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宿屋の風呂を借りた後、ちゃんとお金を払ってそこを出たルメア。

さっぱりして、気分も良かった。
——あー、最高だ。

風呂は、天空も地上も、気持ちいいものだ。


そんなことを考えていると、ルメアの肩にドンッと誰かの肩がぶつかった。


「っ…………」


よくあるシーンだ。

ルメアはぶつかられた肩を抑えて、歩いてきた道を振り返る。



「痛っテぇなぁっ!!」



そして案の定、ぶつかってきたヤツらが言う台詞。
『痛ってぇなぁ』。

天空では、こうやってルメアに暴言を吐く人物は誰一人としていなかった。
そりゃ、天空で二番目に権力を持つ『竜王』に、暴言を吐いたら、万死に値するからだ。

ぶつかってきておいて、ルメアに殴りかからんとするのは、やはり人間。

「…………謝るのはそっちだろう?」

ため息混じりに、ルメアは両手を上げる。
「はぁっ? 謝んのはてめぇだろォがっ!!」
三人組の、ガタイのいい男たち。

その内の一人が、ルメアの胸ぐらを掴んで殴りかかろうとする。

「……離せ、汚い手で俺に触れるな」

「はぁっ!? コイツ……ッ!!」

イラつかせる態度だし、こんな状態でも冷静なルメアを見て、男たちの血管が切れる。

プツンッとした音がルメアの耳に入ると、胸ぐらを掴んでいた男が、ルメアの頬を強く殴った。


「ぅ……ぐ……っ……」

僅かな悲鳴を残しながら、ルメアは地面を転がって行った。

「…………ッ!」

ツツ……と口の端から血が出る。
殴られた衝撃で、口の中が思いっきり切れてしまった。
ごふっ、と咳き込むと、血が溢れ出てくる。
その場で口の中に溜まった血を吐き出すと、ルメアは服の袖でぐいっと口を拭いた。

「はんっ。舐めた態度取ってるからだよ!」

腰に手を置いて自慢げに鼻を鳴らす男。
その挑発に乗るわけでもなく、ルメアは立ち上がって治癒術を発動させる。


「——〈ヒール〉」


素早く術を発動させて、口の中の傷を癒す。
その俊敏な動きに、男たちは唖然とした。

「……どうした? もう殴らないのか?」

別に、殴られても隙を突いてまた治癒術を使えばいい。
竜王のルメアは、呪文を唱えなくてもすぐに使えるのだ。

「チッ! ムカつくんだよ、お前ぇえっ!」

ルメアを殴った男が振り向いて、仲間である二人に首で指示する。


ダッ、と駆けてきた男三人を、ルメアは欠伸を噛み殺しながら対応した。

一人がルメアの背後を狙ってくる。
挟み撃ちのような感じになったが、ルメアには、どうってことなかった。
「ふぁ~~ぁあ…………」
欠伸をしながら、ルメアはその場から姿を消す。


「「あれ?」」


意図してルメアの身体を挟むように攻撃を仕掛けてきた男二人は、突然消えたルメアに、呆けた声を出す。

そしてそのスピードを緩める間もなく、男は正面からぶつかった。
ゴンッ、と鈍い音がした瞬間、男たちは脳震盪のうしんとうでも起こしたのか、その場で倒れてしまった。


残ったのは、先ほど殴った男。


「……お前は仕掛けて来ないのか?」

ギリッと歯を噛み締める男。
かなり離れた場所にいるが、ヤツの行動が手に取るように分かる。



「貴様ぁあああっ!!!」



すごい怒号と共に、走り出した男は拳を振りかぶる。
「……そんな程度か……」

やはり人間は弱い生き物だ。

そう思いながら、ルメアは彼の拳を簡単に避ける。


「——〈閃衝破せんしょうは〉」


まさかの体術をぶち込んできたルメア。
——自分でも思うが……竜王はチートだな……
何でもアリすぎて、笑ってしまう。

両の手から放たれた強い衝撃波は、見事に男の鳩尾みぞおちにヒットした。


「ぅぐぁああああ…………ッ!!!」


殴りかかってきた体制のまま、後ろへ飛ばされる。
閃衝破は、かなりの威力があることが、コイツのおかげで分かった。

と、いうか体術を使ったのは、今日が初めてだった。

「……おぉ……。かなりの威力……」

自分でも驚いているが、まぁいいや、と言ってその場から立ち去った。


「くっそ…………ッ!!」


飛ばされた男は、壁にくい込みながら、颯爽と去っていくルメアを睨みつけていた。


「絶対に、貴様の顔は忘れんぞ……ッ!」


恨めしそうに唸るが、今はどうしようもない。
仲間の二人はそこで伸びているし、自分は動けない。


「お客さーん。困りますよー」

ふと下から声がして、男は下を向く。
すると、腕を組みなげらケラケラと笑うおっさんがいた。

「んだよ……ジジイ!」


「ジジイて…………。あのねぇお客さん。そこ、ウチの店の壁なのよ」


店主は、まだ『ジジイ』と呼ばれる歳ではない。
まぁ呼ばれても気にしないのだが。


「弁償してくれるかい? 壁にハマるのが好きなのー?」


「はぁっ!? 誰が壁にハマるのが好きなんだッ!!」

「いや、アンタだよ……」
苦笑いを零しながら、店主は男を見上げる。
「ってなわけで……。自力でそこから出てきなよ? オレは助けないからねー」



「助けろよッ!!!!!!」



理不尽すぎる店主に振り回される男は、この怒りを全てさっきの男——ルメアに当てることに決めた。

——全部アイツのせいだ……ッ!


今度アイツを見つけたら、ボコボコにしてや…………。


……いや、待て。
ただボコるのは、なんか嫌だな。

——そうだ…………。

仲間二人を連れて、レイプでもしてやろうかな。


あの野郎が泣き叫ぶ様子を見てみたいと、思ってしまった。

そう考えると、行動するしかないと思った。


……が。


今は、この壁から抜けないといけない。




「だあぁああああっ!!! 抜けねぇえええっ!!!!」



野太い男の声が、一時的に街の中に響いたのであった。
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