今日でお別れします

なかな悠桃

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15.5 side―takato

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初めてだったかもしれない。退屈だった日々が180度変わり一人のにみっともない程こんな気持ちになってしまうなんて.....。



「すみません、ここ座ってもいいですか?」

急に声を掛けられ見上げると見た目派手な女の子が何冊か本を抱え尋ねてきた。
可愛らしい中にも大人っぽさも兼ねている、そんな第一印象で取り立てて目を引くようなタイプではなくその時は特別感情が動くことはなかったと思う。

正直、この程度の容姿の相手はいくらでも周りにいたし、言い方は悪いがこの程度なら此方が何かしなくても向こうから寄ってくることが多くちょっと声を掛ければ“遊ぶ相手おんな”はいくらでもいた。
性に対しても執着がなく好きだからとかいう感情よりただ処理したいだけの方が比率は大きかった。初体験も中二の夏、兄貴と同じ学校の生徒という情報だけで名前も知らない女とだった。

(こんなんだったら一人でスル方が楽だな)

初めてのセックスはこんな感情しか浮かばない程度だった。しばらくは、女からしつこく言い寄られもしたが兄貴に頼み俺の傍に近づかないようにしてもらった。

俺は彼女を見ている内にクルクルと変わる表情に何故か目が離せなくなり気が付くと自分の名前を告げ彼女の名前を聞いていた。普段の俺では考えられない言動、しまいには彼女の鞄に気付かれぬようそっと離れの鍵を忍ばせていた。

(そういえばなんでさっき“僕”なんて使ったんだ?)

彼女と別れ友人たちと他愛もない話をしながらふと思った違和感...普段自分の事は“俺”と呼ぶのになぜか彼女の前ではそうは言わなかった。何も知らない彼女に汚い自分を見透かされたくないという思いが無意識に普段の自分を偽るような態度となって現していた。

その後、忍ばせた鍵のおかげで数回彼女に会う機会が出来た。初めて家に来た日は緊張のあまり焦りからいきなり連絡先や告白をしてしまい彼女を引かせてしまった。

正直どこかで断られないという自信があったからだったが彼女に“好きな人がいる”と告げられ生まれて初めて満身創痍というものになってしまった。それでも優しい彼女は俺に“友だち”というポジションを与えてくれた。

『好きなやつがいる』と言われたが正直時間をかければ振り向かせれる自信はあった...が、次に家に招待した時そういった想いは無残にかき消された。

あの時彼女が座って楽しそうに見ていた料理本は幼馴染...いや“好きな人”のために見ていたものなんだろう。それに気づいた瞬間俺は、怒り、嫉妬様々な感情が心を蝕み自分を止めることができなかった。

気がつけば彼女を自分へと引き寄せキスをしていた。時間にしたらほんの数秒だったが時が止まったかのような空間を齎し俺は今まで感じた事のない歓びで一杯だった。が、同時に彼女は俺がした理解しがたい行動で驚き傷ついたような表情を向け逃げるように去っていった。後悔しても遅く現実を目の前に晒された状況に俺の心は砕かれた。

何度かかけた電話は呼び出し音が聞こえるだけで全く繋がらず俺は途方に暮れていた。拒否られるだろうということは重々承知だったがどうしても諦められなかった。会えなくても声が聴きたい、もう一度俺の気持ちを伝えたい...自分勝手なのもわかっていたがどうしても彼女の中に少しでも俺の存在を焼き付けて欲しかった。

数十回と掛け諦めかけた時、通話時間を指す秒数がディスプレイに現れ彼女が電話に出てくれたことがわかり、嬉しさと驚きで思わず声が裏返ってしまった。

俺の喜びと反比例したかのように久々に聞いた彼女の声はどこか沈んでいた。俺が原因でこうなってしまったのなら直接謝りたい一心で彼女を外へと連れ出した。

先程の声もそうだが顔を見れた嬉しさが溢れ出しそうなのを抑えまずキスしたことを謝った。ただどうしても自分が何故そんなことをしたのか彼女にわかってほしくて想っている感情をぶちまけた。そんな自分のことしか考えてなかったからか彼女の表情がいつもと違うことに気付くのが遅れてしまった。

俺は親身になって話を聞き彼女の心が弱っているのを利用した。今思えば、俺は彼女が辛い胸の内を話しているのを顏では心配し心の中では狂喜に満ち溢れていた。自分のクソさに反吐が出るがこの時の俺は付け入る隙を見つけ付き合うきっかけになった幼馴染恋敵に感謝した。

昨日で夏休みは終わったがそれまで彼女とは順調な日々を過ごした。時々彼女の表情に暴走しそうになるのを抑えるのが辛かったがそれ以上に一緒にいれる嬉しさで心は満たされていた。


――――――――――
「貴斗くん、今日もお願いしたいんだけど」

今日から二学期が始まりやっと下校時間になり教室を出ると廊下で待っていた幼馴染の琴花が話しかけてきた。琴花とは親同士が知り合いで幼い時からの付き合いだった。彼女は旧家のお嬢様だけあって礼儀作法など完璧で偶にお袋に連れられた企業のパーティーで見かけると実年齢に相応しくない程の色艶を醸し出していた。そんな彼女だからか校内外に言い寄る男が後を絶たずその中でもしつこく付けまわる男がいるらしく困った琴花の父親が俺を盾にし護って欲しいと申し出てきた。幸い此方も同じような状態だったため互いの虫除けになる利害が一致し偽装で付き合うことを了承した。

「たまにね、校門の外に待ってたりするの」

「わかったよ、とりあえず琴花の迎えの車のとこまで一緒に行こうか」

「ありがと...もし良かったら一緒に乗って行かない?」

「いや、今日は寄るところがあるから電車で帰るよ」

一先ず琴花を送り俺は少しでも彼女の声が聴きたく電車の待ち時間に掛けるとあっちも帰宅途中だった。彼女の声が耳から脳へと沁み渡り身体中が愛しさで満たされていくのがわかった。今までこんなこと想ったことはなくこんな人間らしい感情があったなんて自分でも驚きの連続だった。
その時の会話で次会う約束を取り付け俺はその日が待ち遠しく足取り軽く家路へと向かった。

その後の俺たちは本当に順調だったと思う。

初めてのデート、初めてのキス(同意あり)、そして初めてのセックス...俺自身、童貞でもないのに彼女を前にした時何も考えられなくなっていた。あの日は兄貴が友だちを家に招いてたこともあり離れの家で勉強することにしたが、荷物を取りに自室へ向かうと兄貴にバッタリ会ってしまい彼女の存在に気付かれニヤつかれながら兄貴が持っていた避妊具を手渡された。

には近づかないから安心しろ」

その一言で兄貴に悟られた恥ずかしさより手渡されたモノによって現実味を感じ気持ちを落ち着かせるのが大変だった。

彼女の恥ずかしそうにする仕草、声、表情が俺を身体中を馬鹿にした。セックスがこんなに気持ちが良くて幸せな気持ちにしてくれることを彼女から教わった。あまりの感情の昂りにまさかあんな失態を演じるとは俺自身こちらも吃驚...よりもかなりショックだった。

この時、俺はある決断をした。彼女を駅まで送り家で電話を待っている間、偶々早く帰宅した親父を書斎で捕まえある相談をした。

「父さん...俺、外部受験しようと思う」

帰って来た早々息子からいきなり言われた内容に吃驚した様子だったが革張りのソファに腰掛け一息吐いた親父からの言葉は、「お前が決めたのならそうすればいい」ただそれだけだった。

言葉だけ聞くと子供に全く関心がないようにも聞こえてしまうが元々阿部家はよっぽどのことがない限り子供の意見は尊重し自由にさせてくれた。その代わり自分が決めた事への責任は必ず持つことが絶対条件で途中で諦め投げ出すことは許されなかった。だからこそ自分の言動は常に責任を持て、と幼い時から俺たちは両親にそう言われ育てられていた。

俺は浮足立つ中、部屋に戻りスマホを見たが友人からのメッセージが表示されているだけで彼女からの着信はまだなかった。時計を見ればもう帰宅していてもおかしくない時刻になっていた。俺は心配になり何度も鳴らすが一向に出る気配はなかった。数十回と掛けやっと繋がりホッとしたのも束の間、何故か彼女の弟が電話に出て“買い物を頼まれ外出している”とだけ告げられ此方が話す隙を与えられぬまま電話は切られてしまった。

その後も彼女の連絡を待ったが掛け直してくる気配はなかった。それから何度か彼女に掛けるも通話画面になることはなく俺の不安はどんどん心を浸食していった。やっと取られ喜んだのも束の間、また彼女の弟が出てインフルエンザに罹ったことを抑揚のない淡々とした口調で教えてくれた。

不安だった要因がなくなって安心したが具合が心配で居ても立っても居られなかった。ただ今喋れる状態ではないだろうと自分に言い聞かせ制した。


それから数日が経ち彼女からの連絡は未だなかったがとりあえず一度かけてみようと学校の休み時間に外を見ながら考えていると琴花が俺の前に立ち見下ろしながら笑顔を此方に向けてきた。何でも親父の本を琴花の父親が借りていたらしくそれを返すよう頼まれたため一緒に家まで来てほしいとの内容だった。

下校時間になり琴花と送迎車がある場所まで歩いていると校門の外で他校の制服を身に纏った女の子がしゃがみ込んでいるのが見えた。自分がいる場所と少し離れていたため顔までは見えなかったがかなり体調が悪いことは窺えた。

「貴斗くん、早く」

隣にいた琴花に急かされ何となく気にはなったが視線を戻し停車してあった車に乗り込んだ。

琴花の家へ着き何故かそのまま琴花の部屋へと通された。琴花から借りられていた本を返して貰い部屋を出ようと琴花に背を向けるといきなり後ろから抱きつかれた。

「琴花?」

「貴斗くん...私、貴斗くんが好き...貴斗くんが色んな女の子と仲良くしているの知ってたけど本気じゃないのわかってたから気にしなかった...でもやっぱり私のこと見て欲しいの」

声を震わせ縋るように背中越しに話す琴花に正直驚いた。琴花は俺にとって歳は同じだが妹みたいな存在だったから。酷だったかもしれないが俺は今付き合っている彼女が好きなことを伝えた。彼女以外に気持ちが揺るがされることはないことも...泣く琴花に気持ちは応えられないことを伝え部屋を後にした。

家に帰り自室のベッドに横になりながら嘆息を吐きもやもやした気持ちで目を瞑っているとスマホの着信音が鳴った。ディスプレイを見た瞬間、一気に悦びで満たされすぐさまスライドし応答すると久々に受話口から伝わる彼女の声に昂揚した。俺は早速外部受験の話をしようとすると彼女が先に話すことがあると言われ譲ることにした。

「私ね...」

あの時俺は全く気付かなかった...彼女の声色がいつもよりワントーン落ち、計り知れない想いを孕んでいた事を...彼女の言葉を聞くまで俺には想像すらしなかった。
彼女が話す言葉が全く頭に入らず俺は気持ちを整理し落ち着いた振りをしながら彼女に尋ねるがしっくりした回答が得られなかった。


――――――――――
来てくれるかわからない約束で待っていると彼女は来てくれた...が、“気持ちは変わらない別れたい”の一点張りだった。どうしてもわからなかった、彼女に会えば何かしらの糸口が見つかるかもと思っていた...
本当はそんなの見つからなかった方が幸せだったんだと数分後気付かされた。

怒りで俺は我を忘れ気が付くと彼女の首筋にあった痕に歯形がつく位思いっきり噛み付いていた。痛みと恐怖で怯え逃げるように去る彼女に俺はじっと見据えた。

「...認めないから...絶対逃がさないから」

あの時の俺の精神状態は理性の極限を軽く超え暗く冷たい底へと叩き落された。

次の日、もう一度話がしたいと思い縋るような想いで彼女の番号に掛けたがすでに番号は変えられ繋がらない状態となっていた。

「はは...俺、あの子のこと何も知らねーや」

浮かれていたとは言え、今更ながら俺は彼女の名字も彼女が住んでる住所も通ってる学校も何も知らなかったことにこの時初めて気が付いた。もうこれで会えないのかと思うと正直自分でも吃驚したが俺は初めて女のことで涙が溢れ、暫く涙が止まらなかった。

それからの俺は何も手に付かない日々が続いた。彼女との時間、存在がポッカリと消えてしまい何もかもどうでもよくなっていた。彼女の心変わりのサインに全く気付かなかった自分に腹が立ちその苛立ちを埋めるかのように何度もあの図書館に足を運んだが彼女の姿はなかった。

そんな日常を過ごしていたある放課後、個人面談を終え玄関へと向かうと下駄箱付近で数名の女生徒が話しているのが見え、ある会話の内容が耳に入ったことで俺は一筋の光を見つけた。

「ねぇ知ってる?阿部くん他校の女生徒と付き合ってたんだけど能海さんたちが別れさせたんだって」

「えー、でも能海さんと付き合ってるんじゃないの?」

「だよね、だからきっと...「ねぇ、その話し詳しく教えてくれない?」

あの瞬間、俺の表情を見て関係のない彼女たちの固まった表情を思い出すと申し訳なかったなと反省した。

俺はすぐさま琴花を問い詰めようとしたがそれは止めた。琴花は俺に好意があったのは先日の告白でわかったが俺も今まではっきりと線を引く態度をとらずいらぬ勘違いをさせていたのには違いない。だが、彼女と別れるきっかけを作ったことには変わりない。俺は琴花を呼び出し俺に今後一切関わらないよう忠告し泣いて嫌がる琴花を俺は冷たく遇った。

(もしかしたら彼女は琴花たちの話を信じ俺に裏切られたと思ってあんなことを言ったんじゃないのか?)

そんな自分に好都合な考えも横切ったが、実際あんな場所に自分で痕なんて付けれるわけもなく琴花のことは関係なく彼女は幼馴染に乗り換えたのかもしれないという考えも過ぎり悲喜交々な感情で俺の心を圧迫していった。

それでもやっぱり彼女が忘れられず担任の説得を押し切って彼女が受けるであろう高校へ願書を提出することにした。あの時の俺は心のバランスが取れていなかったのかもしれない。彼女に会いたい、でも会ってどうする?何を話す?もしその時も幼馴染と続いていたら...それとも新しい彼氏おとこがいたら...そんな状態の彼女に再会したら俺はきっと...不安定な気持ちを払拭するかのように俺に近付き彼女に少しでも似ている女たちと身体の関係を結んだ。もちろんよく見れば全く違うのは一目瞭然でそれでも良いとさえ思いながら彼女を想像しながらセックスをした。だが直ぐに自己嫌悪に陥り、しかしまた...の繰り返しで最後は荒れた中学校生活の日々を過ごした。そんな俺を琴花は何度も叱咤し宥めすかすが聞く耳は持てず更に彼女を自分から排除した。


―――――――――
4月、俺は無事外部入試で彼女が行きたいと言っていた高校へ入学した。もしかしたら会えるかもしれない期待とともにあの時付けられた痕の相手と続いていたとしたら無理矢理でもそいつから奪うかそれとも...俺は後ろ暗い決意を腹に納め校門をくぐった。

入学したての頃、俺は教室のドアの廊下側に貼られていた全クラス名簿を暗記するんじゃないかという程何度も見返したがやはり彼女の名前はもちろん、姿を見ることさえなかった。でも俺は落胆しなかった、確かに彼女の姿は見当たらなかったが何故か俺の本能が存在を知らしめた。

「...ふっ、くっくっ...」

思わず口から零れる声を左手で咄嗟に押さえ噛み殺すように奥歯を力一杯喰いしばった。

(彼女はいる)

顏の筋肉が緩み衝動を抑えるように咳払いをし深呼吸をした。彼女の名前がないのが疑問だが確実にここに存在することだけは何故だかわかった。
あの日から忘れることがなかった彼女を作り出している匂い、それは動物的な本能できっと他の奴らにはわからない彼女から自然と出ているフェロモンのようなものを俺は感じとっていた。ただ俺が嗅ぎつけると何故か残り香だけがその場に漂い彼女自身の姿は毎回見つからなかった。

(同じ空間にいるなら絶対見つけれる...あぁ早く会いたいな、見つけたら...)

俺は込み上げる欲望を必死に抑え腐りきった俺の心がほんの微量ながら潤い新しい環境でやっと一筋の光を見出した。

そして二年生に進級した時、俺はある女と出会うことになる...それは、まるで干上がりひび割れた土地に少しずつ雨水が沁み込むかのように俺の心の中を充たしていってくれることになっていく...
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