宙(そら)に散る。

星野そら

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3 惨状

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 第4部隊は予想以上にスムーズに稼働を始めた。チームは5つに分けられ、パトロールとトレーニングをうまく組み合わせた輪番制になっていた。もちろん、大きな事件や事故が起きれば全員出動ということもあるが、比較的のんびりしたスタートとなった。
 それでも小さな事件はいくつも起きる。無許可通航の取り締まり、不法侵入者の追跡・逮捕、密輸の取り締まりなどなど。同じ宙域の治安を受け持つゼッド少佐の手をわずらわせることもなく、むしろカバーするような形である。
 隊長は、本来なら本部に座って指示を出すはずであるのに、リュウに限っては、不穏な動きがあると自らチームを率いて飛んでいった。

「若いなあ」
「そのうち失敗して泣きを見るぜ」

 最初は揶揄するような言葉を吐いていた他部隊の兵士たちも、出張ればほぼ100%の検挙率を誇る阿刀野少尉を評価するようになってきた。
 しかし、それは「なかなか、やるじゃないか」という程度であり、どうして、エヴァやダンカンのような力のある下仕官が逆らいもせず真面目に任務に取り組んでいるんだという疑問の答えにはならなかった。
 上官に逆らってばかりいた暴れ者で知られるダンカンが新米隊長のリュウに命じられて、嬉々として従う様など、信じられないという兵士が多かった。問題を起こして極東地区へ飛ばされた多くの兵士たちよりも、ダンカンの方がずっと悪名高かったのである。
 彼らは、ダンカンがどれほど阿刀野レイに心酔していたか知らなかった。阿刀野レイが亡くなった今、あの男の弟を支えるのは自分しかいないとダンカンが密かに思っていることなど知りもしなかったから。
 
 リュウのことは「まあ合格点」レベルの判断を下した極東地区の兵士たちであるが、アドラー少尉に対しては躊躇なく高い評価を与えた。
 士官の制服をスマートに着こなしたすらりとした肢体、整った面差し、強い意志が宿る鋭いまなざし。その口から出る命令は、冷静で的確であった。
 阿刀野隊長が乗る宇宙船は必ずアドラー少尉が操縦したが、逃げ足の速い不法侵入者たちがまるで子どものように思えるほどの腕前。ルーインはリュウが命じれば(お願いすればか?)、不安定な宙域へでも、たとえ小惑星帯へでも恐れることなく侵入し、当たり前のように無傷で帰ってくる。
 凛として隊長の横にあるルーインは、誰の目にも颯爽とクールに見えた。
 ルーインはリュウの横にある限り、どこまでも強くなれたのだ。

 常にリュウと行動を共にするルーインだったが、極東地区へ来てから、リュウはどこかおかしいと感じていた。士官学校の間は同じ部屋であったため、知らないことはなかったが。最近は自分の知らないところで何かが起こっている。部屋を訪ねても留守であったり。資料を手に考え込んでいたり。極東地区へ一緒に赴いたのはリュウをサポートするためなのに。

「隊長の仕事は俺にやれと言ったじゃないか」

 と、少しも相談してくれないのである。

 確かに、隊長には他の隊長や司令官と打合せをしたり、隊を指揮する仕事があるだろう。ルーインにも操縦と戦闘艇をまとめる仕事がある。
 だが、内心、おもしろくないのは事実だ。ここまで助け合ってきたのに。陰でどれほど支えてきたことか。好きでやっていることだから、認めてもらったり誉めてもらったりしたいわけではない。ただ、もっと頼ってもらいたいのである。信頼してもらいたいのだ。

 僕はそんなに頼りがいのない人間か?

 ルーインは誰かが聞いたら口をあんぐり開けそうな不安を胸に抱いていた。


 その事件が起きたのは、リュウたち第4部隊が極東地区でのパトロールに慣れてきた頃であった。昼と夜のメンバーがもうすぐ交代するという時刻にサイレンが鳴り響き、第4部隊の兵士全員に出動命令が出されたのである。
 リュウはルーインを伴って宇宙艦『ジェニー』へと急ぐ。着任して初めての艦隊規模での出動要請であった。

「第4部隊はすみやかに持ち場につけ。各持ち場のチーフは、人員がそろい次第、報告しろ」

 いち早く所定のシートに収まったリュウが艦内マイクを通じて指示を出す。

「宙航士は航路のインプット作業を進めろ。場所は極東地区の西域。惑星シエラからXZへ15°の方角。詳しいデータはコンピュータに入っているそうだ…」

 準備が整ったのを確かめたリュウは、指示を仰ぐために本部に呼びかけた。

「司令官。第4部隊隊長、阿刀野です。離陸準備完了しました」
「すぐに発進せよ」
「了解!」

 操縦士と宙航士に離陸の簡単な指示を与えてから、もう一度、司令官に呼びかける。

「司令官。何があったんですか。詳細を教えてもらえますか」
「……、あせるな、阿刀野隊長。通常航行に入ったら説明する」

 ルーインの操縦なら、離陸中でもそれほど身体に負担がかかることはないのだが、逆らっても仕方がない。

「はい…、いま、通常航行に戻りました」
「では、よく聞いてくれ。つい先ほど、極東地区を運航中の星間貨物船から攻撃を受けているという通報があった。海賊だ。かなり激しい攻撃が展開されている。最短航路で救出にむかえ。現場での状況把握、作戦行動については一任する」 
「はっ、了解しました!」

 海賊のひと言に、リュウがピクリと反応する。ルーインはいち早くワープできる宙域へと航路を取った。
 落ち着いた声が艦内に流れる。

「こちら、操縦士のアドラー少尉。ワープ宙域へ着き次第、瞬間加速、ワープを繰り返す。かなりの加速、加圧があるから、全員シートベルトを締め座席に着いていてくれ。シートベルトを締めずに椅子から放り出されても責任は持たない」
「戦闘準備はどうするんですかっ!」
「現場に行き着くのが先だ。座ってできることだけ、していろ!」

 ルーインはダンカンの繰り言をスパッと切って捨てる。

「ということだ、あきらめろダンカン。白兵戦は砲撃と戦闘艇の攻撃の後だ。現場についてからでも時間があるだろう。モーガン、砲撃の準備はしておけよ。エヴァ、戦闘艇の乗組員は持ち場についているのか?」

 リュウがルーインの言葉を引き継いで指示を出す。

「…、はい。全機、2名ずつ乗り組んでいます」
「よし。いいぞ、ルーイン」

 リュウが許可を出すやいなや、ルーインはレバーをぐいっと倒した。言葉通りのきつい加速。そしてワープ。

「珍しいな、おまえがこんなに荒っぽい操縦をするなんて…」

 いやな加速にしかめ面をみせると、

「速さを最優先させる。一刻も早く、コスモ・サンダーにお目にかかりたいだろ?」
「コスモ・サンダーと決まったわけじゃない」

 へえ、ほかの海賊だと思っているのか? ルーインが手を止めることなく揶揄する調子で訊く。

「星間貨物船が撃沈される前に、コスモ・サンダーの艦隊に突っ込んでやるよ」

 宇宙艦『ジェニー』は異例の早さで戦闘宙域に突入した。しかし、着いた時にはすでに星間貨物船は煙をあげており、海賊は仕事を終えた後だった。
 略奪は終わってしまっていたのである。
 しかも、撤退しながら、星間貨物船から逃れてきた救命艇をおもしろ半分に撃ち落としている。

「あれが、コスモ・サンダーのやり方か!」

 目に怒りを滲ませてスクリーンを見詰めるリュウの耳に、ルーインの冷静な声。

「あいつら、海賊だからな。手も足も出ない救命艇を弄ぶことはないだろうに。エヴァ、戦闘艇を発進させろ」

 しかし、エヴァたちが宇宙へ飛び出した時には、敵の戦闘艇は母艦の中に飲み込まれていた。砲撃を仕掛ける間もなく、敵艦隊は猛スピードで撤退したのである。
 くっ! リュウは怒りに手がふるえた。コスモ・サンダーを追ってあいつらをつぶしてやりたい。

 「追跡するぞっ!」

 と怒鳴ったリュウをルーインがたしなめた。

「阿刀野。人命救助が先だ。星間貨物船の乗組員を助けよう。救命艇も収容しなくてはいけない。目の前にコスモ・サンダーがいるからと言って、仕事を見失うなよ!」

 当然すぎる指摘であった。海賊を逃がしたくないという強い思いを、意志の力を総動員して押さえこむ。腹にぐっと力を入れると、できるだけさりげない声を出した。

「そうだな。ルーイン、ビームで星間貨物船を捕らえてくれ、俺が乗り込む。その後で救命艇を収容しよう」

 頭にのぼった血はまだ煮えたぎっている。
 言い置いて席を蹴り、ダンカンたちに合流する。そして、兵士たちを率いて星間貨物船に踏み込んだ。


 そこで目にした光景を、リュウは一生忘れないだろう。
 通路のあちらこちらに戦闘の跡が残っていた。焼けこげた甲板、銃ではじき飛ばされた扉。荒れた宇宙船の中に、乗組員が無機質に倒れていた。逃げ延びたのは救命艇で宇宙に出たものだけなのか。

「船の中に生き残っている乗組員がいないかどうか、探せ。遺体は収容する。丁寧に扱え」

 ダンカンに機械的に指示を出す。兵士たちが動き出したのを見てから、リュウはひとりで各部屋を見て回った。
 食べかけの食事、飲みかけのコーヒー。ベッドから跳ね起きたのだろう、人の形を残した毛布…。いままであった日常が、一瞬にして壊れ去った瞬間が、それぞれの部屋に凝縮されていた。
 たどり着いた貨物室はそれほど大きな被害は受けていなかった。貴重品を収容する一室は見事に空になっていたが…。
 その中で激しい戦闘の痕跡。海賊が襲ってきたとき、乗組員全員が武器を手にして戦ったということがわかった。逃げるものもなく、勇敢に。
 しかし、戦闘訓練を受けた兵士と違って、連絡船の乗組員たちに海賊と闘う力はない。
 おびただしい量の肉の塊が散らばっていた。無惨に殺され、多分、機関銃で吹き飛ばされたのだろう。顔も何も見分けがつかない。何人の死体があるのかも定かではないほど。

 ふと、足が何かに触れる。見下ろすと、靴に、吹き飛ばされた腕がからみついていた。ほっそりした指にシルバーのリング。まるで女のよう…。
 リュウの心の防御壁がはじけ飛んだ。冷静でいられたのもここまでだ。こみ上げる吐き気を堪えきれずに、リュウはかがみ込む。

「うっ…」

 苦しそうに吐くリュウの背後から、報告のために追ってきたダンカンの心配そうな声。

「こりゃあ酷い。隊長! 大丈夫ですか…」

 リュウの顔は真っ青だった。

「おう…、みっともないところを見られてしまったな」

 仕方ない、この惨状を見ると俺だって吐きそうだとダンカンは思った。まして隊長は虐殺場面は初めてなのだ。

「報告します。貨物船の中には、生きている乗組員はいませんでした。…それより、後始末は俺たちに任せて、隊長はジェニーに戻ってください」
「そういう訳にはいかない」
「全体の指揮をとる人が必要です!」
「俺がいなければ、ルーインが指揮をとる。俺は最後まで現場にいる」

 ダンカンは苦笑を浮かべたが、くちもとを拳でぬぐいながら目を爛々と光らせているリュウを追い返しはしなかった。

「なあ、ダンカン。どうしてこんな酷いまねができるんだ」
「相手は海賊なんだ。海賊って、そういうもんでしょう?」

 海賊って、こういうもんなのか?
 とすると、レイもこんな風にコスモ・サンダーの奴らに殺されたのか。
 あのしなやかで美しい身体が、跡形さえ残らぬほど滅茶苦茶になったのか。
 そのうえあいつらは、レイが大切にしていたクリスタル号も粉々に吹き飛ばした。
 腹の底から怒りがこみ上げる

 くそっ! コスモ・サンダーめ。俺は虫けらのように人を殺す海賊を許さない。絶対に潰してやる。リュウは心の中で誓っていた。
 まずは、この宙域からコスモ・サンダーを追い出してやる!
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