12 / 52
3 社長に抜擢された男
しおりを挟む会談から1カ月。レイモンドの動きは早かった。
だが、ケイジ・ラダーの対応はそれ以上に素早やかった。さすがに、宇宙でも一、二を争う大企業の総帥である。
レイモンドが幹部を集めコスモ・サンダーの展望を語っている間に、ケイジ・ラダーは社内でラジン鉱脈発見とコスモ・メタル社創設、さらにはコスモ・メタル社の社長には外部の人間を抜擢すると宣言し、組織図を描いて見せたのだ。
コスモ・サンダー内部では総督の新事業に誰も口を挟むものなどいない。総督の命令であれば、幹部たちは文句を言わずに従うだけである。
企業であるメタル・ラダー社ではそうもいかないだろうに。
明日の朝、プレス発表をするとレイモンドに連絡があったのが日曜日の午後。そして、翌月曜日の午前中には、全宇宙がコスモ・メタル社の話題で持ちきりとなった。
超貴重なラジンの鉱脈発見と大企業メタル・ラダー社100%出資の開発会社設立の発表に、鉱物関連の企業だけではなく、さまざまな企業、連邦の行政機関、宇宙軍、果ては海賊や悪徳業者までが色めき立った。
とてつもなく大きな金が動く事業であった。少しでも利権を得たい、おこぼれにあずかりたいと思うものは少なくないのだ。
そんな中、注目を浴びたのが、社長に抜擢された男である。
阿刀野レイ。その名を知るものは、メタル・ラダー社にもほとんどいなかった。
社内の役員でもなく、企業家として何の実績もない男に今後のメタル・ラダー社を左右する事業の舵取りを任せるなどとは。社内での猛反対を押し切ったケイジ・ラダーも、発表と同時にわき起こったマスコミ、各企業からの相次ぐ問い合わせに、四苦八苦していた。
それもそのはず。
発表の折りに出された阿刀野レイのプロフィールは簡単なもので、クーリエとしての業績がわずかに添えられていただけであったから。
その日の夕刻にはコスモ・メタル社の幹部会が開かれるということで、新しく社長になった男の顔が少しでも拝めるのではないかと、全宇宙が注目したのは当然の結果であった。
宇宙軍第17管区、いわゆる極東地区の基地でも、一般人と変わらず、朝からその話で持ちきりであった。
「阿刀野隊長。ニュースを見られましたか?」
パトロールからもどってくるなり、エヴァに声をかけられた。
「何か大事件でも起こったのか?」
「はい。メタル・ラダー社がラジン鉱脈を発見したそうです」
「ほう、それはすごいな」
リュウは自分たちを慈しむように見ていたケイジ・ラダーの顔を思い出して、よかったなと思った。ところが、その話には続きがあった。
「それで、惑星開発のための子会社を作るそうなんですが、その社長に抜擢されたのが阿刀野レイだと発表があったんです…」
「なんだって!」
「同姓同名かもしれないですが、阿刀野は珍しい名字なので…」
リュウの後ろで話を聞いていたルーインは驚きもしない。
「ずいぶん前から、ミスター・ラダーが口説いていたからな。レイさん、決心したんだ」
「えっ!」
「口説いていたってどういうことだ」
「阿刀野さんは生きておられるんですか」
エヴァとリュウが、同時にルーインに詰め寄った。
「ああ、レイさんは生きている。レイさんに初めてケイジ・ダラーに会わせてもらったとき、その話がでた」
ルーインは2人に簡潔に応えてから、言葉を続けた。
「いろいろあったけど、こっちの世界に戻ってくるのかな」
「俺には関係ない!」
「阿刀野…」
訳の分からない会話に焦れたエヴァが叫ぶ。
「隊長! 阿刀野さんが生きていることを、ご存じだったんですか」
「あ、ああ。もう半年以上前か…、偶然、会った」
そして、手ひどく捨てられた。もう、俺はレイには必要のない人間だと思い知らされた。
それなら知らせてくれたらいいのにと文句を吐いてから、エヴァがひとりごちる。
「阿刀野さんが生きていて、コスモ・メタル社の社長になるのか。こりゃあ、経済ニュース見逃せないな」
「経済ニュース?」
「ええ。今夕、コスモ・メタル社の組織決めがあるとかで、もしかしたら、新社長の姿がわかるのではないかと、テレビクルーがメタル・ラダー社に押しかけています。ダンカンたちにも知らせないと」
失礼しますと駆けだしたエヴァの後ろ姿を、リュウとルーインは唖然として見送った。
「レイがニュースに出る?」
自分を捨てていった相手なのに、それでも顔をみたいと思う。声を聞きたいと思う。だが、それは、遺言のビデオと同じで、遠くなったことを知らされるだけだ。
定刻。メタル・ラダー社本社で、コスモ・メタル社の第1回経営会議が始まった。
ケイジ・ラダーに請われて社長としての挨拶に立ったレイモンドは、若いにも関わらず、威厳があった。淡いグリーンのシャツに上質なモスグリーンのスーツを着たレイモンドは、不思議なことに企業人に見えた。
驚くほどの美貌で、冷静に事業の概要を語る口調には説得力があるが、ひとかけらの笑みすらみせない整いすぎた美貌は、冷酷そうで、企業のトップに立つ人間にふさわしく見えた。
ところが、一通り組織説明をし終わって幹部たちを見渡した後、レイモンドの顔がふっと綻んだ。その笑顔に、コスモ・メタル社に出向する人間も、メタル・ラダー社の幹部連中もはっと目を見張ったのだ。
「ふむ。彼が新会社を引っ張ってくれることはわかっていたが…、商談の席でこの笑顔を見せられたら、どんなやり手でも厳しい条件など突き付けられないだろう。営業面でも、わたしがフォローする必要はなさそうだ」
ケイジ・ラダーがうれしそうにつぶやいた。
「そうですね。うちの連中、メロメロになってやがる」
開発チームのチーフ、ジャック・ワイズが応える。
メタル・ラダー社では、阿刀野レイを囲んで、和やかな会話が続いていた。
一方、宇宙軍第17管区、極東地区基地では…。
「おいっ。ほんとうに阿刀野さんが社長なのか」
「黙ってろ。ほら、聞き逃したじゃないか」
「レポーターの話なんかどうでもいいから、早く新社長を映してほしいぜ」
メタル・ラダー社の前で陣取るテレビクルーたちは、いまだに待ちぼうけを食らわせられているのであった。
「出てきたぞ」
「おっ、ケイジ・ラダー氏じゃないか」
みなが息を詰めて見守る中、メタル・ラダー社の玄関前に現れたのは、総帥ケイジ・ラダーと幹部連中であった。
「コスモ・メタル社の新社長はどなたですか!」
あちこちのレポーターから同じような質問が飛ぶ。それを手で制したケイジ・ラダーは、代表して抗弁をする。
「今日のところはテレビに映ることは勘弁してほしいそうだ」
「そんな! 全宇宙が新社長のコメントを待っていたのに!」
「もったいぶらずに出せよ!」
というレポーターの声に思わず「そうだ、そうだ!」と叫んでしまったのは、リュウの部下たちだけではなかっただろう。
「なにぶん、シャイな男でね。だが、統率力、経営手腕は期待してもらっていい」
ケイジ・ラダーはそれだけ言うと、さっと社屋へと引っ込んでしまった。納得できないレポーターたちに運悪くつかまった幹部たちは、さんざん質問攻めにあった。
「まだ、若い。30歳前後で、美貌の持ち主だ」
「いや、会社の体制や組織は、なかなかしっかりしているよ」
「ああ。コスモ・メタル社をうまく動かしていくだろう」
「あの顔で援助を頼まれたら、我々も断れそうにないしな」
そんな応えを引き出したレポーターたちだが、わかったのは美貌の若者であるということ。経営に関してはしっかりしているということくらいであった。
この場に出てこないことで、よりミステリアスな感じがして、阿刀野レイという男への興味はますます深まった。一部の経済人たちは、それが狙いなんじゃないかと揶揄するほど。
しかし、誰も、阿刀野レイがコスモ・サンダーの総督だから、おいそれと顔を現すわけにはいかないなどとは、想像すらしなかった。
阿刀野レイが登場しなかったことで、部下たちがブーたれているのを聞きながら、リュウは無言でスクリーンを眺めていた。
──会いたい。会いたくない。会いたい。会いたくない。会いたい──
リュウの心の中は、そんな思いがぐるぐると回っている。
宇宙軍にいる限り、会うことはないのだろうか。そう思うと、ほっとすると同時に、ひどく寂しい気がした。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。
紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。
アルファポリスのインセンティブの仕組み。
ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。
どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。
実際に新人賞に応募していくまでの過程。
春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)
ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~
にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。
その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。
そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。
『悠々自適にぶらり旅』
を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。
〈本編完結〉ふざけんな!と最後まで読まずに投げ捨てた小説の世界に転生してしまった〜旦那様、あなたは私の夫ではありません
詩海猫
ファンタジー
こちらはリハビリ兼ねた思いつき短編として出来るだけ端折って早々に完結予定でしたが、予想外に多くの方に読んでいただき、書いてるうちにエピソードも増えてしまった為長編に変更致しましたm(_ _)m
ヒロ回だけだと煮詰まってしまう事もあるので、気軽に突っ込みつつ楽しんでいただけたら嬉しいです💦
*主人公視点完結致しました。
*他者視点準備中です。
*思いがけず沢山の感想をいただき、返信が滞っております。随時させていただく予定ですが、返信のしようがないコメント/ご指摘等にはお礼のみとさせていただきます。
*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*
顔をあげると、目の前にラピスラズリの髪の色と瞳をした白人男性がいた。
周囲を見まわせばここは教会のようで、大勢の人間がこちらに注目している。
見たくなかったけど自分の手にはブーケがあるし、着ているものはウエディングドレスっぽい。
脳内??が多過ぎて固まって動かない私に美形が語りかける。
「マリーローズ?」
そう呼ばれた途端、一気に脳内に情報が拡散した。
目の前の男は王女の護衛騎士、基本既婚者でまとめられている護衛騎士に、なぜ彼が入っていたかと言うと以前王女が誘拐された時、救出したのが彼だったから。
だが、外国の王族との縁談の話が上がった時に独身のしかも若い騎士がついているのはまずいと言う話になり、王命で婚約者となったのが伯爵家のマリーローズである___思い出した。
日本で私は社畜だった。
暗黒な日々の中、私の唯一の楽しみだったのは、ロマンス小説。
あらかた読み尽くしたところで、友達から勧められたのがこの『ロゼの幸福』。
「ふざけんな___!!!」
と最後まで読むことなく投げ出した、私が前世の人生最後に読んだ小説の中に、私は転生してしまった。
美少女だらけの姫騎士学園に、俺だけ男。~神騎士LV99から始める強くてニューゲーム~
マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
異世界💞推し活💞ファンタジー、開幕!
人気ソーシャルゲーム『ゴッド・オブ・ブレイビア』。
古参プレイヤー・加賀谷裕太(かがや・ゆうた)は、学校の階段を踏み外したと思ったら、なぜか大浴場にドボンし、ゲームに出てくるツンデレ美少女アリエッタ(俺の推し)の胸を鷲掴みしていた。
ふにょんっ♪
「ひあんっ!」
ふにょん♪ ふにょふにょん♪
「あんっ、んっ、ひゃん! って、いつまで胸を揉んでるのよこの変態!」
「ご、ごめん!」
「このっ、男子禁制の大浴場に忍び込むだけでなく、この私のむ、む、胸を! 胸を揉むだなんて!」
「ちょっと待って、俺も何が何だか分からなくて――」
「問答無用! もはやその行い、許し難し! かくなる上は、あなたに決闘を申し込むわ!」
ビシィッ!
どうやら俺はゲームの中に入り込んでしまったようで、ラッキースケベのせいでアリエッタと決闘することになってしまったのだが。
なんと俺は最高位職のLv99神騎士だったのだ!
この世界で俺は最強だ。
現実世界には未練もないし、俺はこの世界で推しの子アリエッタにリアル推し活をする!
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~
りーさん
ファンタジー
ある日、異世界に転生したルイ。
前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。
そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。
「家族といたいからほっといてよ!」
※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる