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第六章
1 レイの好きな宇宙
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艦橋の窓いっぱいに煌めく星々。白、青、赤、そして黄色…。
漆黒の闇に浮かぶ星々は、それぞれに違う色を帯び、輝き、くすみ、消えていく。
悠久の時をかけて繰り返される営み。
その星々を懐に抱いているのが大宇宙である。星々は、どんなにあがいても、その中からは決して逃れられない。
この宇宙を、星々の間を巡る小さな宇宙船。そして、宇宙船を操る操縦士たち。
そのなんとちっぽけで、取るに足りない存在であることか…。
それでも、この闇を自分のものにしたい。できるなら、星々のひとつになりたい。
それが無理なら、せめて宇宙船と一体となって、感じるままに。
流されるままに。
好き勝手に宇宙を飛び回りたい。
深い闇を陵辱しつくすまで。
何ものにも縛られずに。
誰にも命じられずに。
ただ、心のおもむくままに宇宙船を駆って。
宇宙の果てまででも。
「レイ、すまないな。病み上がりだってのに、遠い極東地域まで届け物なんて」
気遣いの混じるランディに、
「久しぶりに遠出ができて、結構楽しんでる。俺は誰もいない、広くて深い、この宇宙に溶け込むのが好きなんだ。謝ることなんてないよ。
…それにここしばらく、故障やら病気やら、ランディには迷惑かけっぱなしだからね。ちょっとくらい恩をきせとかないと」
レイがにこりと笑って応えた。
病気で10日ほど休んだから仕事が立て込んでいたのだ。代わりの操縦士を手配してこなしていたのだが、レイにしか届けられない荷物もある。レイご指名の企業も多い。
どんな危険な宙域をも恐れず、確実にブツを届ける『美貌のクーリエ』として、超一流のお墨付きをもらっているのだから、当然ではあるが。
ただし、取引先筆頭であった『メタル・ラダー社』と仲違いをしてから、それほど難しい依頼は入っていないはずであった。
鉱山業で名を挙げ、あらゆる宙域で惑星開発を進める大企業。メタル・ラダー社関連の仕事は、これまで、かなり危険度が高かったのである。
それでも。
阿刀野レイを名指する企業は多く、休めば確実に負担がかかってくる。もちろん、宇宙船に乗って指定された場所まで飛ぶことに関して、レイにはなんの不満もなかった。それが仕事であるし、飛ぶことは息をするのと同じくらい、レイにとっては自然なことだから。
ただ…。今回は、はめられたのではないかといういやな予感が渦巻いていた。ランディのせいではないと言い聞かせているのだが、レイはどうにも腹の虫が収まらなかった。
受けた仕事は、機器の見本を惑星シーラに届けるという危険度の少ないものであった。距離はあったが、誰に頼んでもよさそうな簡単な仕事。それをレイご指名で、高額のギャラで…、おいしい話であると判断したランディがふたつ返事で引き受けた。
ところが、惑星シーラで機器を受け渡しする際に別の荷物を頼まれたのだ。それがメタル・ラダー社社長宛の書簡だった。しかも、大切な書簡だから、本人に直接手渡してほしいという条件付きである。
帰り道にとか、ついでにという話ならわかる。ところが、届け先は極東地域。惑星ベルンから遠く離れた未開の宙域である。それも、ちょっとやそっとで行き着けない距離だ。
有望な鉱脈が眠る惑星が数多くあり、開発業者だけではなく、海賊など無法者が跋扈している。だから阿刀野レイを指名したというのもわからないではないが…、どうもおかしいのだ。
それに、極東地域には、宇宙一の海賊団として恐れられているコスモ・サンダーもいる。これまでレイが極力出会わないようにしてきた相手である。
すっきりしない気分を抱えたまま、レイは目的地へと進路を取った。
何事もなく一両日が過ぎた。それでも、まだ半日以上はかかる。せまい宇宙船で立ったり座ったり、時には簡易ベッドに横になったり。いい加減に疲れてきたランディであるが、ずっと操縦席に座っているレイはもっと負担が大きいだろう。
「自動操縦にして、少し眠ったらどうだ。何かあったら起こすから」
「ん~。飛びながらのんびりしてるから、疲れてないよ。あと、少しだろ」
宇宙を飛んでいる限り、少しも疲れず、退屈すらしない相棒を見て、
「ほんと、あんたは飛ぶのが好きだよな。感心するよ」
「そうだね」
相づちを打ちながら、レイは我ながらあきれるくらいだと思う。
変わり映えのしない風景なのに見飽きることがない。宇宙を飛ぶと、レイはいつも自然の神秘を感じるのである。
「初めて宇宙船を操縦したとき、俺は自由を手に入れたと思った。それまで地上に縛り付けられていたから、ものすごく新鮮だったんだ。どこへでも行ける翼を手に入れた、そんな感じだったよ。危なっかしい操縦だったけど、いつまでも飛び続けていたかった。この宇宙は俺の考えも及ばないほど遠くまで続いていると思うとワクワクしたし、いつか宇宙の果てまで行こうと思ってた」
珍しく饒舌だったレイがふと言葉を途切らせた。
何か言いかけたランディは、遠い目になっているレイに気がついた。楽しいことでも思い出すように微笑むレイを見て、ランディはしばらくこのままにしておいてやろうと思ったのだった。
俺は宇宙と一体になっている時だけ、いやなこともつらいことも全部忘れられた。だから、あの時も。飛ぶことを辞められなかった。コスモ・サンダーから逃げ出したとき。
リュウと二人で、どこかの惑星で地に足をつけて暮らしていれば、二度とコスモ・サンダーの噂を聞くことなどなかったのに。捕まるのではないかと心配することも、マリオンの名に怯えることも。
でも、飛ぶことを諦めきれなかった。
どこまでも広くて、大きくて、深くて…。俺を包み込む漆黒の闇。煌めく星々。
俺は宇宙が好きだから。飛ぶのが好きだから。
そのせいで命を落とすなら、それでもいい。
漆黒の闇に浮かぶ星々は、それぞれに違う色を帯び、輝き、くすみ、消えていく。
悠久の時をかけて繰り返される営み。
その星々を懐に抱いているのが大宇宙である。星々は、どんなにあがいても、その中からは決して逃れられない。
この宇宙を、星々の間を巡る小さな宇宙船。そして、宇宙船を操る操縦士たち。
そのなんとちっぽけで、取るに足りない存在であることか…。
それでも、この闇を自分のものにしたい。できるなら、星々のひとつになりたい。
それが無理なら、せめて宇宙船と一体となって、感じるままに。
流されるままに。
好き勝手に宇宙を飛び回りたい。
深い闇を陵辱しつくすまで。
何ものにも縛られずに。
誰にも命じられずに。
ただ、心のおもむくままに宇宙船を駆って。
宇宙の果てまででも。
「レイ、すまないな。病み上がりだってのに、遠い極東地域まで届け物なんて」
気遣いの混じるランディに、
「久しぶりに遠出ができて、結構楽しんでる。俺は誰もいない、広くて深い、この宇宙に溶け込むのが好きなんだ。謝ることなんてないよ。
…それにここしばらく、故障やら病気やら、ランディには迷惑かけっぱなしだからね。ちょっとくらい恩をきせとかないと」
レイがにこりと笑って応えた。
病気で10日ほど休んだから仕事が立て込んでいたのだ。代わりの操縦士を手配してこなしていたのだが、レイにしか届けられない荷物もある。レイご指名の企業も多い。
どんな危険な宙域をも恐れず、確実にブツを届ける『美貌のクーリエ』として、超一流のお墨付きをもらっているのだから、当然ではあるが。
ただし、取引先筆頭であった『メタル・ラダー社』と仲違いをしてから、それほど難しい依頼は入っていないはずであった。
鉱山業で名を挙げ、あらゆる宙域で惑星開発を進める大企業。メタル・ラダー社関連の仕事は、これまで、かなり危険度が高かったのである。
それでも。
阿刀野レイを名指する企業は多く、休めば確実に負担がかかってくる。もちろん、宇宙船に乗って指定された場所まで飛ぶことに関して、レイにはなんの不満もなかった。それが仕事であるし、飛ぶことは息をするのと同じくらい、レイにとっては自然なことだから。
ただ…。今回は、はめられたのではないかといういやな予感が渦巻いていた。ランディのせいではないと言い聞かせているのだが、レイはどうにも腹の虫が収まらなかった。
受けた仕事は、機器の見本を惑星シーラに届けるという危険度の少ないものであった。距離はあったが、誰に頼んでもよさそうな簡単な仕事。それをレイご指名で、高額のギャラで…、おいしい話であると判断したランディがふたつ返事で引き受けた。
ところが、惑星シーラで機器を受け渡しする際に別の荷物を頼まれたのだ。それがメタル・ラダー社社長宛の書簡だった。しかも、大切な書簡だから、本人に直接手渡してほしいという条件付きである。
帰り道にとか、ついでにという話ならわかる。ところが、届け先は極東地域。惑星ベルンから遠く離れた未開の宙域である。それも、ちょっとやそっとで行き着けない距離だ。
有望な鉱脈が眠る惑星が数多くあり、開発業者だけではなく、海賊など無法者が跋扈している。だから阿刀野レイを指名したというのもわからないではないが…、どうもおかしいのだ。
それに、極東地域には、宇宙一の海賊団として恐れられているコスモ・サンダーもいる。これまでレイが極力出会わないようにしてきた相手である。
すっきりしない気分を抱えたまま、レイは目的地へと進路を取った。
何事もなく一両日が過ぎた。それでも、まだ半日以上はかかる。せまい宇宙船で立ったり座ったり、時には簡易ベッドに横になったり。いい加減に疲れてきたランディであるが、ずっと操縦席に座っているレイはもっと負担が大きいだろう。
「自動操縦にして、少し眠ったらどうだ。何かあったら起こすから」
「ん~。飛びながらのんびりしてるから、疲れてないよ。あと、少しだろ」
宇宙を飛んでいる限り、少しも疲れず、退屈すらしない相棒を見て、
「ほんと、あんたは飛ぶのが好きだよな。感心するよ」
「そうだね」
相づちを打ちながら、レイは我ながらあきれるくらいだと思う。
変わり映えのしない風景なのに見飽きることがない。宇宙を飛ぶと、レイはいつも自然の神秘を感じるのである。
「初めて宇宙船を操縦したとき、俺は自由を手に入れたと思った。それまで地上に縛り付けられていたから、ものすごく新鮮だったんだ。どこへでも行ける翼を手に入れた、そんな感じだったよ。危なっかしい操縦だったけど、いつまでも飛び続けていたかった。この宇宙は俺の考えも及ばないほど遠くまで続いていると思うとワクワクしたし、いつか宇宙の果てまで行こうと思ってた」
珍しく饒舌だったレイがふと言葉を途切らせた。
何か言いかけたランディは、遠い目になっているレイに気がついた。楽しいことでも思い出すように微笑むレイを見て、ランディはしばらくこのままにしておいてやろうと思ったのだった。
俺は宇宙と一体になっている時だけ、いやなこともつらいことも全部忘れられた。だから、あの時も。飛ぶことを辞められなかった。コスモ・サンダーから逃げ出したとき。
リュウと二人で、どこかの惑星で地に足をつけて暮らしていれば、二度とコスモ・サンダーの噂を聞くことなどなかったのに。捕まるのではないかと心配することも、マリオンの名に怯えることも。
でも、飛ぶことを諦めきれなかった。
どこまでも広くて、大きくて、深くて…。俺を包み込む漆黒の闇。煌めく星々。
俺は宇宙が好きだから。飛ぶのが好きだから。
そのせいで命を落とすなら、それでもいい。
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