宙(そら)に願う。

星野そら

文字の大きさ
上 下
11 / 52

2 脅し

しおりを挟む
「冗談だよ。で、なに?」
「実は、少し前になりますが、連合宇宙軍のライトマンと名乗る男から連絡がありました。第17管区、極東地区の司令官だそうです」
「おまえのことを知っていて連絡してきたのか?」

 アレクセイが連合宇宙軍に所属していることを知っていて、コスモ・サンダーの情報を引き出そうとしたのか。とレイモンドは言外に訊いた。

「いいえ、違います。僕はライトマンを知りませんし、その男も僕のことを知らないようでした。新しくコスモ・サンダーの極東地区司令官となった男に挨拶がしたい、会いたいと言われました」
「司令官から司令官への表敬挨拶? それで?」
「会う必要性を感じなかったので、どうして、会わなければならないのかと訊きました」

 レイモンドは操縦席から身を乗り出すようにして、アレクセイの話を聞いていた。

「すると、自分はこれまでコスモ・サンダーに便宜を図ってやったと言うのです」
「便宜ねえ」
「どうも、イエロー・サンダーのトニーと通じていたようで…。はっきり言うと、賄賂をもらって、略奪を見逃していたようです」
「……、宇宙軍でもそんなことをするんだ!」
「ええ、軍の権力を嵩に着て、うまい汁を吸っているヤツがいるってことは聞いていましたが、僕も残念です」
「で、どうしたの?」
「もちろん、断りましたよ。新生コスモ・サンダーは民間から略奪などしない。宇宙軍と敵対する行為も禁じられている。だから、便宜を図ってもらう必要はないと、はっきり言いました。それでも…」
「それでも?」
「それなら、これからは取り締まりを厳しくしよう。おまえたちも極東地区の宙域を飛ばねばならないだろうと」
「脅されたんだ」
「はい」
「どんなヤツだった?」
「通話のやり取りでしたから、はっきりとはわかりません。しかし…、自分の策にうぬぼれている嫌なヤツ。極東地区に飛ばされてきている者は多かれ少なかれ、問題アリだという噂でしたが…。
 犯罪者や海賊を取り締まり、宇宙の平和を保つはずの宇宙軍が、宇宙の規律を守る立場なのに、トニーと組んで民間船が襲われるのを見逃していたなんて、許せません。しかも部下たちを指揮する司令官という立場でありながら!」
「そうだね。あっ、連合宇宙軍極東地区の司令官というと、リュウの上官になるね」

 ツキンとうずく心の痛みを無視して、レイモンドが聞く。

「そのはずです」
「あいつが宇宙軍に入ったときは、これで俺みたいに違法行為をしなくてすむと喜んだのに…。宇宙軍にも、当たりはずれがあるんだ」

 それは、どこの世界でも同じだろう。望んで仕えたいと思える男など、数えるほどだ。宇宙軍でも、企業でも、そして、海賊の世界でも。
 海賊組織にいながら、その流儀に染まることを良しとしなかった男、海賊組織を変えていこうとしている男の下で働けて幸せだとアレクセイは思った。

「そうですね。それにしても、阿刀野リュウやルーイン・アドラーはどうして、こんな宇宙のはずれに赴任したんでしょうか。セントラルにいればよかったのに。そうすれば、こんな不正に関わることはなかったでしょう。2人とも、それだけの能力はありました。ルーインは有名な軍家の出身ですし、父親の引きもあったでしょう。弟さんも、特殊部隊の男が実行部隊にほしがっていた。それなのに、どうして、第17管区になど…」
「俺がここで消えたから、だと思う。ルーインはリュウに付いてきたんだろう。俺が2人の将来を歪めたのかもしれない」

 リュウは俺を求めてこの地まで追ってきた。死んだとわかっていながらこの地へ。それなのに、俺はここでリュウを突き放した。
 苦々しげな言葉に、アレクセイは罪の意識を感じる。レイモンド拉致の計画を立てたのは自分である。

「大丈夫です。彼らは正義感が強い。おかしいと思ったら、司令官にでさえ意見するでしょう。逆らうだけの力があると思いますよ」
「そう? 上官には逆らうなってリュウに教えたんだけど。上の者と衝突して、俺のように組織から追われるようなことにはなってほしくない…」
「心配は無用です。上官とぶつかると居づらくはなるでしょうが、宇宙軍なら他の部署へ異動することもできます。上官への反抗を繰り返しても、放り出されるだけでしょう。宇宙軍はコスモ・サンダーと違います。殺したり、傷つけたりはしません」
「そうなの?」
「はい。宇宙軍を手ひどく裏切っている僕が、身を隠していますか。僕はタスクフォースという特殊部隊でしたから、一般の兵士たちより裏切りの代償は大きいはずです。その僕ですら、時間が経ったらファイルが闇から闇へと葬られるだけだと思います。誰も殺すために追ってきたりしません」
「ふ~ん。そんなもん?」
「はい。そんなもんです」

 コスモ・サンダーにしても、クール・プリンスほど、その名が知られていなければ。前総督に瀕死の重傷を負わせたのでなければ。全勢力を傾けて追うなどということはしなかっただろう。

「話がそれましたが…。こちらが何もしなくても、宇宙軍が仕掛けてくることもあるんじゃないかと、少し心配しています。細かい宙航法違反を取り締まられたり、惑星への離着陸を禁じられたりしたら、動きがとれませんし。これから、新しい事業を始めるのなら、よけいな争いは避けたいです」
「ん~。そうだけど。これまで被害はあった?」
「いえ、報告は受けていません」
「それなら。もう少し様子をみよう。宇宙軍でも極東地区の全部隊がライトマンに与しているとは思えない。少なくともリュウやルーインはそんなことはしない」

 本当にそうか。
 もし、リュウが自分に恨みを持っていたら。いや、それでも正義感の強いリュウは不正には関わらない。

「はい。でも、実際に何かあったらどうしますか?」
「そのときは…。実力行使、俺がなんとかするよ」

 それでいい? と聞くレイモンドに、アレクセイは肩の荷が降りた気がした。
 レイモンドは簡単には解決できないようなこと、誰もが尻込みしそうなことになると、自分が責任を持つと言う。誰にも押しつけたりしない。
 レイモンドがそんな男だからこそ、アレクセイは自分の仕事は自分でやりたいと思うのだ。

「いえ、極東地区は僕の担当です。どうしても手に余るようでしたら、相談します」

 レイモンドはニコリと笑って「それじゃあ、おまえに任せる」と応えた。

「はい」
「ああ…、惑星ルイーズが見えてきた。きれいだな。昔、第4艦隊にいた頃、ほかの惑星から帰ってくるたびに感動したよ。ここからだと手のひらに載りそうなくらい、小さく見える。この美しい惑星をこの手につかんで、ガラスケースに飾りたいとよく思ったもんだ。
 それなのに、この間の戦いでは、あの惑星にミサイルを撃ち込まなくちゃいけなかった。心が痛かったよ。あの星…、おまえが再建してくれたんだね」

 レイモンドの言葉に、そのやさしい微笑みに、アレクセイはこの数カ月、寝る間も惜しんで働いたのが報われたような気がした。

「ほんとうにきれいですね」
「うん、きれいだ。あそこには、俺の帰りを待っていてくれる人がいた。俺の帰る場所があった……」

 マリオンの顔が浮かぶとともに、なぜかリュウの顔が浮かんだ。
 あいつもベルンの家で、いつも俺の帰りを待っていてくれた…。

「総督、いまもみんなが総督の帰りを、首を長くして待っています」
「そうだな、ポールや近衛隊の連中、おまえの部下たちが待っていてくれる……。だけど、帰ったら、のんびりしている暇はないよ。コスモ・メタル社の話をすすめなくちゃならない。忙しくなるから、覚悟しておいてね」

 アレクセイは小さくうなずいた。
 この人は、弱い顔など見せないけれど、ほんとうは寂しがり屋なのだ。いつも自分の居場所を求めていた。
 誰かが待っていてくれる場所を。帰り着く場所を。

 いまも、きっと…。

 僕はいつか、この人の帰り着く場所になれるだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

宙(そら)に舞う。 〜レイとリュウ〜

星野そら
ファンタジー
宇宙(そら)本編。  阿刀野レイと阿刀野リュウの兄弟は、辺境の惑星ベルンで暮らしていた。  兄のレイは、荷物や書簡、人などあらゆるものを運ぶ『クーリエ』だ。やばい宙域であろうが、たとえ途中で海賊に襲われようが、指定された場所に、指定された時間までにきちんと荷物を届けることで知られ、その整った容貌から『美貌のクーリエ』として高い評価を得るようになっていた。  レイはそれだけの操船技術を持っていた。  一方、弟のリュウは、連合宇宙軍の士官訓練センターへの入校が決まったばかり。これから宇宙軍士官を目指すための訓練を受けることになっていた。  リュウは、宇宙軍に入るつもりはなく、兄と一緒にクーリエとして働きたいと思っていたのだが、レイはリュウと一緒に働くつもりはなかった。  「クーリエなんてつまらない配達屋だし、自分と一緒に宇宙を飛んでいると危険だ」と知っていたから。  レイには知られてはならない過去があったのだ──。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

神様のお楽しみ!

ファンタジー
 気がつくと星が輝く宇宙空間にいた。目の前には頭くらいの大きさだろうか、綺麗な星が一つ。    「君は神様の仲間入りをした。だから、この星を君に任せる」  これは、新米神様に転生した少年が創造した世界で神様として見守り、下界に降りて少年として冒険したりする物語。  第一章 神編は、三十三話あります!  第二章 婚約破棄編は、二十話しかありません!(6/18(土)投稿)  第三章 転生編は、三十三話です!(6/28(火)投稿)  第四章 水の楽園編(8/1(月)投稿)  全六章にしようと思っているので、まだまだ先は長いです!    更新は、夜の六時過ぎを目安にしています!  第一章の冒険者活動、学園、飲食店の詳細を書いてないのは、単純に書き忘れと文章力のなさです。書き終えて「あっ」ってなりました。第二章の話数が少ないのも大体同じ理由です。  今書いている第四章は、なるべく細かく書いているつもりです。  ストック切れでしばらくの間、お休みします。第五章が書き終え次第投稿を再開します。  よろしくお願いしますm(_ _)m

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...