猛毒天使に捕まりました

なかな悠桃

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史果を乗せた車は見覚えのある地下駐車場へと入り、指定されている駐車スペースに車を停めた。

外では先に出発していた引っ越し業者のトラックがもうすでに待機しており、基希は急いで自身の部屋へと誘導し空き部屋に史果の家具などを運び入れた。


「ふ、基希さん、何故私の家具たちが、貴方の家に運び込まれてるんでしょうか?」

「俺んに運んでもらうように手配したからじゃね?」

「・・・じゃね、じゃないですよ!!どういうことですか?!何で私が基希さんの家に来なくちゃいけないんですか?!」

あっけらかんとする基希に対し史果はプチパニックを起こしながら頭を抱えた。

「まあ、いいだろ?部屋は丁度余ってたんだし。それに一緒の部屋で寝るわけじゃないんだから・・・ってお前がどーしても一緒がいいって言うなら話は別だけど♪」

「そんなこと言うわけないじゃないですか!!・・・でも、ほら私がいると、その・・・特定の女性とか呼べなくなりますよ?」
(仲睦ましそうに会っていた美女とか・・・)

出そうになった言葉を喉元までにとどめると呆れたような溜息が頭上に降ってきた。

「そんなのがいるなら初めっから史果を住まわせるわけないだろ。そんなことより早く荷物の整理しようぜ」

しらけ顔で荷物の荷解きをする基希に史果は戸惑いながら開いていない段ボールを手に取った。



☆☆☆
「とりあえず、細かい荷物はまた後日ってことで。てか、あそこ会社が借り上げてるアパートだろ?住所変更の手続きとかは総務の方に申請しないとな。あとはー」

「あ、あの」

荷解きが終わり空き部屋に運び終わるとリビングで寛ぎながら基希は自身が淹れた珈琲を一口飲んだ。話が勝手に進み当の本人が置いてけぼりの状態に史果は基希の話を遮った。

「今回の件に関しては確かに助かりましたけど、何も今すぐ引っ越さなくても良かったんじゃないですか?それこそ総務に別の物件紹介してもらえばいいことですし」

「空きがあればいいけどそうじゃなかったら?しかも待ってる間にまた佐伯あいつが押しかけて来ないっていう確証もないだろ。なら、会社からもそんなに変わらない距離の俺ん家に同居する方がベストだし、家賃もその間払わなくていいからお前にとっては一石二鳥だと思うけど。あと、総務に知り合いいるしこのことは内緒にしてもらうから安心しろ」

「そうですが・・・とりあえず、家賃は住まわせてもらってる期間はちゃんと私も払います。そこまで基希さんに甘えれませんし。あと次の物件は早急に総務の物件担当に相談します。決まるまでご迷惑おかけしますがよろしくお願いします」

「・・・まっ、今日は疲れたし下にカフェレストラン併設されてるからなんか軽く食べに行くか」

基希はソファから離れジャケットを羽織ると史果の手を引き部屋から出た。



☆☆☆
食事を終え、一先ず部屋に入った史果は、一日色々なことが起きすぎた疲れと満たされたお腹で気が抜けたのかドッと全身が重くなりベッドへと身体を沈めた。

「なんか基希さんと関わってから生活環境が怒涛の如く変わり果ててるな。なんにしても明日は会社へ行かなきゃいけないし気持ち切り替えなきゃ」

思い起こせば、基希に佐伯との関係を脅され偽装恋人を無理矢理契約させられた。しかも佐伯の裏切りを基希が暴き、何故かありえない方向に・・・そして今、自分でも想定外の期間限定同居に発展。史果は、この現実味のない環境と基希の考えが全く理解し難く目を瞑りながら悶々としていた。

そして、一番気にかかるのは、社内で同僚たちが話していた女性の存在・・・。

コンコン。

『風呂、沸かしたから入れよ』

ノック音が響きドア越しから基希に促され史果は了承し、心身ともにすっきりさせようと入浴の準備を始めた。


「ここにタオル類置いてあるし勝手に使っていいから。あとお湯はこの――・・・」

パウダールームで基希に使い勝手を説明されながら史果は全く頭に入らず圧倒されていた。パウダールームから繋がる浴室は部屋一つ半くらいあるのでは?と思われる程の開放感がある広さ。石タイル調の重厚感あるシックな雰囲気の壁、床は大理石で輝き“このスペースだけでも生活出来ちゃうな”と思わせるほどの広さで造られていた。

勿論、浴室も同様に広々とした空間で浴室内には大画面の浴室テレビが備え付けられ、史果はなるべくになろうと遠い眼差しでどこかを見つめることにした。

「おいっ、聞いてんのか?」

あまりにも反応がない史果に痺れを切らした基希が史果の顔の前に現れ、訝しげな表情で凝視してきた。史果は慌て咄嗟に距離を少し取り首を勢いよく縦に振った。不機嫌そうな顔でも眉目秀麗な男ではそれすらも艶やかな表情に映ってしまうなんて・・・史果は視線を逸らしながら心中呟いた。

「つ、使い方はわかりました。もう大丈夫です」

さすがに近距離での基希の顔は心臓に悪く、心音が彼に伝わらないよう史果は基希をやんわりとパウダールームから追い出した。

(はぁ、心臓に悪いわ・・・ってなんで私こんな動揺してるんだろ?)

我に返り自分の心の変化に戸惑いながらも脱ぎ終えた衣服類を空いた備え付けの棚に置き、浴室へと入った。


「はあー♡絶対これは高級ホテルのスイートルームだわ。心なしかお湯も滑らかに感じちゃう」

頭、身体を洗い身体を包み込む丁度いい温度の乳白色のお湯を張ったバスタブに肩までどっぷり浸かると一気に身体の力が抜け程よい脱力感と爽快感で満たされた。

あまりの気持ち良さに心なしか意識が優しく飛び始めた。眼の奥が暗闇に包まれバスタブの縁に頭を凭れさせ、しばしこの天国な状況を堪能していると、勢いよく浴室の扉が開いた。その音で現実に無理やり呼び戻され、あり得ない光景が目に飛び込んできたことで史果の眠気と混濁した意識は一気に吹っ飛んだ。

「な、な、何やってるんですか?!」

「だってあれから二時間以上経ってんだぞ!何回呼んでも返事はないし、もしかしたら寝落ちして溺れてんじゃねーかって心配で入ったんだよ」

「二時間っ?!そんなに経って・・・それはすいませんでした。って、だからってなんで裸なんですか?」

史果はバスタブに身体を隠すように首まで浸かった。どこに視線を持っていけばいいのか困惑している中、目の前には腰にタオルを巻いた全裸の基希が腕を組み眉間に皺を寄せながら仁王立ちで立っていた。

「俺だって入りて―し」

御尤もな意見を述べられ何も言えず史果は基希を一瞥した。程よく付いた上半身の筋肉はまるで美しい彫刻を見ているような惚れ惚れするほどの色気を放っていた。明るい場所ではっきりと男性の裸体を見た経験の乏しい史果にとって脳内でキャパオーバーを起こしていた。

反対に全くの物怖じしない素振りの基希は特に変わらずシャワーのコックを捻りお湯を出した。

(どうしよ・・・髪の毛洗ってる隙にそーっと出るか・・・でもバレたら裸見られちゃうし。でもそこでしかきっと脱出方法はないよね)

バスチェアに座り髪を洗い出した隙を見計らって史果は気付かれぬようバスタブから出た。タオルで前を隠しながらなるべく音を立てぬよう歩こうとした時、床に飛んでいたシャンプー液に足を取られ転びそうになるところを気づくはずのない基希に支えられてしまった。

「黙って出ようとするからだろ?」

いつの間にか泡が流されていた基希は史果を抱え、意地悪そうな笑みを向けてきた。此方の動きを見抜かれた驚きと同時に、前を隠していたはずのタオルが床に落ちているのを発見した史果は、自分の今の現状を目の当たりにしすぐさまバスタブへと舞い戻る羽目となった。
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