上 下
73 / 108

8 向き不向き

しおりを挟む
「お帰り~」

 かなり遅い時間であったにもかかわらず、すぐにドアが開いて、やさしい声で迎え入れられる。

「すみません。阿刀野が一緒じゃなくて…」
「聞いてるよ。さっき、連絡があった」

 じゃあ、お帰りっていうのは僕にかけてくれた言葉? こんな風に迎えてもらうのがルーインは何だか面映ゆかった。

「ほらほら、そんなとこに突っ立ってないで、上がってよ」

 強引にリビングに連れて行かれたルーインである。

「ワインでいい? 違う酒がよければリクエストしてくれていいけど」
「ワインをもらいます」

 というルーインに、グラスに赤ワインを注いでくれる。サイドテーブルには簡単なオードブ ル?

「レイさん、これが夕食ですか?」

 詰るような調子が混じっているのにレイが敏感に反応する。

「違うよっ。今日は食べてきたんだ。で、食後の酒をのんびり楽しんでるわけ」

 それならいいというルーインの暗黙の了承に、レイは情けなさそうな口調だ。

「リュウみたいなこと言うんだね。そのうち生活態度がなってないって、2人からお小言食らうようになりそうだ」

 ルーインは思わず笑みをもらす。正式な場でこの人は、こんな台詞をもらしたりなどしない。自分がどれほど身近に置いてもらえるかを感じて、ちょっとうれしくなった。

「どう、もう足は治ったの?」
「はい。今週は訓練を休ませてもらって、治しました」
「ほんと、軽い怪我でよかったよ」

 ごめんねと続きそうな台詞にあわてて、

「レイさん。この間も言いましたが、僕の怪我は阿刀野の責任ではないし、気にしてもらうほどでは…」

 レイに言葉の続きを制せられて、しばらくの沈黙の後、ルーインは違う話題を持ち出した。

「阿刀野に、今週は特別にレイさんを貸してやると言われました。言葉に甘えて、阿刀野のように思い切り泣かせてもらおうかなって…」

 レイは目を丸くした。

「失礼な言い方ですみません。阿刀野の言葉そのままで…」
「いいよ。それじゃあ俺は明日いっぱい、キミに貸し出されたんだね。ホントは日当、けっこう高いんだけど…」

 そんなこと。
 リュウがいなければ、レイに相手にしてもらえないことくらいわかっている。一日一緒にいられることが、どれほどの恩恵かということも。

「その代わり、家事は僕がやりますから」

 そういう契約なんでというのに、レイがくすっと笑った。

「リュウはなに? また、失敗したの」

 軽い言葉と裏腹な心配そうな口調である。

「いえ、そうではなくて」

 ザハロフ教官とリュウの確執をごまかそうかと思うが、この人を相手に騙せるわけがない。

「今週からスペシャル・クラスの操縦演習が始まったんです。セントラルから特別に派遣されてきた教官が受け持っているんですが、なかなかキツくて。
 阿刀野は初日に『操縦の基礎ができていないやつに、わたしの演習は無理だ』と宣言されて。それでも演習を受けさせてくださいと食いさがったんで、毎日、カプセルに縛り付けられていますよ」
「ふ~ん、そうなんだ。確かにあいつは、操縦に向いていないからね」

 レイがあっさり言い放った。

「……! どうしてですか? 阿刀野なら、経験を積めばそれなりの操縦はできるようになると思いますけど」
「それなりの操縦くらいはできないと、話にならない。でも…、リュウは操縦士には向いてない」
「レイさん、それ、自分と比べていませんか。レイさんは操縦士として超一流だから、比べたら阿刀野が可哀想です」

 ルーインがムキになる。

「別に俺はリュウを馬鹿にしてるとか、自分より落ちるとか思ってるわけじゃないよ。単に操縦には向かないと言ってるだけだ」
「レイさんは、阿刀野には宇宙軍の操縦士は無理だと思ってるんですか?」

 操縦士が宇宙軍の花形だと教えられてきたルーインが言いつのる。

「宇宙軍に必要なのは操縦士だけじゃないだろう? 操縦士にならなくても、リュウなら宇宙軍の士官として十分にやっていけると思う。たいていの人に負けないくらいにね。俺が鍛えたんだから強いだろう?」
「操縦だって、レイさんが鍛えたら…」
「そりゃあ、そこそこにはなるだろうけど、トップレベルは無理だよ。リュウはもっと違うことの方が向いてる。操縦が下手なら、うまいやつと組めばいいんだ。この男と一緒に仕事をしたいと思わせるだけの別のものを持っていればいいんだから、操縦にこだわることなんてない。
 俺はランディと一緒に仕事をしてるけどラ、ンディは操縦が下手だよ。恐くてとても乗ってられない。でも、宙航士としての能力や整備の技術にかけては、俺なんか足元にも及ばない」

 相づちを求めるようにルーインを見たレイは、「ね、人には向き、不向きがあるんだよ」

 と話を締めくくった。
 ルーインは小さい頃から操縦士をめざすように仕向けられていた。操縦士としての名声を得た上で、宇宙軍の幹部になるようにと。それが、宇宙軍の出世コースなのだと聞かされてきたのだ。
 父は一度でも、自分が操縦士に向いているとか、いないとか考えてくれたことがあるのだろうか。

「ん、どうしたの。黙り込んで」
「いえ。僕は小さい頃から、宇宙軍でトップクラスの操縦士になるようにと言われ続けてたんですが。実際に向いているのかなと」

 どう思いますかというルーインが訊ねる。

「俺はキミが操縦してるとこを見たことないからわからないよ。でも、リュウよりは上手そうだね」

 それでも、この人とは比べものにならない。
 キミも操縦士には向いていないよとあっさり言われそうだ。ルーインの知る誰ともまったく違った風に宇宙船を操るこの天才から見たら、自分はどう見えるだろうか。

「そうだ! ねえ、ルーイン。明日、トレーニングがわりに、ちょっと遠出しようか」
「どこへですか」
「実は…、知り合いに、近くまで来てるから寄ってくれと言われてたんだけど。日曜日だし、ルーインがくるって聞いて断ったんだ」
「ええっ。僕のために断ってくれたんですか」

 レイは目の前で手をひらひらさせながらズレたところで、否定する。

「違うよ、仕事じゃない。単に遊びに来ないかって誘われただけなんだ」

 自分のためにレイが予定を開けてくれた。その行為にルーインは感激した。レイのあたたかさが心に浸みる。この人が誘ってくれるなら、どこへでも行ってみよう。

「邪魔でなければ、連れて行ってください」

 ルーインは勢い込んで返事をした。

「ベルン星系の惑星のひとつだけどキャラって知ってる? 鉱山だけの小さな星だよ」

 ルーインは知らなかった。

「遠出って…、宇宙船に乗るんですか」
「ん。小型の宇宙船だけど、俺の船。行きは近道したいから俺が操縦するけど、帰りは操縦席に座らせてあげる」
「いいんですかっ!」
「もちろん。そうでなかったら誘わないよ」

 レイの宇宙船に乗せてもらって、すぐ近くで操縦を眺められるだけでもスゴイことなのに、操縦席に座らせてもらえるなんて!
 ルーインは考えただけで興奮してきた。

「阿刀野に恨まれそうだ」

 ぽつりとつぶやいた一言にレイが律儀に返事を寄こす。

「リュウは何度もクリスタル号に乗ってるよ。それに、操縦席に座るたびにトラブルを起こしてくれるし…」

 レイは顔をしかめてみせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

にゃんこ・な・ふぁんたじー 太陽と月の猫歩軌

ねこあな つるぎ
ファンタジー
エピローグを除いて書き終わりましたので、裏で修正作業に入ります。 駄目な所が沢山あり、物語の力を、何より猫の魅力をまだ全然引き出せてはおりません。 加えて男性向けとして投稿しているのですが、カクヨムでちょくちょく読まれ始めて分かったことなのですが、女性向けであるような気がしています。 全文書き直して女性向けで上げ直すかもしれません。ではでは~

異世界転生でチートを授かった俺、最弱劣等職なのに実は最強だけど目立ちたくないのでまったりスローライフをめざす ~奴隷を買って魔法学(以下略)

朝食ダンゴ
ファンタジー
不慮の事故(死神の手違い)で命を落としてしまった日本人・御厨 蓮(みくりや れん)は、間違えて死んでしまったお詫びにチートスキルを与えられ、ロートス・アルバレスとして異世界に転生する。 「目立つとろくなことがない。絶対に目立たず生きていくぞ」 生前、目立っていたことで死神に間違えられ死ぬことになってしまった経験から、異世界では決して目立たないことを決意するロートス。 十三歳の誕生日に行われた「鑑定の儀」で、クソスキルを与えられたロートスは、最弱劣等職「無職」となる。 そうなると、両親に将来を心配され、半ば強制的に魔法学園へ入学させられてしまう。 魔法学園のある王都ブランドンに向かう途中で、捨て売りされていた奴隷少女サラを購入したロートスは、とにかく目立たない平穏な学園生活を願うのだった……。 ※『小説家になろう』でも掲載しています。

ヒルデ〜元女将軍は今日も訳ありです〜

たくみ
ファンタジー
「どこに行っちゃったんですかねー?」  兵士たちが探しているのは、王国一の美貌・頭脳・魔術を操る元女将軍。    彼女は将軍として華々しく活躍していたが、ある事件で解雇されてしまった。でも彼女は気にしていなかった。彼女にはやるべきことがあったから。

チートな転生幼女の無双生活 ~そこまで言うなら無双してあげようじゃないか~

ふゆ
ファンタジー
 私は死んだ。  はずだったんだけど、 「君は時空の帯から落ちてしまったんだ」  神様たちのミスでみんなと同じような輪廻転生ができなくなり、特別に記憶を持ったまま転生させてもらえることになった私、シエル。  なんと幼女になっちゃいました。  まだ転生もしないうちに神様と友達になるし、転生直後から神獣が付いたりと、チート万歳!  エーレスと呼ばれるこの世界で、シエルはどう生きるのか? *不定期更新になります *誤字脱字、ストーリー案があればぜひコメントしてください! *ところどころほのぼのしてます( ^ω^ ) *小説家になろう様にも投稿させていただいています

田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~

なつめ猫
ファンタジー
唯一の血縁者である姪っ子を引き取った月山(つきやま) 五郎(ごろう) 41歳は、住む場所を求めて空き家となっていた田舎の実家に引っ越すことになる。 そこで生活の糧を得るために父親が経営していた雑貨店を再開することになるが、その店はバックヤード側から店を開けると異世界に繋がるという謎多き店舗であった。 少ない資金で仕入れた日本製品を、異世界で販売して得た金貨・銀貨・銅貨を売り資金を増やして設備を購入し雑貨店を成長させていくために奮闘する。 この物語は、日本製品を異世界の冒険者に販売し、引き取った姪っ子と田舎で暮らすほのぼのスローライフである。 小説家になろう 日間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 週間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 月間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 四半期ジャンル別  1位獲得! 小説家になろう 年間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 総合日間 6位獲得! 小説家になろう 総合週間 7位獲得!

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

不死王はスローライフを希望します

小狐丸
ファンタジー
 気がついたら、暗い森の中に居た男。  深夜会社から家に帰ったところまでは覚えているが、何故か自分の名前などのパーソナルな部分を覚えていない。  そこで俺は気がつく。 「俺って透けてないか?」  そう、男はゴーストになっていた。  最底辺のゴーストから成り上がる男の物語。  その最終目標は、世界征服でも英雄でもなく、ノンビリと畑を耕し自給自足するスローライフだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  暇になったので、駄文ですが勢いで書いてしまいました。  設定等ユルユルでガバガバですが、暇つぶしと割り切って読んで頂ければと思います。

処理中です...