吠え声をあげて山羊の頭から魔法の稲妻を発射しているが、その全てをユルが魔法の火球を打ち出して相殺していく。
「やらせませんよ!」

「ああ、その姿は我が前に顕現し、我が敵に耐え難い苦痛と、そして我が敵を打ち滅ぼしたまえ……」
 前世の勇者時代、わたくしは仲間の魔法使いよりも魔力を有しており、彼女からも「私いらないじゃん……」と拗ねられた記憶がある。
 確かに単体の戦力として見た時にわたくしは圧倒的に強かったが、それでも仲間の援護無くして偉業は達成できなかったはずだ、彼女は仲間そして友人として大事に思っており、彼女も自分の役割を見つけてからは笑顔でわたくしについてきてくれていた。
 彼女と魔法について話をするのは楽しく、新しい魔法を開発していくのは共に学ぶ勉強のようで大好きだった……そんな彼女と共に苦労して作り上げたオリジナルの魔法体系、魔王そして神をも滅ぼすための究極魔法である「神滅魔法」を行使すべき時だ。
「さあ……これが神滅魔法よ、聖痕の乙女シスターオブペインッ!」

 その言葉と同時に突然キマイラの眼前に銀色に輝く巨大な女性像のようなものが出現する……それはこの世界には存在しないのだけど、わたくしが元々いた世界では有名な拷問器具の姿に酷似しているが、そのサイズが異常なほど大きい。
 驚いたキマイラがその異形の物体に攻撃を仕掛けようとすると、それを感知した像の表面にある扉が開け放たれ、内部にある虚空の中から黒い鎖を伸ばしてキマイラを問答無用で絡めとる。
 鎖に搦め捕られ驚いたキマイラが慌てて暴れ回るが、すでに魔法は完成している……像はキマイラを引き摺り込み、その像の内部に突き出した無数の針がキマイラの体をゆっくりと刺し貫いていく……苦しみ、悶えながら全身から黒い血を吹き出しつつ、悲鳴をあげるが、その抵抗も虚しく女性像はガシャーン! という爆音と共にその扉を閉じ、そのまま闇の中へと溶けるように、その姿を薄れさせていく。
「う、ぐ……っ……かはっ……」

「シャル! 大丈夫ですか?!」
 ふらりと空中で体勢を崩し、口を手で抑えたわたくしを慌てて背中に載せるユルだが、わたくしは問題ないという意味を込めて黙って頷く。この魔法は前世の魔法使いと開発した対混沌神用の魔法の一つ……前々世の中世時代にあった拷問器具鉄の処女アイアンメイデンをモチーフにした魔法で、その像に囚われた物体は異次元に放り込まれ、消滅する超強力な魔法だ。
 反面、魔法の行使には生命力も消費させる諸刃の剣でもあるため、この世界ではまだ一三歳でしかないわたくしの体には凄まじい負担がかかったのだろう……軽く口元を拭うとユルの頭をそっと撫でる。
「見つかる前に戻ろっか、キマイラの魔法が切れたら衛兵隊も起きるよね」



「……インテリペリ辺境伯よ、今回の件辺境伯家により解決したこと余はうれしく思うぞ」
 ——カーカス子爵の領地であるセアードの街で起きたちょっとした動乱……それは速やかにインテリペリ辺境伯へと報告が行われ、非常に早い時間で王家へと辺境伯本人から報告された。
 カーカス子爵であったジェフ・ウォーカー・カーカス子爵は盗賊組合シーブスギルドの急進派と組み、新種の麻薬を流通させようと画策、だが陰謀を察知した盗賊組合シーブスギルドは辺境伯家、およびジェフの息子であるリディルを擁してジェフと急進派を捕縛し、リディルを子爵代行として治安の回復を図った。
 当のジェフは王都へと移送され、背後関係などを詳しく調査された後極刑となる予定で、その後辺境伯および王国への忠誠を示したリディルは弱冠一六歳にしてカーカス家を継承する……だが、一時は逆賊の手先であったということで、子爵位は返上することになっており彼には騎士爵からの再スタートが命ぜられる予定だ。
「い、いえ……我が領地にてこのようなことが起きるなど一生の不覚でございます」

 イングウェイ王国国王であるアンブローシウス・マルムスティーンはふっ……と旧友であるクレメントに微笑む。
 カーカス子爵に二心あり、という情報は王家も掴んでいたが、解決は領地を治める辺境伯が行わなければならなかった。
 それでもインテリペリ辺境伯の領内で起きた不祥事であることは明白で、国王は辺境伯に条件を出すことを決めていた。

「さて、クレメント……余から一つ願い事を出しても良いか? 息子の婚約に関することなのだが……」
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