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「おはよー」
「おはよ、新学期早々テストってマジで勘弁だわ」
夏休みも終わり、皆思い思いの感情で新学期を迎え碧もまた憂鬱な気分になりながらも久しぶりに会う二人の友人と談笑していた。
「今年は夏期講習と模試で夏休み終わったよ、あー私のバカンスー出会いもなく散ってったよ。あおはどうよ?」
「私は塾行ってないし家と図書館の往復で終わったかな」
「...碧、なんか雰囲気変わった?もしかして彼氏でも出来た?」
傍にいたもう一人の友人に言われ首を横に振った。貴斗のことは何となく言うのを躊躇い仲のいい友人にすら言えずにいた。
「ちょっとー、ほんとー?あお、もしかして前言ってた片想いの幼馴染の高校生と上手くいったとか?!」
友人が前のめりになりながら碧に聞いてきたがそれも首を横に振り夏樹と朋絵の出来事を話した。
「結構ヘビーな内容だね、碧は大丈夫なの?」
心配そうに尋ねる友人に碧は笑顔を向け頷いた。
「まぁーかなりショックだったしいっぱい泣いたけど今はそんなことに労力使ってる暇はないからね」
「よく言った!男なんて受験の妨げだー!このマイナスの気持ちを今日のテストにぶち当てるのだー!」
高々にぐっと握った手を上に挙げる友人に碧は困ったような表情を浮かべ友人たちに笑顔を向けた。
☆☆☆
始業式、休み明けテストと慌ただしい一日が終わり友人たちと他愛もない話をしながら下校し途中で別れると鞄の中に入れてあったスマホの振動に気がついた。取り出すと“阿部くん”との文字が表示され急いで通話ボタンをタップした。
「もしもし」
『もしもし、今大丈夫?もう家?』
帰宅途中と伝えると貴斗も帰宅途中で今は電車待ちをしているところだと伝えてきた。
『初日はやっぱ疲れるね......はぁ、もう紅音ちゃん不足だ...顔見たいよ』
受話口から聞こえる甘えたような貴斗の声に少し擽ったくなりながらも未だに自分の名前を“紅音”ではなく“碧”と告げられずしかも未だ素の状態で会えずもどかしさを募らせていた。
『...で......だし......あ…ね......ちゃ......紅...音ち...ゃん!聞いてる?!』
「えっ?あっ、ごめん!ちょっとぼーっとしちゃってた」
『もぅー、だから今度の休み会える?大丈夫ならいつもの図書館で待ち合わせしない?』
「あ、うん、大丈夫だよ。そろそろ家着くし切るね、うん、気をつけて帰ってね」
通話を終わらせ家の方へ目をやると誰かが家の前で立っているのが見え、近づくにつれその人物が誰であるのか理解した。
「...碧」
まだ制服姿の夏樹が玄関先に佇み此方に気づくと立ち止まる碧の方へと一歩ずつ近づきその距離が近づけば近づくほど碧は鼓動が早まっていくのがわかった。
「おかえり」
少し前までは普通に接していた夏樹との距離が自分の中で目に見える程距離があいていることに痛感させられた。
「...あのさ、「ごめんっ、私ちょっと急いでるから」
夏樹の言葉を遮るように碧は顔を見られないよう俯き加減でその場を通り過ぎた。夏樹はすれ違う碧の腕を掴もうとしたが拒否された時の表情が思い出され指先が動かず掴むことが出来なかった。夏樹が躊躇っている間に碧は早足でそのまま家の中へと入って行った。
玄関のドアを閉めそのまま寄りかかるように凭れ碧は気持ちを落ち着かせるため一度深呼吸をした。
「おかえりー、なっちゃんに会わなかった?今さっきまで碧のこと待ってたのよー。あっそうそう、おじいちゃんの容態も落ち着いたから奈美さん帰ってくるみたいな...って碧?聞いてるの?!」
扉から顔を出し母親に話しかけられたが碧は無言のまま靴を脱ぎそのまま自室へと向かった。
鞄を机に置きそのままベッドに寝転がった。夏樹を見るとあの状景が脳裏に浮かび拒絶感が湧き上がった。
(きっと他の人ならこんな風にはならないんだろうな...)
未だ完全に夏樹への想いが断ち切れない自分に苛立ちながら何かから逃げるように目を閉じた。
――――――――――――
「ごめんね、ちょっと出がけに手間取っちゃって」
碧は大きめのトートバッグを肩にかけ息を切らしながら貴斗と待ち合わせした図書館へとやって来た。
「そんな急がなくて良かったのに、しかも遅刻してないし。とりあえず中入ろっか」
困ったような笑みで碧のトートバッグを取り上げ中へと誘導した。
「先にね、学習室の席取っといたんだ。この時期になってくると早めに行かないと埋まっちゃうからね」
「そうなんだ、ありがと」
二人は鞄から勉強道具を並べ暫くは互いに参考書との睨めっこ状態が続いた。
☆☆☆
「ふぁーー、頭パンクしそっ」
碧は周りに気を遣いながら小さな声でこぼし背もたれに凭れながら溜息を付くと隣に座る貴斗は顔をほころばせた。
「阿部くんはいいなー、エスカレーター式だから切羽詰まることないし。仮に外部受験だったとしても頭も良いから偏差値めちゃくちゃ高いとこでもすんなり合格できそうだもんなー」
いじけたように話す碧に優しい表情で目を細め貴斗はシャーペンを置いた。
「そんなことないよ、僕だってわかんないとこあるし内部進学試験だってある程度点数取らないとヤバいからね...そう言えば休み明けのテストどうだった?」
「あー、うん阿部くんのおかげで何とか。先生にも“ これを維持すれば合格圏内は確定だろう”って言われたよ。ありがとね」
「僕は関係ないよ、頑張ったのは紅音ちゃんなんだから。でもほんと良かったね」
碧が貴斗に満面の笑みを向けると貴斗は顔を赤らめ照れ臭そうにし見られないよう碧への視線からノートに移し顔を背けた。が、耳まで赤くなっている貴斗に碧は気づかれないように含み笑いをした。
「ね、ねぇそろそろお昼だし何か食べに行かない?」
時計を見ると正午を回り、言われてみるとお腹も空いてきたので碧は頷き机の上の物を片付け図書館を後にした。
☆☆☆
「......あのー、お昼ここで食べるの?」
図書館を出た後駅のコインロッカーに勉強道具などを入れ貴斗の後をついて行くと碧たちがいるこの空間だけまるでイタリアの街並みが抜き出されたかのような雰囲気が漂いその中でも一際目立つ洋館が目の前に存在していた。
「うん、父親の知り合いがやってるお店でね、ほんとは予約しなきゃいけないみたいだけどうちの家族は決まった席があるからいいんだって」
呆気にとられる碧を後目に貴斗は何食わぬ顔で入ろうとするのを急いで止めた。
「いやいや、阿部くんっていつも友だちとこういうお店で食べるの?」
(だってここランチで4千円って......そりゃあんな豪邸に住んでるお坊ちゃんだから普通なのか?!)
店の前に置かれているお洒落なメニュースタンドには普通の学生には到底似つかわしくない価格が記載され思わず貴斗の裾を掴んでしまった。
「まさかっ!普段は行かないよ...ただ今日は初めてのデ、デートだったから」
赤くなったりいじけたりころころと変わる表情になんだか愛くるしくなり碧は口元がほころんでしまった。
「そうなんだ...嬉しいけどさすがにここは...」
「なんだ、やっぱり貴斗か。店の前に似たようなのが見えたから覗いてみたら、っておっ!お前彼女連れて来たのか!」
二人が行動手段に困っていると店の扉が開き二人の前に長身の目鼻立ちが整った男性シェフが現れ腕を組みニヤニヤしながら貴斗に話しかけていた。照れ臭そうにする貴斗を店へ入るように誘導したが碧の表情を察したのか笑いながら
「さすがにお前たちからこんな金額は取らないよ、それ相応のメニューにしてやるからお嬢さんも気にしないで食べていってくれ」
碧に笑顔を向け二人を店に案内した。碧はシェフにお礼を言うと「気にしない気にしない、キミが大人になった時にまた食べに来てくれな、その時はちゃんと御代はもらうから」
にこやかに告げられ二人は来店した時貴斗たち家族が利用する個室へと案内された。
「なんかすごいね...こんなとこ家族とも来たことないよ」
清潔感溢れ落ち着く店内に碧はお上りさんのように辺りを見渡していると貴斗の慣れたような作法に気後れし大人しく座り直した。
しばらくするとウエイトレスが自分たちの前にパスタとサラダ、スープを届けに入ってきた。
「えっ?ほんとに金額大丈夫...なんかすごく凝ってるのが私でもわかるんだけど」
目の前に置かれた料理を見るや否や碧は不安そうに貴斗に目をやると
「普段はもっとすごいし多分通常の金額よりぐっと抑えられてると思うから心配しなくていいよ、それよりほんと美味いから食べようよ」
碧の不安を余所に貴斗はニコニコしながら料理を勧めトマトソースをベースにしたパスタを碧は一口食べた。
「何これ?!美味しいっ!こんなの食べたことないよー」
感動しながら食べる碧を見て貴斗の顔が口元が緩みそれを見られないよう自分もパスタを口に運んだ。
☆☆☆
「美味しかったー、デザートのチョコレートタルトも私好みだったし」
デザートに出されたトルタ・アル・チョコラートを食べ終わり紅茶を飲みながら貴斗と談笑していると先程のシェフが現れた。
「おじさん、馳走様でした。彼女も喜んでたよ」
「ご、ご馳走様でした、あんな美味しいの食べたことない位美味しかったですっ」
「お気に召していただきましてありがとうございます」
そう言うとシェフはにこやかに碧に頭を下げ、なぜか碧もつられて頭を下げると貴斗がクスクスと笑っていた。
「貴斗、今日の会計は親父さんに付けとくから払わなくていいぞ、お前の可愛い彼女も見れたことだしな」
シェフはニヤ付きながらからかうように貴斗に言うと真っ赤になり照れ隠しからかブスっとしながら「...ありがと」小さな声でお礼を呟いていた。
店を出た二人は近くの雑貨屋やアパレルショップなどを巡った。碧にとって夏樹以外の異性と二人で遊んだりするのが初めてで最初こそ緊張もしたがその分貴斗がいろいろリードしてくれ段々と楽しさの方が上回っていった。
「...ねぇねぇ、あそこの男の子めちゃくちゃイケメンじゃない?」
「ほんとだー、でも彼女持ちかー」
歩くたび、店に入るたびに周りの女の子たちからの貴斗を見る恋い焦がれる眼差しの反面、碧には敵意的に突き刺さるような視線に晒されそのたびに本来の自分の姿だとどうなったか想像すると恐ろしくなり身震いした。
(この格好でこんなんだったら“碧”としてだったら罵声浴びされそうだな...)
無意識に卑屈な表情をしていると「どしたの?」貴斗に顏を覗き込まれ吃驚して思わずよろけてしまい転倒しそうになったところを貴斗に手を掴まれなんとか転ばずに済んだ。
「わっごめんっ!大丈夫?」
「こっちこそボーっとしてたから、ありがと」
体勢を直すが貴斗は碧の手を離す気配がなく不思議に思っていると
「...このままでもいい?」
手を繋いだまま照れた顏が見えないようそっぽを向き話す貴斗に「...うん」と頷き無意識に繋いだ互いの手に力が入った。
「...ちょっと歩くけどおっきい公園あるからそこ行こうか」
貴斗は早足になりそうなのを気を付けながら碧の歩幅に合わせ公園へと向かった。公園に着くと休みで天気も良いためか小さい子を連れた親子連れやカップル、ペットを散歩させる人、少し離れたところには大きなアスレチックもあるため子供たちの騒ぐ声が聞こえた。
近くのベンチはすでに座られていたため二人は木の影がある芝生に腰を下ろすことにした。既に手は離されていたが碧は貴斗の手のぬくもりが消えず胸の高鳴りが聞こえないかハラハラしていた。
「そうだ、これ...」
貴斗がリュックから可愛らしくラッピングされた小さな包みを碧に手渡した。貴斗からのプレゼントに驚きながら包みを開け中を見ると四葉のクローバーをモチーフにしたシルバーアクセサリーが入っていた。
「さっき行った雑貨屋で紅音ちゃんに似合うなーと思って...それに今日は僕たちが初めて出会った日から丁度一ヶ月だったから何か形になる物あげたくて」
「嬉しい、こんな素敵なプレゼントありがとう...でも私何も用意してなくて」
「そんなの気にしないで、僕が勝手にしたかっただけだから」
そう話しながら微笑む貴斗に先ほどの比じゃない程の胸の心音が鳴り気付かれないようアクセサリーを包みから出した。
「ほんとありがとう、今は穴開いてないから開けたら付けるね、それまで大事にとっておくね」
碧のその言葉に貴斗は一瞬よくわからなかったのかきょとんとした表情で碧を見つめ、碧が台紙の裏を見せると目を見開き驚いた表情になっていた。
「えっ?!イヤリングと間違ってピアス買っちゃったっ!」
見る見る表情が変わりパニックになったかと思うと今度は意気消沈し肩の力が抜けていってしまった。
「気にしないで、貴斗くんが選んでくれた物だもん。ありがと」
嬉しさが零れるほどの笑顔を向けると貴斗が少しずつ距離を詰め下を向きながら何かボソボソと呟いていた。
「ん?何?」碧が聞き返そうと貴斗の口元に耳を近づけると
「...キスしちゃ...ダメ...かな?」
途切れ途切れに話す貴斗に心が揺れ不思議と首を横に振っていた。ただ休みの午後の公園にはまわりに人も多くいることに気付き碧がここではできないとこを伝えようと言葉を吐こうとした瞬間、貴斗の優しく温かい体温が碧の唇に伝わった。時間にして一秒もあるかどうかの時間ではあったが碧にはもの凄く長い感覚を受けた。
貴斗の唇が離れ互いの視線が絡むと碧は恥ずかしさから俯き目線を逸らすと貴斗の指先が碧の頬に触れ、
「好きだよ...ずっと一緒にいようね」
緊張しているのか貴斗の指先の微かな震えが頬に伝わってきた。視線を貴斗に向けるとはにかんだ笑顔に思わず碧も目を細め心地良さでいっぱいになっていた。
「うん」
生まれて初めてのデートは碧にとって最高でのちに最低な想い出になっていくことになった。
「おはよ、新学期早々テストってマジで勘弁だわ」
夏休みも終わり、皆思い思いの感情で新学期を迎え碧もまた憂鬱な気分になりながらも久しぶりに会う二人の友人と談笑していた。
「今年は夏期講習と模試で夏休み終わったよ、あー私のバカンスー出会いもなく散ってったよ。あおはどうよ?」
「私は塾行ってないし家と図書館の往復で終わったかな」
「...碧、なんか雰囲気変わった?もしかして彼氏でも出来た?」
傍にいたもう一人の友人に言われ首を横に振った。貴斗のことは何となく言うのを躊躇い仲のいい友人にすら言えずにいた。
「ちょっとー、ほんとー?あお、もしかして前言ってた片想いの幼馴染の高校生と上手くいったとか?!」
友人が前のめりになりながら碧に聞いてきたがそれも首を横に振り夏樹と朋絵の出来事を話した。
「結構ヘビーな内容だね、碧は大丈夫なの?」
心配そうに尋ねる友人に碧は笑顔を向け頷いた。
「まぁーかなりショックだったしいっぱい泣いたけど今はそんなことに労力使ってる暇はないからね」
「よく言った!男なんて受験の妨げだー!このマイナスの気持ちを今日のテストにぶち当てるのだー!」
高々にぐっと握った手を上に挙げる友人に碧は困ったような表情を浮かべ友人たちに笑顔を向けた。
☆☆☆
始業式、休み明けテストと慌ただしい一日が終わり友人たちと他愛もない話をしながら下校し途中で別れると鞄の中に入れてあったスマホの振動に気がついた。取り出すと“阿部くん”との文字が表示され急いで通話ボタンをタップした。
「もしもし」
『もしもし、今大丈夫?もう家?』
帰宅途中と伝えると貴斗も帰宅途中で今は電車待ちをしているところだと伝えてきた。
『初日はやっぱ疲れるね......はぁ、もう紅音ちゃん不足だ...顔見たいよ』
受話口から聞こえる甘えたような貴斗の声に少し擽ったくなりながらも未だに自分の名前を“紅音”ではなく“碧”と告げられずしかも未だ素の状態で会えずもどかしさを募らせていた。
『...で......だし......あ…ね......ちゃ......紅...音ち...ゃん!聞いてる?!』
「えっ?あっ、ごめん!ちょっとぼーっとしちゃってた」
『もぅー、だから今度の休み会える?大丈夫ならいつもの図書館で待ち合わせしない?』
「あ、うん、大丈夫だよ。そろそろ家着くし切るね、うん、気をつけて帰ってね」
通話を終わらせ家の方へ目をやると誰かが家の前で立っているのが見え、近づくにつれその人物が誰であるのか理解した。
「...碧」
まだ制服姿の夏樹が玄関先に佇み此方に気づくと立ち止まる碧の方へと一歩ずつ近づきその距離が近づけば近づくほど碧は鼓動が早まっていくのがわかった。
「おかえり」
少し前までは普通に接していた夏樹との距離が自分の中で目に見える程距離があいていることに痛感させられた。
「...あのさ、「ごめんっ、私ちょっと急いでるから」
夏樹の言葉を遮るように碧は顔を見られないよう俯き加減でその場を通り過ぎた。夏樹はすれ違う碧の腕を掴もうとしたが拒否された時の表情が思い出され指先が動かず掴むことが出来なかった。夏樹が躊躇っている間に碧は早足でそのまま家の中へと入って行った。
玄関のドアを閉めそのまま寄りかかるように凭れ碧は気持ちを落ち着かせるため一度深呼吸をした。
「おかえりー、なっちゃんに会わなかった?今さっきまで碧のこと待ってたのよー。あっそうそう、おじいちゃんの容態も落ち着いたから奈美さん帰ってくるみたいな...って碧?聞いてるの?!」
扉から顔を出し母親に話しかけられたが碧は無言のまま靴を脱ぎそのまま自室へと向かった。
鞄を机に置きそのままベッドに寝転がった。夏樹を見るとあの状景が脳裏に浮かび拒絶感が湧き上がった。
(きっと他の人ならこんな風にはならないんだろうな...)
未だ完全に夏樹への想いが断ち切れない自分に苛立ちながら何かから逃げるように目を閉じた。
――――――――――――
「ごめんね、ちょっと出がけに手間取っちゃって」
碧は大きめのトートバッグを肩にかけ息を切らしながら貴斗と待ち合わせした図書館へとやって来た。
「そんな急がなくて良かったのに、しかも遅刻してないし。とりあえず中入ろっか」
困ったような笑みで碧のトートバッグを取り上げ中へと誘導した。
「先にね、学習室の席取っといたんだ。この時期になってくると早めに行かないと埋まっちゃうからね」
「そうなんだ、ありがと」
二人は鞄から勉強道具を並べ暫くは互いに参考書との睨めっこ状態が続いた。
☆☆☆
「ふぁーー、頭パンクしそっ」
碧は周りに気を遣いながら小さな声でこぼし背もたれに凭れながら溜息を付くと隣に座る貴斗は顔をほころばせた。
「阿部くんはいいなー、エスカレーター式だから切羽詰まることないし。仮に外部受験だったとしても頭も良いから偏差値めちゃくちゃ高いとこでもすんなり合格できそうだもんなー」
いじけたように話す碧に優しい表情で目を細め貴斗はシャーペンを置いた。
「そんなことないよ、僕だってわかんないとこあるし内部進学試験だってある程度点数取らないとヤバいからね...そう言えば休み明けのテストどうだった?」
「あー、うん阿部くんのおかげで何とか。先生にも“ これを維持すれば合格圏内は確定だろう”って言われたよ。ありがとね」
「僕は関係ないよ、頑張ったのは紅音ちゃんなんだから。でもほんと良かったね」
碧が貴斗に満面の笑みを向けると貴斗は顔を赤らめ照れ臭そうにし見られないよう碧への視線からノートに移し顔を背けた。が、耳まで赤くなっている貴斗に碧は気づかれないように含み笑いをした。
「ね、ねぇそろそろお昼だし何か食べに行かない?」
時計を見ると正午を回り、言われてみるとお腹も空いてきたので碧は頷き机の上の物を片付け図書館を後にした。
☆☆☆
「......あのー、お昼ここで食べるの?」
図書館を出た後駅のコインロッカーに勉強道具などを入れ貴斗の後をついて行くと碧たちがいるこの空間だけまるでイタリアの街並みが抜き出されたかのような雰囲気が漂いその中でも一際目立つ洋館が目の前に存在していた。
「うん、父親の知り合いがやってるお店でね、ほんとは予約しなきゃいけないみたいだけどうちの家族は決まった席があるからいいんだって」
呆気にとられる碧を後目に貴斗は何食わぬ顔で入ろうとするのを急いで止めた。
「いやいや、阿部くんっていつも友だちとこういうお店で食べるの?」
(だってここランチで4千円って......そりゃあんな豪邸に住んでるお坊ちゃんだから普通なのか?!)
店の前に置かれているお洒落なメニュースタンドには普通の学生には到底似つかわしくない価格が記載され思わず貴斗の裾を掴んでしまった。
「まさかっ!普段は行かないよ...ただ今日は初めてのデ、デートだったから」
赤くなったりいじけたりころころと変わる表情になんだか愛くるしくなり碧は口元がほころんでしまった。
「そうなんだ...嬉しいけどさすがにここは...」
「なんだ、やっぱり貴斗か。店の前に似たようなのが見えたから覗いてみたら、っておっ!お前彼女連れて来たのか!」
二人が行動手段に困っていると店の扉が開き二人の前に長身の目鼻立ちが整った男性シェフが現れ腕を組みニヤニヤしながら貴斗に話しかけていた。照れ臭そうにする貴斗を店へ入るように誘導したが碧の表情を察したのか笑いながら
「さすがにお前たちからこんな金額は取らないよ、それ相応のメニューにしてやるからお嬢さんも気にしないで食べていってくれ」
碧に笑顔を向け二人を店に案内した。碧はシェフにお礼を言うと「気にしない気にしない、キミが大人になった時にまた食べに来てくれな、その時はちゃんと御代はもらうから」
にこやかに告げられ二人は来店した時貴斗たち家族が利用する個室へと案内された。
「なんかすごいね...こんなとこ家族とも来たことないよ」
清潔感溢れ落ち着く店内に碧はお上りさんのように辺りを見渡していると貴斗の慣れたような作法に気後れし大人しく座り直した。
しばらくするとウエイトレスが自分たちの前にパスタとサラダ、スープを届けに入ってきた。
「えっ?ほんとに金額大丈夫...なんかすごく凝ってるのが私でもわかるんだけど」
目の前に置かれた料理を見るや否や碧は不安そうに貴斗に目をやると
「普段はもっとすごいし多分通常の金額よりぐっと抑えられてると思うから心配しなくていいよ、それよりほんと美味いから食べようよ」
碧の不安を余所に貴斗はニコニコしながら料理を勧めトマトソースをベースにしたパスタを碧は一口食べた。
「何これ?!美味しいっ!こんなの食べたことないよー」
感動しながら食べる碧を見て貴斗の顔が口元が緩みそれを見られないよう自分もパスタを口に運んだ。
☆☆☆
「美味しかったー、デザートのチョコレートタルトも私好みだったし」
デザートに出されたトルタ・アル・チョコラートを食べ終わり紅茶を飲みながら貴斗と談笑していると先程のシェフが現れた。
「おじさん、馳走様でした。彼女も喜んでたよ」
「ご、ご馳走様でした、あんな美味しいの食べたことない位美味しかったですっ」
「お気に召していただきましてありがとうございます」
そう言うとシェフはにこやかに碧に頭を下げ、なぜか碧もつられて頭を下げると貴斗がクスクスと笑っていた。
「貴斗、今日の会計は親父さんに付けとくから払わなくていいぞ、お前の可愛い彼女も見れたことだしな」
シェフはニヤ付きながらからかうように貴斗に言うと真っ赤になり照れ隠しからかブスっとしながら「...ありがと」小さな声でお礼を呟いていた。
店を出た二人は近くの雑貨屋やアパレルショップなどを巡った。碧にとって夏樹以外の異性と二人で遊んだりするのが初めてで最初こそ緊張もしたがその分貴斗がいろいろリードしてくれ段々と楽しさの方が上回っていった。
「...ねぇねぇ、あそこの男の子めちゃくちゃイケメンじゃない?」
「ほんとだー、でも彼女持ちかー」
歩くたび、店に入るたびに周りの女の子たちからの貴斗を見る恋い焦がれる眼差しの反面、碧には敵意的に突き刺さるような視線に晒されそのたびに本来の自分の姿だとどうなったか想像すると恐ろしくなり身震いした。
(この格好でこんなんだったら“碧”としてだったら罵声浴びされそうだな...)
無意識に卑屈な表情をしていると「どしたの?」貴斗に顏を覗き込まれ吃驚して思わずよろけてしまい転倒しそうになったところを貴斗に手を掴まれなんとか転ばずに済んだ。
「わっごめんっ!大丈夫?」
「こっちこそボーっとしてたから、ありがと」
体勢を直すが貴斗は碧の手を離す気配がなく不思議に思っていると
「...このままでもいい?」
手を繋いだまま照れた顏が見えないようそっぽを向き話す貴斗に「...うん」と頷き無意識に繋いだ互いの手に力が入った。
「...ちょっと歩くけどおっきい公園あるからそこ行こうか」
貴斗は早足になりそうなのを気を付けながら碧の歩幅に合わせ公園へと向かった。公園に着くと休みで天気も良いためか小さい子を連れた親子連れやカップル、ペットを散歩させる人、少し離れたところには大きなアスレチックもあるため子供たちの騒ぐ声が聞こえた。
近くのベンチはすでに座られていたため二人は木の影がある芝生に腰を下ろすことにした。既に手は離されていたが碧は貴斗の手のぬくもりが消えず胸の高鳴りが聞こえないかハラハラしていた。
「そうだ、これ...」
貴斗がリュックから可愛らしくラッピングされた小さな包みを碧に手渡した。貴斗からのプレゼントに驚きながら包みを開け中を見ると四葉のクローバーをモチーフにしたシルバーアクセサリーが入っていた。
「さっき行った雑貨屋で紅音ちゃんに似合うなーと思って...それに今日は僕たちが初めて出会った日から丁度一ヶ月だったから何か形になる物あげたくて」
「嬉しい、こんな素敵なプレゼントありがとう...でも私何も用意してなくて」
「そんなの気にしないで、僕が勝手にしたかっただけだから」
そう話しながら微笑む貴斗に先ほどの比じゃない程の胸の心音が鳴り気付かれないようアクセサリーを包みから出した。
「ほんとありがとう、今は穴開いてないから開けたら付けるね、それまで大事にとっておくね」
碧のその言葉に貴斗は一瞬よくわからなかったのかきょとんとした表情で碧を見つめ、碧が台紙の裏を見せると目を見開き驚いた表情になっていた。
「えっ?!イヤリングと間違ってピアス買っちゃったっ!」
見る見る表情が変わりパニックになったかと思うと今度は意気消沈し肩の力が抜けていってしまった。
「気にしないで、貴斗くんが選んでくれた物だもん。ありがと」
嬉しさが零れるほどの笑顔を向けると貴斗が少しずつ距離を詰め下を向きながら何かボソボソと呟いていた。
「ん?何?」碧が聞き返そうと貴斗の口元に耳を近づけると
「...キスしちゃ...ダメ...かな?」
途切れ途切れに話す貴斗に心が揺れ不思議と首を横に振っていた。ただ休みの午後の公園にはまわりに人も多くいることに気付き碧がここではできないとこを伝えようと言葉を吐こうとした瞬間、貴斗の優しく温かい体温が碧の唇に伝わった。時間にして一秒もあるかどうかの時間ではあったが碧にはもの凄く長い感覚を受けた。
貴斗の唇が離れ互いの視線が絡むと碧は恥ずかしさから俯き目線を逸らすと貴斗の指先が碧の頬に触れ、
「好きだよ...ずっと一緒にいようね」
緊張しているのか貴斗の指先の微かな震えが頬に伝わってきた。視線を貴斗に向けるとはにかんだ笑顔に思わず碧も目を細め心地良さでいっぱいになっていた。
「うん」
生まれて初めてのデートは碧にとって最高でのちに最低な想い出になっていくことになった。
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