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第六話 シャルロッタ・インテリペリ 一〇歳 〇五

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「さて、これでよし……と」

「こうしてみるとシャルは本当にお姫様なのですね……」
 ユルと一緒にわたくしの部屋に戻ると、服をちゃんとネグリジェへと着替えて魔法で汚れを浄化した後、ベッドに腰掛けて目の前で尻尾を振っているユルに向き直る。
 ちなみに他の人に見つかるとまずいということで、ユルがわたくしの影の中に潜み、門番には薬草が見つかったことにして街へと戻ると次元移動ディメンションムーヴを駆使して自分の部屋へと戻ってきた。
 ユルは着替え終わったわたくしの格好や、部屋を見て感心したように呟く……まあ、あんな魔法ぶっ放したり、檻を素手で破壊する少女がお姫様だとか普通思わないよな。

「まあねえ……普段はあんなことしな……たまにしかいたしませんわよ」
 いつもあんな調子でやっていると思われると貴族令嬢としてまずいかなと思って言い直したけど、よく考えたら目の前にいるのは幻獣だし取り繕う必要もなかったかと心の中で軽く舌打ちをする。
 そりゃそうだろうなという目でユルはわたくしを見ているが、よく考えると朝起きたら幻獣が部屋にいるシチュエーションってある意味両親発狂ものではないか、という気もしてくる。
 この幻獣を家族に紹介するのは少し後の方がいい気もするけど……まずは彼のことなどを聞いておく方が良いだろう。
「そういえば……何故あのような場所で捕まっていらしたの?」

「我は独り立ちをしたばかりでして、旅をしておりました……ご存じかもしれませんが我々ガルムはこの見た目ですので、魔獣として狩られることも多くあります」
 話によると、ガルムは狼の性質を色濃く受け継いでいるらしく、誕生してからある程度成長するまでは幻獣が集う異世界、これは幻獣界と呼ばれるらしいが、そこで育てられある程度の年になると一頭でこの世界を放浪するようになる。
 ユルも今年に入り放浪の旅に出たのだという……この放浪は長ければ数百年に及び、運よく生き延びていったガルムは、再び異世界へと戻る。
 その行動に知識を得る以外の目的はあまり意味はない……らしい、幻獣界へと戻ったガルムは得られた知識を次の世代へと繋ぎ、再びその子孫たちが放浪して知識をつなぐ、という行動をとるのだとか。
「知識を繋ぐための輪廻ってことかしらね……でもそれがサイクルとして回っているのであれば、まあそれは必要なことなのでしょう」

「シャルは時折よくわからない言葉を口にしますね……まあ我はそのためにこの世界を放浪しておりましたが、運悪くあの山賊どもに捉えられまして……」

「肉に釣られる幻獣ってちょっと面白いですわ」

「……不覚です……いつもなら分かったものですが、あの森の奥にある匂いに気を取られていました」

「匂い?」

「死の匂いです……おそらくですが高位の不死者アンデッドがあそこに存在しています」
 その言葉にわたくしの表情がほんの少しだけ固まる……あの森は街から多少離れているが、不死者アンデッドが徘徊しているなどという報告は、我がインテリペリ辺境伯家には入っていないはずだ。
 お兄様が魔物の討伐隊を組織して巡回しているが、それに気が付かれていない不死者アンデッドがうろついている、というのは少し気分が悪い。
 基本的に不死者アンデッドというのは……ナメクジみたいにジメジメしたところに住んでるそれっぽい存在ではあるからな、あまり衛生的にもよろしくないのは確かだ。
「……倒すか」

「そ、そんな簡単に……不死者アンデッドと言ってもおそらく不死の王ノーライフキングとか、始祖吸血鬼エルダーヴァンパイアクラスの強敵かと思いますが……」

「その程度ならゴミカスナメクジレベルなんで大丈夫ですわよ」
 わたくしの返答にユルは唖然としたように口を半開きにしているが……まあ、わたくしが元々異世界の勇者であると分かれば納得はするだろうとは思うけど、そもそも異世界という概念が妖精界や幻獣界で止まっているこの世界の人に、全く違う文化、文明が存在している世界があると説明しても理解されるのか? という疑問は多少湧く。
 それでも何かしらの説明は必要なのだと自分に言い聞かせて、わたくしはユルに説明を始める……。
「笑わないで欲しいのだけど……実は……」



「ふーむ……興味深いですな、元々勇者として邪悪な魔王を倒したが、相打ちになって死んで……今の姿のまま記憶がある……しかも女神を知っていると……」
 ユルはわたくしのある程度端折った説明を聞いて納得したように頷く……流石に三回目の人生だとは言えず、前世つまり勇者ラインとして生きていた頃の話だけをした。
 魔王との戦い、勇者としての覚醒、強大な魔力を得ていること……この体に転生しても能力は遜色なく扱えること、などなど……ユルは興味深そうな顔で黙ってわたくしの話を聞いていた。
 次第に眠くなってきてわたくしはあくびをしながらユルを見るが、彼はまるでおとぎ話を聞いている子供のように目を輝かせている。
「……笑いませんの? これを話したら普通の殿方であれば頭おかしいやつって思う気が致しますが……」

「シャルの体から放出されている魔力を見れば、嘘ではないことはわかります。それだけの魔力を持っているものは古き時代に生きた幻獣の古老たちだけでしょうね」
 ユルは笑顔を浮かべて前足を軽く振る……悪く言えば人間臭い仕草だが、これは彼がまだ若いというのもあるのかもしれない。
 幻獣の古老がどれほどの強さかはわからないが、いつかは見てみたいものだと思う……前世の勇者時代に幻獣であるヒドラと戦ったことがあるけど、それほど強くはなかったんだよな。
 若い個体だったのかもしれないけど、まあ毒が厄介だったくらいで、危なげなく倒せた気がする。
「まあ、そんな感じなんで割と魔物とかの対処にはそれほど抵抗感がないわ、ついでに言えば特に使命などは女神からもらっていないし、自由にやらせてもらうつもり」

「……承知しました、それでシャル。我からお願い事があります」

「何かしら?」

「主従の契約を結んでいただきたい、もちろん我が従う側にて」
 少し間を置いてからユルがそう言い出したのを聞いて、うーん……と思わず唸ってしまう。主従を誓約するための契約、これは主に魔法によって行うのだが、魔法契約というのは時には命の危険すらある非常に危険なものだ。
 幻獣であるユルにも効果を発揮するだろうが……人間であるわたくしと主従契約を結ぶというのはその寿命の差を考えると馬鹿げたものなのだ。
 わたくしが寿命もしくは事故で死んだ場合、ユルは主従契約に囚われてこの世界に縛り付けられてしまう……それは幻獣としてはかなり致命的なものだと思うのだが。
「……ユルの方が長生きするわ、それにも拘らずわたくしと主従契約を結ぶ、その意味はわかってらっしゃる?」

「お優しいですな、やはり見た目以上に豊富で深い知識をお持ちだ、だからこそ貴女を守る盾として我が身を差し出す……種族の誇りと言える」

「……まあ、見た目の年齢ではないことはさっきの話で説明したしね……後悔はしないのね?」
 わたくしの言葉にユルは黙って頷く……うーん、言い出したら聞かない性格のようだし、なんか尻尾振りまくっている。
 少し悩んだけど、今は色々考えてもどうしようもない気がするしなあ……それと体は割と疲れているようで反応が鈍く、少し眠くもなってきている。
 気持ちよく魔法をぶっ放して暴れ回ったせいかもな、勇者としての能力をフルで使い切ることはできるが、反動でめちゃくちゃ眠くなる時がある。

「……眠い、ごめんもう限界かも……」
 成長しきって仕舞えば問題ないのだろうけど……一応一〇歳のわたくしには負荷が高すぎるのかもしれないな。
 わたくしがあくびを隠しきれなくなって、そのままベッドへと倒れ込むとユルは黙ってわたくしの横に座るとまるで子犬を温めるようにわたくしを包んで丸くなる。
 暖かさとフワフワの毛皮に包まれ、わたくしの意識が次第に遠ざかっていく……。

「続きは明日に致しましょう、我が主人よ……今はおやすみください」
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