宙(そら)に散る。

星野そら

文字の大きさ
上 下
13 / 61

5 射撃訓練

しおりを挟む
 その頃。
 射撃場では、養成所の生徒たちが自主トレに励んでいた。射撃課題をクリアするために集まっているのだ。中でも、イアンはあせっていた。射撃が苦手なのである。何度やっても標的に弾を集めることができない。このままだと、艦隊で働く夢が潰えるかもしれない。

「俺、ダメかもしんない」
「あきらめんなよ、イアン。まだ、2週間もあるから、練習すれば何とかなるって」
「もう、2週間しかない…」
「宇宙艦の艦橋をめざすって言ってただろ。宇宙を縦横無尽に駆けめぐりたいって」

 ブライアンが励ますが、イアンは肩を落としたままだ。

「俺が教えてやるって!」
「ありがたいけど、おまえも俺とどっこいどっこいだろ!」
「そうなんだよな~。教官に頼み込んで個人レッスンでもしてもらうか?」
「俺たちみたいな落ちこぼれ、相手にされないよ…」

 仲間たちの、そこそこの腕前を見ては、はあ、とため息を吐く。


 そこへ。
 ラフな格好の見かけない男が入ってきた。
 ふわりとやわらかい雰囲気に包まれている。スレンダーなボディ、蜂蜜色の髪が縁取る顔は、美貌という言葉がまさにぴったりだ。

「あれ、誰?」
「知らないよ」

 このジムには不似合いな男(コスモ・サンダーの戦闘員すべてがゴツイ男たちとは限らないが、総じてガタイのいい男が多いのだ)の出現に、目を奪われてしまったのは、イアンとブライアンだけではなかった。
 男は養成所の生徒たちの視線を気にもとめずに、最新式の射撃ブースに陣取った。レーザー銃を手に取ると、標的に向かって構える。

 その瞬間。
 身にまとっていたふわりとした雰囲気が一変した。恐いくらいに張りつめた空気がその男を包んだのだ。ピリッとした空気を破って、レーザーが閃く。普通の銃に比べて、ずっと扱いにくいレーザー銃をいともたやすく扱っていた。

「うっそ! 何メートルある?」
「あの標的、動いてる! 難易度Sだぜ」

 イアンたちが思わず叫んだのも無理はないほど、その男の腕は卓越していた。流れるような動作、持ち上げられた腕から次々に繰り出されるレーザー。ゆとりを持たせて伸ばされた腕は反動などありもしないようにびくともしない。またたく間に、ワンカートリッジが終了していた。

「相変わらず、いい腕してますね」

 後ろから声がかかった。

「あなたの射撃は見ているだけでうっとりする。今日は勝負をしてもらえないらしい、せめて観戦させてもらうとしますか」

 ハワードから連絡を受けたソードが立っていた。

「相変わらず? 俺が下手だったのを知ってるおまえに言われると、嫌みに聞こえるよ」

 眉をひそめて男が言う。

「嫌みだなんて、とんでもない」

 そうだ。この人の射撃は、最初は滅茶苦茶だったとソードは思い出した。大型銃を支えるには力が足りなかった。ヘタに付いた癖を直すのに苦労していた。毎日、マリオンにしごかれて、泣きそうになりながら、銃と格闘していた。
 この男にも、確かに射撃が苦手だったことがあったのだ。
 それが、いつの間にかうっとりするほどの腕前になった。トレーニングでカバーしたのか、トップクラスの腕前に。
 ソードはハワード・ジム長がトレーニングだけでここまでうまくなれるもんじゃないと評していたのを覚えている。この男は不器用ではあったが、それを凌駕するだけの鍛錬を積んだのだ。才能を秘めていたのかもしれない。
 口許を緩めながらそんなことを考えていると、

「俺の射撃訓練は見せ物じゃないんだけど。おまえが認めてくれると、それはそれでうれしいね」

 と男が笑った。

「ええっ! あなたが素直に喜んで、笑ってくれるなんて、どうなってるんですか?」
「ふ~ん。ジム長にも言われたけど、俺って、そんなに愛想なかった?」
「つっ! 愛想どころか、近づいたら凍死させられるんじゃないかと、みんな恐がってましたよ。あなたが口にするのは命令か冷酷な叱責だけ、笑顔なんて見たことない…」
「おまえは、いつも俺にじゃれてたじゃない?」

 この男の力が卓越しているのは確かだけれど、トレーニングの時には、苦しげに表情が歪み、その目に涙が浮かぶのを知っていたから。血も心も通う自分と同じ少年なのだと思えたから。

「ジムではあなたも、いちメンバーでしたから。……ところで、言い遅れましたが、お帰りなさい」
「ただいま、って! ジム長にも言ったけど、俺は帰ってきた訳じゃなくて、連れ戻されたの。ここに居ることに、まだ、納得してないんだから」
「それじゃあ…、また、出て行ってしまうんですか?」
「できるものなら、そうしてるよっ」

 苛立たしげな口調が、男の身動きならない立場を教えていた。


 ソードと軽口をたたいているところへ、養成所のウエアを身につけた少年たちが近づいてきた。近くで立ち止まって2人の様子を眺めている。

「ん?」

 問いかけるようなエメラルド・グリーンの瞳に、背の高い方がおずおずと切り出した。

「いまの射撃、見ていました。どうしたらあんな射撃ができるようになるんですか」

 男は肩をすくめる。叱りとばされなかったのに勇気を得た少年がためらいがちに頼みを口にした。

「あの~。もし…、ご迷惑でなかったら、僕たちに射撃を教えてもらえませんか?」
「教官はいないの?」
「自主トレやってるんです。もうすぐ課題テストだから…」
「僕たち、射撃が下手くそで…」
「課題をクリアできそうにないって?」

 少年たちの言葉の続きを、男が引き継いだ。

「はい…」

 という返事にかぶって、ソードの叱責が飛んだ。

「おまえらっ! 上官に自分から話しかけてはいけないと、習わなかったのかっ! 基本の基本だぞ。それに、この人は…」
「いいよ、ソード。この子たち、せっぱ詰まってるみたいだ。俺も射撃では苦労したからわかるよ。それに、ここはジムだ。ハワード・ジム長のポリシーを知ってるだろ。トレーニングの前にはみんな平等だって。養成所の生徒も一兵卒も、キャプテンもない」
「それは、そうですが…」

 おまえも俺に許可なく話しかけたじゃない。自分はいいの? もしかして、俺に逆らいたいとか? と耳打ちされた台詞が怖い。

「いえ、とんでもありません!」
「じゃ、黙ってて」

 ソードの口を封じると、男は2人の少年に向き直る。

「いいよ、教えてあげる。でも、俺は完璧主義だからね。途中でギブアップなんて許さないし、泣き言も聞かないよ。いい?」

 意を決したように固くうなずく少年たちに、男は心の中で笑みを浮かべる。

「じゃあ、こっちへ来なさい。ブースに入って」

 男が先ほどまで使っていたブースである。生徒たちには使わせてもらえない最新式のブースを指さされ、少年たちが戸惑う。
 ぐずぐずしている少年たちに焦れた男が怒鳴った。

「何をしている。時間の無駄だ。さっさと入れ!」

 少年たちは、飛び上がってブースにつく。トレーナーは文句を言わなかったが、男が腕を組んで睨んでいた。さきほどまでとガラリと雰囲気が変わっている。どうしていいかわからず、もじもじしている少年たちに厳しい声だ。

「突っ立ってるだけ? 言うことはないのかっ! ソード! こいつら、指導者に対する態度がなってないね。ちゃんと教えてるのか」

 トレーナーの長を勤めるソードを呼び捨てである。
 話を振られたソードはビクリとして、あわてて少年たちに耳打ちする。

「おまえら、トレーニングを始めるときに、教官にする挨拶があるだろ」
「ご指導、お願いします」

 はっとして姿勢を正したイアンとブライアンが大きな声で挨拶をした。
 男は満足そうに微笑んだ。

「よし、始めようか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

大好きな恋愛ゲームの世界に転生したらモブだったので、とりあえず全力で最萌えキャラの死亡フラグをおっていきたいと思います!

赤蜻蛉
ファンタジー
メインで書いてた転生もののファンタジー恋愛小説!のつもりです。 長編書くのは実はこれが初めての作品なので、どうぞ暖かい目で見守って頂けたら嬉しいです。 他の小説サイトで書いてたモノを多少文章の誤字脱字や言い回しがおかしいところだけを直してアップしてます。 読み返しながら、色々複雑な気持ちです 。よろしくお願いします!

錬金術師カレンはもう妥協しません

山梨ネコ
ファンタジー
「おまえとの婚約は破棄させてもらう」 前は病弱だったものの今は現在エリート街道を驀進中の婚約者に捨てられた、Fランク錬金術師のカレン。 病弱な頃、支えてあげたのは誰だと思っているのか。 自棄酒に溺れたカレンは、弾みでとんでもない条件を付けてとある依頼を受けてしまう。 それは『血筋の祝福』という、受け継いだ膨大な魔力によって苦しむ呪いにかかった甥っ子を救ってほしいという貴族からの依頼だった。 依頼内容はともかくとして問題は、報酬は思いのままというその依頼に、達成報酬としてカレンが依頼人との結婚を望んでしまったことだった。 王都で今一番結婚したい男、ユリウス・エーレルト。 前世も今世も妥協して付き合ったはずの男に振られたカレンは、もう妥協はするまいと、美しく強く家柄がいいという、三国一の男を所望してしまったのだった。 ともかくは依頼達成のため、錬金術師としてカレンはポーションを作り出す。 仕事を通じて様々な人々と関わりながら、カレンの心境に変化が訪れていく。 錬金術師カレンの新しい人生が幕を開ける。 ※小説家になろうにも投稿中。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...