上 下
69 / 108

4 比べる?

しおりを挟む
 トントンと軽いノックの音に続いて、ドアが開いた。

「阿刀野、か?」

 ルーインの呼びかけに応えたのは、

「阿刀野は阿刀野だけど、ざ~ん念! リュウじゃないよ」と、軽~いお言葉。
「レイさん! いったい、どうしたんですか。阿刀野は?」
「リュウはグラウンドへね、朝の日課をこなしに行ったよ」
「そうですか。戻ってきたんですね」

 よかったと続きそうな言葉をレイは心に刻み込む。やはり、ルーインの目にもリュウは危なっかしく写っていたのだ。

「リュウのせいで怪我をしたって聞いたよ。ごめんね、ルーイン。山岳演習をクリアできたのはキミのおかげだ、ってリュウが言ってた。ほんと、世話を焼かせたね」

 ルーインは静かにかぶりを振る。

「兵士に囲まれたときに、阿刀野を引っ張って川に飛び込んだのは僕ですけど…。確かにあの時の阿刀野は何もできずに固まっていたけど。これまで誰かに銃を向けたことがなかったんでしょう? 紛争地域へでも放り込まれればいやでも慣れますよ。
 ……それより僕が驚いたのは、その後です。阿刀野は自分は軍には向いてないと考えていたようです。繊細な神経を持ち合わせてるんですね。あいつはもっと図太いのかと思っていた。僕は初めて阿刀野の脆い面を見て、ここへ戻ってくるかどうかちょっと心配してたんです」

 レイがふふっと笑った。

「そう。でも、泣いてふっきれたみたいだよ」
「泣いて…!」

 ルーインはリュウがうらやましくなった。この人に泣きついてなぐさめてもらったのだ。
 ところが。

「2日間、泣くまでしごきぬいて余計なこと考えてるひまなくしといたからね」と、とんでもないことを言う。
「え~っ! しごいたんですか?」

 う~ん。それは阿刀野にはキツい休日だったろうと思いながら、ルーインは端正な顔を笑ませた。

「僕も、何も考えられなくなるくらいしごいてもらいたかった。泣きたかったんです」
「うん。リュウがあんなだったから、キミもダメージを受けてるだろうと思ってた。でも、怪我してちゃどうしようもないから、また今度ね」

 僕のことも考えてくれていたのか! それは、うれしいような、恐いような…。

「はい、お願いします。自信をなくしてしまって」

 どうしてこの人には、こんなに素直な台詞が吐けるのだろう。家族や仲間には口が裂けても言えない台詞を。
 ん、と目だけで問うレイにルーインは胸の中にあった重い固まりをぶつけていた。

「川に飛び込んだ後、追っ手が迫っていたからしばらく隠れていたんですけど、寒いし、時間は気になるし…。それで、夕闇にまぎれて崖を上ることにしたんです。そこで、足を滑らせて。怪我は阿刀野のせいではなく、単に僕の注意が足りなかっただけ。阿刀野は自分のせいだと思ったみたいですけど。
 ……僕は阿刀野に、敵と闘えないくらいなら、軍にもレイさんのそばにもいられないぞと酷いことを言ってしまった。あいつには一番こたえる台詞だとわかっていて。それなのに、満足に歩けない僕に肩を貸してゴールまでつれていってくれた。ひとりでも大変なのに、すごいと思いました。基礎体力の差を見せつけられましたよ。
 それに…、土日の間に考えついたんですけど、あれから僕らは敵にぶつからなかった。2日半も、本当にうまく敵をさけたんです。中隊だから結構な数なのに、闘わずにゴールまでたどり着いた。道なき道というか、すごいところを通りましたけど。
 その時はラッキーだったなと思ったんですが、多分、違う。阿刀野は闘いたくなかったから、必死でルートを考えたんでしょう。闘えないのには問題があるけれど、闘わずにすむならそれに越したことはない。で気づいたんです。敵の包囲網を読んでその裏をかいたんだって! 阿刀野はもしかしたら相手の戦術を読むというすごい能力があるかもしれない。兵士というより将の器なのかもしれない」
「それに比べて僕はって、リュウと自分を比較したの?」

 ルーインは小さくうなずいた。

「そんなことで自信なくすなんて無意味だよ。俺は誰かと自分を比べるなんてことはしない。自分の欠点ばかりが気になって、間違いなく生きているのがいやになるからね。
 リュウはすごいところもあるけど、ダメなところもいっぱいある。きっとこれから何度も失敗するし、落ち込むことも多いと思うよ。
 キミにはキミのいいところがあって、それはリュウとは別の面だ。人はそれぞれ違うんだ。得意なことも不得意なこともある。それぞれがいいところを伸ばして、劣るところは補いあえばいい。各人の適性を見極めてうまく使ってやるのは、上のものの仕事だよ」

 ルーインは頭の中で、レイなら誰と比べても劣る点などないと関係ないことを考えていた…。

「俺はね、できないことがあるのはかまわないと思ってる。誰だって弱点はあるから。だけど、できないことから逃げるのは卑怯だと思うんだ。自分の弱点を知ったなら、それをいかに克服するかを考えてほしい。
 例えば、敵を殺せないっていうのは、兵士としては致命的な弱点かもしれない。でも俺は、リュウの美点でもあると思うよ。何があってもそれを貫き通すのもひとつの生き方だ。
 でも…。もしかすると、自分のためにはできなくても、誰かのためになら敵に立ち向かえるかもしれない。大切な誰かのためなら…。だから、自分の中で折り合いがつくまで考えもせずに逃げださないでほしい。……あいつはやさしいから、難しいだろうけどね。
 できるなら、俺がずっとリュウの盾になって、周りの危険なことすべてを排除してやりたい。だけどそんなこと不可能だし、するべきじゃないと思うんだ。あいつはもう大人なんだし、ひとりで生き抜けるようにならなくちゃね」

 レイは珍しく饒舌だった。そして、少し寂しそうだった。
 阿刀野はずっとこの人に守られてきたのだとルーインは改めて思う。でも、今、阿刀野はこの人から離れてここにいる。そして、レイさんはそれを応援している。大切な弟が独りでも強く生きていけるようになるならば…と。
 阿刀野は、この人の腕の中から出て、この人を守れるようになるために頑張っている…。

 ……この間、この人は阿刀野と一緒に働くことはないと言い切った。僕は、阿刀野と同じ士官訓練センターにいる僕は、阿刀野と補い合いながら働くことができる。生きることができる。
 それはものすごく大きな特権に思えた。

「ねえ、ルーイン。さっきも言ったけど、リュウはこれから何度も失敗すると思うんだ。そんな時、世話焼けるけど、よろしくね。あいつはまだまだ成長途上だけど、根本的には俺なんかよりずっと強い。純粋でやさしいから。それは、ほんとうは強さなんだよ」
「僕も阿刀野は強いと思います。でも、挫けそうになったときに僕にできることがあれば…」
「抱いて慰める必要はないんだよ。ビシビシ叱ってやった方がいいこともある。リュウは人の思いをまっすぐ受け止めことができるから、キミがリュウのことを考えてさえいてくれれば、どんな言い方をしても、どんな関わり方をしても伝わると思う」
「はい」

 レイが微笑んだ。この人が自分にリュウのことを託してくれた、そう思うとうれしかった。不思議なことに自信がもどってきた。
 ルーインが、リュウを支えることで自分も強くなれると知るのはレイがいなくなってからだったが…。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します

カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。 そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。 それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。 これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。 更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。 ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。 しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い…… これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

処理中です...