宙(そら)に散る。

星野そら

文字の大きさ
上 下
29 / 61

11 総督との面会

しおりを挟む
 数日が過ぎた。

「着替えなさい」

 いつも通りの、丁寧だがそっけない命令とともに、マリオンに衣服を手渡された。
 久しぶりに目にするコスモ・サンダーの制服。もう、二度と身につけることはないと思っていた。上下に分かれた機能的な戦闘用のジャンプスーツは誂えたようにピタリとカラダに馴染んだ。
 マリオンは着替える姿を冷めた目で眺めていた。

「行きますよ」

 本部へ連れてこられてから、初めて部屋を出た。すれ違う男たちがマリオンに敬意を表して通路を譲る。譲りながらも、こちらを好奇の目で見ているのがわかった。

 案内されたのは総督の執務室ではなく病棟であった。無言の問いかけにマリオンは応えることもなく、いちばん奥、特別室の扉を開く。
 広いスペースの手前には応接用のソファが、一角には執務用の机が置かれている。
 しかし、そこは間違いなく病室であった。奥に据えられたベッドの周辺に病状を点検するモニターが点滅し、ベッド上の人間を拘束するかのように点滴のくだが、いくつも付けられていた。

「…!」

 マリオンはベッドサイドに歩み寄ると片膝をついた。

「総督、お加減はいかがですか。レイモンドを連れて参りました…」

「……おお、そうか、マリオン。ご苦労だった。レイモンドはどこにいる?」

 マリオンに促されて、俺はベッドサイドに立った。ベッドに横たわっていたのは、やつれ果てた総督だった。

「……っ」
「顔を見せておくれ」

 言われてベッドの上にかがみ込むと、総督の手が伸びてきて頬にふれた。折れそうなほど細い指…。

「よく、戻ってきた…」

 無理矢理、連れ戻されたのだが、反論することもできずにコクンとうなずく。

「どれほど、この日を待ち望んだことか…」

 力尽きてパサリとベッドに落ちた総督の手を、思わず握った。
 どうしてこんな姿に…。あれほど頑強で溌剌としていた人が…。

「総督、……俺のせいですか? 俺があなたを撃ったから?」

 総督はゆるやかに首を振った。

「いや、違う。おまえのせいじゃない。病のせいだ。むしろ、おまえに会うまでは死ねないと命をつないできた」
「総督……、俺は処罰を受けるために戻ってきました。俺は殺されても文句の言えないことをあなたにした。どうぞ好きにしてください」

 見せしめに殺されても構わないと言うと、総督が微笑んだ。

「おまえに撃たれてベッドに縛り付けられている時、わしはおまえを捕まえたらどうしてやろうかと、さんざん考えたぞ。
 思うままにむち打って、泣き叫ぶのを見てやろうとか。両手両足の腱を切って動けないようにしてやろうとか、狭い檻に死ぬまで閉じこめてやろうとか、…あらゆる妄想をした。
 だが…、気が付いた。あの時、わしを殺すつもりはなかったんだろう? あの距離でおまえが撃ちそこなうはずがない。それに、たとえ撃ちそこなったとしても留めをさすこともできた。違うか?」
「……はい」
「やはり…、おまえはわしを殺すつもりはなかったのだな。そうか」

 総督は深く考え込んでいるようだった。

「…、おまえを好きにするにも。残念だが、いまは引き金を引く力さえなさそうだ」

 弱々しい姿を見ているのが無性に哀しかった。途切れ途切れの言葉が、いまにも消えてしまいそうで。
 耳を澄ましていなければ聞き取れないほどの小さな声が、ひび割れたくちびるからもれる。

「おまえに逃げられるほど、わしは酷い男だったか?」

 いいえとレイモンドがかぶりを振る。
 あなたは俺をスラムから拾いあげてくれた。
 マリオンから教育を受ける機会を与えてくれた。
 宇宙を飛ぶきっかけを作ってくれた。

 思えば、あなたはただ、総督としての勤めを果たしていただけ。黙っている俺を見て、総督がマリオンに目をやった。

「マリオン、もうレイモンドに罰を与えたのか?」
「いえ。それは総督の権利であり、義務ですから…」
「おまえがレイモンドの教育係だろう? レイモンドが逃げ出していちばん辛い目にあったのはおまえだ。それなのに何の罰も与えていないのか?」
「一度、殴りました」
「それだけか。はあ、おまえの自制心は見上げたものだ。なあ、マリオン。わしが死んだら…」
「総督! 気の弱いことを言われてはなりません。元気になって、あなたにレイモンドを罰してもらわなくては。わたしが受けた以上の罰を与えていただかないと、わたしは気が済みません」
「そうだな。おまえには八つ当たりをした。済まなかった。
 だが、いまのわしにレイモンドを罰するのは無理だ。おまえに任せる。二度と逃げ出さぬように、厳しく罰しておいてくれ。殺さん程度にな…」

 にやりと笑ってそれだけ言うと、総督は疲れたと言ってベッドに沈み込んだ。

「承知しました、総督。また、明日、参ります。レイモンド、戻りますよ」

 病室を出て、廊下を歩く合間に問いかける。

「マリオン?」
「総督に頼まれましたから、おまえに鞭を当てることにします」

 斜め下から見上げた俺に、マリオンは平静な顔で応えた。
 俺は鞭の痛さを思い出して身震いした。だが…、マリオンがこうと決めたら逆らっても無駄なことは知り尽くしていた。

 思った通り。
 俺は容赦ない痛みに泣きわめいただけでなく、その後しばらくの間、仰向けにも寝られず、椅子にも座れなかった。

 それからも毎日、総督の病室を訪れた。ベッドサイドに跪き、総督が目を覚ますのを待つ日もあった。弱々しい呼吸が止まらないだろうかとハラハラしながら総督の寝顔を見守っている、考えると不思議だ…。

 総督は俺がいるのに気が付くと、いつも話をせがんだ。

「コスモ・サンダーから、どんな風に逃げ出したんだ?」
「あの少年は、どうなった?」
「おまえは何をして暮らしていたんだ?」
「付き合っている女がいるのか?」
「おまえの宇宙船はどんな船だったんだ?」

 病気でなかったら総督に厳しく尋問されただろう。だが俺は結局のところ、尋問されて話すより多くのことを問わず語りに話したと思う。
 総督の質問はあちこちに飛んだ。話している途中で、眠りに落ちることもあった。俺はできるだけ楽しい話題を選んで、面白おかしく話して聞かせた。

 リュウを育てるのに苦労したこと。
 傭兵からクーリエになって、超一流の評判を得ていたこと。
 いろんな町の酒場で女を口説き、楽しんだこと。
 クリスタル号で宇宙を飛び回ったこと。
 小惑星帯が好きだったこと。
 リュウのせいでインシャラーに迷い込んで、危うく命を落としかけたこと。
 リュウのことはもちろん、ランディやルーインのこと。
 メタル・ラダー社の社長に惑星開発を任せたいと言われたことまで話した。
 きいてもらえているのかどうかはわからなかったが、話をするのが俺の務めのように感じたのだ。

「ほお?」「そうか」「すごいな」「無茶なことを!」

 総督は目を丸くしたり、微笑んだり、顔を引きつらせて苦しそうに笑ったりした。
 このまま、平和な時が続いてくれればいい。囚われの身でありながら、そんなことを思うほど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

異世界転生でチートを授かった俺、最弱劣等職なのに実は最強だけど目立ちたくないのでまったりスローライフをめざす ~奴隷を買って魔法学(以下略)

朝食ダンゴ
ファンタジー
不慮の事故(死神の手違い)で命を落としてしまった日本人・御厨 蓮(みくりや れん)は、間違えて死んでしまったお詫びにチートスキルを与えられ、ロートス・アルバレスとして異世界に転生する。 「目立つとろくなことがない。絶対に目立たず生きていくぞ」 生前、目立っていたことで死神に間違えられ死ぬことになってしまった経験から、異世界では決して目立たないことを決意するロートス。 十三歳の誕生日に行われた「鑑定の儀」で、クソスキルを与えられたロートスは、最弱劣等職「無職」となる。 そうなると、両親に将来を心配され、半ば強制的に魔法学園へ入学させられてしまう。 魔法学園のある王都ブランドンに向かう途中で、捨て売りされていた奴隷少女サラを購入したロートスは、とにかく目立たない平穏な学園生活を願うのだった……。 ※『小説家になろう』でも掲載しています。

不死王はスローライフを希望します

小狐丸
ファンタジー
 気がついたら、暗い森の中に居た男。  深夜会社から家に帰ったところまでは覚えているが、何故か自分の名前などのパーソナルな部分を覚えていない。  そこで俺は気がつく。 「俺って透けてないか?」  そう、男はゴーストになっていた。  最底辺のゴーストから成り上がる男の物語。  その最終目標は、世界征服でも英雄でもなく、ノンビリと畑を耕し自給自足するスローライフだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  暇になったので、駄文ですが勢いで書いてしまいました。  設定等ユルユルでガバガバですが、暇つぶしと割り切って読んで頂ければと思います。

さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~

みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。 生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。 夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。 なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。 きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。 お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。 やっと、私は『私』をやり直せる。 死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。

森に捨てられた俺、転生特典【重力】で世界最強~森を出て自由に世界を旅しよう! 貴族とか王族とか絡んでくるけど暴力、脅しで解決です!~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 事故で死んで異世界に転生した。 十年後に親によって俺、テオは奴隷商に売られた。  三年後、奴隷商で売れ残った俺は廃棄処分と称されて魔物がひしめく『魔の森』に捨てられてしまう。  強力な魔物が日夜縄張り争いをする中、俺も生き抜くために神様から貰った転生特典の【重力】を使って魔物を倒してレベルを上げる日々。  そして五年後、ラスボスらしき美女、エイシアスを仲間にして、レベルがカンスト俺たちは森を出ることに。  色々と不幸に遇った主人公が、自由気ままに世界を旅して貴族とか王族とか絡んでくるが暴力と脅しで解決してしまう! 「自由ってのは、力で手に入れるものだろ? だから俺は遠慮しない」  運命に裏切られた少年が、暴力と脅迫で世界をねじ伏せる! 不遇から始まる、最強無双の異世界冒険譚! ◇9/25 HOTランキング(男性向け)1位 ◇9/26 ファンタジー4位 ◇月間ファンタジー30位

黄金蒐覇のグリード 〜力と財貨を欲しても、理性と対価は忘れずに〜

黒城白爵
ファンタジー
 とある異世界を救い、元の世界へと帰還した玄鐘理音は、その後の人生を平凡に送った末に病でこの世を去った。  死後、不可思議な空間にいた謎の神性存在から、異世界を救った報酬として全盛期の肉体と変質したかつての力を受け取り、第二の人生の舞台である以前とは別の異世界へと送り出された。  自由気儘に人を救い、スキルやアイテムを集め、敵を滅する日々は、リオンの空虚だった心を満たしていく。  取り敢えずの目標は世界最高ランクの冒険者。  使命も宿命も無き救世の勇者は、今日も欲望と理性を秤にかけて我が道を往く。 ※ 更新予定日は【月曜日】と【金曜日】です。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~

クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。 だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。 リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。 だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。 あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。 そして身体の所有権が俺に移る。 リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。 よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。 お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。 お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう! 味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。 絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ! そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!

処理中です...