今日でお別れします

なかな悠桃

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寒かった冬も過ぎ、碧たちは三年生へと無事進級。その間、虹志の入学式や碧の新学期の準備、新しいクラス発表など慌ただしい日々を過ごし、最近やっと落ち着いた日常を送ることができるようになった。

虹志も無事、第一志望の高校に合格。真新しい制服に腕を通し、まだ初々しさ残る弟の制服姿が一階の玄関ホール付近で碧の視界に入ってきた。

「虹、お、おはよ。・・・あのさ、」

「遅れるぞ」

高校生になっても相変わらずの塩対応の弟に内心碧は『いつもそんな仏頂面で彼女にはちゃんと優しくしてんの?』などと余計なお世話な疑問が頭の中で浮かぶ。しかし、それを言葉に出すと更に虹志の態度が悪方向に進むと思い噤んだ。

「二人とも気を付けていってらっしゃーい」

「はーい、いってきまーす」
「いってきます」

リビングから間延びした母親の声が二人の耳に届き、二人は同時のタイミングで返事をし先に虹志が玄関ドアを開け外へと出た。

「虹、そろそろ機嫌なお、「碧、おはよ♡虹志くんもおはよー♪」

碧に対して素っ気ないのは日常的だが、普段以上に虹志が不機嫌な理由を知っている碧は、弟に話し掛けようとするも不機嫌になった理由のが既に玄関外で待ち伏せていた。しかも、虹志に話し掛けようとした碧の声をタイミング悪く上機嫌な朝の挨拶でかき消してきた。

「・・・・・・おはようございます」

「た、貴斗・・・おっ、おはよー・・・早いねー、毎朝来てくれるけどいつもの公園で待っててくれればいいんだよ?ほ、ほらうちまで来るのに数分はプラスで歩かなきゃいけないんだし」

貴斗に対し表情なく挨拶する虹志を見た碧は、挙動不審にならないよう気を付けるもどうしても挙動不審な態度の話し方しか出来ず、余計に気ばかり焦ってしまった。その中で、向かい合う冷たい虹志の視線と微笑む貴斗の視線が混じり更に碧を混乱させた。

「・・・俺、先行くんでお二人でどうぞ」

小さく溜息をつき先に視線を離した虹志は、棘のある言い方を放つとさっさと前を歩き出し早足で駅の方へと向かって行った。

「はあ・・・朝、家まで来ちゃダメだって何度も言ってるのにー」

「だって、登校と下校くらいしかゆっくり話せないんだから仕方ないだろー。しかも登校だって最寄り駅着いたら別行動だし。公園から駅までそんな距離ないしさー」

「そうなんだけど・・・」

碧は指を絡めるように手を繋いでくる上機嫌な貴斗に力のない笑みを向け既にいない弟の後ろ姿を想い溜息を吐いた。

(別に悪いことしたわけじゃないけどさー・・・)

普段以上に虹志が不機嫌な態度をとるようになってしまった事の発端は、春休み真っ只中の某日まで遡る。



※※※回顧※※※
陽が徐々に傾き始めた頃合い、貴斗とのデートを楽しんだ碧は、デートをするたび貴斗がいつも家の前まで送ってくれるのが当たり前となっていた。

『いつも送ってくれるけど、そんな遅くないし外もそんなに暗くないから大丈夫だよ。うちまで来てもらったら貴斗の帰り遅くなるからそれはそれで心配だし』

『もうそれ何回目!?そんなこと気にしなくていいんだって。俺が勝手にしてるだけなんだから・・・それよりさ』

『ちょ、なっ!』

玄関外で貴斗にいきなり抱き締められた碧は額や頬にキスをされ、しまいには首筋に強い痛みさえも植え付けてきた。碧は驚きながらも抵抗すべく強めに彼の胸元を押し止めた。

『何してっ!!いくら薄暗いからって家の前でっ!!』

『だってさっきお母さん夜勤でもう家にいないって言ってたし。それにもうちょっとで学校始まるんだよ?・・・そしたらイチャつく時間だって今以上に減るし。それにクラスだって一緒になれるかもわかんないし』

貴斗は碧の抵抗する手を優しく掴み指を絡めとると、そのまま碧の唇に温かな体温を伝えてきた。碧の心拍数が一気に上がり貴斗の動きに翻弄されそうになるも近所の目が気になり薄っすら横目で辺りを確認した。頭では抵抗しろと警鐘を鳴らすも彼から与えられる溶けそうな温度をゆっくり自分の唇に浸透させていた。

身体が密着するよう、碧の肩甲骨辺りを貴斗の大きな左掌ががっしりと押さえ、右手は背中に手が回る。互いの体温が上がるにつれ、深い口づけに変わっていき更に碧を翻弄させた。

『ん・・・っん、っちゅ・・・ふ、んん・・・』
(なんで・・・こんなキス・・・脚が震えて・・・)

何度もやめなきゃと思う反面、貴斗から受ける熱情に流され思考が停止しそうになる自分と葛藤をしている刹那、ガチャリと玄関ドアが開く音と同時に中から出てきた二人の男女とドア方向を向いていた碧の視線とがバッチリと交わった。

『へっ!?はわわッ!えっと・・・あーー・・・』

此方の状況にパニックを起こしている女の子とその後ろ隣りで呆れながら突き刺さりそうな冷たい視線を送ってくる・・・弟。その瞬間、我に返った碧はプチパニックを起こし悲鳴を上げながら貴斗を突き飛ばした。

『ちっ、ちがッ・・・いや、え、っとこれはー・・・えっと・・・』

女子二人が慌てている最中、男子二人は冷静なもので貴斗に関しては“あーあ、残念”と小さく呟き、虹志の方は表情はなかったが、身体中から嫌悪感が溢れそれが嫌でも碧に伝わってきた。

『あ、は、初めましてっ!!私、虹志くんとお付き合いさせて頂いてます佐久間未央と申します』

『こ、此方こそ初めまして、姉の碧です。え、っとー、お、弟がお世話になってます』
(よりにもよってこんなタイミングで・・・最悪だよ)

パニックを起こしている最中でも律儀に頭を下げる未央につられ、碧も錯乱状態の中、弟の彼女と初対面し挨拶を交わした。その互いの後ろでは手持ち無沙汰の彼氏たちが妙な空気感を放ちながら生温かく眺めていた。

『・・・おい、未央。そろそろ帰んねーと親に怒られるんじゃねーのかよ』

『あ、ほんとだ』

虹志の言葉で我に返った未央は、顔を上げ自身が付けていた腕時計に視線を向けると門限の時間へのタイムリミットが刻々と迫っていた。未央は再び挨拶を済ませ二人の傍を通り過ぎようとした刹那、『あ・・・』と小さく呟き貴斗の方へと目をぱちくりさせ足を思わず止めた。

『す、すみません。失礼ですが、もしかして・・・阿部貴斗さんですか?』

未央はまるで神々しいものを見るかのような視線を貴斗に向ける。その勢いに押されるように貴斗が返事をすると彼女の表情がぱあっと明るくなった。

『わあっ!やっぱりっ!!私が小学生の時、幼馴染の部活応援に市の体育館に行ったんですけど、大きな敷地に試合会場がたくさんあったから姉とはぐれて迷子になったんです・・・。その時、半べそかいてた私に阿部さんが声を掛けてくれて目的の場所まで連れて行ってくれたんです。本当はちゃんとお礼言いたかったんですけど、その時うまく言えなくて・・・遅くなりましたが、その節は大変お世話になりました』

『あーいやいや・・・そうなんだ・・・ごめん俺、覚えてなくて』

『あ、いえ。いいんですっ!!ずっと心残りで。でもまさか、お姉さんの彼氏さんだとは・・・世間て狭いですね』

テンションが上がってるのか未央は目を輝かせ興奮気味で話すも、碧はその後ろで表情なく黙っている弟が気になってそれどころではなかった。

『あ、でも何でそれが貴斗だってわかったの?』

『丁度その時、阿部さん下の名前を呼ぶ同い年くらいの女の子と数人のお友だちが私たちのところへ来て。その後、このことを学校の友だちに阿部さんの下の名前と特徴言ったら知ってて。かなり有名な人だったみたいで、それでわかったんです』

女の子・・・碧はそこに少し引っ掛かりを覚えるも、弟のような形相にならぬよう微笑みながら未央の話を聞いていた。

『未央っ!!時間っ!!!』

業を煮やすかのように不機嫌な虹志が未央の腕を引っ張り碧たちの前から引き離し連れて行こうとした。

『え?あ、桐野く、』

『俺、彼女送ってくっから!!』

そう碧に告げると足早で未央を引きずるように駅の方向へと向かって行ってしまった。

『・・・何なのよ、あれ』

呆気に取られていた碧だが、我に返り弟の粗悪な感じの態度に立腹するも隣の貴斗は微笑ましいものを見たかのように顔が綻んでいた。

『まあ、怒らない怒らない。そもそも、俺が家の前でイチャついたりしないでさっさと帰ってればこんなことにはならなかったんだし、ごめんね。じゃあ、俺も行くわ。帰ったら連絡するね』

碧の頭に軽く手を置きニコッと微笑むと貴斗は駅へ向かうため踵を返した。


その後、帰宅した虹志に詰め寄ろうとするも先ほど以上の不機嫌さに圧倒され何も話せないまま今に至っている。


※※※回顧終了※※※

「まあ、あの時の虹志くんの気持ち、俺はわかるけどねー」

「え?」

手を繋ぎながら駅へと向かう最中、ポツリと呟く貴斗を碧は不思議そうに見上げた。

「ほら、まず虹志くんて少し・・・いや、かなりかな?シスコン気味だし、目の前でお姉さんがヤローとイチャついてたからイラっちゃったんだよ。あとはまあ、それ以上に自分の彼女が意識ゼロだとしても自分以外の男に笑顔向けてる姿、目の当たりにしたから更に不機嫌になったんじゃないかな。もしかしたらとどめに帰り道で『お姉さんも可愛くて』なーんて何気なく気を遣っただけの言葉を言ってたら・・・・・・ねえ?」

シスコンか?という疑問は思い浮かびつつも貴斗の推理にあながち間違っていないのかも・・・なんて考えているとあっという間に駅付近へと到着していた。

「・・・じゃあ、またあとで」

「うん」

人通りの少ない場所で軽くキスをすると貴斗は足早に駅へと先に向かった。毎度のことながらこの瞬間は、嬉しさと寂しさが入り混じり複雑な心境で碧は貴斗の後ろ姿を見つめていた。



☆☆☆
教室に到着した碧は、自席へと向かう。今年は貴斗とクラスが離れてしまい残念な反面、ヒヤヒヤすることは少なくなると思うとそこだけは少し安堵した。

「桐野さん、おはよ」

自席に座り、リュックから教科書などを机の中へ入れていると長身でスタイルはいいが、暗さが目立ち垢抜けない雰囲気を漂わせた徳田が碧の机に近づき挨拶をしてきた。

「おはよ。今日は授業出れるんだね」

少し、小さめの声で話すと、徳田は口元が弧を描き頷いた。

「うん。高校生活最後だし事務所も気を利かせてくれて。今年は学業優先にしてくれたからちゃんと学校通えそう。一応大学に一発合格を希望してる身としては浪人は避けたいからね」

今、目の前にいるのが全国の女子中高生たちの目をハートにさせている男性とはほど遠い姿に毎度のこと驚かされる。しかし、前髪がかかる眼鏡越しから薄っすら見える目元はやはりあの人気モデルのnariだと痛感させられた。

「それにしても、彼・・・阿部とクラス離れちゃったね」

「あーうん。でも逆にクラス一緒だと色々問題もあっただろうから離れたのは良かったかも。今年は落ち着いて高校生活が送れそ」

冗談ぽく笑顔を向けて話す碧に徳田は困った笑みを零し小さく息を吐いた。

「はは、それ聞いたら彼、ショックで寝込んじゃうよ。んー、でもどうかなー?逆にクラス別になったから余計に桐野さんに執着して、俺や他の男子と話してる姿見たら嫉妬で暴走するかもよ?」

徳田の冗談とも本気ともとれる内容に一瞬身震いし、碧はキョロキョロと廊下の方へ不安げに視線を向けた。

「ははは、冗談だって。いくらなんでもそこまでは大丈夫でしょう。それに俺に対してもうそういった感情は向けてこないと思うし、逆に桐野さんから変な虫付かないように見張りが出来て内心ホッとしてるんじゃないかな?」

「・・・?そう、なのかなー」

碧は徳田の話に少し引っかかりを感じつつも予鈴のチャイムが鳴り、彼との会話はここで終了した。

(あのブライダルイベント以降、二人って会ってないよね?しかも貴斗も徳田くんもどちらかと言うと“犬猿の仲”だったはずだけど・・・。それにクラスが一緒ってわかった時も此れと言って貴斗から何も言ってこなかったし・・・んーー、謎)

教室に担任教諭が入ると朝のSTが始まり、その中で碧は悶々とした想いを心に溜め込んでいた。
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