今日でお別れします

なかな悠桃

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色んな事が起こったクリスマスからあっという間に翌年を迎え、気づけば明日から新学期が始まる日へと押し迫っていた。

貴斗とは、家族に予定を無理矢理組み込まれてしまったらしく、心に残ったクリスマスを境に逢えない日々を過ごすこととなった。碧自身も年末年始と親戚の集まりなどに顔を出さなくてはいけなかったりでなかなかタイミングが合わず今に至る。

「はあーーー・・・」

暇を持て余すようにベッドの上でゴロゴロと転げ回っているとスマートフォンからメッセージが届いた音が聞こえた。

“ちょっと出て来れる?今、碧んの近くにいるんだ。もしOKなら近くの公園まで来て”

貴斗からのメッセージに直ぐ返事を返すとベッドから飛び起きるように跳ね、急いでボサボサの髪を整え部屋着を脱ぎ捨てた。



☆☆☆
息を切らせ待ち合わせの場所へ向かうと、夕暮れ時ということもあり人けはほとんど見られなかった。寒さからベンチに縮こまるように座る貴斗を見つけると、碧自身も寒いはずなのに彼の姿を見るなり何故か身体中がカッと熱くなるような感覚に襲われた。

「碧」

彼女の存在に気付いた貴斗は、白い息を吐きながら名を呼びニコリと微笑んだ。久々に受話器越しではない貴斗の声に頬が紅潮し心臓の音が早くなるのを感じていた。

「寒かったよね、ごめんね。本当はもっと早く出てくるつもりだったんだけどバタついちゃって」

「いや、そもそもいきなり誘ったんだし気にしないで。こうやって少しでも逢えてすげー嬉しい。にしても、やっと時間出来たのに明日から学校なんだよなー」

コートのポケットに手をつっこみ空を見上げながら溜息を吐く貴斗の隣に座り、自身のポケットからホットココアを取り出し貴斗に手渡した。

「ありがと。あったけー」

貴斗は冷えた掌で包み込むように温かさを味わい一口、二口と喉へと流し込んだ。

「連絡は取ってたけど、逢うのは何かすごく久しぶりだね」

碧は、貴斗に視線を合わせ照れ笑いを浮かべながら自身も購入したホットミルクティーを一口飲んだ。その仕草に貴斗は持っていたココアのペットボトルを横に置き、指先で碧の頬を掠めるように触れた。風に晒され冷たい頬に温かな貴斗の指があたると同時に碧の心音が大きく鳴り出した。

「・・・もうちょっとだけ触れたい」

切なげな表情を向ける貴斗に恥ずかしさから思わず視線を逸らした碧は、すぐさま貴斗に両頬を挟まれ元の位置に戻された。

「た、か・・・ん・・・」

整った綺麗な顔が近づくと優しく唇が重なる。啄むような口づけは角度を変え次第に甘く熱を帯びてゆく。唇の隙間から割って這入るように舌先が絡めとるように咥内を蠢く。冷たい空気に晒されているはずなのに、貴斗からの熱い熱情が伝わり身体中が火傷しそうな程の鋭敏に襲われた。

「碧の口ん中ミルクティーの味した♡・・・はあ、このまま連れて帰りたい」

耳元で貴斗が言葉を吐くたびに熱い息が耳にかかり、碧は擽ったさとゾクゾクとした身震いに翻弄され甘い痺れのようなものが神経に伝わる。碧がゆっくりと顔を上げると貴斗と視線が交わり愛おしそうに彼女を見つめ抱き締めると再び唇を塞いだ。

(こんなことされたら・・・私だって離れたくないよ)

碧は、貴斗の背に腕を回し、彼の体温を忘れないよう噛みしめた。



――――――――――
予め設定しておいたスマートフォンのアラーム音に目を覚ました碧は、目を擦りながら閉めてあったカーテンを開けた。昨日まで晴れていた空は昨夜観た天気予報通り、ちらちらと降る小さな雪に朝から憂鬱な気持ちにさせられた。ただ、学校が始まるおかげでまた貴斗に逢えると思うと嬉しく普段よりも早めに制服に着替えた。


「おはよ」

「おはよー、って碧っ?!どした?!どした?!」

少し早めに家を出た碧は、学校付近で前を歩く友人を見つけ背後から声を掛けた。友人が振り向くと驚きのあまり彼女の両肩を掴み、碧の顔をまじまじと見つめた。

後ろに捩じ上げるように緩く纏めたヘアスタイルに、普段は眼鏡を掛けていたのを外しただけだが、友人の驚いた顔に碧自身も驚いた。

「やっぱなんか変?」

「ううん!ヤバっ!碧、可愛いっ!にしてもどういう心境の変化?」

友人に興奮気味に聞かれた碧は、変ではないことを確認出来ると少し安堵し小さく息を吐いた。

「髪も少し伸びたし折角だから纏めてみようかなってやったんだけど・・・。家出る時、弟に『キモ』の一言吐かれて。いつもの髪形に戻そうとしたんだけど、それすると家出るの遅くなりそうだったしモヤモヤしながら歩いてたんだよね」

「相変わらずの塩対応だねー弟くん。でも、お世辞抜きで似合ってるから全然大丈夫っ!あーあー、こんな可愛くなっちゃったら碧に彼氏出来ちゃうーっ!ぼっちやだよー」

友人の焦る姿に苦笑いを浮かべた碧だが、友人ですら好反応を示してくれたのだからきっと貴斗なら・・・早く彼に見てもらいたく浮かれる心情が表に出ないよう気持ちを抑えながら校舎をくぐった。

(あ・・・、いた)

生徒玄関へ着くと少し先に貴斗と同じクラスの男子生徒数名が喋りながら下駄箱の周辺にいるのが見受けられた。

碧は、呼吸を整えながらぎこちない足取りで自分の下駄箱へと向かう。

「あ、ごめん。おは・・・って、あお・・・いちゃん?」

碧が自分の下駄箱周辺にいた貴斗に気付いてもらいたく退いてもらうという口実で挨拶と共に声を掛けると驚いたような表情で此方を見下ろしてきた。

「何何、え?桐野なの?!随分イメチェンして名前言われなかったら一瞬わかんなかった」

同じクラスの男子生徒一人にまじまじと見られ近づかれた瞬間、無意識に後退りし畏怖すると男子生徒の顔面を覆うように後ろから大きな手がぬっと現れ、近づいた友人の一人を後ろに引っ張り碧から引き離した。

「こらこら、距離感近すぎ。碧ちゃん怖がってるでしょ、ごめんね」

見かねた貴斗が間に入ってアシストしてくれたおかげで助かったが、何故か彼のその笑顔に違和感を感じるも貴斗は友人たちを連れ教室へと向かって行ってしまった。

その後、合流した友人と途中の階で別れた碧は、自身の教室へと向かっていると前から先ほど碧に近づいた男子生徒が良からぬことを話す内容が碧の耳に入ってきた。

「でもさー雰囲気変わるなー。俺・・・イケるかも」

「・・・アホ。向こうが相手しないよ」

「ヒデ―なー。貴斗だっていつも相手されてねーくせに」

「・・・・・うっせーよ。別に興味ないし」

「えー、今まで桐野のことちょっかい掛けてたのにもう飽きたのかよー」

「・・・・・・」


貴斗の性格を考えるとその会話内容に内心ハラハラするも至って平常心の様子に、碧はほんの少し肩透かしを味わった気分になりながら自席へと向かった。

(人もいたし付き合ってることは誰も知らないから仕方ないけど何の反応もなかったな。やっぱり似合ってないのかな・・・まあ、あそこでいつもの貴斗出されても困るんだけど)


「おはよ。一瞬、桐野さんてわかんなかったよ。眼鏡もしてないし髪もセットしてるし吃驚しちゃった。正直いつもの感じよりこっちの方が断然いいよ」

「おはよう。あはは、新学期だったしちょっと張り切っちゃった」

工藤から興奮気味に話しかけられた碧は照れ笑いを浮かべた。そんな様子を自席から眺める貴斗は普段とは違う冷ややかな視線を送っていたが、その視線の先にいる碧は全く気付くことはなかった。



☆☆☆
四時間目の授業が終わりあっという間に昼食時間となった。碧は、工藤と他クラスの友人らとでいつもの場所で昼食をしようとランチバッグを持って廊下に出ようとした時、後ろから先程授業を受けた世界史の男性教諭から声を掛けられてしまった。

「桐野ー、確か今日日直だったよな?昼飯時間に悪いんだけど急に会議入っちゃってすぐ職員室戻んなきゃいけないんだ。さっき使った教材とポスター類、資料室に片付けといてくれないか?中入ったら机あるしそこに置いといてもらえればいいから」

「わかりました」

碧は、了承の返事をすると授業で使用した教材等を手渡された。

「私も手伝うよ」

「ううん。これくらいなら一人で持ってけるし大丈夫。工藤さん、悪いけどもう先に多目的ルーム行ってる友だちに後で行くことだけ伝えといて」

工藤に自分のランチバッグを預けた碧は、教材とポスターを抱え資料室へと向かうことにした。階段をゆっくり上っているとふいに抱えていたポスターが後ろから抜き取られ振り向くと貴斗が笑顔で此方を見据えていた。

「大変そうだね。手伝うよ」

「た・・・、阿部くんありがとう」

貴斗はポスターと碧が手に持っていた教材の一部も取り一緒に運んでくれた。傍から見れば当たり障りのない会話をしながら歩くも、付き合ってから初めて校内で二人だけでの接触に緊張感から身体が強張り心臓が高鳴る。

「・・・いつもは髪、下ろしてるのに今日はアップにしてるんだね」

「あ、うん。なんか気分転換にと思ったんだけど・・・やっぱ変かな?」

「・・・ううん、可愛いよ。でも」

貴斗が何かを言いかけたと同時に目的の場所へと着くと碧は、事前に教諭から預かった資料室の鍵をブレザーのポケットから取り出し扉を開けた。

中へと入ると三畳ほどの室内は、棚いっぱいに書籍や資料集などが片付けられていた。碧は先程言われた通り机の上に教材を置いていると後ろから何かが床に落ちる音と共に鍵が掛かる音が聞こえた。

「貴斗?」

不思議そうに振り向くと扉の前に立ち尽くし床に無造作に落としたポスター類と共に俯く貴斗の姿が見受けられた。

「ねえ・・・俺らのこと友だちに言っていい?」

「そ・・・それは・・・」

貴斗の様子は先程と違い、声のトーンが少し下がり仄暗いような雰囲気に変わってしまっていた。そんな貴斗に問われた碧は、躊躇し即答出来ず口籠る。

自分の存在が気付かれるまでの貴斗は、学年問わず校内でも有名な可愛い女子生徒たちと噂になったり、時には親し気に身体を密着させる姿に遭遇したこともあった。それが、いきなり自分のような容姿の女が“彼女です”と宣言したところで、互いにマイナスにしか働かないことは明白だ。

しかも、相馬にされたようなことも増えるのは目に見えている。自分自身は我慢出来てもそれをもし貴斗に気付かれれば・・・松本の件もあったことで碧はなかなか了承の返事を出来ずにいた。

「・・・あのね貴斗、私たちのこと内緒にしとかない?」

「なんで?」

「ほ、ほら新学期早々そんなこと言ったら周りも吃驚するだろうし、貴斗も友だちとかに詮索されて面倒でしょ?だし、落ち着い「それって、いつ落ち着くの?いつならいいの?いつまで内緒でいるの?」

声は落ち着いているも碧の言葉を遮り矢継ぎ早に質問を碧に投げつけ、据えた眼差しで碧をじっと凝視した。
言葉を詰まらせた碧を軽く睨むと棚越しにいた彼女の傍に近づいた貴斗は、逃げられないよう閉じ込めた。

「た、かと?」

不敵な笑みを浮かべた貴斗に不穏な空気を拭えず、碧は不安げな表情で見上げた。

「ちょ、や、だっ」

貴斗の顔が近づき、咄嗟に碧は顔を背け身体を反転させ彼から逃れようとするも後ろから抱き締められ動きを阻止された。

「待って!待って!こんなこと・・・誰かに見られた、あ、やめ・・・いッ!」

貴斗は碧のうなじに唇を軽く触れたかと思うと、歯を立て噛みつき熱い痛みを植え付けた。

「俺が今どんな気持ちでいるのか、碧は全然わかってない」

「や、だ、だめ・・・ううっ、ふッ、ん」

貴斗は歯型以外にも項に紅い痕をいくつも鏤めてゆく。痺れるような甘い痛みに呑み込まれそうになりながら碧は下唇を噛みながら耐えていた。
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