猛毒天使に捕まりました

なかな悠桃

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史果は目の前で繰り広げられている男女の抱擁に茫然としていると基希から今まで聞いたことのない、まるで踏みつぶされたような声を上げ蹲る姿が視界に入り、その状況で意識を取り戻した史果は、傍でしゃがむ基希に慌てて近寄った。

「大丈夫ですか?!」

何故このような状態になったのか史果は全く訳が分からない様子でいると腕を組み仁王立ちで立つ女性が見下ろしながら基希を睨みつけていた。

「触んな、気色悪い!誰が好き好んでと抱き合わなならんのだ!」

「弟?!」

「げほっ、ひでーだなー、かわいい弟に向かって鳩尾ワンパン喰らわすなんて。あーいてー」

「姉?!」

「そっ、“ヤマメ先生”は実は俺の姉なんだー、あっ!でも内緒ね、ややこしくなると面倒だから」

史果はパニックになりながら双方の顔を見るのに視線を行ったり来たりさせていた。涼香は不快そうに溜息をつくと玄関のドアを全開にし、「入んな」そう言うと史果は辛そうにしている基希を抱え支えるように立ち上がらせた。しかし、その姿を見た涼香は呆れ顔で史果に声をかける。

「それだから。コイツ学生の時、格闘技やってて、ある程度身体鍛えてるからあのくらいのパンチなんてダメージないはずよ」

「へっ?」

すぐさま基希に視線を向けると、企みがバレた悪戯っ子のような表情で此方を見つめられ史果は無表情のまま支えていた手を離した。



☆☆☆
「で、お二人そろってどのようなご用件で?さっきも言ったけど、こっちは原稿明けで疲れて寝てたんだけど」

足を組みふんぞり返るようにソファに座る涼香に対し、対面に座っていた史果はその場から床に土下座した。

「この度は、私の不注意で先生にご迷惑おかけしてしまい大変申し訳ございませんでした。先日お話していました修正のキャラの特徴纏めたのでもう一度描いていただけないでしょうか?」

史果は鞄から資料を纏めたファイルを取り出しテーブルに置いたが、涼香は手に取って見ることはなかった。

「・・・瀬尾さん、貴女のこの企画に対する熱意から私は承諾したの。でも貴女は信用を裏切った、しかも社会人として会社の信用も失ったことを肝に銘じてほしい。どうしても私らは目に見えない相手とのやり取りも少なからずある仕事だから自分が信頼できる相手以外とは仕事はできない。申し訳ないけど縁がなかったということで今回は別の人にお願いし「まぁまぁー」

史果の隣で座っていた基希は涼香の言葉を遮り、睨む涼香にニコリと微笑み史果の頭をぽんぽんと撫でた。

「今回はさ、俺のせいもあるから瀬尾だけの責任じゃないんだよ。身内のよしみで大目に見てよ、姉さん」

基希は横に置いてあった紙袋を涼香の前で見せ、訝しげな表情で見つめる涼香の前で基希は袋から中身を少しずつ取り出すと涼香は先ほどの不機嫌な表情から一転し歓天喜地の如く舞い上がっていた。

「も、も、も、基希・・・なぜコレを」

基希が袋から取り出し見える箱の中のフィギュアに涼香は恍惚な表情で見つめていた。

「姉さん、美少女戦隊ポワント好きでシリーズ集めてたでしょ?四期の最後に仲間になるはずだったキャラ出た時、制作サイドのトラブルで変な最終回になっちゃってこのキャラ、幻になって世に出なかったんだよね。でも調べたら一部処分されなかったフィギュアが出まわってるのがわかってさー。俺、姉さんの喜ぶ顔見たさになんとか苦労してやっとの思いで手に入れたんだよ」

目を輝かせた涼香が箱に手を伸ばすと、ひょいっと基希が箱を涼香から遠ざけた。

「瀬尾がやらかしたのは初歩も初歩のミスだし、下手したら大事になるかもしれない案件だから確かに失格だと思う。でも彼女、この企画通るまで本当に頑張ってたんだ。しかも姉さんの絵じゃないとダメだって上やチームにも何度も嘆願してやっと形になりかけてきた・・・だから今回だけは頼むよ」

基希は涼香の前で深々と頭を下げその姿を見て史果も再び頭を下げた。涼香は軽く息を吐き、ボサボサの髪の毛を掻きながら組んでいた脚を戻し、床で土下座している史果の前にしゃがんだ。

「瀬尾さん、今回はこのに免じて契約は継続させてもらいます。ただもし今後、信頼を欠くようなことがあった場合は途中であろうと白紙に戻させてもらうから」

「はいっ、ありがとうございます!」

史果の眼からはぽろぽろと雫が床に落ち、傍にいた基希がティッシュの箱を渡してくれた。

「にしても、あんたがわざわざこんなことするなんてねー」

「あはは、まぁー姉さんに貸し作るために用意してたんだけど、まさかこんなに早く使う羽目になっちゃうとは想定外だったけどねー」

笑いながらソファに座り先ほど購入したスティック状のチーズケーキが入っている箱を手に取った。基希は、包装を破ると涼香に渡す前に何の違和感もないような態度で勝手に食べだした。

「ちょっ、それヤマメ先生に買ってきたもの」

慌てたように史果が箱を取り返そうとすると涼香は呆れた顔で溜息をついた。

「私、チーズは大の苦手よ、しかも甘いのも苦手」

「エーーッ?!好きだって・・・だ、だったらアシさんにあげ「うん、だから俺食べてるの♪」

基希の発言に理解できないでいる史果に、呆れ顔の涼香が深い溜息を吐いた。

「私のアシは基希コイツなの。絵はからっきしだけど、背景とかトーン貼りなんかは割と器用にできるから毎回ではないけど頼んでやってもらってるの」

唖然とする史果に基希はソファから立ち上がり帰る準備をしだした。

「じゃあ今後は姉さんと瀬尾とのやり取りになるし、今日は一先ず帰るよ」

「・・・基希、お母さんが“偶には顔出しに帰ってきて”って言ってたわよ」

「・・・あぁ、そうだな。わかったよ」

ついさっきまでの態度から少し言葉少な気になり、玄関先で靴を履いている基希を不思議そうに後ろから眺めていると涼香に肩を叩かれ基希には聞かれないよう史果の耳元で囁いた。

「瀬尾さん、これはとしての忠告。もしまだ深い関係じゃないなら今からでも遅くない、これ以上あいつには関わらない方がいいわ・・・貴女が大変な思いをするだけだから」

「えっ?」

そう言うとスッと離れニコっと微笑まれた。史果はその言葉の意味を考えていると基希に急かされ靴を履き、再度涼香に頭を下げ基希と共にマンションを後にした。



「あーあ、一応忠告したけど・・・瀬尾さんもう手遅れだったんかな、あいつの毒はちょとやそっとの解毒は通用しないからもう気付かない内に身体中侵食されてるかもなー」


涼香は二人が出て行った玄関の扉を見つめ、壁に寄り掛かると腕を組みながら呟き哀れむ表情で史果を気の毒に思うのだった。
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