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第三話 シャルロッタ・インテリペリ 一〇歳 〇二
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「さて……ここまでは貴族の時間、これからは個人の時間にさせてもらおうっと」
わたくしは夜皆が部屋に戻ったあと、こっそりとベッドを降りて自分専用になっている棚の戸を開ける。
そこには今の身長に合わせた黒いフード付きの外套と、男子の騎士見習いが着用するような服が一着掛けられている。
夜、わたくしは時折こうやって屋敷を抜け出すと勇者であった時の能力を試しに外出するようにしている……女神様は勇者としての能力をそのままにしていると話していたが、本当にそうなのか? という疑問があったことと、淑女教育のストレスを発散する場が欲しかったからだ。
着替え終わるとわたくしは黒い外套を身につけ、ブーツに履き替えると棚の奥にしまってある小剣を取り出すと、腰にベルトを使って装着するがまだ身長が一四〇センチメートル程度しかない自分の体には大きく感じる。
これを手に入れるのもかなり苦労したんだよね……造りはかなり良くておそらく伯爵領でも指折りの職人の手によるいわゆる逸品だ。
切れ味だけでなく、耐久性も素晴らしく、さらに鞘に刻まれている装飾なんかも良くて、絶対これ高いよなあと思っているけど、本当に貴族の金銭感覚はおかしいよなあ。
まさか「わたくし剣が欲しいですのよ!」と言い出すわけにもいかずに、色々と悩んではいたのだけど少し前に長兄の出陣を祝う際に、「お兄様を身近に感じられるものをいただけませんか?」と言ったらこれが来た。
小娘に小剣なんかホイホイ渡すなよ、とは思ったが兄の心遣いは有り難かったのでそのまま受け取って夜な夜なこいつの切れ味を試しているというわけだ。
まさか本当に使っているなーんて思わないだろうな、兄も……すまんな兄よ……お前の妹は普通じゃねーんだわ。
「汝が肉体は影の中へ、影と影は繋がり渡る……次元移動」
わたくしの言葉と同時にまるで影に沈み込むかのように体が真下へと落ちるような感覚にとらわれる、次元移動、前世でよく使った個人で短距離移動するための移動魔法の一つだ。
予めマークしてあるポイントに向かって、影の中を移動するのだが、わたくしはこれを使って屋敷内を移動することなく外へと移動する魔法を前世から身につけている。
「……誰もいませんように、っと」
出現したポイントはまず屋敷の南側にある街中の裏路地……ここは子供の頃に執事に連れられて近くまでやってきた際についでにマークしておいた地点だ。
次元移動の弱点は長距離移動……と言っても数キロ単位ではちゃんと移動できるのだけど、それでも遠距離までの瞬間移動が難しい点と、移動地点に誰かいるといきなり現れたように見える点だ。
「誰もいないな、よし……」
キョロキョロと周りを見るが出現地点の周りには誰もいない、気配もない……ほっと息を吐くとフードを少し深めに下ろして路地から表通りへと移動していく。
本日のストレス発散は街から少し離れた場所にある山賊の隠れ家とされている場所なのだけど、いきなりそこまで飛ぶことは制約上できないため、一旦街の外へと出る必要があった。
わたくしは小走りに街の裏門へと移動していくが、黒い外套が一番目立つわたくしの銀色に輝く髪を隠しておりちょっと怪しげな子供が走っている位にしか周りの大人たちは認識していないようでこちらには目もくれない。
インテリペリ辺境伯家が治めるこの都市エスタデルは、領都として地方で最大の都市の一つだ……六万人ほどの人口が住んでおり商業、農業だけでなく職人が集う街としても知られている。
人口の多さは貧富の差を生み出しているが、概ね我が家の評判は悪くない……というのもこの土地を開拓し、これだけの街を作り上げ、地方でありながら豊かな暮らしをさせてくれているインテリペリ辺境伯家当主は先祖代々、時には善政を時には対外侵略に勝利し、王国の要とも言われる程度にはこの土地を支配してきている。
軍事においても、治安においても相当に高レベルの都市であることは間違いないのだ……とはいえわたくしはこの世界で王都以外にここしか知らないので、もしかしたらとんでもない場所もあるかもしれないけど。
裏門へと到着すると、見張りの兵士へと近づいていく……黒い外套を被った子供が近づいてきたのを見て兵士たちがおや? という顔をしているが、そこまで警戒をされているわけではないな。
その中から兵士鎧を着用した兵士の一人、恐らく二〇代後半に見える赤髪の兵士がわたくしへと声をかける。
「坊主どうした? 子供はもう寝る時間じゃないのか?」
「お母さんが急に熱を出してしまって……薬草を取りに行きたいんです、外に出たいのですがダメですか?」
まあ嘘なんだけど、本当は山賊を蹴散らしてストレス解消をしたいだけなんだけどさ……その言葉に赤髪の兵士は少し悩むような仕草をしながら、同僚と困ったように顔を見合わせている。
それほど夜遅くないから、子供が都市の外に出たところで、それほど遠くに行けるわけじゃない、なのでまあ問題なく通れるだろうとたかを括っていたのだが……彼の返事は少し期待とは違っていた。
「うーん……今外は危険な時間帯なんだよな……流石にそのままホイホイ子供を出すわけには……」
「街道沿いしか移動する気はありません、危ないと思ったらすぐに逃げますので……」
「それでもなあ……坊主お前何歳だ?」
「一〇歳になりました……って何するんですか!」
真面目に答えるかちょっと悩んだが、この背丈だと嘘をついてもバレそうだし……だが赤毛の兵士は本当かよ?! と言わんばかりの表情を浮かべる。
いきなり彼からフードの上からポン、と手のひらで頭を軽く叩かれてわたくしは思わず声を荒らげてしまう。
なんだこの失礼な兵士は、わたくしがお父様に告げ口したら即刻打首だぞお前って長年貴族生活しているとこういう思考になりがちだな、危ない危ない。
「……ああ、ごめんごめん。ぱっと見華奢だし心配でさ、俺もお前と同じ歳の息子がいてな、よくこうして頭に手を乗せたりするんだよ」
うーん、確かに前世の子供時代にラインの父親は似たような仕草をしていた気がするな……父親共通ムーブなのかしらね。
赤毛の兵士は仲間に頼んで、小さな笛のようなものを詰め所から取ってきてもらうとわたくしに手渡した。
木彫りで首からかけられるようにペンダント状になっており、割と大雑把な作りながら大きな音が出るように細工されているのがわかる。
「危なくなったら全力でこれを吹け、俺たちに聴こえるようにな。それと絶対にこれが聴こえる範囲でしか動くんじゃないぞ」
「ありがとう、おじさん」
ああ、心配はしてくれているってことか……わたくしは黙って外套の中で首にかけると、赤毛の兵士に軽く頭をさげる。もちろん今は男児として偽っているので単に頭を下げるだけだが。
そんなわたくしを見て赤毛の兵士はもう一度ニコリと笑う……少しだけ前世の父親のイメージが重なるが、もうあれもかなり前の出来事になってしまったな。
わたくしは軽く手を振ってそのまま解放されている裏門から小走りに走っていく。
「おじさん、って歳じゃないんだけどなあ」
赤毛の兵士……オルヴァーは頭をガリガリと掻いて苦笑いを浮かべる……そんな彼の顔を見て、くすくす笑っている年若い同僚に困ったよ、と言わんばかりのジェスチャーで返すとそのまま門番としての仕事に戻ることにする。
しかし……あの坊主は随分華奢だったな……手なんか全然荒れてなくて、爪先までも綺麗に整えられていた。割といいところのお坊ちゃんなんだろうが、それでも母親のためにこんな時間まで薬草を探しにいくとは……治安の良い辺境伯爵領だが、街道から少し外れて仕舞えばそこは何が起きるかわかったものではない。
「オルヴァーは心配性だな……街道から外れないって言ってたし大丈夫じゃないか?」
同僚の言葉にうーん、と悩む顔を見せるオルヴァー。
彼の長年の経験からあの坊主が嘘をついているような気がしてならなかったからだ。他愛もない嘘だろうが、それがなんなのか彼の知識や経験でははっきりと答えが出るわけではない。
オルヴァーは少し不安を感じつつも、走っていく黒い外套を着た子供の後ろ姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。
「危なくなったらすぐに笛を吹くんだぞ、いいな……坊主、危ない場所には絶対に行っちゃいけないんだ……」
わたくしは夜皆が部屋に戻ったあと、こっそりとベッドを降りて自分専用になっている棚の戸を開ける。
そこには今の身長に合わせた黒いフード付きの外套と、男子の騎士見習いが着用するような服が一着掛けられている。
夜、わたくしは時折こうやって屋敷を抜け出すと勇者であった時の能力を試しに外出するようにしている……女神様は勇者としての能力をそのままにしていると話していたが、本当にそうなのか? という疑問があったことと、淑女教育のストレスを発散する場が欲しかったからだ。
着替え終わるとわたくしは黒い外套を身につけ、ブーツに履き替えると棚の奥にしまってある小剣を取り出すと、腰にベルトを使って装着するがまだ身長が一四〇センチメートル程度しかない自分の体には大きく感じる。
これを手に入れるのもかなり苦労したんだよね……造りはかなり良くておそらく伯爵領でも指折りの職人の手によるいわゆる逸品だ。
切れ味だけでなく、耐久性も素晴らしく、さらに鞘に刻まれている装飾なんかも良くて、絶対これ高いよなあと思っているけど、本当に貴族の金銭感覚はおかしいよなあ。
まさか「わたくし剣が欲しいですのよ!」と言い出すわけにもいかずに、色々と悩んではいたのだけど少し前に長兄の出陣を祝う際に、「お兄様を身近に感じられるものをいただけませんか?」と言ったらこれが来た。
小娘に小剣なんかホイホイ渡すなよ、とは思ったが兄の心遣いは有り難かったのでそのまま受け取って夜な夜なこいつの切れ味を試しているというわけだ。
まさか本当に使っているなーんて思わないだろうな、兄も……すまんな兄よ……お前の妹は普通じゃねーんだわ。
「汝が肉体は影の中へ、影と影は繋がり渡る……次元移動」
わたくしの言葉と同時にまるで影に沈み込むかのように体が真下へと落ちるような感覚にとらわれる、次元移動、前世でよく使った個人で短距離移動するための移動魔法の一つだ。
予めマークしてあるポイントに向かって、影の中を移動するのだが、わたくしはこれを使って屋敷内を移動することなく外へと移動する魔法を前世から身につけている。
「……誰もいませんように、っと」
出現したポイントはまず屋敷の南側にある街中の裏路地……ここは子供の頃に執事に連れられて近くまでやってきた際についでにマークしておいた地点だ。
次元移動の弱点は長距離移動……と言っても数キロ単位ではちゃんと移動できるのだけど、それでも遠距離までの瞬間移動が難しい点と、移動地点に誰かいるといきなり現れたように見える点だ。
「誰もいないな、よし……」
キョロキョロと周りを見るが出現地点の周りには誰もいない、気配もない……ほっと息を吐くとフードを少し深めに下ろして路地から表通りへと移動していく。
本日のストレス発散は街から少し離れた場所にある山賊の隠れ家とされている場所なのだけど、いきなりそこまで飛ぶことは制約上できないため、一旦街の外へと出る必要があった。
わたくしは小走りに街の裏門へと移動していくが、黒い外套が一番目立つわたくしの銀色に輝く髪を隠しておりちょっと怪しげな子供が走っている位にしか周りの大人たちは認識していないようでこちらには目もくれない。
インテリペリ辺境伯家が治めるこの都市エスタデルは、領都として地方で最大の都市の一つだ……六万人ほどの人口が住んでおり商業、農業だけでなく職人が集う街としても知られている。
人口の多さは貧富の差を生み出しているが、概ね我が家の評判は悪くない……というのもこの土地を開拓し、これだけの街を作り上げ、地方でありながら豊かな暮らしをさせてくれているインテリペリ辺境伯家当主は先祖代々、時には善政を時には対外侵略に勝利し、王国の要とも言われる程度にはこの土地を支配してきている。
軍事においても、治安においても相当に高レベルの都市であることは間違いないのだ……とはいえわたくしはこの世界で王都以外にここしか知らないので、もしかしたらとんでもない場所もあるかもしれないけど。
裏門へと到着すると、見張りの兵士へと近づいていく……黒い外套を被った子供が近づいてきたのを見て兵士たちがおや? という顔をしているが、そこまで警戒をされているわけではないな。
その中から兵士鎧を着用した兵士の一人、恐らく二〇代後半に見える赤髪の兵士がわたくしへと声をかける。
「坊主どうした? 子供はもう寝る時間じゃないのか?」
「お母さんが急に熱を出してしまって……薬草を取りに行きたいんです、外に出たいのですがダメですか?」
まあ嘘なんだけど、本当は山賊を蹴散らしてストレス解消をしたいだけなんだけどさ……その言葉に赤髪の兵士は少し悩むような仕草をしながら、同僚と困ったように顔を見合わせている。
それほど夜遅くないから、子供が都市の外に出たところで、それほど遠くに行けるわけじゃない、なのでまあ問題なく通れるだろうとたかを括っていたのだが……彼の返事は少し期待とは違っていた。
「うーん……今外は危険な時間帯なんだよな……流石にそのままホイホイ子供を出すわけには……」
「街道沿いしか移動する気はありません、危ないと思ったらすぐに逃げますので……」
「それでもなあ……坊主お前何歳だ?」
「一〇歳になりました……って何するんですか!」
真面目に答えるかちょっと悩んだが、この背丈だと嘘をついてもバレそうだし……だが赤毛の兵士は本当かよ?! と言わんばかりの表情を浮かべる。
いきなり彼からフードの上からポン、と手のひらで頭を軽く叩かれてわたくしは思わず声を荒らげてしまう。
なんだこの失礼な兵士は、わたくしがお父様に告げ口したら即刻打首だぞお前って長年貴族生活しているとこういう思考になりがちだな、危ない危ない。
「……ああ、ごめんごめん。ぱっと見華奢だし心配でさ、俺もお前と同じ歳の息子がいてな、よくこうして頭に手を乗せたりするんだよ」
うーん、確かに前世の子供時代にラインの父親は似たような仕草をしていた気がするな……父親共通ムーブなのかしらね。
赤毛の兵士は仲間に頼んで、小さな笛のようなものを詰め所から取ってきてもらうとわたくしに手渡した。
木彫りで首からかけられるようにペンダント状になっており、割と大雑把な作りながら大きな音が出るように細工されているのがわかる。
「危なくなったら全力でこれを吹け、俺たちに聴こえるようにな。それと絶対にこれが聴こえる範囲でしか動くんじゃないぞ」
「ありがとう、おじさん」
ああ、心配はしてくれているってことか……わたくしは黙って外套の中で首にかけると、赤毛の兵士に軽く頭をさげる。もちろん今は男児として偽っているので単に頭を下げるだけだが。
そんなわたくしを見て赤毛の兵士はもう一度ニコリと笑う……少しだけ前世の父親のイメージが重なるが、もうあれもかなり前の出来事になってしまったな。
わたくしは軽く手を振ってそのまま解放されている裏門から小走りに走っていく。
「おじさん、って歳じゃないんだけどなあ」
赤毛の兵士……オルヴァーは頭をガリガリと掻いて苦笑いを浮かべる……そんな彼の顔を見て、くすくす笑っている年若い同僚に困ったよ、と言わんばかりのジェスチャーで返すとそのまま門番としての仕事に戻ることにする。
しかし……あの坊主は随分華奢だったな……手なんか全然荒れてなくて、爪先までも綺麗に整えられていた。割といいところのお坊ちゃんなんだろうが、それでも母親のためにこんな時間まで薬草を探しにいくとは……治安の良い辺境伯爵領だが、街道から少し外れて仕舞えばそこは何が起きるかわかったものではない。
「オルヴァーは心配性だな……街道から外れないって言ってたし大丈夫じゃないか?」
同僚の言葉にうーん、と悩む顔を見せるオルヴァー。
彼の長年の経験からあの坊主が嘘をついているような気がしてならなかったからだ。他愛もない嘘だろうが、それがなんなのか彼の知識や経験でははっきりと答えが出るわけではない。
オルヴァーは少し不安を感じつつも、走っていく黒い外套を着た子供の後ろ姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。
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