上 下
92 / 108

5 八つ当たり

しおりを挟む
 それからの展開をリュウはよく覚えていない。
 いつ隊員たちが帰ったのか。いつ自分が潰れたのか…。

「一緒に働きたいのに。一緒にクーリエをやりたいのに! レイは、俺の話にちっとも取り合ってくれない!」

「危険だなんて、宇宙軍にいても同じだろ。そんなに俺が邪魔なのか! 俺がいたら夜遊びできないからなのか!」
 そんな不満だけじゃなく。強くもない酒を呷って、リュウはめちゃくちゃなことを口走っていた。

「レイなんか、嫌いだ! 大嫌いだ! そばにいるのは俺なのに、俺の名を呼んでくれない。一度も俺の名を呼んでくれなかった! 俺のことなんか、いてもいなくても同じなんだ!」

 くそっ! 悔しくてわめき倒した。最後には、自分が何をいっているのかさえ、わからなくなった。わめき疲れて、声がかすれてきた。

「レイのことが、……好きなのに、ずっと一緒にいたいのに……」

 心の中でそっと繰り返していたことは誰も知らなかったが…。


「まいったな…」

 ソファで酔いつぶれてしまったリュウに毛布をかけてやりながら、レイがつぶやく。
 めったに心の奥底までのぞかせないリュウが、酔いに任せてレイに不満をぶちまけた。子どもの八つ当たりと言えなくもないが、リュウの言うことはレイの心に響いた。

『もっともっと、レイから学びたい。教えてもらいたい。操縦だって、戦術だって…、俺に力がないのはわかってるけど、だからって見捨てないでくれ!』
『レイと一緒に働きたい。雑用でも何でもいいから、レイのそばにいたい!』
『自分の身くらい自分で守れる。レイのことだって、守ってやる! 俺はもう子どもじゃない。時には俺に甘えろよ!』

 次々に吐き出される言葉は、自分へのラブコールに聞こえる。これほど、自分を求めてくれていたのかとレイは目頭が熱くなった。
 俺を守ってくれるって? 泣き虫で甘えん坊だったリュウが?
 つい、頬がゆるむ。レイは愛おしそうにリュウを見た。
 おまえは、俺を必要としてくれるだけでなく、俺を甘えさせてくれるのか?


 俺はこれまで、誰かに甘えた記憶がない。自分が上に立つようになってからは、当然だが。スラムにいた小さな頃でさえ。
 肩の重荷を忘れて誰かの腕に抱かれる。あたたかい胸の鼓動を聞く。
 その人に必要とされ、愛され、何の心配もなく眠りに落ちる…。
 俺には訪れることなどないと思っていた安息を、おまえはくれるというの?
 リュウは立派な大人になった。それがとてつもなく誇らしい。

 それでも。
 レイがリュウの胸で甘えられるかというと、それは別問題であった。


 気が付いたら、リュウはリビングのソファで毛布にくるまっていた。いつ、酔いつぶれてしまったんだろう。あかりの落とされた部屋には、誰もいない。すでに夜半になっていた。レイの姿を求めて立ち上がろうとしたが、吐き気がするだけでなく、胸に苦い思いが込み上げる。
「レイのことが、……好きなのに、ずっと一緒にいたいのに……」

 胸の疼きなど、闇に溶けてしまえ!
 リュウは頭から毛布をかぶってもう一度眠りについた。

 次の日。
 スペシャル・クラス最後の演習が始まる、月曜の早朝である。

「阿刀野! そろそろ起きろよ。間に合わないぞ」

 ルーインに言われて、そろりと身体を起こす。まだ、頭がクラクラする。酒が残っていた。
 リュウの青白い顔をのぞき込んでルーインが顔をしかめた。

「おい、大丈夫か?」
「おう、と言いたいが。頭が…」
「無茶な飲み方するからだろうが。ほら、水だ」
「サンキュ」

 冷たい水を一気に呷る。水分を欲していた身体に液体が染み込んでいく。

「ふう」

 腰に手を当ててその様子を見ていたルーインが

「着替えたら、いくぞ」
「えっ、朝飯の用意をしなくちゃ…」
「キミは食えるのか? そもそも、キッチンに立つ元気があるか?」

 言われてみれば、リュウは食べ物のことを考えただけで、胃がムカムカした。う~ん、食えそうにない。かなりの二日酔いである。

「ルーイン、あんたは食うだろう。それに、レイも…」

 家事は自分の役目だと認識しているからだろうか。リュウの律儀さに、ルーインは頭が下がる思いであった。

「いや、僕はいらない。遅くまで飲み食いしたから、腹は減ってない。レイさんも同じだろうし、今日は仕事が午後からだそうで、ゆっくり寝られるって言ってた」
「そう…」

 当惑したリュウを見て、ルーインがくちびるを歪める。

「昨夜あれだけ八つ当たりしたんだ。謝るなら、謝って来いよ」

 リュウの顔からサッと血の気が引き、青くなった。

「ゲッ! やっぱり…、夢じゃなかったのか。レイ…、怒ってたか?」

 恐る恐る訊くとルーインが首を振る。

「リュウはいつもギリギリまで我慢するから。胸に溜めないで、もっと吐き出せばいいのにって笑ってた。……ただし、キミがレイなんて嫌いだって叫んだときは、ものすごく哀しそうだったぞ」

 痛っ! 言うつもりのないことまで、言ってしまったのだろうか。

「おれ、ちょっと見てくるわ」

 リュウはココンッと軽くノックをして、ドアを開けた。ベッドの上で、レイは羽布団にくるまったまま、軽い寝息を立てていた。

「レイ?」

 小さく呼んでみる。目を覚ましそうな様子はなかった。起きていたら、弱いくせに飲み過ぎるんじゃないよと叱られただろうか。
 大きくため息をつき、リュウはベッドの横に膝をつき、穏やかな寝顔を見つめた。
 くしゃっともつれた蜂蜜色の髪が額にかかっている。長くて密度の濃いまつげ。
 まつげの奥に隠れているエメラルドグリーンの瞳に、昨日、俺はどんな哀しみの色を浮かべさせたのだろうか。

「レイ、ごめん。嫌いだなんて嘘だから…」

 リュウは美しい寝顔にささやいた。
 ふっくらとやわらかそうな頬。軽く閉じられた紅いくちびるに、思わず目が釘付けになる。髪に触れたい。頬に触れたい。そのくちびるに…。
 そっと近づいて、リュウはレイの頬に軽いキスを落とした。

「ん~っ」

 レイのくちびるから声がもれる。無意識にその手が上がって、俺を引き寄せようとした。

「……」

 えっ、聞こえなかった。何て言ったんだ? 誰の名を呼んだんだ?
 声もなく見つめていると、レイは目を閉じたままふっと笑みを浮かべた。
 たまらなく、うれしそうに。
 寝乱れたレイは、それだけで思い切りそそるのに。
 これ以上はダメだ。我慢できなくなる。
 リュウは理性を総動員してベッドから離れる。俺にはレイに触れる資格なんて、ないから。

「ん~、ありがと、リュウ…。うれしいよ」

 リュウがガックリと肩を落としたまま、士官訓練センターに戻ったのも知らないで、レイは幸せな眠りを貪っていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

地上最強ヤンキーの転生先は底辺魔力の下級貴族だった件

フランジュ
ファンタジー
地区最強のヤンキー・北条慎吾は死後、不思議な力で転生する。 だが転生先は底辺魔力の下級貴族だった!? 体も弱く、魔力も低いアルフィス・ハートルとして生まれ変わった北条慎吾は気合と根性で魔力差をひっくり返し、この世界で最強と言われる"火の王"に挑むため成長を遂げていく。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

処理中です...