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第1章
第5話・僥倖の腕を持つ美女、セイトン
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魔法学校の授業は午前中で終わる。午後からは自習だ。詠唱訓練を行うものもいれば、格闘技術を鍛えるもの、禅を組んで魔力自体の底上げに取り組むもの。みな共通の目標を達成するためだった。
学生たちはギルドと呼ばれる修練組織体に所属しなければならない。ジャンヌは詠唱訓練をメインに行う【ラ・ルファ】ギルドに所属していた。だが、今日はギルドに向かう前に、セイトン先生のところに行って、【重力の番】を解呪してもらわなければならない。午前中ずっと右手首が重く、ジャンヌは思い通りには動かせなかった。ぼんやりしていると、右手が地面に吸い寄せられるような感覚を味わっていた。
ジャンヌは教員室のドアを開けた。セイトンはジャンヌが来るのを、今か今かと待ち構えていた。
「ジャンヌ!遅いじゃないですか」
「ええ、あのあとすぐに授業があったもので」
「午前中ずっと、その右手で?」
「先生、早く解呪してくださいよ。重くて重くて肩より上には手が上がらないんです」
セイトンはジャンヌの肉体ポテンシャルに驚いた。ウッドバルト魔法学院の教員でも、【重力の番】をかけられてしまうと、思い通りに体を動かすことはできない。たとえ右手だけであってもだ。体中に循環する魔力を右手だけに多く滞留させて、コントロールしなければ一時間ももたない。体が悲鳴を上げる。
セイトンは授業が始まる前に、ジャンヌが解呪依頼に自分のもとを訪れると思っていた。だが、それは違った。四時間、ジャンヌは授業をクリアしてセイトンのもとへやって来た。
少なく見積もってもジャンヌのレベルは80。セイトンは冷静に分析した。
「先生、解呪おねがいしますよ」
「あぁ、少し待って」
セイトンはジャンヌにかけた【重力の番】を解呪しようとしたそのとき、北側にある学院の教会から鐘の音が聞こえた。
セイトンは身構えた。鐘の音は暗号として使われていた。このパターンは敵の襲撃だ。すでに教員室はアンデッド軍団に囲まれていた。スケルトンが70体・死霊が30体、2小隊ほどの編成だ。
ウッドバルト魔法学院は強力な結界が施されている。【ジ連の結界】の中心点がこの教員室だ。奴らは、その本丸ごと落とすために、上空から侵入してきた。グレイドラゴンを従え、上空から。ドラゴンを使役できるほどの人物と言えば、大賢者リム・ウェルの仕業だ。
リム王国の祖であり、旧帝国の七賢者を束ねる大賢者リム・ウェル。ウッドバルト王国西側の国境付近にアンデッド軍団を派遣していると以前から報告はあった。十二聖騎士のラルフォンとロベルトを除く十名の聖騎士で鎮圧に向かっていたはずだった。
「先生、うしろ!」
ジャンヌの【無情のナイフ】が蒼く光る。
セイトンはスッと身体を半回転させ、踵でスケルトンの大腿骨を破壊した。踵が金色に光っている。セイトンは一瞬で【金色の夜叉】を詠唱し、肉体を強化していた。しなやかな動きは、敵をも魅了するほどだと言われていた。
「ジャンヌ、ごめん。解呪は今できないわ。あなたは、私の後ろに隠れて」
「先生、解呪に時間がかかるんですか?」
「ご名答!意外と魔力消費も多くて、解呪しちゃったらコイツらに全滅させられちゃうかも」
セイトンは腰までかかる美しい金髪をくるくるっと器用に束ね、団子状にした。色白の皮膚は、【金色の夜叉】効果により金色に輝いている。
スケルトンがぐるりとセイトンとジャンヌを取り囲み、その後ろには死霊が同じく囲んでいる。
「ヤバイわね。とりあえず、アレでも」
セイトンは簡易詠唱を始めた。
「ヌーレイ・スーレイ・ウォルグ・フォン。我の蒼き鳥、白き羽、黒き視線、まばゆき駕籠【駕籠の宿】」
セイトンとジャンヌの半径一メートルほどに、結界が張られた。死霊たちの呪文をレジストするためのものだ。【駕籠の宿】は【駕籠の鳥】の上位発展魔法。術者より下のレベルのものであれば、その呪文恩恵を受けられる。効果は魔法防御。敵味方関係なくあらゆる魔法を完全に無効化する。
死霊十体が詠唱を始めた。詠唱同期。詠唱開始から終わりまで、誤差は0.01秒以内。魔法効果が何十倍にも増幅する。兄弟や親子でも難しく、双子や三つ子といった同じ遺伝子構造の術者同士でないと成功しにくい。
一方、魔物の場合はその遺伝子構造は同じだ。特にアンデッド系は生殖によって子孫を増やすわけではない。分裂や禁忌魔術によって、個体を増やすという方法を取るため、いわゆるクローンに近い。それゆえに、同期詠唱は人類ほど困難ではないのだ。
「ジャンヌさぁ、自分のレベルってどれくらいか知ってるの?」
「いえ、わかりません。80前後ぐらいじゃないかって、父は言っていました」
セイトンはジャンヌのレベルをスキャンした。124!セイトンのレベルは110だ。いけない。【駕籠の宿】がジャンヌには効かない、セイトンはジャンヌの前に立ちはだかり盾になろうとした。だが、スケルトンと死霊に囲まれている。死霊の呪文を防ぎきることはできない。
死霊たちは【死の誘惑】を詠唱していた。耳を塞ごうが、目を閉じようが、死んだふりをしようが、この呪文は50%の確率で即死となる。身体は一瞬で灰となり、魂は塵となり、消え去る。弱点は詠唱時間が非常に長いことだ。
ただ、この魔法が有効化されると【エイム・リバウム】といった蘇生魔法では生き返ることはできない。しかも、同期詠唱効果により、即死の確率は非常に高い。
おそらく死は免れられない。塵となった魂を冥界から呼び戻し、灰となった肉体の断片をかき集める必要がある。これは蘇生魔法ではできない。復活魔法とよばれる、無から有を生成する魔法だ。生き返らせるには、この復活魔法、蘇生魔法の順で詠唱しなければならない。
これができるのは世界に数名。かつての大戦で大賢者リム・ウェルはこの超高等魔法により、仲間だった元勇者バルス・テイトを三度復活蘇生させたと言われている。
死霊たちの同期詠唱が終わった。来る!その時だった。
ジャンヌの【無情のナイフ】が蒼く輝く。同時にジャンヌは無意識下で超高速詠唱を終えていた。【駕籠の宿】だ。セイトンよりもレベル上位者のジャンヌが唱える。
一瞬の差で【駕籠の宿】が発動していた、同時にジャンヌの右手首の【重力の番】が解呪されていた。【駕籠の宿】により、すべての呪文効果が無効化されていた。セイトンの【金色の夜叉】も同様だった。
「ジャンヌ、あなた、この魔法は秘術なのよ。ホント恐ろしい子」
セイトンは義手の左腕をかざした。僥倖の腕、触れるものをただただ破壊する。暴力そのものの腕。磨き抜かれた剣よりも鋭く、研ぎ澄まされた斧よりも強く、鍛え抜かれた槌よりも硬かった。悪魔も恐れる最凶の武器だった。
セイトンはものの数秒で、スケルトン70体・死霊30体すべて倒していた。
もともと朽ちた肉体だったが、アンデッド軍団たちは原型をとどめていない。ジャンヌの指輪はセイトンが倒した敵の経験値を吸い込んだ。
ジャンヌのレベルがまた上がっていた。
ウッドバルト魔法学院上空に滞留していたグレイドラゴンは踵を返し、リム王国に向かって飛んでいった。
「先生、お怪我ありませんか?」
ジャンヌはセイトンに向かって言った。
「あなたねぇ、誰に言ってるのよ。アタシはセイトン・アシュフォード。ウッドバルト魔法学院卒業生の中でも、最強にして最凶の美女よ。あなたこそケガはない?」
セイトンはジャンヌの手をとった。ジャンヌからは強い気があふれていた。その時、セイトンはジャンヌの右手親指にはめられている【エクスペリエンスの指輪】の存在に気づいた。セイトンは、ジャンヌのレベルがこの短期間でアップした理由がようやく理解できた。
━しかし、この指輪は【禁じられた道具】のはず。結界と呪いの二重壁で誰も持ち出すことはできなかったはずだが。どうして…
セイトンは思い出していた。この指輪に魅入られ、人であることを捨てたあの男のことを。かつて、セイトンが愛した男。それは、元勇者であり、オーギュスター公国、三代目の王バルス・テイトだった。
学生たちはギルドと呼ばれる修練組織体に所属しなければならない。ジャンヌは詠唱訓練をメインに行う【ラ・ルファ】ギルドに所属していた。だが、今日はギルドに向かう前に、セイトン先生のところに行って、【重力の番】を解呪してもらわなければならない。午前中ずっと右手首が重く、ジャンヌは思い通りには動かせなかった。ぼんやりしていると、右手が地面に吸い寄せられるような感覚を味わっていた。
ジャンヌは教員室のドアを開けた。セイトンはジャンヌが来るのを、今か今かと待ち構えていた。
「ジャンヌ!遅いじゃないですか」
「ええ、あのあとすぐに授業があったもので」
「午前中ずっと、その右手で?」
「先生、早く解呪してくださいよ。重くて重くて肩より上には手が上がらないんです」
セイトンはジャンヌの肉体ポテンシャルに驚いた。ウッドバルト魔法学院の教員でも、【重力の番】をかけられてしまうと、思い通りに体を動かすことはできない。たとえ右手だけであってもだ。体中に循環する魔力を右手だけに多く滞留させて、コントロールしなければ一時間ももたない。体が悲鳴を上げる。
セイトンは授業が始まる前に、ジャンヌが解呪依頼に自分のもとを訪れると思っていた。だが、それは違った。四時間、ジャンヌは授業をクリアしてセイトンのもとへやって来た。
少なく見積もってもジャンヌのレベルは80。セイトンは冷静に分析した。
「先生、解呪おねがいしますよ」
「あぁ、少し待って」
セイトンはジャンヌにかけた【重力の番】を解呪しようとしたそのとき、北側にある学院の教会から鐘の音が聞こえた。
セイトンは身構えた。鐘の音は暗号として使われていた。このパターンは敵の襲撃だ。すでに教員室はアンデッド軍団に囲まれていた。スケルトンが70体・死霊が30体、2小隊ほどの編成だ。
ウッドバルト魔法学院は強力な結界が施されている。【ジ連の結界】の中心点がこの教員室だ。奴らは、その本丸ごと落とすために、上空から侵入してきた。グレイドラゴンを従え、上空から。ドラゴンを使役できるほどの人物と言えば、大賢者リム・ウェルの仕業だ。
リム王国の祖であり、旧帝国の七賢者を束ねる大賢者リム・ウェル。ウッドバルト王国西側の国境付近にアンデッド軍団を派遣していると以前から報告はあった。十二聖騎士のラルフォンとロベルトを除く十名の聖騎士で鎮圧に向かっていたはずだった。
「先生、うしろ!」
ジャンヌの【無情のナイフ】が蒼く光る。
セイトンはスッと身体を半回転させ、踵でスケルトンの大腿骨を破壊した。踵が金色に光っている。セイトンは一瞬で【金色の夜叉】を詠唱し、肉体を強化していた。しなやかな動きは、敵をも魅了するほどだと言われていた。
「ジャンヌ、ごめん。解呪は今できないわ。あなたは、私の後ろに隠れて」
「先生、解呪に時間がかかるんですか?」
「ご名答!意外と魔力消費も多くて、解呪しちゃったらコイツらに全滅させられちゃうかも」
セイトンは腰までかかる美しい金髪をくるくるっと器用に束ね、団子状にした。色白の皮膚は、【金色の夜叉】効果により金色に輝いている。
スケルトンがぐるりとセイトンとジャンヌを取り囲み、その後ろには死霊が同じく囲んでいる。
「ヤバイわね。とりあえず、アレでも」
セイトンは簡易詠唱を始めた。
「ヌーレイ・スーレイ・ウォルグ・フォン。我の蒼き鳥、白き羽、黒き視線、まばゆき駕籠【駕籠の宿】」
セイトンとジャンヌの半径一メートルほどに、結界が張られた。死霊たちの呪文をレジストするためのものだ。【駕籠の宿】は【駕籠の鳥】の上位発展魔法。術者より下のレベルのものであれば、その呪文恩恵を受けられる。効果は魔法防御。敵味方関係なくあらゆる魔法を完全に無効化する。
死霊十体が詠唱を始めた。詠唱同期。詠唱開始から終わりまで、誤差は0.01秒以内。魔法効果が何十倍にも増幅する。兄弟や親子でも難しく、双子や三つ子といった同じ遺伝子構造の術者同士でないと成功しにくい。
一方、魔物の場合はその遺伝子構造は同じだ。特にアンデッド系は生殖によって子孫を増やすわけではない。分裂や禁忌魔術によって、個体を増やすという方法を取るため、いわゆるクローンに近い。それゆえに、同期詠唱は人類ほど困難ではないのだ。
「ジャンヌさぁ、自分のレベルってどれくらいか知ってるの?」
「いえ、わかりません。80前後ぐらいじゃないかって、父は言っていました」
セイトンはジャンヌのレベルをスキャンした。124!セイトンのレベルは110だ。いけない。【駕籠の宿】がジャンヌには効かない、セイトンはジャンヌの前に立ちはだかり盾になろうとした。だが、スケルトンと死霊に囲まれている。死霊の呪文を防ぎきることはできない。
死霊たちは【死の誘惑】を詠唱していた。耳を塞ごうが、目を閉じようが、死んだふりをしようが、この呪文は50%の確率で即死となる。身体は一瞬で灰となり、魂は塵となり、消え去る。弱点は詠唱時間が非常に長いことだ。
ただ、この魔法が有効化されると【エイム・リバウム】といった蘇生魔法では生き返ることはできない。しかも、同期詠唱効果により、即死の確率は非常に高い。
おそらく死は免れられない。塵となった魂を冥界から呼び戻し、灰となった肉体の断片をかき集める必要がある。これは蘇生魔法ではできない。復活魔法とよばれる、無から有を生成する魔法だ。生き返らせるには、この復活魔法、蘇生魔法の順で詠唱しなければならない。
これができるのは世界に数名。かつての大戦で大賢者リム・ウェルはこの超高等魔法により、仲間だった元勇者バルス・テイトを三度復活蘇生させたと言われている。
死霊たちの同期詠唱が終わった。来る!その時だった。
ジャンヌの【無情のナイフ】が蒼く輝く。同時にジャンヌは無意識下で超高速詠唱を終えていた。【駕籠の宿】だ。セイトンよりもレベル上位者のジャンヌが唱える。
一瞬の差で【駕籠の宿】が発動していた、同時にジャンヌの右手首の【重力の番】が解呪されていた。【駕籠の宿】により、すべての呪文効果が無効化されていた。セイトンの【金色の夜叉】も同様だった。
「ジャンヌ、あなた、この魔法は秘術なのよ。ホント恐ろしい子」
セイトンは義手の左腕をかざした。僥倖の腕、触れるものをただただ破壊する。暴力そのものの腕。磨き抜かれた剣よりも鋭く、研ぎ澄まされた斧よりも強く、鍛え抜かれた槌よりも硬かった。悪魔も恐れる最凶の武器だった。
セイトンはものの数秒で、スケルトン70体・死霊30体すべて倒していた。
もともと朽ちた肉体だったが、アンデッド軍団たちは原型をとどめていない。ジャンヌの指輪はセイトンが倒した敵の経験値を吸い込んだ。
ジャンヌのレベルがまた上がっていた。
ウッドバルト魔法学院上空に滞留していたグレイドラゴンは踵を返し、リム王国に向かって飛んでいった。
「先生、お怪我ありませんか?」
ジャンヌはセイトンに向かって言った。
「あなたねぇ、誰に言ってるのよ。アタシはセイトン・アシュフォード。ウッドバルト魔法学院卒業生の中でも、最強にして最凶の美女よ。あなたこそケガはない?」
セイトンはジャンヌの手をとった。ジャンヌからは強い気があふれていた。その時、セイトンはジャンヌの右手親指にはめられている【エクスペリエンスの指輪】の存在に気づいた。セイトンは、ジャンヌのレベルがこの短期間でアップした理由がようやく理解できた。
━しかし、この指輪は【禁じられた道具】のはず。結界と呪いの二重壁で誰も持ち出すことはできなかったはずだが。どうして…
セイトンは思い出していた。この指輪に魅入られ、人であることを捨てたあの男のことを。かつて、セイトンが愛した男。それは、元勇者であり、オーギュスター公国、三代目の王バルス・テイトだった。
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