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5 海賊との遭遇

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 格納庫への長い廊下を黙々と歩いていると「ビ~」と甲高い緊急サイレンが鳴り響いた。
 後ろから足音が近づき、ミスター・ラダーの声がかかる。

「阿刀野くん。艦隊に囲まれたようだ。今、クリスタル号を離陸させるのは無理だ。ひとまず一緒に艦橋へきてもらえないか」

 はあ~? 仕方がないなあ。二人は後戻りを始めた。


「チーフ! どうします?」

 真っ先に艦橋に駆け込んだジャックにあちこちから声が飛ぶ。

「落ち着け。敵なのか?」
「コスモ・サンダー、だと思います」

 社長とともに艦橋に足を踏み入れたレイがチッと小さく舌打ちした。出会いたくなかった相手、である。
 みなが中央のスクリーンを見つめている。小さな点が徐々に大きくなって…。その姿が確認できるようになると、レイがつぶやいた。

「イエローか。クレイジーだな」

 意外に通るレイの声に、視線が一斉に集まる。

「えっ。今、何て言った、レイ? コスモ・サンダーじゃないのか」

 遠慮のないランディがみなを代表した形となった。

「コスモ・サンダーだよ。あの艦隊の指揮を執ってるヤツが、クレイジーと呼ばれている」
「阿刀野くんは詳しいな」

 ミスター・ラダーの言葉を無視して続ける。

「クレイジーと呼ばれているが、頭がおかしいわけじゃない。トリッキーで凶暴なだけじゃなく、頭もある。手強い相手だ。あいつが極東地域にいるなんて…」

 言葉の最後が沈黙に溶け込む。

「そうか。少し前から、俺たちはかなり痛めつけられている。見くびってはいけなかったんだな」

 ジャックの言葉に、レイは黙ってうなずいた。それ以上の説明はしない。海賊の内情に詳しいなどと思われたくないのだ。なのに社長が、

「イエローならブルーやシルバーよりは、ましだ。中央艦隊のプロフェッサーに囲まれたり、クール・プリンスに攻められたら、ダイ・メタルといえども終わりだからな」

 平然と言い放った。
 レイが驚いて社長を見上げる。悪名高いクール・プリンスは別にして、マリオンがプロフェッサーの異名を取ることを知る者など、めったにいないはずだ。

「わたしも詳しいだろう。あいつらを潰そうと思ってあらゆる手段を使って調べた。宇宙軍はもちろん、いろんなコネを使ってね。わたしは、コスモ・サンダーには大きな貸しがある」

 未だに貸しを取り戻せずにいると自嘲気味に言う。

「どうすればいいんですかっ!」

 だんだん大きくなるスクリーンの宇宙船を打つ手もなく眺めているのに苛立った操縦士の叫び声。

「どこで漏れたか知らないが、狙いはわたし、かな。どうあってもセントラルに行かせたくないとみえる。闘うとすれば…、ダイ・メタルは簡単には沈められないが、犠牲が出るだろうな。さて、どうするか…」

 海賊はすぐそこまで来ていた。もう、ミサイルの射程距離に入るだろう。

「総員、戦闘配置。シールドを張れ。砲撃手、ミサイル準備だ」

 社長を立てて黙っていたジャックが、業を煮やして次々と命令を下しはじめた。
 緊急時に適切な指示ができるじゃないか。ミスター・ラダーがチーフにしただけのことはある。レイはこの男を少し見直した。
 慌てる様子もなく傍観している美貌の男に、社長が穏やかに話しかけた。

「阿刀野くん。キミは傭兵をやっていたそうだが、戦闘の経験は豊富だろう?」

 指示を出し終えてひと息ついたジャックが、へえっと驚く。レイが傭兵だったと知らなかったようだ。

「俺のことも調べたんですか」

 じろりと睨みつけるのに、

「いや、そんなことを聞いた覚えがあるだけだ」

 ととぼけるミスター・ラダー。
 もの覚えがいいんですねと皮肉ってから、

「昔の話です。傭兵はとっくに廃業しました」

 レイがきっばりと応えた。

「ということは、頼んでも一緒に闘ってはくれない、ということだね」
「ええ。闘うのは俺の仕事範囲ではありませんから」

 ところがランディは

「こっちの命にも関わるんだから、俺は少しくらい手伝ってもいいぞ…。だけどレイ、俺よりあんたの方が断然、力になる」
「ありがとう、フォローしてくれて。いいんだよ、確かめてみただけだ。ところで、阿刀野くん。キミはクレイジー・サンダーを手強い相手だと言ったが、たとえば、クリスタル号でやつらを振り切ることができるかね」

 しばらく考えた後、レイが首を縦に振る。できると言う肯定だ。

「それなら、クーリエであるキミに仕事を頼みたい。わたしをセントラルまで送り届けてほしい。美貌のクーリエは、時間とギャラが合えば、そんな荷でも望みの場所に届けてくれるんだろう?」

 レイはぐっと言葉に詰まった。理屈はそうだが…。

「社長! コスモ・サンダーに囲まれているんですよ。頑強なダイ・メタルにいる方がずっと安全ではないですか」

 ジャックが当然すぎることを言う。

「できるんだろう?」

 ひょいと片眉をあげて、ミスター・ラダーはレイを見た。返事を促されて、

「と思いますが、結果はわかりません」
「キミに自信があるなら、それで構わない」
「俺に命を預ける、ということですか」
「そうだ」

 う~んとうなったレイだが、観念した。無邪気な顔を向けると

「知ってますか、俺は高いですよ。それに、こんな状況だから割増手当をもらわないと」

 すると、ミスター・ラダーは真剣な顔で、

「結構だ。わたしは海賊どもに、クリスタル号でおまえたちを振り切ると公言する。ダイ・メタルへの攻撃を避けたいからな。狙いはわたしだよ。海賊はきっと、一斉にクリスタル号を襲うだろう。その危険手当も含めて、望みの額を支払う」

 こうまで言われては、引くことができない。しかも、レイは一度決断すると、決して迷わない男である。

「……わかりました。では、少しでも早いほうがいい。いますぐ出発します」
「秘書に連絡して資料を…、秘書も乗せてもらえるだろうか」

 了承の印にうなずいて、

「では、5分後に格納庫で」
「社長、やめてください。危険すぎます。ダイ・メタルなら、攻撃されても持ちこたえることができますが、クリスタル号は小型宇宙船です。シールドもそれほど強固ではないはず。ミサイルをくらったらひとたまりも…」

 言葉の続きを社長が穏やかに遮った。

「ジャック、時間がない。仕事の契約はまとまったんだ。美貌のクーリエに頼んだ荷は、遅れたことも、届かなかったこともなかったんだろう? キミが報告してくれた」

 それは本当だが…。言葉をなくしたジャックに

「キミは阿刀野くんの指示に従って、クリスタル号を安全にダイ・メタルから発進させてくれ。細かいことは彼に聞け。わたしは5分しかもらえなかったんだ」

 社長は急ぎ足で艦橋を後にした。レイはその後ろ姿を複雑な気持ちで見送ってから、ため息をつくジャックに指示を与えたのだ。


 宇宙有数の企業であるメタル・ラダー社。
 その社長をコスモ・サンダーから、俺が逃がすのか。レイは複雑な心の内を晒しもせずに、それでも口もとに苦い笑みを乗せて、クリスタル号へときびすを返した。 
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