上 下
17 / 108

3 操縦訓練マシーン

しおりを挟む
 レイが足を踏み入れた部屋は、広くて整然としていた。その中に、いくつものカプセルが並んでいた。

「まだ訓練生が使っているのもありますが。あの端のマシーンが、先ほどまで阿刀野くんが使っていたものです」

 レイが近寄ろうとするのを見て、スティーブがあわてて声をかけた。

「教官用コントロールブースのモニターで操縦プログラムを再現しようかと思っていたのですが…」
「乗ることはできないんですか。ここに所属する訓練生しか使えないんでしょうか」
「そんなことは、ないですが…」

 スティーブはつい答えていた。
 ほんとうは、この操縦ルームは訓練生や兵士たち専用である。ミスをすればきついダメージが待っているから、一般人に勝手に使われては困るのである。
 しかし、操縦を生業にしているなら…とスティーブは勝手に判断する。

「ゲームと違って訓練用のプログラムなので、操縦ミスをしたり、宇宙船にダメージがあったりすると、操縦士にもそれなりの苦痛が与えられるようになっているんですよ。急激な重力とか、回転とか。慣れていないと、なかなかキツいですから…」
「聞いています。でも、スムーズに操縦できれば大丈夫なんでしょう?」

 レイはにっこりと笑った。

「それはそうですが…」
「こう見えても、身体は丈夫にできています。リュウが耐えられるなら、俺にも耐えられます」

 言い切ったレイが、止める暇もなくするりと操縦席に収まった。手際よくレシーバーを付ける。
 カプセルから引きずり出すのもおとなげないかと諦めたスティーブは、レシーバーを通して、レイに声をかけた。

「操縦は普通の宇宙船と同じです。阿刀野さんは初めてだから、簡単なプログラムで操作を試してみられますか?」
「できれば、リュウがミスったプログラムをやらせてください」

 スティーブはしぶしぶプログラムをセットした。自分で言ったんだから、後で泣いてもしらないぞと思いながら。
 レイの目の前のスクリーンが離陸を待つ宙港の様子に変わった。テイクが始まったのだ。

 ──ふ~ん。本格的だな──

 レイはいつものように左手を操縦レバーにかけた。
 慣れた宇宙船ではないが、コンピューターのモニターを確認しながら、右手は滑るようにパネルを操作していく。
 スムーズな離陸。そして、指示された宙域へと進路を取る。すばやくワープをこなすと…、飛び出したところが荒れた宙域という設定だった。
 浮遊物がいくつも行く手を遮る。レイはその宇宙嵐に果敢に挑んでいく。現実にはめったにない状況である。
 同じ障害物の多い宙域でも、小惑星帯とは異なり、自然の宙天が起こす宇宙嵐になどなかなか遭遇できないのだが…。それは、強い嵐の中で航路を保ちながら、次々に現れる浮遊物をかわしていくプログラムであった。

 宇宙塵の中に突入すると視界が利かなくなった。レーダーを頼りに進む。
 と、突然目の前に現れた大きな障害物。
 レイは、考えることもなくその浮遊物をミサイルで粉々にふっとばした。反射神経が勝手に仕事をしたというところだ。そして、その真ん中を悠然と突っ切っていく。
 目的地へのタイム設定があるのも気に入った。難しい設定であればあるほど、チャレンジ精神をかき立てられるレイである。何だか楽しくなってきて、踊るような操作でクリアしていくと、さっと視界が開け、目的地の宙港が見えてきた。
 流れるように着陸する。タイムもらくらくクリアしていた。

 スクリーンに「パーフェクト!」と点滅が現れ、テイクが終わったことを告げていた。
 5分程度の短いテイクであるが、決して簡単とは言えないプログラムである。
 阿刀野の兄がそこそこの腕だろうと思ってはいても、ひどいダメージを与えてしまわないかと心配していたスティーブは、あまりにも鮮やかな操縦に目を奪われた。
 いくつもの浮遊物を何でもないように避け、避けきれない大きな浮遊物は一瞬の迷いもなくミサイルで吹き飛ばした。実践慣れした技術。そして、パーフェクトの表示。
 コンピュータは小さなミスも見逃さないので、完璧にこなしたつもりでもパーフェクトの表示が出ることはめったにないのである。スティーブ自身がやっても満点に届かないことが多い。
 それが…、コンピュータはレイの操縦にミスひとつ見つけられなかったのだ!
 スティーブはレシーバーを通じてレイに話しかけた。

「このテイクは簡単すぎたようですね」
「リュウはどこで操縦不能になったんですか。こんな簡単なシーンでミスっているようでは、実際に宇宙船を飛ばすのはまだまだ先ですね」

 レイが溜め息をついたのを耳にして、スティーブは憤然とした。
 士官訓練センターでは、離陸、着陸、ワープ、スムーズな宙空操作ができるようになれば本物の宇宙船を使った宙域での訓練に移ることができる。
 そして、もしもの時のために、めったに出会うことのない悪条件下での操縦をバーチャルで体験する。この障害物の多いプログラムは、悪条件下のプログラムの中でも仕上げの部類に入るのだ。それなのに!

「もう少し高度なプログラムを試してみられますか」
「いいんですか! できれば、おもしろいものを試したいな…」

 スティーブの頭に、つい先日、タクが送ってきた戦闘シーンの盛り込まれたプログラムが思い浮かぶ。
 暇な時にチャレンジしようとセットした試作品である。スティーブ自身は先日、ひとつめのプログラムを試して散々な目に遭っていた。
 この男は、先ほど簡単に障害物をクリアした。確かな腕をもっているとスティーブは確信していた。

 しかし。自然の中で起こる宇宙嵐や宇宙塵、浮遊物、小惑星帯と違って、戦闘では相手、つまりコンピュータが攻撃を仕掛けてくる。
 たとえばチェスで、コンピュータの創り出した名人相手に、無謀な闘いを挑むようなものである。操作ミスをすれば、当然のように強烈なダメージ。
 タクがお遊びで作るプログラムは訓練用というより趣味の世界である。意外性にあふれていると言えば聞こえはいいが、めったに遭遇することもない設定のため訓練生や士官用のプログラムに採用してもらえない。
 訓練生はもちろん、操縦士を鍛え直すリプログラムとしても難しすぎると批判されている。

「訓練生にはやらせていない戦闘プログラムがあるんですが、いかがですか?」
「へえっ~、戦闘ですか。おもしろそうですね。戦闘なんて、普通は体験できない、バーチャルならではですね」
「ただし、宇宙船を大破させたりしたら強烈なダメージを食らいますよ。それでも、よろしいですか」

 スティーブが念を押す。

「もちろんです。実践で宇宙船を大破させたら命がないですからね。強烈なダメージがあってもおかしくない」

 舌なめずりしそうな、うれしそうな声であった。
 脅しはきかない。訓練生の保護者を気絶させたりしたら、なにをやらせたのだと注意を受けるかもしれない。
 しかし、責任を取って教官を辞めろとまではいわれないだろうとスティーブは覚悟を決めた。

「では、プログラムをスタートします。辞めたくなったら、いつでもおっしゃってください。強制終了しますから」
「ラジャー」

 レイは、管制官に応じるように、気軽な返事をした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

妾の子だった転生勇者~魔力ゼロだと冷遇され悪役貴族の兄弟から虐められたので前世の知識を活かして努力していたら、回復魔術がぶっ壊れ性能になった

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
◆2024/05/31   HOTランキングで2位 ファンタジーランキング4位になりました! 第四回ファンタジーカップで21位になりました。皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!! 『公爵の子供なのに魔力なし』 『正妻や兄弟姉妹からも虐められる出来損ない』 『公爵になれない無能』 公爵と平民の間に生まれた主人公は、魔力がゼロだからという理由で無能と呼ばれ冷遇される。 だが実は子供の中身は転生者それもこの世界を救った勇者であり、自分と母親の身を守るために、主人公は魔法と剣術を極めることに。 『魔力ゼロのハズなのになぜ魔法を!?』 『ただの剣で魔法を斬っただと!?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ……?』 『あいつを無能と呼んだ奴の目は節穴か?』 やがて周囲を畏怖させるほどの貴公子として成長していく……元勇者の物語。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

処理中です...