猛毒天使に捕まりました

なかな悠桃

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デスクに置いてある小さな置き時計の針が正午になり、社内では昼休憩を知らせる音がスピーカーから流れた。

史果ふみかはパソコンの電源を落とし昼食を買いに行く準備をしていると、遠巻きから女性社員の黄色い声が聞こえてきた。

「藤さーん♡折角なんでぇー、お昼ご一緒行しませーん?」

史果は声のする方へ視線を向けると、長身の男性の回りに数名の女性社員は艶めかしく色目を使いながら彼に迫っていた。

「ごめんね、先約があるんだ」

そう笑顔で男は断るとそのまま目的の場所へ歩き出し、あるデスクの前で歩みを止めた。

、行こっか」

優しい笑顔を向け男は、固まる史果の腕を掴むと席から離れさせた。

「えっ?!何で藤さんが瀬尾さんと・・・」

「実は俺たち付き合ってるんだ」

今度は女性社員たちが驚き固まるも、そんなことお構い無しに男は史果の腕を引き寄せ“恋人繋ぎ”で手を繋ぐと微笑み、そのままオフィスをあとにした。


☆☆☆
「藤さん!あれはやりす「“ 基希もとき”、そう呼ぶ約束だろ、

史果が前のめりになりながら抗議するが、基希は蕎麦をすすりながら落ち着いた声色で言葉を遮った。連れ出された史果は、会社から少し離れた基希の行きつけの蕎麦屋で昼食を取っていた。落ち着いた雰囲気の店構え、店内は個室になっているため史果にとっても周りの目を気にすることなく基希と話すことが出来た。

「互いに納得したなんだから合わせてもらわなきゃ困るんだけど」

目の前で美味しそうに食べる基希を尻目に史果は頭を抱えていた。


藤基希、史果の勤める会社の同僚で三才年上の二八歳。企画営業課のエース、上司から後輩まで頼られる人物。中身もさる事ながら外見も180センチ近くある長身にすらっと伸びた手足。学生時代はバスケ部に所属し、今も仲間内でしているためか程よく筋肉も付き引き締まった身体は色香を放っていた。時折見せるはにかむような笑みは内外問わず女性たちを魅了し、いつしか“天使の微笑”と言われ、見たものは忽ち虜になるとか、ならないとか・・・。


それとは逆に基希と同じ課の瀬尾史果は、これといって代わり映えしないOL。目立たず波風立てずをモットーに日々生活。基希とは課は一緒だが、特に関わることはなく、逆に毎度群がる女豹たち、その中心にいる基希に対し冷ややかな感情しかなく“自分とは死ぬまで関わることがない人種”としか思っていなかった・・・・・・のだが。



――――――――――
遡ること一週間前・・・。

「瀬尾さんの付き合ってる取引先の男性、既婚者なんだね」

仕事で使うファイルを調べるため資料室にいると唐突に背後から放たれた一言に史果は取ろうとしたファイルの手を止めた。

「えっ?・・・何、言って・・・」

振り向くと目の前に立つ基希に見下ろされ、いきなり想定外の言葉に史果は言葉を失っていた。

「その様子じゃアンタも知ってて付き合ってんだ。大人しそうな顔して結構凄いことしてんな」


普段とは違う口調と声のトーンで基希は意地悪そうな笑みを浮かべ、史果を凝視していた。
基希はスーツのポケットに入れていた写真を史果の立つ足下の床にばら撒くように落とした。

「こ、これは・・・何で藤さんが・・・」

史果と男性が仲睦まじそうに写る写真が数十枚あり、その中にはホテルに入る写真も見受けられた。

「大人しい瀬尾さんがまさか不倫してるなんて、周りの同僚が知ったら驚くだろうなー」

基希の突き刺さるような一言に史果は一瞬にして血の気が引いていくのが手に取るようにわかった。

「な、何が目的ですか?お金ですか?」

史果はその場にしゃがみ写真をかき集めながら泣きそうになるのを堪えた。基希は必死に写真を集める史果の前にしゃがみ込み口角を上げた。

「お金には困ってないんでね、それはないよ・・・そうだなーそしたらまず一つ目は不倫相手こいつとは別れること」

「な、なんであなたにそんなこ「二つ目は俺と付き合うこと」

基希は右手の指を1本ずつ上げながら真剣な表情で淡々と言葉を俯く史果に浴びせた。あまりの唐突な内容に脳内の処理がついていかず、思わず顔を上げると間近に迫り、自分を見つめる色香放つ表情に硬直した。

「俺さ、この容姿のせいで女が寄って来て正直迷惑してんだよね。『遊びでもいいから』って言う割には彼女面してきたり束縛してきたり、今は彼女とかいらねーし・・・ってなるとが必要ってわけ」

「いやいや、だからってなんで私なんですか?!藤さんならそういった女性いっぱいいるじゃないですか!」

「話聞いてる?俺に好意があるやつに言ったら意味ないだろ、その点瀬尾さんは俺に全く興味なさそうだったし・・・でも、もし彼氏いたら無理だからちょっと調べさせてもらったらまさかの不倫だろ、吃驚したよ」

史果にケラケラと笑いながら話すイケメンからは、周りがいつも騒いで言う使は欠片もなく史果には悪魔もしくは魔王のような笑みにしか見えず愕然とした。



――――――――――
「瀬尾さん!どういうこと?!なんであなたが藤さんと付き合ってるのよ!」

昼休みが終わり席に戻ろうとした時、先ほどの女性社員に有無を言う暇も与えられず給湯室へと連れ去られてしまった。

「それは・・・えー・・・」


「俺の一目惚れで何度も告白してやっと付き合ってもらったんだ」

史果はなんと答えればいいか焦り言葉を詰まらせていると給湯室の出入口から聞き覚えのある男の声が聞こえ、史果を取り囲んでいる女性たちは一斉に声の主へと視線を向けた。

微笑みながら史果たちを見つめる基希に史果以外の女性たちは恍惚な表情を浮かべ、史果に向けていた戦闘モードをあっという間に解いていた。

「でっ、でもー、同じ課とはいえあまり接点もなかった感じですしー正直なんで瀬尾さんなのかなーって」

髪を指でクルクルと巻きながら一人の女性社員が基希に言い寄っていた。基希はその女性の目を見ながら表情を和らげた。

「学生の時にスクールカーストって言うのかな、そういう差別を平気でする子たちを目の当たりにしちゃってから女の子は怖いなって思ってた。でも史果は、人を差別せず自分が理不尽な思いをさせられても文句も言わず笑顔で対応する姿に惹かれてね。何度もアタックして漸く付き合ってもらえたんだ。彼女、少し口下手なところもあって誤解されやすいかもしれないけど仲良くしてあげてね」

「もっ、もちろんですぅー、ってか私たち仲良いですよ、ねー瀬尾さん♡」

引きつりながらも笑顔を向ける彼女たちに史果自身も作り笑顔を浮かべ妙な空気が流れていた。


「・・・じゃあ私たち席に戻りまーす」

居たたまれない空気に根を上げたのか彼女たちはそそくさと給湯室から出て行き、その場は史果と基希の二人っきりとなった。

「アイツらいつもしつこく誘って来るからうんざりしてたんだよな。まぁ、これで暫くは大人しくしてくれるだろうし、お前も取り敢えずは肩身の狭い思いはせず済むだろ?」

先程の穏やかな表情と打って変わり薄笑いを史果に向け、先ほどの女子社員たちにこの二面性のある本性をバラしてやりたい気持ちをグッと必死に押さえた。

「・・・ありがとうございます。ってか、その感じでいけばあんな迫って来ないんじゃないですか?」

「はっ?癒しキャラはうまく渡り歩くための処世術。まぁそのせいで余計なものが釣れるのが難点だけどな」

普段の基希からは絶対出てこないであろう言葉の端々に、呆れながらも一応助けてくれた基希に礼を告げた。

給湯室から出るため基希の横を通り過ぎようとした時、基希に腰に手を回されそのまま身体を引き寄せられた。

「今日兼ねてメシ行くから勝手に帰るなよ」

耳元で囁くように口唇を近づけられ、思わず身体が小さく反応してしまった。それに気づいた基希は口角を上げ、史果の頬に軽くキスをした。

「なっ!」

「ほらっ、戻んないと休憩は終わってるよ」

外面モードへと切り替え、ご機嫌で自席へと戻る基希の後ろ姿を睨みつけながら史果は深く息を吐いた。
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