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第二十九話 聞こえる声

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 キリナマイ森林への地図を受付からもらい、二人は徒歩で向かう事にした。
距離は、5キロメートル程度であるため、体力づくりになる、という理由だ。
実際は、キルスの中で、マリの身長が伸びますように、という訳合もあった。

 二人は、荷物のほとんどをギルドに預けていたので、身軽な状態である。
そして、キルスが持ち物を担当していた。
だが、男女の差と肉体強化の数値もあるので、
キルスのランニングに対して、マリは、ほぼ全速力だ。

 意外にも疲れない体に、キルスは、慣れなそうな顔を見せる。
そもそも、呼吸が必要ない故の、リズム崩壊に、違和感を覚えていた。
それでも、景色が次々と変わっていく速さへの驚きが、
キルスを一時も止めようとせず、風を切って走っていた。
マリも負けないようにと、懸命に付いて行った。

 やがて、目の前に広がる情景には、緑色が面積を取り始める。
キルスは、スピードを落とし始めた。
マリが、「ふぅー」と安堵の息を漏らす。服の袖で、額の汗を拭きとった。

 だんだんと歩き始めたキルスも、一度、深呼吸をする。
存在確認のために振り返った時に見たマリは、
汗による水分によって、少女ながら妙に艶めかしかった。
キルスは、向きを戻ると、目をつぶって、首を横に振った。
マリが横へと並ぶ。

「これが、キリナマイ森林ですね」
「大きいな......」

 遠くからでも見えていた森林ではあっても、近づくたびに迫力が増していく。
その森林の壮大さに、二人は、言葉を失った。
まるで、憑りつかれたように、開いた口が塞がらないまま、
二人は森林へと入って行った。

 そこでは、二人が言った森とは大きく異なり、
樹木の根元が地表に露わになっていたため、足場が悪い。
山道では無くとも、中へ入って行くには、ジグザクに進む必要があるほどだ。

「で? どうやって、探す?」
キルスが引き攣った顔で、反語を放つ。

「えぇっと......」
アハハと言った顔で、ノープランであることを誤魔化そうとする。

「もう、クエストを受けちゃいましょう!」
マリが、思い切った解決策(?)を講じた。
キルスは、苦笑しながら、「仕方ないな」と言った顔をする。
「うん」と頷くと、マリはポケットから依頼書を取り出した。

「シンコウキダケの採取です。これが、そのモデル図ですよ」
手渡したのは、一枚のキノコの写真。
マッシュルームに似た形であり、茶色がかった黒をしている。
一見、毒キノコであるのだが、食用と書かれていて、何故かマリは一安心する。
そして、すぐに、副作用ありという言葉を発見して、凍るように固まった。

「万が一のため、別行動は、なし。いいか?」
マリは、その万が一というものの正体を考え、固唾を飲んで、頷いた。
確認を得たキルスは、草を足でかき分けるように、ガサガサと、
大きな樹木が並ぶ中を、歩いて行った。

 草を踏み倒してできた道をたどって、マリは付いて行く。
一列に並んで進み、キノコが生えるという樹木を見つけては、探し回った。
数十本にわたる調査をしても、発見は一切できない。

───ガサッ

「ん? 今、何か?」
「どうかしましたか?」

 マリが質問をするが、顔の前に指を一本立てて、耳をすませるキルス。
マリも両耳に手を当てて、聞き耳を立てた。
「風では無いのかな?」と、不思議そうに、真剣なキルスの顔を見る。

───キャッ

「何も、聞こえませんが......」
マリが首を傾げる。それに反応せず、キルスは目を細めた。

「あっちだ!」
突如、道なき森林の、ある方向へ指を差した。
マリの「えっ!」という声をスルーして、その方向へと走り出す。
足元の草に抵抗を感じないような軽やかな動きで、進んでいった。
マリは、困惑したまま精一杯、見失いようにと後を追った。

 森林の中で、木が剥げている平地。
そこに居たのは、銀髪の少女。
そして、一人を囲むようなオオカミの様な魔物が五体であった。

 威嚇しながらも、いつ襲い掛かるか分からないように
「グルルルル」と鳴き声を上げている。
今日の夕食程度に考えているらしく、よだれをポタポタと、地面に落としていた。

 「ガサガサ」と音を立てて、入ってきたキルスに、五体は目を移す。
表情は読めなくとも、睨んでいる事を、すぐにキルスは感じ取った。
キルスは、少女に目をやると、プルプルと震えながら、剣を両手で構えていた。

 「ふぅー」とため息をついて、
キルスは自信ありげに、オオカミの前へ手を前に出す。
犬の習性でもあるかのように、オオカミたちは一歩、後ずさった。
そして、現れる、魔法陣。
マリが追い付いてきたころだった。

───ヒュン、ヒュン、ヒュン

 風を切るような渇いた音が、重複しながら、数秒間、聞こえた。
魔法陣から出ているのは、以前、霊に取りつかれたマリがだした氷の放射魔法。
オオカミたちの体を貫通させては、地面に刺さり、
そのままバタっと倒れる事すらできない連射。
ようやく倒れた死体からは、血がにじみ出る。

 マリとその少女は、呆然とその光景を見た。
生きるためとはいえ、無慈悲な惨殺という名にふさわしい、
オオカミたちの死に様に、キルスは鼻で笑った。
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