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突然家にやって来た男は、ルメアのことを知っているらしい。

が、ルメア本人は目の前にいる男に見覚えが全くなかった。


「ふっふっふ……。私の姿を見て驚くなよ!?」


腰に手を当てて、ルメアを見上げる男。
どんなに言葉が達者でも、身長ではルメアには勝てない。

「……お前、誰なんだよ……」

呆れながらルメアは問いかける。
男は、口を開けてルメアの言葉をリピートする。

「む。そうだった……。まぁ、今から一瞬だけ戻るから、その姿を見てくれ」


眉を寄せて腕を組む男。
どんな姿になろうとも、ルメアはきっと驚かないだろう。

「…………戻るなら早くしてくれないか?」

出来ることなら、早く出ていって欲しい。

南波斗と過ごす時間が、減ってしまうだろう。


そして、まだ腰が痛い。


薬のおかげで、朝イチの激痛は緩和したが、まだ痛いのだ。


「分かった。いいだろう!」


なぜそんなに気分がいいのだろうか。

疑問に思うほど元気がある男は、スゥ、と息を吸った。


ルメアの横には南波斗がいた。
「……人を、呼ぼうか?」
ボソッとルメアの耳元に話しかける南波斗。
「……多分、大丈夫」
ルメアも小声で返事を返す。
そうか、と言って南波斗はルメアの手をぎゅっと握った。

「?」

手を握られたルメアは、驚いて南波斗を見る。


「……あ、変わってく」


南波斗が思わず零した言葉。
その言葉に反応して、ルメアも男に目をやる。

すごい量の光と、魔法陣が男の周りに発生する。

家の中が一気に明るくなる。

「まぶし……っ!」

ここまでの強い光は初めて感じる。

思わず南波斗とルメアも、目を瞑った。


✩.*˚✩.*˚✩.*˚


「もう目を開けて。早くして、私死んじゃうから」


声がして、ルメアと南波斗は目を開ける。
しかもその声は、男の声じゃなく、女そのものの声だった。

そして自分の視界に、姿が映るとルメアは目を見開いた。


その姿には、見覚えがあった。


「……は? なん、で、アンタが……?」



「やっと分かったのか。ルメア、会いたかったよ」


優しく微笑む女神。

目の前にいる、この純白のレースをまとった女。


——ルメアを天空から突き落とした張本人。



「女神〈クリスタ・ガリュー〉!?」


やっと自分のことを分かってくれたルメアに、女神——クリスタは笑う。

そして、一瞬にしてまた少年のような姿に戻った。


「なぜアンタがここに!?」


女神が地上に降りてきてどうする。
——アンタは天空にいなくちゃダメだろ!?


「なぜって、謝りに来たんだよ」


——俺を突き落とした案件か……? あん?

思い出したくもない過去なのに。
一体全体、何に謝るのだ。


「……あのね。あれは、事故なの」

「事故? 落とすっていう意思があったんだろ?」

女神だろうと、この話になると地位は関係ない。
「いいえ。あの時の私の服装、覚えているか?」

男女の喋り方が合わさったような感じ。

——こんな喋り方だったか?

しばらく会っていなかったから、覚えていない。

「…………なんと、なくなら……」


あの時は、確か……。

やたらと裾が長い服を着ていた気がする。
いつもみたいに白い服を着て、変な杖を持っていた。


「ルメアに会う前にやっていた仕事で、かなり疲れが溜まってて」


クリスタは、本当に申し訳なかった、とずっと思っているらしく、語尾が弱々しい。


「……足元まで気が回らなかったのだ……」


はぁーっ、と深いため息を吐いたクリスタは、ルメアを見て、腰を曲げた。


「すまない……。服の裾につまずいて、しまって……」


女神クリスタは、嘘が付けない。
そういう『呪い』を受けているらしい。
かなり前に、父親から聞いたことがある。

だから、この話もかなり信じられる。

「……本当だろうな?」

黙ってクリスタの話を聞いていたルメアが、おもむろに口を開く。


「ああ! 私が嘘を付けないのは、知ってるだろう?」


嘘ではない。

それはルメアにも分かる。

今までクリスタが、ちゃんと意志を持ってルメアを落としたのだと思っていた。


実際天空から落ちている最中も、「天空に戻ったら死ぬほど文句言ってやる」つもりだったのに。


調子が狂う。


「……………………分かった……。信じよう……」


長い間の後に、ルメアは頷いた。

——ここまでわざわざ来て、呪いを受ける覚悟で嘘を言うことはないだろう。

そんな奴だったら、もっと前からクリスタとの縁は切っている。


「ああ、ありがとう……っ! あの時は本当に申し訳なかった」

「落とすつもりは断じてなかったんだ」と付け足して言う。

ルメアはもういい、と両手を上げてクリスタの言葉を止めた。


「……ルメアはいつ天空に戻るんだ?」


唐突に、クリスタがルメアに問いかける。
「……さぁな」
言葉を濁らすと、クリスタはぷくーっと頬を膨らませた。
「言ってくれたって構わないでしょう」

なにを拗ねているんだか。
別にクリスタに心配されるようなことじゃないし、ルメアの城は、きっとケルラが守ってくれているはずだ。

「必ず戻るから、大丈夫だ」

いつかは戻る。

ルメアの父が、何とかしてくれると言ってくれたのだ。


それを信じて待つしかない。


「……そう。分かった。じゃあ私帰るね」


クリスタは、渋々納得したように頷き、家を出ていこうとする。

「……そうだ。ケルラはどうしている?」

地上に落ちてから、一度も会っていない双子の弟、ケルラ。

ケルラが元気にしているのかが知りたい。


「あ、ああ……。元気にしているよ。君の仕事を代わりにやっているらしい」

ごにょごにょと喋るクリスタに、ルメアはまた質問する。

「……ケルラに何か、されたの……か?」

クスクスと笑いながら、クリスタに質問する。
と、図星を突かれたのか顔を赤らめた。


「…………避けられている……」


ボソッと呟いた言葉に、ついにルメアは吹き出した。

「ぶっはははは!! そ、そうか……! アイツがやりそうな事だな!」

嫌いな奴がいたら、徹底的に嫌うのが、ルメアの弟だ。


きっとクリスタも、今と同じように『竜王城』に足を運んで説明しようとしたのだろうが。

ケルラに追い返されたのだろう。


✩.*˚✩.*˚✩.*˚


あの後、クリスタは天空からのお土産を残して、天空に帰っていった。


「これ、なに?」

「さぁ?」
黙って話を聞いていた南波斗が、机の上に置かれたお土産を手にする。

「……開けてみていい?」
「いいよ」
綺麗な動作で、お土産の箱を開けていく。

カパッと上の箱を開けると、中には可愛らしい飴がいくつか入っていた。



「「飴?」」




予想していたものとは、全然違う物で、二人は拍子抜けしたのであった。


そしてお土産の飴は、めちゃくちゃ美味しかった。





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