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第一話

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出会いと別れを繰り返し
16度目のこの春は
地獄の寒冬、憂さ晴らし
私が発表いたします。
来たる日曜、入学式は
ちょっと遅めの満開宣言!
あっぱれぺタッと関口宏
しかし当日、迎えた朝は
ご機嫌ななめなサンデーモーニング
終始大雨、下衆天候
張本、ここで思わず「喝だ!!」
ひらり舞うべき花びらは
路側にちりつもマジきたねー
夢に見ていた高校生
なってしまえばこんなものかと
ウサインボルトの一回戦
オンユアマークで無表情
入学したのは手短な
家から歩いて約10分
学力低めの公立高校
決め手になった校則は
略して一言
『法律に...基づくンゴっ!』
そんな高校のスタートぐらい
思い出一つ作ろうと
右耳軟骨ピアス開け
シースルーの前髪に
切りっぱなしボブからの
勢い余って真っ赤に染めた
ちょっと流石にフライング
シャッター音の代わりに聞こえる
屋根を打ち付ける雨の音
低気圧で偏頭痛
真顔参列に赤は派手!
日の丸弁当、日本の心
梅干しに染まった赤いコメ!
こんな感じだと敵は多く
特に女教師は目の敵
「そんなんで将来どうするの?」
でも!
厳しい目線は絶対見ちゃダメ
朝ドラのヒロインにされてしまう
私は避けてカウンター
L字ガードのメイウェザー
遊んで稼ぐぜ!「インフルエンサー!」
どうだ私のパンチライン!
呆れた顔で言うことは
「そんな人生甘くない」
ハイ!出ました魔法の正論の空論
もちろんそんな将来嘘八
でも!
それが仕事になるのが現代日本!
教師でしかないあなたの言葉は
知らない世界の妄想と
又聞きだけのつまらぬ空論
勉強しなくちゃいけないのは
スタンドバイミーの映画だけ!
偉人の言葉は壮大で
私にはスケールが大き過ぎ
聞いて感銘受けたとしても
明日になれば永延ツムツムミッションビンゴ
うちの小さなお椀には
ヤサイマシマシ盛れません!
そんな感じの私には
腑に落ちる言葉は1つだけ
一緒に入った、4人で去年
メイクし登校
絶賛呼び出し頂戴し
4人一のリルガール
霜川芽衣の可愛い反論
涙を浮かべて見せながら
おっさん教師をたじろがす
どこかで聞いた懐かしい
今でも大好きな絶妙な言葉、

「だって、女の子だもん。」

そう私は女の子!
幸せに包まれこの世に生まれ
6月生まれで名前は睦月
七五三、謎のシンデレラ
サンタクロースは必ずくる
らいおんぐみのたかちゃんは
未来の私の旦那さん!
ファーストキッスは
ゆうたくん!

そう私は女の子!
リレーの選手は4年まで
5年生からは手を抜いて
プールが嫌いで大体見学
バレンタインで初告白!
寄生獣観に行ったなぁ...

そう私は女の子!
中2はなんだか機嫌が悪く
今となっては小さいなことさ
ラブレターが下駄箱と
机の中に入ってて
放課後何度か告白されて
(メールのやつはシカトした)
友達の好きな人も中にいて
そしたらその子に無視された
ムカついたから付き合って
体育倉庫に連れ込んだ!
おっとこれは内緒の話
「そういえばあのマット...」
おっとこれは内緒の話!
絶対絶対内緒の話!

だって私は、女の子
だって私は、女の子
だって私は女の子!
だって、女の子だもんっ!

というラップの歌詞をノートに綴り終えた睦月は、授業初日の5時間目、最後の授業を迎えていた。
 「このリリックは才能をスキャナーにかけたとしか言いようがない」というよくわからない表現を、ページの下端に帯書きのように蛍光ペンで付け足したノートを開いたまま、話す教師をじっと見ている。
 教師が睦月に問いかける。
 「成沢、成沢は高校で何を頑張りたい?」
 授業初日を迎えた教室には独特の空気が流れる。自分の意思なく割り振られ、五十音順に並べられただけの、周囲が知らない人間に囲まれた席で、新たな人間関係を作ることを強制される生徒たちは、形式的なやり取りで何かをひた隠しにしながら互いが互いを探り合う。この空気から卒業式には涙を流せるほど親密な関係になる。それが青春だ。一方この空気がいつまでも続くのが町内会だ。社交性を見せつけるかのようにハリキリ、敏感すぎる気遣いがあざとく、真顔で過ごせる話を大きなリアクションで返す、地獄の集会。これを大人は“それが大人“という。
 そんな教室で唯一の大人が教壇に立つ。町内会長もきっとこんな感じだろう。新入生の授業を受け持つたび繰り返してきただろう、形式的なやりとりのお手本を見せる。
 5時間目の授業は現代文。教師は号令と共に黒板に自身の名前を書き始めた。
 「橋下伸夫」。御多分漏れずにフルネーム。呼び名にならない下の名前は覚えられることはない。橋下。むしろ橋本でいい。
 しかしいずれ橋元でもなくなる。位牌に刻まれる戒名に残るのは、馴染みのない下の名のみだ。
 葬式は教師ならでは、大勢の教え子が集まり、焼香には行列ができるだろう。
 遺族に一礼。
 祭壇に一礼。 
 焼香を3つまみ。
 数珠を手に掛け頭をあげる。
 すると目の前には漢字の羅列。
 気を取られながら合掌し、しばらくしてから目を開ける。
 そこには遺体の知ってる顔。
 「伸夫ってんだ。」
 祭壇に一礼。
 遺族に一礼。
 帰宅。
 教え子の不意をつく死者の自己紹介。教師の下の名前は葬式に潜むエアポケットだ。神妙な面持ちになんとも言えない感情が入り込む。「みんなの体操」を見ている時と同じ様に。
 謎の衣装を着た女性達。
 景色のない風景。
 配置の均等すぎる距離間。
 姿の見えない「みんな」達。
 最後の感謝のメッセージがあの時の感情に一瞬遮られる。
「ムカついたけど、あの時叱ってくれて本当にありがとう。」
 女性達の常人ではない動きのキレ。
 「受験で思い悩む中、親身になって背中を押してくれました」
 定期的に切り替わる斜めのアングル。
「先生の卒業式での言葉が今でも私を支えています」
 健康にポジティブなナレーション。
「いつかみんなが集まっても、思い出話をするんじゃなく、高校生活よりもっと楽しいと思える未来を生きていけるよう、前を見て歩いていって欲しい!」
「座りながらの方は上半身を大きく使って」
 昼食後の授業は強烈な眠気が襲う。
 伸夫は、耳にかけれるほど髪が長い。センター分けの茶髪で白髪が混じる。赤いチェックのシャツに白いTシャツを着て、細くて淡い色のジーンズは、若干のダメージ加工がされている。見るからにバンドおじさんだ。
 信男はこの学校の卒業生。音楽が好きで学生時代は軽音部でバンドを組み、今ではその顧問だと言った。この手の人間は自己紹介が省くことができる。つまりモブキャラに最適だ。2度デマになる自己紹介は興味のキャパシティから駄々漏れて、頭の引き出しに無理矢理詰め込まれる。ギターではなくベース。レコードは音が違う。ビートルズが好き。英語の曲名を言う時の生意気な発音。青髭。白Tに浮く乳首。
 生徒と教師も人間関係が基本らしい。自分がどんな人間か知ってもらい、授業に期待を持たせようとしてくる。答えが「はい」か「いいえ」になるような質問を投げかけるのは、合いの手が欲しいわけではなく、クラスの緊張を和らげ、萎縮する生徒のアピールの場にもなると思ってる。
 ただ当然、この時間まで睦月に質問する教師はいなかった。入学式から髪を赤く染めて来た、アピールしすぎの生徒は「はい」か「いいえ」で答えるようには思えない。15歳に舐められるぐらいなら、そっとしておくべきだということはこの学校では熟知されたことだろう。
 信雄の話で裏腹だったのは、生徒会長だったことだ。承認選挙だと想像してしまうが、10人もの立候補者の中から選ばれたらしい。当時の選挙活動は政治家さながらの盛り上がりだったと話した。
 しかし本当に大変だったのは、当選してからだったらしい。選挙戦で掲げた公約を達成するために、学校中を歩き回って、生徒たちの署名を集めたり、反対する教師はもちろん、保護者と何度も協議したらしい。学生にとっての大人はやはり手強く、さらに署名をくれた生徒達の期待が逆にプレッシャーに感じていたらしい。
 そんな教員や保護者に対抗できるよう、反対意見を事前に生徒会一丸となって予想して、計画案を作り、それが実際に討論で上手くはまって有利に立つたびに、不思議とそれまでプレッシャーだった、生徒達の期待が力に変わっていったと話した。
 ようやく念願叶った時は、やり遂げた感動と、仲間の素晴らしさを感じ生徒会全員で泣きあったという。
 実際、生徒会の活動なんて行事ごとに会長が挨拶をして、それを取り巻きが囃し立てているぐらいにしか想像ていなかった。
 そんな時、信長は唐突に体育館の入り口横に何があるか知っているかと、誰を当てるわけでもなく、生徒たちに質問した。反応のない中、信成は、カップ麺の自販機があると 話した。
  カップ麺の自販機。それが当時の生徒会が残した功績だった。
 小気味良い音楽が流れる。
 10人もの候補者の中から当選させた、カップ麺の自販機を設置するという公約。
 「手首の力を抜いて...ブラブラブラ~」
 学校中を歩き回って集めた、カップ麺の自販機を設置するための署名。
 「斜め上に...素早く!素早く!」
 学生にはやはり手強い、カップ麺の自販機を設置に反対する大人達。
 「伴奏者は幅しげみさんです」
 プレッシャーから力に変わった、カップ麺の自販機を設置して欲しいという生徒達の期待。
 「無理はせず、できる範囲でもう一度!」
 生徒会全員で涙した、カップ麺の自販機を設置した達成感。
 「今日も一日ご機嫌よう!」
 織田はそんな高校のときの頑張りが今の自分を作ったと話した。こいつは学生時代の楽しさから抜けだせなかった人間の末路が教師だとでも言いたいのだろうか。
 そんな話をじっと聞き続ける赤髪の女子生徒。そんな姿を見て意外とこの子は真面目なのかも知れない。話を聞いてこの子は何か掴む物があったんじゃないかと思ったのか、織田は睦月に問いかけた。
 「成沢は何を頑張りたい?」
 「えっ、えっとー...あっバイト?」
  睦月はラップの歌詞の最後に付け加えた。
 『でも女の子であるだけじゃ、この世界は少し暇だ』
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