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第2章
第15話・転職師リグレットとの出会い
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リム王国からの大侵略の爪痕は大きかったものの、ウッドバルト王国は着実に復興に向かって進んでいた。父ラルフォンを亡くして一年、ジャンヌは飛び級でウッドバルト魔法学院を卒業した。卒業と同時に、父の抜けた穴を埋めるべく、十二聖騎士団への入団をギャザリン団長から打診された。ジャンヌは迷うことなく、断った。
父の穴を埋めることの重責を担えないということが表向きの理由であったが、ジャンヌは学校卒業後にはやりたいことがあったのだ。
ウッドバルト王国、リム王国、サグ・ヴェーヌ共和国、オーギュスター公国といった四国に囲まれたこの地を離れ、世界を自分の眼で見てみたいという夢があった。
「おぃ、兄ちゃん!これ、持っていけよ」
「これ?なんですか?」
ジャンヌは道具屋から渡された薄汚い小袋を開いた。麻の紐でしっかりと結ばれている。
「これはよぉ、【転職の種】ってやつでさ、十粒でジョブチェンジができるってやつさ」
「そんな大切なものをもらえるんですか?」
ジャンヌは袋の中の種を見た。
「いやいや、そういってもよぉ、八粒しかねぇのよ。あと二粒、ここは商業も盛んだし、冒険者も換金目的でよく立ち寄ってくれるが、なかなかね。集まらなくて」
ジャンヌは【転職の種】を手に取った。かぼちゃの種のような、特に見分けがつくわけでもないが、触れるとキラッと光った。
「おっ、冒険者として認めてくれたようだな。ジャンヌ、お前が持ってる方がいいよ。旅に出るならなおさら、冒険中に残り二粒くらい見つかるだろうに」
ジャンヌは道具屋のオヤジに礼を言うと、
【転職の種】の入った袋をリュックに入れた。
ジャンヌはウッドバルト王国を出て、北へ向かった。オーギュスター公国を経由して、アーガマ地方を抜けようとしていた。ウッドバルド王国をはじめとする四国はアーガマ地方の西側に位置していた。
アーガマ地方を抜けると、ゴード・スー出身のガダルニア王国、ドワーフの国だ。ジャンヌは、ゴードのすすめで剣聖リヒトに修行することとなった。父よりレベルが低かったせいで、父を護れなかったこと。この【エクスペリエンスの指輪】を最大限に活かすには、レベルアップの効果を最大化しなければならない。剣聖リヒトはアーガマ地方では、最高位のレベルランクにいる人物だ。
バルス・テイトが王位を返上したオーギュスター公国は静まり返っていた。ジャンヌが訪れるのは二回目。幼いころ父ラルフォンに連れられて、しばらく滞在した記憶があった。
「ジャンヌ殿、こちらで狭いところですがおくつろぎいただければ」
オーギュスター公国に入ったジャンヌは、近くの安宿に案内された。バルスの元重臣であった男は、バルスの王位返上ともに宮仕えを辞め、公国の城下町に小さな宿屋を開いた。
三組・十五名ほどしか宿泊できない小ぶりな宿であったが、オーギュスター公国名物のギュスを捌いた肉料理が評判だった。
「ありがとうございます」
部屋に通されたジャンヌは、木造りの薄い壁越しに隣の冒険者たちの声が聞こえた。
「あした、ここの金をごそっといただくぞ」
「あぁ、ついでに宿のオヤジ、【転職の種】を大事そうに飾ってたろ、あれも金になるぜ」
ジャンヌの隣部屋の冒険者たちは、ならずものだった。ジャンヌは男たちの言葉をそのまま店主に伝えた。
「あぁ、気になさらぬことです。そんな輩は一ひねりですよ」
確かに宿屋のオヤジはは小柄だが、魔力のオーラ―で満ちている。強い、レベルは百を越えている。流石にバルス王の側近であっただけに、武術・魔術の腕前はその辺の宿屋のオヤジとは比べ物にならないと、ジャンヌは感じた。
宿屋の扉が開く。
「オヤジさん、一組いけるかい?」
ひょろっとした男が入って来た。武器を持っていないところを見ると、ただの商人なのかもしれない。
「すまないねぇ、生憎、三部屋とも埋まってまして」
「相部屋でもいいんだぜ。俺たちは」
その男は、俺たちというわりに、一人だった。
「お客さん、えーと、お一人様で?」
「おいっ、ガルフぅ、お前また人形と間違われたみたいだぜ」
その男の肩には、小ぶりな人形のようなモノが乗っていた。
「俺は、元ニンゲンだ!」
ガルフはいつものセリフを叫んだ。
「こいつは、ガルフ。人間だったんだが、呪いでこんな。クックッ、ミニ、どら、ドラゴンに変えられちまって」
「何がおかしいんだよ!リグレット!」
ガルフはリグレットの耳を噛んだ。
「いててて、っ、すまねぇ。ってことで、オヤジ、相部屋でもいいんだ。どっかねぇか?」
リグレットは諦めない。
「あの、僕の部屋でよければ、僕一人なんで」
ジャンヌの申し出に、リグレットとガルフは大喜びした。
「いやー助かった。ずっとさぁ、野営だったんだよなぁ俺たち。風呂にも入ってねぇし、メシもろくでもないもんばっかだったし。じゃぁオヤジ、この青年と相部屋いいか?」
「ジャンヌさん、いいんですか?」
「はい、この人たち、いいヒトそうですから」
リグレットはジャンヌに右手を差し出し、握手を求めた。ジャンヌはリグレットの手を握った。リグレットはジャンヌとの握手に二つの違和感を覚えた。
ひとつは華奢な身体のわりに、握力が強すぎること。その辺の男なら、この握手で骨折するのではないかというほどだった。
もうひとつは、親指にはめられた指輪のこと。明らかに秘匿財宝だった。どちらかというと呪われた道具。呪具体だとすぐわかった。
ガルフは小さなドラゴンの呪いをかけられているせいで、他の「呪い」に敏感だ。呪いと呪いが反応しあって、自身の中で共鳴する。
大きな呪いの波長、共鳴によってこの宿に導かれたのだ。ガルフがリグレットに怪しい宿屋があると伝えたのは一時間前。リグレットはただの転職師ゆえに、呪いを祓うことはできないが、いざ戦闘となれば、リグレットとガルフで掃討できない敵にこの五年であったことがない。いざとなれば、戦えばいい、と二人で話し合って、この宿に飛び込んだのだ。
「あ、これ!【転職の種】じゃねーか」
リグレットが宿のカウンター奥を指さした。丁寧に瓶詰されて飾られている【転職の種】がキラキラ光っている。
リグレットは続けた。
「オヤジさん、物騒だなぁ、こんな金目のモノここに置いてちゃぁ、盗んでくださいって言ってるようなもんじゃねぇか」
「大丈夫ですよぉ、小さいですが結界を張ってますし、それに私は元バルス王の側近ですから」
宿屋のオヤジはリグレットたちを二階のジャンヌの部屋に案内し、ベッドのシーツを二人分追加で取り換えた。
「食事は、あとでお持ちします。昨日いいギュスを捌いたんですよ。ミディアムに焼いたステーキ、ぜひ召し上がってください」
宿屋のオヤジは、そういって部屋を出た。
ジャンヌは、リグレットとガルフに自己紹介をした。
「僕は、ウッドバルト王国出身のジャンヌ・ガーディクスと言います。ガダルニア王国に向かう途中、 こちらの宿にお世話になっています」
「ん?おめぇ、あれか。ガーディクス家の、あの、なんてったっけ、ガルフあのガーディクス家のあのダンディなオヤジ」
「あぁ、ラルフォンか。ウッドバルト王国十二聖騎士の副団長ね」
「ラルフォンは父です」
「そうか、ラルフォンの息子。たしか、去年のリム王国との戦いで戦死したとか」
リグレットはジャンヌの息遣いを確認しながら、訊いた。
「ええ、【駕籠の宿】が父にだけ効かなくて」
「【駕籠の宿】ってジャンヌ、君が唱えたのか?」
ガルフはジャンヌの言葉を疑うようにして見た。
「はい、でも父のレベルが高くて、僕のレベルでは護りきれなくて」
リグレットはジャンヌの右手親指の指輪がキラキラと光るのを確認していた。
「詠唱者よりレベルの上の対象には効かねぇ魔法ってのがあるからなぁ」
「リグレットさんたちは、旅をされているんですか?」
ジャンヌは久々の会話で心が弾んでいた。
「あぁ、俺は転職師、って言ってな、まぁジョブチェンジをはじめとするステータス割り振りを仕事にしてんだ」
「で、僕はドラゴンスレイヤーに転職しようとして、媒介になる道具が呪われていて、このありさまに」
ガルフが自身の姿の説明をし始めた。
「この話が始まると長いんだ。とにかく俺たちの旅の目的は、ガルフを人間に戻すってことだ。俺はコイツに借りがあるんでね」
リグレットはベッドに横になりながら、言った。
宿屋のオヤジが部屋に運んできた、ギュスのステーキは絶品だった。風呂が狭いのでジャンヌから順番に入ることになった。リグレットたちは部屋で道具を整理していた。
「ガルフ、あの指輪から目を離すなよ」
「う、うん」
「どうしたんだ、なんだか浮かねぇ顔だな」
「うん、なんだか体のなかで呪いが反響してるんだよね」
「ジャンヌの指輪じゃないのか?あれが呪具体に間違いなさそうじゃないか」
「そうなんだけど、なんだかもう一つ感じるんだ。邪悪な呪いを」
ジャンヌが戻って来た。
「いいお湯でしたよ。少し狭いですけど、ここのお湯は…」
ジャンヌの濡れた髪から湯気がまだ出ていた。
その時だった、隣の部屋の男たちがガタガタと一階へと下りて行った。騒がしい音、何かが壊れるような音がした。ジャンヌとリグレット、ガルフは一階へと向かった。
宿の入り口は血まみれだった。男たちは三人、盗賊のようないでたちだったが、首から上がなかった。腕と足もなかった。胴体だけだった。
「こ、これは」
ジャンヌが身構える。腰のベルトにぶら下げたダガーケースがガタガタと振動する。うっすらと蒼く光り始めている。
「これは、人間の仕業じゃぁねぇな。な、ガルフ」
「これは、食いちぎられたようにも見えるね」
ジャンヌの背後から、俊敏な動きを繰り返す影を感じる。間合いを図っているようにも見える。
リグレットは右手から巨大な槍を生やした。
「【転移走術】明鏡止水の槍」
リグレットの右手から生えてきたように見えた槍が完全に姿を現す。
「驚いた?持ちきれないからさ、あんなデカい槍。だから転移術で、亜空間に置いてるんだよ」
ガルフが得意げにジャンヌに説明する。
ジャンヌは【無情のナイフ】を構える。十二聖騎士の魔法使い、メイ・パルスに習いたての【大火】の完全詠唱を始めた。
「おいおい!こんなところで、火をつかうんじゃねぇ!!!」
リグレットが一瞬、ジャンヌに気を取られた隙に、俊敏な影がリグレットに襲い掛かってきた。
うめき声とともに、吹き出る大量の血が天井にまで届いた。
「リグレットさん!!!」
ジャンヌが詠唱を中断し、叫んだ。
父の穴を埋めることの重責を担えないということが表向きの理由であったが、ジャンヌは学校卒業後にはやりたいことがあったのだ。
ウッドバルト王国、リム王国、サグ・ヴェーヌ共和国、オーギュスター公国といった四国に囲まれたこの地を離れ、世界を自分の眼で見てみたいという夢があった。
「おぃ、兄ちゃん!これ、持っていけよ」
「これ?なんですか?」
ジャンヌは道具屋から渡された薄汚い小袋を開いた。麻の紐でしっかりと結ばれている。
「これはよぉ、【転職の種】ってやつでさ、十粒でジョブチェンジができるってやつさ」
「そんな大切なものをもらえるんですか?」
ジャンヌは袋の中の種を見た。
「いやいや、そういってもよぉ、八粒しかねぇのよ。あと二粒、ここは商業も盛んだし、冒険者も換金目的でよく立ち寄ってくれるが、なかなかね。集まらなくて」
ジャンヌは【転職の種】を手に取った。かぼちゃの種のような、特に見分けがつくわけでもないが、触れるとキラッと光った。
「おっ、冒険者として認めてくれたようだな。ジャンヌ、お前が持ってる方がいいよ。旅に出るならなおさら、冒険中に残り二粒くらい見つかるだろうに」
ジャンヌは道具屋のオヤジに礼を言うと、
【転職の種】の入った袋をリュックに入れた。
ジャンヌはウッドバルト王国を出て、北へ向かった。オーギュスター公国を経由して、アーガマ地方を抜けようとしていた。ウッドバルド王国をはじめとする四国はアーガマ地方の西側に位置していた。
アーガマ地方を抜けると、ゴード・スー出身のガダルニア王国、ドワーフの国だ。ジャンヌは、ゴードのすすめで剣聖リヒトに修行することとなった。父よりレベルが低かったせいで、父を護れなかったこと。この【エクスペリエンスの指輪】を最大限に活かすには、レベルアップの効果を最大化しなければならない。剣聖リヒトはアーガマ地方では、最高位のレベルランクにいる人物だ。
バルス・テイトが王位を返上したオーギュスター公国は静まり返っていた。ジャンヌが訪れるのは二回目。幼いころ父ラルフォンに連れられて、しばらく滞在した記憶があった。
「ジャンヌ殿、こちらで狭いところですがおくつろぎいただければ」
オーギュスター公国に入ったジャンヌは、近くの安宿に案内された。バルスの元重臣であった男は、バルスの王位返上ともに宮仕えを辞め、公国の城下町に小さな宿屋を開いた。
三組・十五名ほどしか宿泊できない小ぶりな宿であったが、オーギュスター公国名物のギュスを捌いた肉料理が評判だった。
「ありがとうございます」
部屋に通されたジャンヌは、木造りの薄い壁越しに隣の冒険者たちの声が聞こえた。
「あした、ここの金をごそっといただくぞ」
「あぁ、ついでに宿のオヤジ、【転職の種】を大事そうに飾ってたろ、あれも金になるぜ」
ジャンヌの隣部屋の冒険者たちは、ならずものだった。ジャンヌは男たちの言葉をそのまま店主に伝えた。
「あぁ、気になさらぬことです。そんな輩は一ひねりですよ」
確かに宿屋のオヤジはは小柄だが、魔力のオーラ―で満ちている。強い、レベルは百を越えている。流石にバルス王の側近であっただけに、武術・魔術の腕前はその辺の宿屋のオヤジとは比べ物にならないと、ジャンヌは感じた。
宿屋の扉が開く。
「オヤジさん、一組いけるかい?」
ひょろっとした男が入って来た。武器を持っていないところを見ると、ただの商人なのかもしれない。
「すまないねぇ、生憎、三部屋とも埋まってまして」
「相部屋でもいいんだぜ。俺たちは」
その男は、俺たちというわりに、一人だった。
「お客さん、えーと、お一人様で?」
「おいっ、ガルフぅ、お前また人形と間違われたみたいだぜ」
その男の肩には、小ぶりな人形のようなモノが乗っていた。
「俺は、元ニンゲンだ!」
ガルフはいつものセリフを叫んだ。
「こいつは、ガルフ。人間だったんだが、呪いでこんな。クックッ、ミニ、どら、ドラゴンに変えられちまって」
「何がおかしいんだよ!リグレット!」
ガルフはリグレットの耳を噛んだ。
「いててて、っ、すまねぇ。ってことで、オヤジ、相部屋でもいいんだ。どっかねぇか?」
リグレットは諦めない。
「あの、僕の部屋でよければ、僕一人なんで」
ジャンヌの申し出に、リグレットとガルフは大喜びした。
「いやー助かった。ずっとさぁ、野営だったんだよなぁ俺たち。風呂にも入ってねぇし、メシもろくでもないもんばっかだったし。じゃぁオヤジ、この青年と相部屋いいか?」
「ジャンヌさん、いいんですか?」
「はい、この人たち、いいヒトそうですから」
リグレットはジャンヌに右手を差し出し、握手を求めた。ジャンヌはリグレットの手を握った。リグレットはジャンヌとの握手に二つの違和感を覚えた。
ひとつは華奢な身体のわりに、握力が強すぎること。その辺の男なら、この握手で骨折するのではないかというほどだった。
もうひとつは、親指にはめられた指輪のこと。明らかに秘匿財宝だった。どちらかというと呪われた道具。呪具体だとすぐわかった。
ガルフは小さなドラゴンの呪いをかけられているせいで、他の「呪い」に敏感だ。呪いと呪いが反応しあって、自身の中で共鳴する。
大きな呪いの波長、共鳴によってこの宿に導かれたのだ。ガルフがリグレットに怪しい宿屋があると伝えたのは一時間前。リグレットはただの転職師ゆえに、呪いを祓うことはできないが、いざ戦闘となれば、リグレットとガルフで掃討できない敵にこの五年であったことがない。いざとなれば、戦えばいい、と二人で話し合って、この宿に飛び込んだのだ。
「あ、これ!【転職の種】じゃねーか」
リグレットが宿のカウンター奥を指さした。丁寧に瓶詰されて飾られている【転職の種】がキラキラ光っている。
リグレットは続けた。
「オヤジさん、物騒だなぁ、こんな金目のモノここに置いてちゃぁ、盗んでくださいって言ってるようなもんじゃねぇか」
「大丈夫ですよぉ、小さいですが結界を張ってますし、それに私は元バルス王の側近ですから」
宿屋のオヤジはリグレットたちを二階のジャンヌの部屋に案内し、ベッドのシーツを二人分追加で取り換えた。
「食事は、あとでお持ちします。昨日いいギュスを捌いたんですよ。ミディアムに焼いたステーキ、ぜひ召し上がってください」
宿屋のオヤジは、そういって部屋を出た。
ジャンヌは、リグレットとガルフに自己紹介をした。
「僕は、ウッドバルト王国出身のジャンヌ・ガーディクスと言います。ガダルニア王国に向かう途中、 こちらの宿にお世話になっています」
「ん?おめぇ、あれか。ガーディクス家の、あの、なんてったっけ、ガルフあのガーディクス家のあのダンディなオヤジ」
「あぁ、ラルフォンか。ウッドバルト王国十二聖騎士の副団長ね」
「ラルフォンは父です」
「そうか、ラルフォンの息子。たしか、去年のリム王国との戦いで戦死したとか」
リグレットはジャンヌの息遣いを確認しながら、訊いた。
「ええ、【駕籠の宿】が父にだけ効かなくて」
「【駕籠の宿】ってジャンヌ、君が唱えたのか?」
ガルフはジャンヌの言葉を疑うようにして見た。
「はい、でも父のレベルが高くて、僕のレベルでは護りきれなくて」
リグレットはジャンヌの右手親指の指輪がキラキラと光るのを確認していた。
「詠唱者よりレベルの上の対象には効かねぇ魔法ってのがあるからなぁ」
「リグレットさんたちは、旅をされているんですか?」
ジャンヌは久々の会話で心が弾んでいた。
「あぁ、俺は転職師、って言ってな、まぁジョブチェンジをはじめとするステータス割り振りを仕事にしてんだ」
「で、僕はドラゴンスレイヤーに転職しようとして、媒介になる道具が呪われていて、このありさまに」
ガルフが自身の姿の説明をし始めた。
「この話が始まると長いんだ。とにかく俺たちの旅の目的は、ガルフを人間に戻すってことだ。俺はコイツに借りがあるんでね」
リグレットはベッドに横になりながら、言った。
宿屋のオヤジが部屋に運んできた、ギュスのステーキは絶品だった。風呂が狭いのでジャンヌから順番に入ることになった。リグレットたちは部屋で道具を整理していた。
「ガルフ、あの指輪から目を離すなよ」
「う、うん」
「どうしたんだ、なんだか浮かねぇ顔だな」
「うん、なんだか体のなかで呪いが反響してるんだよね」
「ジャンヌの指輪じゃないのか?あれが呪具体に間違いなさそうじゃないか」
「そうなんだけど、なんだかもう一つ感じるんだ。邪悪な呪いを」
ジャンヌが戻って来た。
「いいお湯でしたよ。少し狭いですけど、ここのお湯は…」
ジャンヌの濡れた髪から湯気がまだ出ていた。
その時だった、隣の部屋の男たちがガタガタと一階へと下りて行った。騒がしい音、何かが壊れるような音がした。ジャンヌとリグレット、ガルフは一階へと向かった。
宿の入り口は血まみれだった。男たちは三人、盗賊のようないでたちだったが、首から上がなかった。腕と足もなかった。胴体だけだった。
「こ、これは」
ジャンヌが身構える。腰のベルトにぶら下げたダガーケースがガタガタと振動する。うっすらと蒼く光り始めている。
「これは、人間の仕業じゃぁねぇな。な、ガルフ」
「これは、食いちぎられたようにも見えるね」
ジャンヌの背後から、俊敏な動きを繰り返す影を感じる。間合いを図っているようにも見える。
リグレットは右手から巨大な槍を生やした。
「【転移走術】明鏡止水の槍」
リグレットの右手から生えてきたように見えた槍が完全に姿を現す。
「驚いた?持ちきれないからさ、あんなデカい槍。だから転移術で、亜空間に置いてるんだよ」
ガルフが得意げにジャンヌに説明する。
ジャンヌは【無情のナイフ】を構える。十二聖騎士の魔法使い、メイ・パルスに習いたての【大火】の完全詠唱を始めた。
「おいおい!こんなところで、火をつかうんじゃねぇ!!!」
リグレットが一瞬、ジャンヌに気を取られた隙に、俊敏な影がリグレットに襲い掛かってきた。
うめき声とともに、吹き出る大量の血が天井にまで届いた。
「リグレットさん!!!」
ジャンヌが詠唱を中断し、叫んだ。
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